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落日の国  作者: 青山 樹
第二章 『国防軍』
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第五話 『彼らがここにいる理由』

 夕食を済ませた後、ハルは宿舎へ戻った。

 本部の建物を出て、宿舎への道を行く。すっかり夜になっていたため、足元に注意しながら進んだ。


 宿舎に到着した時、ハルは玄関前に一人で立っているリオの姿を見つけた。

 リオもハルに気づいたらしく、彼のほうへ近づく。


「ハル。もう動いても大丈夫なの?」


「うん。なんとかマシになった」


「そっか、よかった。それにしてもびっくりしたよ、ハルってばふらー、ばたん! って倒れちゃってさ、人間ってあんなふうに失神するんだって、思わず感心しちゃった」


 リオは普段通りの明るい口調で話し、普段通りの無邪気な笑顔を浮かべて笑う。

 昼間のことなどなかったかのように振る舞っているのではなく、すべて本当にあったこととして受け入れたうえで、彼女は普段通りに振る舞っているのだ。

 そのことが、ハルにはすぐにわかった。

 自然と、ハルの目から涙がこぼれる。

 だけどハルは涙をぬぐおうとしなかった。

 サツキやキョウカの前では涙をこらえることができても、リオの前ではそれができなかった。

 体を細かく震わせ、嗚咽をもらし、ハルは泣いた。

 リオはハルと向かいあい、彼の体を優しく抱きしめ、その胸に自分の頭をくっつける。


 大丈夫だよ、とリオは言った。


「私はハルの味方だから。ハルのことを信じているから。ハルだって、私やみんなのことを信じてくれるでしょ?」


 リオの言葉にこたえるように、ハルは彼女の体を強く抱きしめる。


「なら、大丈夫だよ。私達は、大丈夫……」


 小さな子どもをなだめるようにリオはハルの背中を優しくなでる。

 ハルは彼女のぬくもりを感じながら、自分がここにいることの意味を深く実感した。

 ハルが落ち着きを取り戻したところで、二人は宿舎に入る。ロビーの明かりは半分ほど消えていて、隅においてある大きな柱時計は午後九時過ぎを指していた。

 その柱時計のそばに立っていたフタバは、二人が入ってくると茶化すように言った。


「やあ、お二人さん。こんな時間にそろって帰ってくるなんて、けっこうなことだねぇ」


「もう、フタバ。へんなこと言わないでよ」


「とか言いながら、まんざらでもないって感じじゃないか。それよりハル。あんたに聞きたいことがあるんだ。その、今日の昼間にシュウが言ってたことは、本当かい?」


「本当のことだよ。いなくなった家族に会うことが、僕が国防軍に入った理由なんだ」


「なるほどね……。それで、どうしてシュウにはそのことを話したんだ?」


「シュウにこの話をしたのは初等学校にいた頃だったんだ。防衛学校に入ってからは、こういうことは話さないほうがいいっていろんな人に注意されて、それでみんなにも話せなかった。だから、その……、ごめん」


「謝ることはないよ。なんであいつだけがそれを知ってたのか、その理由を知りたかっただけだから。誤解しないでほしいんだけどさ、私はそのことであんたを責めたいわけじゃないんだよ。そもそも私自身、ろくでもない理由でここにいるわけだからさ」


「そうなの?」


「ああ。私の家は中の下くらいしか稼ぎがないんだけどね、うちの親は何を思ったのか子どもだけは人並み以上につくっちゃってさ、このご時世に六人兄弟八人家族の大所帯さ。もちろん親の稼ぎだけじゃ家族みんなが食ってくことはできない。そこで第一子であるこの私が、国防軍に入隊することになった。規定の年数を軍に属していれば支援金やら何やらが支給されるからね。まあ要するに、私は軍に売られたってことだよ」


 フタバにそうした事情があるなど、ハルもリオもまったく想像できなかった。

 二人とも普段の彼女の様子から、自分の意思で国防軍に入隊したものだと思っていたからだ。


「そんなわけで、私はお金のためだけにここにいるんだよ。それと比べれば、ハルの理由なんて立派なもんさ。うらやましいくらいだよ」


「そんなことないよ。事情はどうあれ、フタバはここにいることで自分の家族をしっかりと守っているじゃないか。それはすごく立派なことだと、僕は思う」


「そうだよ。フタバの理由もハルと同じで、家族のためってことなんだから」


 フタバは気恥ずかしそうに鼻の頭をかきながら「そういうもんかな」とつぶやいた。


「そういうもんだよ。だからフタバもハルも、堂々とここにいていいと思う」


「まあ、そう言ってもらえると気が楽になるよ。ありがとね、おチビさん」


 フタバはリオの頭をぽんぽんとたたく。


「ちょっと、子ども扱いしないでよ。同い年なんだから」


「ん? ああ、そういえばそうだったね。あっはっは」


 フタバは愉快そうに笑い、リオはほほをふくらませる。

 二人のこうしたやり取りは防衛学校にいた頃よく見ていたもので、ハルは自然と顔をほころばせた。


「そういえば、ヒカルは? いちおう無事だって、顔を見せておきたいんだけど」


 ハルが尋ねると、フタバは少し困ったような顔をした。


「今はやめといたほうがいいな。なにしろついさっきまで、シュウとすごく言い争っていたから。今は自分の部屋でふて寝してると思う」


「そうなんだ。じゃあ、明日にしたほうがいいね」


「だな。それとハル、今回のことだけど、はっきり言ってあんたは何も悪くないよ。厄介事をあれこれと起こした原因は、シュウにあるんだから」


「いや……、あいつが言ったことは本当のことだし、いつかは言わなくちゃいけないことだったから。だから今回は、いいきっかけになったと思うよ」


「妙なところでポジティブだね。そういえばハルは、なんでシュウが国防軍に入ったのか知ってるのか?」


「いや。あいつは自分のことは極力話さない奴だから。ただ……」


 ハルはそこで言葉を切る。

 しばらく迷ったものの、ハルはその先を言うことにした。


「あいつは初等学校にいた頃から、国防軍には入りたくないって言ってたんだ」


 そんな彼が、研修生とはいえ今では国防軍の一員となっている。

 その行動の背景に何があったのか、ハルには今もわからなかった。

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