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15.3 風は止んだ


 城を訪れた後はトントン拍子(びょうし)で話が進んだ。


 城では誰も死なずに帰ってきたことに感極(かんきわ)まったメアリーが涙を流して俺に飛びついて来た。


 生還した実感がなかった俺だったが、メアリーのその涙を見て、無事生きて戻って来れた実感が湧いた。


 それは俺だけじゃなく、他の4人もだったようで、女子達はメアリーにつられて涙を流していた。


 一通り喜びを分かち合った俺達はメアリーにギルドで証言してもらった。その証言によって、仮面の男の捕獲で「死の風」事件の解決ということになった。


―――


「さて、事件も一件落着ということで、家に帰るとするか」


 メアリーを見送った俺は、ヤポンへ帰ろうとそんなことを提案する。


「そうですね。そろそろ向こうは日付が変わることですし、帰るなら早めが良いですね」


 俺の提案にカレンは賛成するようにそう言った。


「ねえ、ケン。帰る前にさ、ちょっと話したいことがあるんだよね」


「ん?なんだ?」


 早々に家に帰ることで話がまとまったかと思いきや、ジンはそんなことを言い出した。


「ちょっとここだとあれだからさ、ちょっとついて来てよ。2人きりで話したいんだ」


「まあ、良いが。すまん、そう言うことだから、みんなはちょっと待っててもらえるか?」


「ええ、私は構いませんも」


「あたしも大丈夫」


「うん、その辺に座って待ってるね」


 2人で話したいと言うジンの要望に応えるために、女子達には少し待ってもらい、俺とジンはギルドから出て、俺とジンは路地裏へと移動した。


 もう夕方と言うこともあって、路地裏は結構な暗さだった。


 (かろ)うじて夕陽の光は差し込んでいるものの、角度の関係で、大通りから5、6歩程度のところまでしか光は届いておらず、そこから奥はまるでもう夜を迎えたかのように闇に満ちていた。


 そんな光と影の境目の辛うじて光が差している側の壁にジンは寄りかかった。


 どうやらここで話をするようだ。


 俺はジンの斜め前、より大通りに近い方の壁に寄りかかった。


 俺達2人は夕日に照らされ、赤く染まる。


「こんなところで話ってなんだよ?」


 お互いに話をする準備はできただろうに、一向に口を開こうとしないジンに、俺は問う。


「…うん、実は、オレ、このパーティを抜けようと思うんだ」


 ゆっくりと話始めたジンの言葉に俺は驚く。


「抜ける!?なんでいきなり!?」


 想像だにしていなかった言葉に、俺は自体がうまく飲み込めていなかった。


「今日で思い知ったのさ、オレは弱いってね。そんな弱いオレがこのパーティに所属し続けてもみんなに迷惑をかけるからさ」


 驚いて興奮気味に問いかけた俺とは打って変わって冷静にジンはそう、答えた。


「弱いってどう言うことだよ?普通に考えて俺達のパーティで1番強いのはジン、お前だろ!」


「そう言う単純な強さじゃなんだ。オレが言っているのはパーティの一員としての強さのことなんだ」


「そのパーティの一員としての強さという言葉の意味はわからないが、語感から判断できるそのままの意味で捉えるのであれば、ジンは充分に強いんじゃないか?」


「オレの言うパーティの一員としての強さって言うのは、仲間にないものを補えているかってことだよ。でも、オレにはその強さはもうない」


 ジンは(うつむ)き気味にそう言った。


「つまり、そのパーティの一員としての強さって言うのはパーティ内での役割ってことなんだろ?」


 俺はジンに言葉の意味を問う。


 ジンの脱退発言はいきなりのことで相当に驚いたが、おそらく力を持つ者特有のスランプから来るものではないかと俺は考えた。


 きっと今日、自分よりも速い存在を知ったことで、精神的に不安定になっているのだろう。


 そして、このスランプが一時的なものであるならば、ここでジンの脱退を認めるよりも、仲間として共に問題の解決を目指した方がジンのためになると俺は思う。


 それに、俺自身、ジンにはパーティを抜けて欲しくないからな。


 ともかく、そのためには、この場でちゃんと話し合ってジンの心境を理解し、脱退を引き留めなければならない。


 だから、俺はジンの言葉の意味を理解するために問いかけたのだ。


「そうなのかな?」


 しかし、返ってきたのは疑問文だった。


「例えば、力の強い剣士がいるとするだろう?」


「うん」


「もし、その人が同等の力の強さを持つ剣士達4人とパーティを組んだとしても、その人が持つ力の強さってのはあまり有用じゃない。全員が同じ力を持っているのであれば、パーティの中で埋もれてしまうわけだからな。つまり、ジンの言う所の強くないってわけだ」


「まあ、多分そう」


「でも、その人が魔法使い4人とパーティを組んだらどうだろう?後衛職ばかりのパーティに前衛職が参加するわけだから、これまでよりずっとパーティ全体の耐久性は上がるだろう。と、すれば、その人の力の強さって言うのは『仲間にないものを補えている』ことになる。そして、それはジンの言うところの強いってことになるんじゃないのか?」


「ああ!うん、そうだね」


 ジンは合点がいったようにそう言う。


「それなら、後衛ばかりのパーティに前衛と言う『役割』を持った人が参加することで『仲間にないものを補えている』わけなんだから、ジンの言う『強さ』は『仲間にないものを補えているか』ってことなら、今挙げた例に習えば『役割』と言い換えられるんじゃないか?」


「うん、確かにそうだね」


 俺の説明でジンは理解したようだった。


 俺は簡単な例を挙げてまで、ジンの言う強さはパーティ内の役割であることを説明したのには理由がある。


 説得にせよ、討論にせよ、相手に自分の考えを理解してもらい、自分が相手の考えを理解するためには、言葉の認識を合わせる必要があるからだ。


「それなら、ジンの『オレは弱い』って言うのは、パーティ内での役割を果たせていないって言う認識でいいんだよな?」


「まあ、そうなるね」


「俺はジンの役割は『圧倒的な速さで相手を仕留めたり撹乱(かくらん)したりすること』だと思っていて、それなら役割は果たせていると思うんだが」


 世辞でも誇張でもなく、これは俺の本心だ。だからこそ、俺は弱いから抜けると言ったジンの真意が理解できていないわけだ。


「確かにあっているかもね。でも、オレは自分の役割って言うのは『誰にも負けない圧倒的な速さで敵を一撃で仕留めること』だと思っていたんだよ」


「つまり、あれか?今日自分よりも速い存在を知ったことで『誰にも負けない』って部分が達成できなくなったから抜ける、そう言うことか?」


「うん、それもある。ってより、それが決め手となったんだけどね。それよりも、ケンなら気付いているんじゃないかい?オレの役割の後半部分が破綻していることに」


「敵を一撃で仕留めるってところか?そりゃ相手の正体を知らない状態で一撃で仕留めるのは不可能に近いだろ。そもそも麻痺毒の効かない魔物や物理攻撃と相性の悪い敵もいるんだ。それこそパーティで相性の良い奴が対処すれば良い。逆に相手が人間であればジンは比類(ひるい)ない強さを発揮できるわけだし、全ての敵を一撃で仕留められないことを気にする必要はないんじゃないか?」


「オレもその意見には賛成だよ。その役割を(かか)げたのはパーティに参加して間もない頃だったしね。でも、初めてキメラと戦った時、相手を一撃で仕留められなかったオレは気付いたんだよ。自分が小さな人間であることに」


「それは、『敵を一撃で仕留める』って役割を掲げた時点では、敵として人間しか想定できていなかったってことか?」


「すごいね、その通りだよ。暗殺者をしていた頃は殺すのは人間だけだったからね。だから、冒険者は、殺人の技術だけでは一撃で仕留めることのできない魔物を相手にしなければならないことを体験し、オレは自分が井の中の蛙だと気付いたよ。そして、それと同時に自分の生き方が恥ずかしくなった。ケン達は冒険者として戦うために努力している中で、オレは暗殺者としての技術を使い回して冒険者活動しようとしていることにね」


「いや、それは違うだろ。別に冒険者だからと言って、様々な敵と戦うわけじゃない。冒険者によっては人間としか戦わない奴だっている。だから、恥じる必要はないんじゃないか?」


「どうだろうね。少なくともオレはそうと感じてしまったからね。まあ、それはさておき、そんなこともあって、オレは自分としての役割をケンの言う『圧倒的な速さで相手を仕留めたり撹乱したりすること』に変わったんだけどね。いや、変わるしかなかったのかな。でも、変えることで保っていた役割も今日再び失ってしまったんだけどね」


 随分(ずいぶん)と遠回りしたけど、結局今日のことに帰結(きけつ)するのか。ジンよりも速い存在の登場に。


 結局、長々と話したけれど、俺がジンを引き留めるには「役割を果たせていないから抜けたい」と考えるジンを説得するしかないわけだ。


 ジンはこのパーティにとって、いや、俺にとっても必要な存在だ。


「なあ、ジン。別にジンの役割は1つじゃないんじゃないか?探せば他にもあると思うんだが」


「いや、ないね。オレ自身 散々考えたさ、それこそ自分のことだからね。それでも見つからなかったんだよ、今まで掲げていたあの役割だけしか。そもそも魔法が使えない時点で物理攻撃しかできないからね。そして、攻撃力が特筆して高いわけじゃないオレにとって速さしか取り柄はなかったんだよ。そして、その役割が今日、失われたんだ。オレにはもう何もない。それともケンはオレの別の役割を見出すことはできるのかい?」


「それは…」


 ジンの気迫に気圧されて続く言葉は俺の口から発せられることはなかった。


 いつものおちゃらけた雰囲気とはうって変わって真剣で冷静なその言葉には、それだけの迫力があったのだ。


 それこそ、ジンだって抜けたくて抜けるわけじゃない。


 俺達と共に冒険を続けたい気持ちも当然あるのだろう。


 それでも自分の考えに基づき、悩みに悩んだ結果、今回の結論に至ったのだろう。


 それなのに、俺が浅はかに別の役割があるなんて断言できるのだろうか。そう、思ってしまった瞬間、言葉に詰まってしまった。


「ね?ケンだって答えられないだろう。だからもう、今のオレに役割なんてないんだよ」


「で、でも、役割ってそんなに大事か?きっと俺だって役割を果たせていないだろ?」


 反省した側から俺はまた、浅はかに反論をしてしまう。その言葉はジンの考えを否定しているとも知らずに。


「何を言っているんだい、ケン?キミはちゃんを役割を持っているし、果たせているじゃないか。パーティのリーダーって言う役割を。それに例え、ケンが役割を果たせていなかったとしてリーダーをやめろなんて言わないよ。オレはオレの考えをみんなに押し付けようなんて思っちゃいないからね。何だか、ケンと話していると、オレは随分我が儘なことを言っているように感じて来たよ。ごめん、自己満足だとは思うけど、オレは弱いままでこのパーティの仲間でいることはできないんだ。役割を果たせない以上、みんなの命を危険に(さら)してしまうからね」


 ジンは俺が思っていたよりもはるかにちゃんと考えて結論を出していたようだった。


 俺がジンを説得するつもりが、いつの間にかジンが俺を説得していたのだ。


 きっとこれ以上の反論はジンの考えをさらに侮辱(ぶじょく)するだけだろう。


「ジン、お前の考えはわかったよ。俺はジンがこのパーティを抜けることをリーダーとして認めよう」


「本当にごめん、そしてありがとう。実は今まで隠していたけど、『憤怒』に殺されかけたあの日から、オレは自分に自信を持てなくなっていたんだよ。自分はもっとできると思っていたんだけど、人生ってそんなに甘くないんだね。それに『憤怒』のせいで自分よりも大きな魔物やキメラを見ると身体はすくんじゃうし散々だよ」


 俺がジンが抜けることを承諾すると、ジンはいきなりそう言った。


 脈絡のないその言葉に、俺は一瞬疑問を(てい)するも、即座に理解した。


 きっと抜けることを承諾する前にジンがそのトラウマについて話したのなら、俺はジンが抜けることを即座に承諾していただろう。


 俺達の冒険の目標はゲオルクの撃破にある。


 そうなればこれからもキメラとの戦いは続くだろう。


 つまり、冒険を続けることで、ジンはキメラと戦うことになるのだ。トラウマを感じるキメラとだ。


 となれば、そこまでの苦痛をジンに強いることができない俺は即座に承諾するだろう。


 でも、ジンはそんな俺を脅すような方法で承諾を得ようと思わなかったのだろう。


 だから、このタイミングまで黙っていたのだ。


「そうだったのか、ジン。そんな大事なことにも気付けなかった俺はリーダー失格だな」


「オレが意図的に隠していたからね。気付けなくてもそれはケンの責任じゃないよ。それじゃあ、ケン、オレはそろそろ行くよ。女の子達にはケンの方からうまく言っておいてね。あっ、くれぐれもオレがキメラを怖がっていることは言わないでよ」


 そう言うジンの口調は、普段の明るいものに戻っていた。


 俺達は随分と話し込んでいたようで、路地裏の光と影の境はいつの間にか俺とジンの間にまで移動していた。


「ああ、うまく言っておくよ。ジンも達者(たっしゃ)でな。もし、ジンが自分の役割を見つけることができたら、いつでも戻ってきて良いからな」


 別れを惜しむ気持ちはあったけれど、送り出す側がいつまでも別れを惜しんでいたら、きっとジンも躊躇(ためら)ってしまうだろう。


 そう思って俺はそう言った。


 しかし、その言葉とは裏腹に視界は(にじ)み出る涙によってぼやけていた。


「ありがとう、ケン。オレが強くなれたらきっと戻るよ」


 俺が視界を遮る涙を拭って、目を開いた時、そこにはもう誰もいなかった。


 こうしてジンは俺達のパーティを去ったのだった。

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