第十三話 『目の前の現実は美しい』
かすかに、空気が変質したのをハルは感じとった。
婦人はサツキを見て、目をまばたかせる。
「そもそも国防軍に所属している人のほとんどは、国を守るためじゃなくて成人権を得るためにここにいるから。そのために課せられた二年間の兵役を戦うことなく無事に過ごしたいって思っている人はたくさんいるよ。だから話し合いで解決できるなら、それでいいと思う。それに、この戦いが始まるきっかけをつくったのは今の大人達、つまりおばさん達の世代だから、この戦いを終わらせる義務や責任は、あなた達にあるとみんな思ってるし」
「いいえ。あなたの認識はまったく正しくありません。そもそもこの」
「日本再生計画が実施されれば、社会から切り捨てられる人達が捨て身の覚悟で反乱を起こすことはわかりきっていたはずだよ。当時のメディアもその危険性を訴えていたみたいだし、計画の賛否を問う国民投票の前にも不穏な動きはあったっていうし。その上で、十年前のあなた達はこの道を選んだ。民主主義の理念に基づく国民投票という手段をもって、今の世界をつくった。だからこの戦いの責任も、当然あなた達にあると私は思う」
婦人を責めるというわけでもなく、サツキは淡々とした口調で言う。
「それと、私の経験だと、あの人達に対話をする気はないと思うよ。五年前の動乱では対話を呼びかけた人も命乞いをした人も、問答無用で殺されたから。たぶん今でもそうだと思う。そもそも話し合う気なんて全然ないから、あの人達は放射能の壁をつくったんじゃないかな」
「それはあなた個人の、根拠のない憶測です。私達は彼らを信じ、対話を求めるべきです」
「そう。それじゃあやっぱり、対話のためには国防軍も必要ないと思ってるの?」
「当然です。軍事力を背景とした平和的な対話など、矛盾も甚だしい」
「じゃあ、国防軍が解散した後に連合がこっちへ攻めてきたらどうするの?」
「それについては先ほど彼に話した通りです」
「つまり責任はとらないんだね」
「ですから――」
「なんの責任も持たない人達の言葉や主張なんて、何の価値もないし、誰も真に受けないよ」
婦人はその顔に微笑みをはりつけたまま口を閉じる。
「もしかしておばさんは、連合の工作員なの?」
サツキが言うと、婦人はゆっくりとため息をつき、やれやれと頭を振った。
「あなた方は、未熟なのです。単純な理想と正義心に縛られ、単純な力に心をひきつけられ、広い見識も多様な価値観も持たず、目先の問題だけを見ている……。あなた達が悪いというわけではないのです。かつての私達のように、正しい教育を受けていないから、こうした歪みが生まれてしまう。本当に嘆かわしい。本当にひどい世の中になったものです」
婦人は哀れむような目をハル達に向ける。
その目ははっきりとこう訴えていた。
平和の敵、と。
ハルの心が不快にざわめき、それに押し出されるようにして彼は言った。
「僕達だって、僕達の理想や信念のもとここにいるんです。あなた達に否定される筋合いはありません」
「なるほど……。つまり、先ほど言っていたとおり、対話ではなく軍事力によってこの問題を解決するべきだと、そう信じているのですね。あなたは」
そうです、とハルはうなずいた。
婦人は何度かうなずいた後、ハルに言った。
「この人殺し」
婦人の顔にはまだ微笑みが浮かんでいた。
ハル達の前に現れてから、それはほとんど動くことなくその顔に張り付いていた。
ハルは婦人と向かい合い、目をそらさなかった。
サツキは普段通りの様子でハルと婦人を眺めていた。
シュウは誰にも気づかれないよう適当に距離をとって、退屈そうにあくびをしていた。




