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落日の国  作者: 青山 樹
第三章 『戦争』
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第四話 『狂気』

 ハルがリオを連れて地上へ戻ってきた時、トウイチは携行していた照明灯の明かりのもとで敵機のカプセルをこじあけていた。しばらくして、カプセルから操縦者が引きずり出される。

 現れたのは、使い古された作業服を着た小柄な老人だった。

 さっきまで戦っていたとは思えないほど穏やかな表情を浮かべている。顔にあるしわやたるみは老人が生きてきた年月の長さを思わせたが、その表情には年相応の深みとでもいうべきものが見られなかった。


 トウイチは老人が危険物を所持してないかどうかを確認し、体を拘束する。

 その間にハルは車をここまで動かし、リオはレーダーで現状を確認した。どうやら第七観測所での戦闘は自軍の勝利で終わったらしい。


「二人とも、初めての戦闘であるにも関わらずよくやってくれた。これは大変な成果だ」


 トウイチは二人をねぎらうように言う。

 しかしハルもリオも、初めての勝利を喜べるような状態ではなかった。

 二人には、そんな気力は少しも残っていないのだ。

 二人が力ない笑みを浮かべた時、老人が三人に向かって口を開いた。


「あんたら、俺をどうする気だ? 俺はな、西日本にな、行かなきゃなんねぇんだ」


 突然のことに、ハルとリオは思わず体をこわばらせる。

 トウイチは注意深く老人のほうへ近づき、つとめて冷静な口調で話しかけた。


「西日本に行って、どうするつもりだ。そもそも貴様らは、どうやって壁を超えてきた」


「どうやってって、そりゃお前さん、あれだよ。抜け穴を通ってきたのよ」


「抜け穴、だと」


「おおよ。放射能の壁にゃあな、意図的に汚染されていない場所が、すなわち抜け穴があるのさ。俺達はそこを通ってここまで来たんだ。こいつは重要な機密事項だからな、あんまり他所で話すんじゃねえぞ」


「……貴様は、我々が何者なのか、わかったうえで話しているのか?」


「おお。おぉ? ん、そういや、あんたらは誰だ? 知らねえ顔ばっかだな。いや、俺が忘れちまっただけかもしれねえ。なにしろここ最近物忘れが激しくってよぉ、はは、はははっ」


 トウイチはため息を吐く。どうやらこの老人の言葉は真に受けないほうがいいらしい。

 愉快そうに笑い続ける老人に、リオはおずおずと尋ねる。


「あ……あの、それであなたは、どうして西日本へ行こうと思ったんですか?」


 老人はリオの顔を見ると、笑うのをピタリとやめる。

 そしてどういうわけか、涙をこらえるように体を震わせた。


「お……、おぉっ、お嬢ちゃん、あ、あんたは、そっくりだぁ……。西日本に、いるっ、俺の孫娘にぃ、そそ、そ、そっくりだぁぁ……」


 老人は顔をうつむかせ、汚い音を立てながら何度も鼻をすする。


「そうだぁ、俺は、俺達は、な……、どうしても西日本の、家族に、孫達によ、会いたくて会いたくて、連合の、解放軍から脱走してきたんだ。このままだとよぉ、西日本はとんでもないことになっちまう。それを、伝えたくて、俺達は、ここまで来たんだ」


「大変なことって、どういうことなんですか?」


 リオが尋ねる。老人は顔を上げ、口をもごもごさせながらうめくように言う。


「もう少しで、思い出せる。それは本当に、大変なことなんだぁ……。なあ、お嬢さん。あんたの顔を、もっと近くで見せちゃくれねえかい。あんたは本当に、俺の孫娘によく似てる。頼むよ。あんたの顔を見てたら、なんだか思い出せそうな気がするんだ」


 リオは老人のほうへ歩み寄る。

 ハルはリオを止めようとしたが、トウイチは引き止めるように彼の肩をつかんだ。


 リオは老人の目の前に立ち、地面にひざをついて顔を近づける。

 老人の真正面までリオの顔が近づいた時。


 老人は口に含んでいた唾液や鼻水を彼女に向けて吐き出した。


 突然のことに、リオは呆然とした表情を浮かべ、その場にしりもちをつく。

 そんな彼女を見て、老人は狂ったように笑い声をあげた。


「ひゃひゃひゃっ、あひゃはっひゃひゃっ! ぶっかけた、ぶっかけてやったぞ! 俺の汁をよぉ、小便くせぇメスガキに! きひっひゃははは! あぁはやひゃひゃひゃっ!」

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