15.1 死の風
魔水晶を売っぱらってから2週間が経った。
その間も俺達は魔水晶採掘に勤しんでいた訳だが、俺達は冒険者だ、そのことを忘れてはいけない。
元々副業がてら始めた魔水晶の販売業であるが、こっちの方が比較的安全かつ高収入であるため、ついのめり込むようにハマってしまった。
しかし、それはあまりよろしくない。このペースでいったら1年しないうちにセート中の魔水晶を掘り尽くしてしまうだろうし、ゲオルクから送り込まれたキメラに対応できなくなるかも知れない。
つか、俺達の行動指針は、世界中にキメラを送り込んでいるゲオルク・フィッツロイを倒すことにあるわけで。このままでは、そのことすら果たせなくなる。
それを危惧した俺達は、俺とジンの武器ができあがることをきっかけに久しぶりに冒険者の仕事をしようと言う話になったのだ。
メアリーには都合の良い時に魔水晶を持ってきてくれれば良いと言われているので、採掘を一旦やめても取引に深刻な影響はないしな。
そんなわけで武器を受け取った俺達は帝都のギルドで依頼を受けていた。
依頼名は「『死の風』の原因究明とその対策」。久しぶりの冒険者活動再開に相応しい頭と身体の両方を使いそうな依頼だ。
さて、依頼の背景について軽く説明しよう。
場所は帝都の外れの区画、少し距離があるのでもはや別の街と言っても過言ではない集落だ。
この地域にはかつて30人ほどの人が住んでいたのだが1年ほど前、ある異変が起きた。
住人が次々と亡くなってしまったのだ。
その亡くなり方もまた奇妙なもので、目撃者の話によると、被害者達は外を歩いていたと思ったら、風に吹かれた途端に倒れてそのまま亡くなってしまったそうだ。
同様の被害が3日間で16件、生き残った人達は集落から避難したと言う。
その後、これらの現象は「死の風」と呼称され、兵士達40人によって原因究明のための先遣隊が結成、派遣された。
彼らは調査拠点の設営と集落の状況の調査を行なっていたが、その最中にまたも「死の風」が発生し、33人が犠牲となった。
これにより、本隊の派遣は中止。原因の究明はギルドの依頼として張り出され、そこから今日まで放置され続けたのであった。
これが本件の経緯だ。
しかし、ギルドの依頼書にはそこまで詳しい事情は載っていない。
では、なぜ俺は知っているのか。
答えは簡単、この件については以前メアリーから話を聞いていたからだ。
そんなわけでギルドから依頼を受けた俺達はまず城へと向かった。この事件の最新情報がないかメアリーに確認を取るためだ。
俺達が城を訪れると、すぐに応接室に通された。
今日はメアリーも差し迫った用事はないようで、すぐに俺達の元へと来てくれた。
「ケン、3日ぶりですね。今日も魔水晶の売却ですか?」
「いや、今日はちょっと聞きたいことがあって来たんだ。『死の風』についてな」
俺がそう言った瞬間、メアリーの表情は少し曇った。そして、メアリーは徐に口を開く。
「…もしかして、ケン、依頼を受けたのですか?」
「ああ、そうだが、何か不都合でもあるのか?」
「その依頼、お受けになられるのは控えた方が良いかと思います…」
メアリーの深刻な表情の意味を、俺は全く察することができずにいた。
「なんでだ?」
「『死の風』は強大な力を持つ何者かによって引き起こされた人為的なものである可能性が浮上しているのです」
「それって、『死の風』の原因が自然現象じゃないってことだろ?むしろ対策が立てやすくなったわけだ」
「確かに、原因の見当が全くつかないよりは、良いかも知れません。しかし、ケンは知覚もできない攻撃を仕掛けてくる相手に対してパーティー全員の身を守ることができるのですか?」
「そう言われるとなかなか難しいかも知れない」
「それなら、こんな危険な依頼、受けるべきではないです」
「でも、誰かはこの仕事をしなければならないんだろ?例えギルドの依頼じゃなくなったとしても、兵士や騎士の誰かが危険を犯さなければならないんだろうしな。それに、『死の風』の原因が本当に人為的なものだと言う証拠はあるのか?」
「ええ、証拠はあります。まず第1に、あの区画には現在、反社会的な組織が不当に占拠しています。彼らは『死の風』の影響を受けることなく、日々悪事を働いています」
「『死の風』が発生しなくなったとは考えられないのか?」
「いえ、つい先日、『死の風』で兵士が1名命を落としています。『死の風』はまだ発生し続けているのです」
「でも、原因は細菌性のもので、そいつらには耐性があるとも考えられるが」
「それも違うでしょう。その兵士の遺体を回収して解剖したところ、首の左側面から前方にかけて刃物による傷があり、それが致命傷になったことは間違いありません。そして、この兵士の遺体は『死の風』の被害者の中で初めて解剖が行われた遺体です。よって、『死の風』は、不当にあの区画を占拠している輩によって人為的に引き起こされているものだと、私達は結論付けました」
「なるほどな、概ね納得だ」
「それなら、この事件に関わることが如何に恐ろしいかも理解してくださったことでしょう」
「ああ、確かにな。でも、俺は受けるつもりだ」
「なぜ!なぜ、そこまでこの依頼にこだわるのですか?」
頑固な俺の回答にメアリーは困惑の表情を浮かべてそう言った。
「このまま俺達が依頼を受けるのをやめたとしよう。それでもし『死の風』によって多くの人が殺されてしまったら、俺は後悔すると思うんだ。ただでさえ『特別名誉騎士』なんて身に余る称号をもらっているのに、自分可愛さに国民を守れないのは罪だろう」
「その称号はケン達の功績に応じて与えられたものに過ぎません。だから、『特別名誉騎士』の称号を持っているからと言って、ケンがこの件を解決しなければならないというわけでは無いのです。皆様からもケンに言ってあげてください。皆様もこのような危険な依頼受けたくはないでしょう」
俺を説得できないと判断したメアリーは、みんなに向かってそう言った。
俺は俺の考えで、今でもまだこの依頼を受けるつもりでいるが、確かにみんなは命を賭けるようなこの依頼を受けたくないかも知れない。
例え、誰かが受けたくないと言っても、俺はそれを責めることはできないだろう。俺には俺の考えがあるように、みんなにだってそれぞれの考えがある、それを否定するなんてことはできないのだから。
思い雰囲気の中、メアリーの問いかけに最初に返答したのはアイリーンだった。
「メアリーさん、あたしはケンがこの依頼を受けるって言うなら、着いていくつもりです。危険を顧みないケンの判断は、必ずしも褒められる行動ではないと思うけど、ケンが危険を顧みなかったからこそ、こうして今あたしは生きているわけですから」
「お姉ちゃんの言う通りだね。もし、あの時ケンが助けてくれなかったら、わたしとお姉ちゃんはキメラの攻撃で死んじゃってただろうし。だから、今回もわたし達がその依頼を受けることで救われる人がいるなら、わたしもその依頼は受けるべきだと思う」
アイリーンに賛同するようにウェンディはそう言った。
「そんな…」
「オレもケンについて行こうと思うよ。どうせオレ達が付いて行かなくても、ケンは行っちゃうと思うし。オレ達が放っておいたら、ケンは1人でどんどん無茶しちゃうだろうしね」
想像だにしない返答に戸惑うメアリーに、ジンも続けてそう言った。
「そうですね。私も『憤怒』のキメラの時は、一緒に戦うことができずに、ケンさんを心配することしかできませんでしたから。あんな思いをするくらいなら、一緒に戦っていたいです」
カレンの言葉まで聞き終えると、強張っていたメアリーの表情は、一瞬ハッと何かに気付いたようなものを経由して、納得したような表情になった。
「そう、ですか…。これが共に命を賭けて戦ったパーティの信頼関係…と言うものなのでしょうね。私も皆様のようにケンと共に冒険者活動をしていれば、きっと同じような考え方もできたのでしょうが、ただ城でケンを待つ私にはそれは叶わぬ夢。今日ばかりは一国の姫として生まれた我が天命を恨んでしまいます」
自分と俺達との意見の大きな食い違いの原因に気づいたメアリーは悲しそうにそう言った。
「そんなつもりじゃ!メアリーは悪くない。俺がもっとメアリーと一緒に過ごしていれば、そんな悲しい思いをさせずに済んだんだ。すまない」
「ケンは悪くありませんよ。例え、どれだけの時間、共に過ごしたとしても、今日の食い違いは避けられなかったでしょう。殊、戦闘においては、共に命を預け合い、協力して敵を討つ。そのようにしてしか信頼関係を築けないでしょうから」
「すまない」
俺はメアリーを仲間だと思っている。メアリーも俺を仲間だと思っているだろう。
それなのに、俺達の間には見えない溝がいつの間にかできていたのだ。
一国の姫に危険なことはさせられない。その判断は今でも間違いだとは思っていない。
それでも、メアリーを悲しませない方法はあったんじゃないかと思うと、申し訳ない気持ちしか出てこなかった。
「ケン、謝らないでください。きっとこれは誰も悪くはないのです。こうして意見が食い違うのもきっと仕方のないことなのでしょう。だから、私はもうケン達を止めません。そして、私は私の役割を果たします」
「役割?」
吹っ切れたようなメアリーの発言に俺の頭上に疑問符が浮かんだ。
「私がケン達の仲間になった日、私の役割は後方支援だと、そう言ってくださったではないですか」
「ああ、確かに言った」
「私は皆様に装備を譲渡いたします。特殊な金属で編み込んだ耐刃性の高いものです」
そう言うと、部屋の扉がガチャリと開く。どうやら、メイドのメイさんがそれを取りに行ったらしい。
「金属を編み込んだって言うと、鎖帷子みたいなものか?」
「ええ、構造的にはそれが1番近いかと。ただ、今からお渡しするそれは鎖帷子よりも軽く、さらに丈夫です。並みの武器では斬り裂くことはおろか、傷をつけることすらできないでしょう」
メアリーの紹介が終わったかと思うと、再度扉は開いた。メイさんが他のメイドや執事を連れて大量の装備を持ってきたのであった。
色も形状も様々でパッと見ただけだと普通の服となんら変わりはない。鎖帷子を想像していた俺は少し虚をつかれた。
「いやー、壮観だね。メアリーちゃん、ここから好きなの選んで良いの?」
装備を見て最初に声を上げたのはジンだった。普段は黒一色の装備なのに、服なんかに興味あるのか?まあ、あったからなんだと言うわけでもないのだが。
「ええ、好きなのを選んでいただいて結構ですよ。ただ、布自体の性能は保証されているのですが、服になってしまうとまだ検証していないので、何とも言えないです。つい、一昨日城に運ばれて、明日から性能試験をする予定だったものですから」
「そんな重要そうなの貰って良いのか?」
「ええ、もちろんです。むしろ、これから戦いに行く人が着るべきなのですから」
「ああ、確かにな。ありがたく頂戴するよ」
そんなわけで、俺達は新たな装備品を選び始めた。
―――
しばらくして俺達は全員、新たな装備に身を包んだ。
と言っても、正直そんなに代わり映えしたわけじゃない。
ジンはフード付きのマントにはなったが、下に着ている服も含めてまたも色は真っ黒だし、カレンは着替えたかわからないほど似たような真っ白な服装をしている。
アイリーンとウェンディは多少冒険者っぽさが増した程度だな。ちなみに、2人はお揃いの服でアイリーンの服の赤い所が、ウェンディでは青、と言うように色違いになっている。
まあ、俺もやはり濃紺のコートを羽織っているので、人のことを言えないが。
「結局、みんな似たような服を選んだんだね。オレもだけど」
「こんなに色々と選べても、やっぱり似たような服装が落ち着きますからね」
お互いに服装を見合って、ジンとカレンはそう言った。
「メアリー、服ありがとうな。準備も万端だし、俺達はそろそろ出発するよ」
「ええ、気に入って貰えたのなら何よりです。気をつけてくださいね」
「ああ、心配しなくても俺達はまた全員で戻ってくるさ」
俺はそう言って、みんなと城を出た。
目指すは問題の『死の風』が発生している区画だ。
しかし、この時の俺はまだ知らない。
俺の偽善者じみた この軽率な行動によって、仲間を1人失ってしまうことを。




