第十一話 『平和のための障害』
サツキとハルは、足音のする方に目を向ける。
こざっぱりとした上品な身なりの婦人が、ハル達のほうへ近づいていた。
薄いピンク色のカーディガンを羽織り、まっ白なロングスカートをはいて、真新しい日傘をさし、年季の入ったハンドバッグを片手に下げていた。ハンドバッグには、太陽の形を模したバッジがつけられている。
国防軍の関係者ではないらしく、婦人の胸元には軍の施設へ入るための許可証がかけられていた。
婦人はハル達の前に立つと、日傘をさしたまま微笑みを浮かべ「御機嫌よう」と言った。
サツキは無言のまま敬礼し、ハルはあわててサツキにならい敬礼する。
シュウは特に何もせず、興味なさそうな目を婦人に向けていた。
婦人は小さく咳払いすると、微笑みを浮かべたまま穏やかな口調で話し始めた。
「初めまして。私は東西日本の平和的な統一を求める市民団体『たいようのこえ』の広報を担当している者です。このたびは、先日こちらに配属されたという研修生の皆様とお話をさせていただきたく伺いました。あなた方三人とも研修生で、お間違いないでしょうか」
婦人の目がハルをとらえる。
「あ、はい。僕と彼は研修生です。ですが、こちらの方はちがいます。僕達の指導をしてくださる教官です」
「あらまあ、それはそれは。まだお若いのに、御立派ですこと」
「どうもありがとうございます、おばさん」
サツキは表情のない声で言う。
婦人は微笑みを張り付けたまま、再びハルのほうを見た。
「それではさっそく研修生の皆さんとお話をさせていただきたく思います。ですがその前に、私のほうから皆様にお話ししなければならないことがあります。一昨日にこちらの部隊で起こったという、自爆攻撃未遂事件についてです。じつは私、こちらへ来る前に亡くなられたご老人の遺体が埋葬されているという場所へ行ってまいりました。これは本当に、本当に痛ましいことなのです……」
婦人は神妙な口調で話しを続ける。
「御存じのとおり、私共『たいようのこえ』は、こうした悲劇が起こらないよう、平和を目指して活動を続けています。そして平和を実現するためには、東西日本の統一を実現しなければなりません。もちろん、それが容易なことではないとわかっています。彼ら東日本が、いえ、東日本に根を張る『昭和・平成連合』が、この国とそこで生きる善良な一般市民に対しどのような非道な振る舞いをしたのかは、私共も承知しています。各地で一般市民を狙った無差別テロをくり返し、都市部では何度となく動乱を発生させ、混乱に乗じて核廃棄物を強奪し、日本を東西に分断するため京都・大阪・兵庫にまたがる地域一帯に散布して放射能の壁をつくってしまった……。これは人類史上においても類を見ない、大罪であります」
しかし! と婦人は語気を強める。
「私たちは彼らの罪を非難すると同時に、彼らもまた被害者であることを認めなければなりません。なぜなら、連合に参加している老人の多くはかつての社会によって人生を踏みつぶされてきた人々なのです。彼らがまだ若く、人生を確立するため十分な備えをしなければならなかった頃、政府も、企業も、家族でさえ、彼らを見捨てていました。政治は腐敗と混迷を極め、国の富と尊厳を他国に売り渡し、自国民よりもコストの安い移民を大量に受け入れて一時的な見せかけに過ぎない繁栄を維持し、人々を欺きました。企業は彼らを奴隷のごとく支配し、消耗品のごとく使い捨て、その一方で得られた富を独占し、暴利をむさぼりました。彼らの親は時代の様相をまるで理解せず、異様な好景気に沸いていた時代の価値観にとらわれたまま、自立できずにもがいている彼らを非難しました。誰も彼らを救おうとしなかったのです。そう遠くない未来において、それまでの矛盾やひずみが一気に爆発し、彼らが破局を迎えるだろうことはすでに当時から危惧されていました。しかし、それを真剣に議論して対策をうちたてようとする者はいませんでした。その結果として、今の惨状があるのです」
これまでに何度となくこの話をしてきたらしく、婦人はよどみない口調で話し続ける。
「こうした事実を踏まえ、彼らを一方的に排除するのではなく、彼らを受け入れるという考えを持たなければ、現在のこの大問題を解決することはできません。まずは互いを理解しあうことが重要ですし、そのためには対話が必要不可欠なのです。ですが残念なことに、西日本には対話の障害となるものが存在しています。それが何だか、わかりますか?」
婦人はハルに尋ねる。
ハルは少し考えるふりをした後、わかりませんと答えた。
すると夫人は、まっすぐな目をハルに向けたまま、はっきりと断言した。
「国防軍です。私共は国防軍、つまり軍事力が対話への道を閉ざしていると考えています」




