15.2 死の風Ⅱ
俺達は帝都の端にあるその区画まで、結構な時間歩いた。
別の街と称されるだけのことはあって、街の中心部からは極めて遠かった。
その区画に建ち並ぶ建物は、殆ど廃墟のようになっていて、ここを不当に占拠している奴らが雨風をしのげているか微妙なところだ。
さて、そんな感想を抱きながら俺はみんなと区画内を歩いているわけだが、メアリーの話にあったその反社会的組織の連中の姿が見えない。俺はてっきり区画内に入った瞬間に襲われるものだと思っていたのだが。
「誰もいないね。もしかして場所移動しちゃったんじゃない?こんなボロいところいつまでも拠点にはできないもんね。それで、ソイツらがいなくなったから、『死の風』もオレ達を襲って来ないとか?」
俺の後ろを歩くジンは何も起きないこの状況に飽きたのか、そんなことを言った。
「おい、ジン。油断するな!ただ隠れているだけかも知れないだろ」
俺がそう言って ジンの方を振り向いてた瞬間、ジンの姿がフッと消えた。代わりに甲高い金属音が俺の死角から聞こえて来た。
「やっぱりね。そろそろ仕掛けてくる頃合いだと思っていたところだよ。ずーっと殺気漏れてたよ」
甲高い金属音と同様の場所から聴こえてくるジンの声に、俺が慌てて前を向き直すと、そこにはジンともう1人の男がいた。
「オマエ、なかなか速いナ。コロシを始めて、初めて殺し損ねタ」
手に刃物を持ち、奇妙な仮面をつけたその男は(おそらく)ジンを睨みつけて、そう言った。
俺はこっそりと「分析の片眼鏡」を取り出す。出会った瞬間に相手のステータスを看破しておくのはなかなか姑息な手ではあるが、今回ばかりはそうも言っていられないだろう。
早速俺は「分析の片眼鏡」で仮面の男のステータスを見ていく。
魂の名前…、「Fast」!
中学生でもわかる その魂の名前を見た俺はそのまま男の能力値を見る。
平均よりも低い値が並ぶ中、俊敏性のステータスが異様なまでに高かった。
数値にして3万。
4700程度のジンが可愛く思えてくるほどの圧倒的な数値だ。
「ウェンディ!俺達にスピードアップ、敵にスピードダウンを!」
この格差を埋めるために俺はウェンディに指示を出す。
この瞬間を逃せば、俺達は全滅する。その焦りで俺はつい大きな声を出してしまう。
俺の指示に従って、ウェンディは即座に2つの魔法を使用した。
これで、実質1万5000と1万弱。差は大きく縮まったが、それでも5000の差は大きい。
「オマエら今、何をしタ?」
問いかける仮面の男。その男を無視して、俺はジンに指示を出す。
「ジン、そいつ、お前より速い!油断しているうちに倒せ!」
「わ、わかった」
流石にジンも自分より速い奴がいるなんて思わなかったのか、少し動揺したように返事をする。
返事をしたジンがフッと消え、仮面の男の背後に再び現れたかと思うと、そのジンの背後には仮面の男がいた。
矛盾した発言だが、間違っているわけではない。
ジンが姿を現したと思ったら、その背後はすでに仮面の男がいたのだ。当然、ジンの前にはもう誰もいない。
それほどまでに速く、常人の理解などとうに超えていた。
「ナルホド、俺の移動速度を遅くしたのカ。ソレデモまだ、俺の方が速いナ」
いつの間にかジンの頰には1本の斬り傷が入っていた。
「ジン!」
傷口から流れる血の量はそこまで多くはないが、俺は動揺してしまう。
動揺しているのはジンも同じようで額から一筋の汗が流れ落ちた。
「イマのは完全に首を斬ったと思ったんだがナ。オマエは面倒そうダ。アトマワシにして他の奴を殺すとしよウ」
その言葉に寒気を感じ、俺は首を守るように左腕を顔の前に反射的に動かした。
直後、左腕には鈍痛が走った。
「オマエ、今、俺の攻撃を防いだナ」
いつの間にか俺の眼前にいたその男は、そう言った。
咄嗟にあげた俺の左腕は仮面の男の攻撃を防ぐことができたのだろう。
そして、メアリーから貰った服のおかげで左腕は斬り落とされずに済んだようだ。
ただ、衝撃までは防ぎきれなかったようで、骨折してしまってはいるが。
視覚情報の猛烈な変化に俺がついて来れずにいると、仮面の男はジンに入れ変わった。
「オマエは後だと言っただろウ」
俺の眼では捉えることはできなかったが、おそらくジンが男を攻撃し、男はそれを躱したのだろう。
ダメだ、完全に状況について行けていない。しかし、それも仕方ない。上手く言語化できないような状況について行くなんてことは誰にもできないだろう。
そんな分析はさておき、想像の3倍くらい危機的な状況になってしまっている。
ジンと俺は何とか相手の攻撃から身を守ることができるが、女子達には難しいはずだ。
なんてことを考えていると男の姿が消え、カレン達がいるであろう後方から激しい衝突音が聴こえて来た。
しまった!カレン達が攻撃されたのか!
そう思った俺が、音の聞こえた方を振り返ると、男は空中で停止していた。
いや、おそらくカレンが出したであろう空気の壁に激突し、男は動きを止めていたのだ。
さっきの隙に魔法を使っていたのだろうか。やるな、カレン。
あまりの速さで変わっている現状に混乱していた俺ではあったが、空気の壁に激突し張り付く少し間抜けな男の姿を見て、少し冷静さを取り戻す。
もしかして、この状況に混乱しているのは相手も同じなのではないだろうか?
眼で追えない今の動きですら、普段の半分の速さなのだ。普段の状態で奇襲を仕掛けたら、それこそ誰にも気付かれることなく標的を仕留められるだろう。それこそ、「死の風」なんてオカルトじみた噂が立ってしまうほどに。
それなのに今回は止められた。それどころか、俺への攻撃は2度も止められている。1度ならまぐれだと言い聞かせられても、2度と続けばそうは行かないだろう。
相手の立場に立って考えれば、今1番追い込まれているのは仮面の男なのではないだろうか?しかも、今の衝突で相当なダメージを負っているはずだしな。
「ジン!あいつ、俺達が思っているよりも相当焦っているはずだ!5対1のこの状況ならきっと仕留められる」
俺がそう言うと、仮面の男はいきなり大きな声を上げた。
「ナメルなヨ!オマエら、出て来イ!」
その声に反応して、建物の陰から男の仲間がわんさか出てきた。それこそ、こんな人数どこに隠れていたんだと思うほどだ。
「コレでわかったと思うが、5対1じゃなくて5対100ダ!コッチの方が数の上でも有利ダ!マケルわけがないだロ!アシの速い男は俺が殺ス!オマエらは残りの4人を殺セ!」
その言葉と共に、男とジンの姿が消える。どうやら高速の斬り合いが始まったらしい。
さて、こっちはこっちでこいつらをどうにかしなければならない。
「いつも通り俺とアイリーンは前衛、カレンとウェンディは後衛で行くぞ。カレンはある程度範囲に攻撃できる殺傷能力の低めな魔法を頼む」
こんな状況で言っている場合ではないのはわかるのだが、なるべく人は殺したくない。こいつらは捕まって正当な裁きを受けるべきだ。
俺は「烈火の剣」を、アイリーンは魔法で作った風の剣と腰に差した剣を、手に取って構える。
相手の武器は片手剣と棍棒が主で、それ以外の武器はと言うと、弓矢が数人と言ったところか。全員手には武器を持っているが、だからと言って魔法が使えないということにはならないので、一応用心するとしよう。
「《降り注ぐ炎の雨 フレイムレイン》」
カレンが魔術を使うと、拳よりふた回りくらい小さな炎の球が頭上に無数に現れ、そのまま敵に向かって降り注いだ。
1発躱すだけであれば、おそらく誰だって簡単にできるだろうが、それこそ、こう雨のように大量に降り注がれてしまっては、その全てを躱すのは不可能に近い。
当然、被弾した者は被弾したところから服や身体が燃え始める。
そして、地面に転がったり、叩いたりして火を消そうと抗うも、直後別の炎の球が被弾し、身体を燃やす炎は広がり続けた。
こうして見ると地獄絵図だ。
そんな地獄を横目に、俺はカレンの魔法の圏外にいる敵を斬り続ける。もちろん致命傷は避けるようにだ。
それにしてもこいつら弱すぎないか?
大方、今までは全てあの仮面の男が戦って来たのだろう。
こいつらは1人の強者に付き従っている弱者に過ぎないと言ったところか。まるで、ライオンに集るハエのようだ。
―――
そんな数だけは多い雑兵を俺とアイリーンは次々に斬り倒した。
そして、2分としないうちに、仮面の男を除いた敵全員が戦闘不能となった。
さて、ジンの方はどうなっているだろう?
魔法による補助と壁に激突したダメージで、仮面の男の速さはジンと同等程度になっているだろう。
そんな予想を立てて、俺はジンを探す。音だけはするものの、相変わらず姿は見えない。
などと思っている間に、2人の姿が現れた。
鍔迫り合いとなって動きが止まったからだ。
姿を現した2人は共にボロボロの姿になっていた。
しかし、ボロボロなのは装備だけで、男の方は血も出していない。
とは言え、ジンも防刃の服を着ているからか、身体から出ている血の量は少ない。
若干ジンが劣勢といったところか。
そう思った俺は鍔迫り合いをしている2人に徐に近づくと、そのままジンの肩に手を置いた。
仮面の男は、彼の手下共が相手をしているはずの俺の登場に(おそらく)ギョッとした表情を見せると、一瞬で4〜5歩程度下がった。
「ジン、雑魚共は片付けた。こっちもそろそろ幕引きにしてくれ。《タイムバックワード》」
俺はジンのダメージと体力を回復させた。
いくら足が速かろうと、移動できる距離は体力に依存する。
つまり、ここで俺がジンの体力を回復させてしまえば、俺達の勝利はより盤石なものとなるのだ。
体力の回復によって、本来の速さを取り戻したジンは仮面の男に斬りかかる。
時々見える2人の姿から、ジンが有利であることを俺は確信した。
「クソ!マタ、小細工カ!オマエら、卑怯だゾ!」
金属同士が激しくぶつかる音の隙間から、仮面の男のそんな声が聞こえた。
「おいおい、100人もの手下を後出ししといてよく言うぜ。それに、先に仕掛けたのはお前の方だろう?俺達はただ、身にかかる火の粉を振り払っているだけに過ぎないんだからな」
どこにいるかわからない仮面の男に聞こえるように、俺は少し大きめの声でそう言った。
その瞬間、ドタッと左後ろの方で音が聞こえた。
音のする方に身体を向けると、尻餅をついた仮面の男と、その男の喉元に刃を突きつけるジンの姿があった。
尻餅をついた衝撃からか、男が着けていた仮面は外れて地面落ちた。
仮面の陰から出てきた男の顔は、いかにも悪人面だった。年は20代後半程度だとは思うが、無精髭のせいで10歳くらい歳を取っているように見える。
そして、普段なら皆が恐れるその悪人面も、今この時ばかりは逆に恐怖に歪んでいた。
「ケン、どうする?殺すかい?殺しからは足を洗ったオレだけど、ここでコイツを殺し損ねたら、次にコイツからの暗殺を防げる保証はないよ」
「いや、殺さず麻痺で頼む。そいつは大事な証人だ。そいつが『死の風』の正体だと明かした後、帝国に引き取ってもらって適切な処分を受けさせよう」
「わかった。ケンがそう言うなら、命は取らないで置こう。良かったね、おっさん」
ジンがそう言った直後、俺は背筋に冷たいものを入れられた感覚に陥る。
それに呼応するように男も何か驚いたような顔になっていた。そして直後、男は口元に笑みを浮かべた。
「ジン、早く斬れ!」
俺のその声がジンに届くよりも速く、男の姿は消えた。
刹那、俺の身体は後方へと吹っ飛んだ。
俺の身体は2回程地面でバウンドした後、建物の壁に当たって停止する。
右腕と左足、肋骨は骨折しただろう。それほどまでの衝撃だ。
身体中を襲う痛みに気を失いそうにながらも、なんとか意識をしっかりと保つ。
俺がこうなった原因は1つ、魔法の効果時間切れだ。
それによって本来の速度を取り戻した男は、喉元に刃を当てていたジンすらも置き去りにできる程の速度で一直線に俺を吹き飛ばしたのだろう。
「サッキは良くも好き勝手に言ってくれたナ!」
先程まで、俺が立っていた場所から大きな声でそう言う男。
「ケンをよくも!」
そう言って飛びかかって行ったジンは瞬きをした瞬間に男とは逆の方向に吹っ飛んで行った。
俺には見えなかったが、おそらくジンは攻撃を仕掛け、男に反撃を喰らって逆方向に吹っ飛ばされたのだろう。
「オマエは後ダ。オトナシクそこで待っていロ。ドウダ?オマエらなんて、俺の本来の速度さえ出せれば、戦いにすはならないんだヨ。サテ、虐殺の始まりダ。マズは俺に生意気な口を利いたそこの男を殺ス。ツギに、チョロチョロと動き回るハエのような男、そして、最後に小細工を使う女共を殺すとしよウ。ジャア、最初は…」
男の姿がフッと消える。
来る。
そう確信した俺は、手に持つ「烈火の剣」を振り上げた。
刃ではなかったものの、刀身が男の顔にぶつかった。
男の顔からはジュウという焼けるような音が聴こえてきた。
堪らず男は後ろへ一歩二歩とよろけながら下がった。
「ナゼダ。オマエはもう動けないほどの傷を負ったはズ」
焼けた顔を抑えながら、男はそう言った。
「治したんだよ、俺の魔術でな。つか、一度見せただろう?」
「アノ小細工カ。ユルサン!ナンドも小細工で人を虚仮にしやがっ、ごふっ」
高熱に焼かれた顔を抑える手の指の隙間から俺を睨みつけていた男は、後方からの衝撃に、言葉の途中で顔面を地面にぶつけるように倒れた。ゴンッと言う音から察するに相当な衝撃だろう。
「いやー、ケンが上手く気を引いていてくれたおかげだね。流石にオレもこんなに綺麗に攻撃が入るとは思わなかったよ」
男にその衝撃を与えたのは、言わずもがなジンだ。ジンの姿勢を見るに、飛び膝蹴りかな?
「クソ!オマエは後だと言っただろウ!」
「は?お前は頭悪いのか?なんでお前が決めた順番に俺達が従う必要があるんだ?いや、お前は頭が悪かったな。一度見た魔術も覚えていないし、攻撃では常に最短距離で真っ直ぐに突っ込んで来る。せっかくの速さが勿体ない。まあ、そのおかげで俺を瀕死だと思い込んで真っ直ぐ突っ込んで来るお前に攻撃を叩き込むことができたんだから、俺はお前の頭の悪さに感謝すべきかもな」
地面に突っ伏す男を俺は煽りに煽った。
俺の煽りを受けた怒りからか男の顔は真っ赤に染まる。いや、顔が赤いのは火傷のせいかも知れないな。
「マタ生意気な口を聞いたナ!コロス!コロシテや…」
そう言って立ち上がろうとした男は、上手く立ち上がることができずに再度倒れる。
「お!やっとオレの毒が回ってきたみたいだね。毒を浴びせたはずなのに、ベラベラと喋り続けていたから、焦ったよ」
声もあげられなくなった男に、ジンはそう言った。
男の頰には一本の斬り傷が入っていた。ちょうどジンが男に付けられたのと同じ場所だ。
自分がつけられた場所と同じ場所に斬り傷を付けたのはジンなりの意趣返しのつもりかも知れないが、そりゃそんな主要な血流と無関係な場所に斬り傷を付けたら毒の回りは遅くなるだろ。
それにしてもいつの間にそんな傷をつけたのかわからなかったな。全く、今日はわからないことだらけだ。
―――
ジンの毒で動けなくなった男を拘束し、俺達は兵士達を呼んだ。
流石に100人もいるこいつらを俺達だけで運ぶのは骨が折れるからな。まあ、すでに今日は骨折を体験しているんだが。
そんなしょうもないことはさておき、兵士達を呼ぶことで、この依頼は概ね終了した。
後はメアリーに証言を頼み、男の能力値を印字した紙と共にギルドに報告すれば、「死の風」の正体も明らかになって、この依頼は達成だろう。
男達の身柄を兵士達に預けた俺達は、メアリーに「『死の風』の正体は人間である」という証言をしてもらうために、城へと向かった。




