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落日の国  作者: 青山 樹
プロローグ 『落日の時』
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第三話 『死なばもろとも』

「勝手なことを、言うんじゃねえよ」


 そう言ったのは、老人の近くにいた若い男だった。

 彼は老人の前に立ち、怒りのこもった声を出した。


「今まであんたがどんな人生を送ってきたかは知らねえさ。でもな、あんたはその年になるまで生きてきたじゃねえか。もう、十分に、生きてきたんじゃねえか。なのにこれ以上、あんたは何を望むんだよ。もう、いいかげんにしてくれよ!」


 男は叫ぶ。

 同調するように、次々と怒りに満ちた声が上がった。


「そうだ! 俺達はずっとあんた達の世代に押さえつけられてたんだ! そのせいで未来を悲観し、人生に絶望し、自ら命を絶ったやつが、俺達の世代にどれだけいると思ってんだ!」


「投票前だって俺達を妨害するために、お前らの世代はあちこちで暴動を起こしてたじゃねえか。なのに今さらそんなこと言いやがって、虫が良すぎるだろ!」


「私達は私達のために生きるの。人間として当然のことをするだけなのよ! 今までの扱いが不当だったの! どうしてあんた達の世代を支えるために、私達が人生を捧げなくちゃいけないの? どうして私達は私達の権利を踏みにじられながら、あんた達の権利を守らなくちゃいけないのよ!」


「じいさんよぉ、あんたらだってもっと早くに声を上げて戦ってればよかったんだ。いつか現実になる未来のことを真剣に考えて、戦うべきだったんだ。でもあんたらは戦わなかった。その結果がこれだ! 自業自得だ、ざまあみろ!」


 ひざまずき、怯えるように震える老人に罵声と怒声が容赦なく浴びせられる。

 広場にいた人々は一人、また一人と老人に近づき、彼を取り囲んだ。

 老人は地面に頭をつけたまま、すすり泣きともうめき声ともつかない苦しげな声をもらしていた。

 そんな老人の姿が、人々の怒りを、復讐心をさらにかきたて、狂気を生み出した。


「死んじまえ、死んじまえ、この死にぞこないの寄生虫め! 一日でも早く、一秒でも早くさっさとくたばりやがれ!」


「そうだそうだ。どうせ生きてたって、もう何の希望もないんだからな!」


「あんた達は死ぬべきなのよ。それがこの国の意思、国民の総意なのよ」


「未来は国民投票で決まったんだ。民主主義が審判を下したんだ!」


「民主主義だ、民主主義だ。今まではそれが俺達を苦しめてきた。でも、これからはちがう。民主主義が俺達を守るんだ。あんた達を殺すんだ。民主主義万歳! 民主主義、万歳!」


 熱狂の渦の中で、人々は「民主主義万歳!」の大合唱をくり返す。

 すでに人々の心から怒りは消え、自由と解放、そして勝利を謳いあげる歓喜が満ちあふれていた。

 その歓喜には、長年にわたり積もり積もった憎悪と敵意、狂気が一体になっていた。

 老人はゆっくりと顔を上げ、憐れみを誘うような声で言う。


「どうか……、どうか、私を、人間として扱って下さい。人間として、生きることを、ゆるしてください……」


「はっはっは。じいさんよぉ、バカ言っちゃいけねえぜ。俺達はあんたをちゃんと人間としてあつかってるじゃねぇか。そうでなかったらよぉ、今頃あんたは虫けらみてぇにぶっ殺されてるんだからなあ!」


 どこからともなく笑い声が起こる。

 他者の不幸と苦痛と悲劇を見世物として笑う、歪んだ笑い声だ。

 それは瞬く間に広場全体に広がり、老人はその笑い声に押しつぶされるように再び顔を伏せ、苦しげに声をもらした。


 やがて、その声に、奇妙な変化が起こった。


「うっ、うぅっ……、うう、うっ……、ふ、ふふっ、ふふ、ひゃひゃっ、ひゃひゃひゃ……」


 異変に気づいた人々は笑うのをやめ、老人に視線を向ける。

 老人は勢いよく顔を上げ、かっと大きく目を見開き、虚空を凝視した。

 痙攣したかのように体を震わせながら、かろうじて歯が数本残った口をだらんと開く。

 そして、不吉な響きのこもった笑い声を上げ始めた。

 突然の変化に人々は戸惑ったが、やがて状況を理解したらしく、落ち着いた様子で言った。


「おいおい、どうすんだよ。いかれちまったぞ、このじいさん」


「通報したほうがいいな。警察か軍隊に拘束してもらわねえと、何するかわからんぞ」


「まったく……。人間、こうはなりたくないな。こうなるくらいなら、死んだ方がマシってもんだぜ」


 老人の正面にいた男は通報するために携帯端末を取り出した。

 その時だ。

 老人の笑い声が、ぴたりと止まった。

 その直後、老人は片手を上着のポケットにつっこみ、身の毛もよだつような恐ろしい形相で目の前にいる人々をにらみつける。

 そして不意に、にたりと不気味な笑みを浮かべた。


「死なばもろとも……」


 老人の瞳に、憎悪と殺意の鮮烈な光が走る。


「道連れだああああああああぁぁっっっ!」


 叫ぶと同時に老人は上着のポケットに入れていたものを、リュックサックに仕込んでいた爆弾の起爆スイッチを押した。


 次の瞬間、爆発が起こり、老人の体は粉々に吹き飛ばされ、老人の周囲にいた人々をなぎ倒した。


 リュックサックには釘や先端の尖ったネジなどの小さな金属類も大量に仕込まれており、それらは爆風によって猛烈な勢いで飛散し、人々の体に突き刺さり、手足の肉に埋まり、臓物にねじ込み、顔面に穴をあけた。

 一瞬のうちに、庁舎前広場は惨劇の場と化した。

 悲鳴が空を裂き、うめき声が地を這いずり、肉がこぼれ血が流れ、苦痛と恐怖と絶望の中で人々は次々と死んでいった。

 爆発による外傷を負わなかった者も、やがて喉をかきむしりながら泡を吹き、白目をむいて倒れてしまった。リュックサックの中には人体に有害なガスも仕込まれていたのだろう。

 庁舎前に表示されていたスクリーンは、緊急放送を流していた。

 ニュースキャスターはほとんど叫ぶように全国各地で発生している無差別テロを伝え、国防軍による治安維持が確定するまでは決して屋外に出ないよう訴えていた。

 そのスクリーンの真ん中を、爆発によって発生した煙が立ち上っていた。


 この時、日本のいたる所で、これと同じ煙が初秋の青空へと立ち上っていた。

 そしてその煙は、新たな戦いの始まりを告げる狼煙となった。

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