第五話 『見捨てられた者達』
体を拘束されたまま、老人は激しく体をゆすり、憎悪を剥き出しにして叫ぶ。
「バカかお前! 俺に家族がいるとでも思ったか! 家族なんかいねぇ、孫なんかいねえ、嫁もいねえ、女を抱いたこともねえ! なんにもなかった、なーんにもなかった! だから今、こんなとこでこんなことしてんだよ! てめえらをぶっ殺すために、西日本へ戻ってきたんだ!」
老人を黙らせるように、トウイチは老人の腹を鋭く蹴りあげた。
「やはり貴様らは……、連合の奴らは、人間じゃないな」
吐き捨てるようにトウイチは言う。
老人はそんな彼をにらみ、叫んだ。
「何言ってやがる! 俺達が人間じゃねぇだと? ああそうさ、その通りだ。お前達が、西日本が、同盟政府の奴らが、俺達を人間じゃねえものにしたんだろうが!」
老人の顔に激しい憎悪が浮かぶ。腹の底から怨念をぶちまけるように、老人は叫んだ。
「今までだって、ずっとそうだった! どんなにがんばっても、耐えて耐えて努力しても、報われなかった。せめて人並みに、人間らしく生きようとしても、いつだって踏みつぶされた。報われないまま生きながらえて、気がつきゃジジイになっちまった。そして日本再生計画が始まった! 俺は、俺達は完全に切り捨てられ、人間であることさえも否定された。俺達が何をしたっていうんだ。人の道を外れずに、今まで必死に生きてきた。いつか、やがていつかは報われると信じて! せめてひっそりと、静かに死なせてくれてもいいじゃねぇかよ。なんの贅沢もできねえ、人並みの幸せすら手にできねえ、誰からも誰からもバカにされ見下され小突き回されないがしろにされ、人間として扱われなかった。それでも我慢して生きてきたんだ! 最後の最後くらい、人間のまま終わらせてくれてもいいだろう。それすらも許さねぇのか!」
持てる全ての力を振り絞るように老人は叫ぶ。
しかしその叫びも、夜の闇の静けさに飲み込まれ、跡形もなく消えていった。
老人はぼろぼろと涙を流し、うめくように声をしぼり出す。
「おぉ、おぉ……。報われねぇ、報われなかったなぁ、同志達よぉ……。ハイランド、サウスリバー、アップヴィレッジ、ストロング、愛すべき、愚かで哀れな同志達よ。でもよぉ、お前らはよかったよ。最後の最後に一矢報いることができたんだからな。俺達を散々踏みにじってきたリア充共の血を引くクソガキ共を、ぶち殺せたんだからなぁ……。俺も、俺もよ、せめてこいつらを殺してから、死にたかったよぉ、お、おお……おおおおおおおおおお!」
ハルは老人の叫びを腹の底にまで感じた。
トウイチはもう一度彼の腹を蹴り上げる。
老人は苦しげに嘔吐しつつも、憎しみに満ちた鋭い目線をトウイチに向けた。
「わ、忘れるな……。お前達西日本は、同盟政府は、邪魔者を切り捨てる道を選んだんだ。この道は、これからもずっと続く。お前達が滅びるまで。もう後戻りはできねえぞ。いずれお前達も、俺達みたいに切り捨てられるのさ。お前達の子や孫の世代になぁ!」
老人は笑う。君の悪い歪な笑い声が三人の頭に響き渡る。
「わかっているさ。そんなことは」
自分に言い聞かせるように、トウイチは言った。
「それでも俺達に責任を求めるな。この戦いを始めたのは俺達じゃない。その原因をつくったのも俺達じゃない。何もかも過去から今に受け継がれてきた負債なんだ。貴様らもそうだろうが、俺達だって時代に見捨てられているようなものなんだ」
その言葉を聞いた時、ハルは思った。
トウイチは国防軍の軍人としてではなく、一人の人間としてそう語っているのだと。




