第十八話 『生きるために』
まだ体調が回復していないためだろう。リオは水の中をもがくように激しく息を切らし、体をよろめかせ、足をもつれさせながら走っていた。
角を曲がり切れず壁にぶつかったり、階段を踏み外して転がり落ちたりする。
それでもリオは止まらなかった。
背後から自分の名前を呼ぶハルの声と足音が近づいてくる。
リオは恐怖に顔を歪めながら必死に走った。
リオは一階の玄関ホールを出て、正門へ続く道を走る。
その途中で、ハルはリオの片腕をつかんだ。
「はなせ! はなせ、はなせぇっ!」
リオは叫びながらハルの手を振り払おうともがく。
「もどるんだ、リオ。門の外に出たら殺されるぞ」
「いや! いやだ! いやだぁっ!」
「戦うしかないんだ。命令なんだよ、これは。僕達は従うしかないんだ」
いや! とリオは叫び、片腕をつかまれたままもう片方の腕でハルに殴りかかる。
「ハルだって、ハルだって見たでしょ! ヒカルもフタバもやられちゃった。教官さんだっていない。なのに私達だけでどうしろっていうの? 行ったところで殺されるだけだよ!」
リオは泣きじゃくりながら拳をハルの胸に叩きつける。
「私がバカだったんだ。勝手な理想を持って、バカみたいな責任感を持って、たいした覚悟もないままこの道を選んだから、だからこんなことになっちゃったんだ。もっとちゃんと、現実を見ればよかったんだ!」
リオはハルの体にもたれかかり、崩れ落ちるように腰を落として、泣き声を上げる。
「私、もう、いやだよ……。もう、戦いたくなんかない。戦いたくなんかない……」
ハルの頭に、トウイチの言った言葉がよみがえる。
この戦いを始めたのは自分達ではない。
そうだ。
僕達がこの戦いを始めたわけじゃないんだ。
なのにどうして、僕達が戦わなければならないんだ。
本当に戦うべき人達が戦わずにいるのは、どうしてなんだ。
それでも、自分の意思でこの道を選んだという事実は変わらなかった。
「仕方ないよ。自分で決めたことなんだから。リオだって、そうだろ」
ハルの声はひどく冷え切っていた。
最初から理想も信念も持たなければよかったんだ。
もっとしっかり現実を見ていればよかった。
くだらない思いが、今のどうしようもない、くだらない現実をつくってしまったんだ。
「……いっそのこと、もうここで終わらせたほうがいいのかもしれない」
ハルは持っていた銃をリオに差し出す。
「これで終わりにできるよ。君の命も、僕の命も。もう戦わなくてすむようにできる」
ここで死んでもいいとハルは思った。
自分の生死をリオに委ねてもいい。
彼女になら殺されてもいい。
彼女が自決したら自分もすぐに死のうと、ハルは思った。
リオは銃を受け取る。しかしその銃口は誰にも向けられなかった。
リオは銃を握りしめたまま手を下ろし、怯えるように体を震わせて泣いていた。
結局のところ、僕達は死ぬこともできないんだ。
「生きるしかないよ」
ハルは銃を握るリオの手に、自分の手を重ねた。
「生きて、この現実を変えるんだ。そのために戦うんだ。僕達は戦わなくちゃいけない。僕達を脅かすもの、僕達を殺そうとするものを、殺さなくちゃいけない。僕達が生きるために。そのために殺すんだ。殺すんだ。殺すんだ……」
ハルは何度もその言葉をくり返す。
夕日は沈み、東の空は夜の闇にのまれ、一番星が人知れず輝いていた。
そうだ。殺すんだ。
僕達が、生きるために。




