14.10 深部で構える巨像
メアリーとの商談までになるべく多くの魔水晶を集めようと思った俺は、帝都から帰った翌日パーティの面々と第57番洞窟を訪れていた。
と、言っても魔水晶採掘自体はカレン1人で充分であるため、一応の護衛として俺が残り、ジン、アイリーン、ウェンディの3人には洞窟の探索に行ってもらった。
本当は俺が探索に行くはずだったのだが、戦闘や連絡のためにジン、照明や魔法攻撃のためにアイリーン、前衛のサポートのためにウェンディが行く必要があり、3人のどの代役にもなれない俺はカレンの護衛となったのだ。
探索組へのミッションは主に2つ。
1つは洞窟の最深部を見つけること。これが主な目的ではあるのだが、はっきり言って最深部の検討はついていないため、今日達成できるかはわからない。
もう1つは魔水晶がある地点に目印をつけること。カレンの採掘スピードは凄まじく、この間見つけた2つの地点の魔水晶は直に掘り終わってしまいそうだ。そのため、探索中にスライムのような魔物と戦った地点に印をつけてもらうのだ。魔水晶の近くには魔物がいるからな。
そんな2つの目的を探索組に言い渡した俺は、探索組を見送ると、即座にカレンの護衛の役割を果たすことにした。
まあ、護衛とは言ってもやることはない。
カレンが1人で魔水晶を採掘し、(採掘用に新調したカレン用の)収納の腕輪の中へとしまう。
下手に俺が手伝うよりもカレンが魔法で全てやってしまった方が早いので、結局俺は見ているだけなのだ。
―――
適当な岩に腰掛けてカレンの作業を見ていた俺だったが、30分もするとただただ単調なその絵面に俺の脳は退屈さを感じていた。
大きな欠伸が1つ出る。
それと同時に、意識はだんだんと朦朧としていった。
いやいや、みんな頑張って作業をしているんだから、俺だけが居眠りなんてしたらダメだ。
そう思ってはいるのだが、想いに反して意識は遠ざかっていく。
本当に寝そうになった俺は、とりあえず立ち上がった。
「カレン、何か手伝うことはないか?」
「特にないですね。でも、見ているだけだと、ケンさんも暇ですもんね」
「ああ、そうなんだよ。何かできることがあれば良いんだが」
俺のその言葉に答えるように1つの声が聞こえた。
「ケン、大変だ!とりあえず来てくれ!」
俺が声の聞こえた方に顔を向けると、そこには探索をしているはずのジンがいた。
「ジン、探索していたはすじゃ…」
俺の言葉を遮るようにジンは話し始める。
「ああ、そうなんだけど、敵がいたんだよ!巨大な水晶の怪物がね。説明している暇はないから来てよ!このままじゃアイリーンちゃんとウェンディちゃんが危ないんだ!」
ジンはそう言うと俺を持ち上げ、走り出した。
うわ、ものすごい速い。
普段ジンが体感しているであろうその速さを体験し、驚くことしかできない俺。
つか、横抱き(所謂、お姫様抱っこ)の形で抱きかかえられるの恥ずかしいな。
って、そんなことを考えている場合じゃないな。
「ジン!状況を詳しく説明してくれ!」
風圧で開け辛い口を何とか開いて、風の音に負けないような声量で俺はそう問いかけた。
「舌噛むよ。すぐに着くからちょっと待って」
ジンがそう言ったかと思うと、その言葉の通りに俺達はアイリーン達の元へと到着していた。
洞窟の最深部と思われるこの場所は半径15mほどの半球状の空間が広がっており、通路側からみて左半分には楕円形の池となっていた。
池のせいで地下空間の地面は半月状になっているわけだが、アイリーンとウェンディはその半月の奥側の端の方で体長4m程の水晶の怪物と戦っていた。2人が戦うその場所は通路からこの空間へと入った俺とは半月のちょうど線対称な場所だ。
「アイリーン、ウェンディ!大丈夫か!?」
ジンに降ろされた俺は戦っている2人に声をかける。
「ケン!わたしは大丈夫だけど、お姉ちゃんが少し厳しそうかも」
俺の声を聞いて振り返ったウェンディはそう言った。
「あたしも大丈夫だよ。こいつ、動きは遅いから避けるのは難しくないし。ただ、ずっと動き続けているから、少し疲れてきたよ」
「そうか、わかった。ジン、ちょっとアイリーンと変わって来てくれるか?2人から事情を聞きたい」
「オレはカレンちゃんをここに連れて来ようと思ってたんだけど」
「あー、そうだな。わかった。じゃあ、一旦俺がアイリーンと変わってあの怪物の相手をしておくから、ジンはカレンを連れて来てくれ」
「了解了解。ま、すぐだけどね」
そう言ったかと思うと、ジンはフッといなくなった。
「アイリーン、交代だ」
俺は武器を取り出しながら2人の元へと駆け寄った。
そして、俺と入れ替わるようにアイリーンは後ろに下がった。
「ありがとう、ケン」
ターゲットが切り替わったようで、怪物は俺に攻撃を始める。アイリーンの言うように攻撃は別に速くもなく、避けるのは容易い。
消耗しているアイリーンではなく、最も近い俺にターゲットを切り替えたところを見ると、知能は低い、もしくは条件反射的な動きだ。
「それで、こいつはどんな奴なんだ?」
「まず、そいつの近くでは魔法が使えない。正しく言うと使えないわけではないけど、使ってもすぐに効果が切れる。あたしの武器作成の魔法も、ウェンディの補助魔法も、発動したかと思ったらすぐに効果がなくなったの」
なんて厄介な。つまり、このデカブツを俺達は魔法無しの物理攻撃だけで相手をしなくてはならないわけだ。
「なるほどな。そうなると、物理的な攻撃でこいつを仕留めないとダメってことだな」
「そうなんだけど、そいつには剣なんかの攻撃も効かないの。あたしの持っている剣を思いっきりぶつけてみても、傷1つ付かなかったし。それどころかあたしの剣の刃が欠けちゃったよ」
「なんだって…」
えっと、2つの話をまとめると、ウェンディの補助魔法による援護はできない、アイリーンの武器作成もできない、さらに俺やカレンによる魔法攻撃もできないようだし、俺やジンによる物理攻撃もダメージを与えることはできなそうだ。
これ、俺達のパーティじゃ勝てないんじゃないか?
「それに相手は定期的に炎を噴き出して攻撃してくるの」
はい、駄目押し。
俺が勝負を投げたくなったちょうどその時、カレンを抱きかかえたジンが到着した。
「お待たせ。どうだい、ケン?何か良い策は思いついたかい?」
結構な距離を移動したにも関わらず、息も切らしていないジンは、「今回も楽勝でしょ」と言わんばかりにそう言った。それと同時に俺が担っていた囮の役割をジンは変わってくれた。
「いや、それがな…」
俺は今来たカレン達に状況を説明する意味を込めて、全員に俺達では倒すのは難しいということを説明した。
「でも、ケンさん、試していないこともまだありますよね?」
俺の話を全て聴き終わった後、カレンはそう言った。
「オレもそう思うよ。カレンちゃんの魔術だって試していないわけだしね」
俺の代わりに怪物の攻撃対象となったジンは、怪物の攻撃を避けながらカレンに賛同するようにそう言った。
つか、1人が囮になって攻撃を避けながら作戦会議をするって奇妙な光景だな。
「まあ、2人がそう言うなら、試してみるのも悪くはないと思うが。ところで、カレンはあいつの正体がなんだかわかったりするのか?」
「そうですね、見た目から察するに恐らくあれは魔水晶の身体を持ったゴーレムだと思います。魔法の無効化や動いている原理はわかりませんが、鉄の剣での攻撃を受け付けない頑丈な身体は硬魔水晶と言う魔力で硬質化する魔水晶によるものじゃないかと」
ゴーレム、ゴーレムか。確かにそう言われてみると、人間で言う心臓がある場所に核みたいなのが透けて見えるな。
でも、ゴーレムと言えばこの間大量に倒した土人形を思い出すが、あれに比べるとこっちのは随分と雑多な作りだな。魔水晶の塊を人型にくっつけただけと言うか何というか。
てか、あれだけでかい塊なら、取り引き額とんでもないのでは?
「なるほどな。とりあえず軽めの攻撃魔法でも打ち込んでみてくれ。流石に補助系の魔法が無効化されて攻撃魔法が無効化されないなんてことはないと思うが、物は試しだ。一旦やってみよう」
「はい、わかりました。《突き刺す光速の槍 ライトスピア》」
うん、全然軽めの攻撃魔法じゃないな。光属性は火属性の高位属性だからな、低級冒険者ならまず使えない魔法だろう。
そんなことは兎も角、カレンが放った魔法はゴーレムに届くことなく消えてしまった。
「案の定というか、やっぱり途中で消え去ったな」
想像の範疇の出来事に俺は冷静に解説を述べる。
それと同時にゴーレムは左腕に相当する部分を囮役のジンへと向けた。
「ジン!危ない!」
そう叫んだのはウェンディだ。
その瞬間、ゴーレムの腕から炎が噴き出した。その様はさながら火炎放射器だ。
俺なら確実に避けられないその炎を、ジンは持ち前のスピードで軽々と避ける。
「いやー、厄介だね。どうするの、ケン?次の作戦は?」
「カレン、魔術を頼む」
「少し、時間をください。それと、魔力の量が心許ないので、大火力で燃やすのは難しいと思います」
「了解。まあ、魔術が効くかどうかを確かめるだけだから、そんなに本気で使う必要もないけどな。倒せるに越したことはないが」
とりあえず、俺は「収納の腕輪」から「烈火の剣」を取り出す。カレンの魔術発動までの時間稼ぎついでにもう1つの策を試すためだ。
魔法はダメでも、魔水晶によって発生する炎なら倒せる可能性がある、そう考えた俺は「烈火の剣」に炎を纏わせてゴーレムに近付いた。
しかし、近付いた途端にその炎は消えてしまった。
「魔水晶の剣もダメみたいだね。でも、ケンが持ってる『両断の剣』ならどうだい?」
「そ、そうだな」
敵に斬りかかる前に「烈火の剣」の炎が消えてしまったことに一抹の恥ずかしさを感じた俺は、ジンに言われるがままに「両断の剣」に持ち替える。
そのままの勢いで、ゴーレムに斬りかかった俺だっだが、「両断の剣」による攻撃はゴーレムの硬い身体に塞き止められてしまった。
それどころか「両断の剣」の方が衝撃に耐えきれずに欠けてしまった。
「すごい硬いね。これじゃあ、物理攻撃でどうこうできる問題じゃないよ」
「ああ、確かにな」
ジンの冷静な分析に俺は頷くしかなかった。
「準備、できました!ケンさん、ジンさん、離れてください!」
そんな俺の耳にカレンの声が響いた。
俺とジンはカレンの指示に従って、後ろに下がる。
それと同時にカレンは魔術を発動させた。
「《敬虔なる神の使徒よ 聖なる炎でもって悪しき存在を焼き払え 神による大いなる断罪 ウィッチトライアル》」
久々に詠唱全て聞いた気がするが、やっぱり長いな。詠唱短縮がないとやってられないレベルだ。
カレンの魔術により、ゴーレムの後方の地面から十字架が迫り上がる。
しかし、その十字架がゴーレムを磔にすることはなかった。
十字架はその全貌を表す前に、ボロボロと崩れてしまったのだ。
「魔術もダメか…。魔法もダメ、物理攻撃もダメとなると、手の打ちようがないな」
俺は落胆の声を漏らす。
「ケンさん、ケンさん。あの刀は試したんですか?」
顎に手を当てて考え込む俺の肩を軽く二度叩きながらカレンはそう言った。
「あの刀?…あ、あー!あれか!でも、どうせ刀だから攻撃は通らないと思うぞ」
カレンが言うあの刀とはミヤモト家の家宝で俺が譲り受けたあの刀のことだろう。
「いえ、あの刀、『断魔の右太刀』は鬼を斬り裂いたとされていますからね。殊、魔力関連であれば切断できる思いますよ」
「全容は把握しきれていないが、とりあえずカレンがそう言うなら試してみよう。〈S8〉」
俺は取り出した「断魔の右太刀」を片手に、ジンが注目を集めているゴーレムに近付いた。
そして、ゴーレムに気づかれぬままに刀の間合いまで近付くと、ゴーレムの上半身と下半身の繋ぎ目を狙って水平に刀を振り抜いた。
刀は右から左へ抜ける。
斬り裂いた感触はない。
もしや外したか?必中であろうこの間合いで?
否、俺は攻撃を外してはいなかった。
そう、ゴーレムは真っ二つになって地面に転がっているのだ。核が存在する上半身は未だ動いているものの、下半身はその動きを止めている。
「…ケン、何をしたんだい?」
ゴーレムと相対していたジンは、戸惑った様子で俺に疑問の言葉を投げかける。
「いや、俺もわからない。俺はただゴーレムを斬ろうと刀を振っただけだ」
そう言って俺は、動かなくなったゴーレムの下半身に突き立てるようにそっと刃を添えた。
まるで熱したナイフをバターに当てた時のように刀はゴーレムの身体に突き刺さって行った。
そして、そのままゴーレムの身体を貫通して、地面に触れたかと思うと、そのまま動きを止めてしまった。
「すごいね、それ」
腕を振り回すゴーレムの上半身を横目に、ジンは引きつった顔でそう言った。
圧倒的な魔水晶に対する切断性能、それがこの刀の本質か…。理解が追い付かないほどの急展開を迎えた現実の中で、俺はそう思った。
この「断魔の右太刀」により万策尽きたと言う考えを一瞬でひっくり返され、俺は呆気にとられていた。
俺だけではない。ジンもウェンディもアイリーンも、提案したカレンですらこの状況を十全に理解できた者はいないだろう。
とりあえず、ゴーレムは始末しなければならない。そう思った俺は、喚く上半身にとどめを刺すべく突き刺さった刀を抜き、ゴーレムに近付いた。
ゆっくりと近付く俺に左腕を向けてくるゴーレム。
まずい!火炎放射か!
どこか心ここに在らずの俺は、赤く染まるゴーレムの左腕を見て我に帰る。
しかし、時すでに遅し。俺にはもう回避するだけの時間も残されてはいない。
俺の身に迫り、視界を赤く染め上げんとする炎。
死の恐怖を感じながらも、俺の脳内にはある言葉が思い返された。
殊、魔力関連なら切断できる?
斬った感触すら残さず魔水晶を斬り裂いたこの刀を見て俺は、魔水晶を両断する刀だと思った。
しかし、もし仮に魔水晶を両断する刀ではなく、魔力を斬り裂く刀であるなら、おそらくこの炎も斬り裂くことができるのではないだろうか。
俺の思考回路はほんの僅かな時間の中で、そんな考えを導き出した。
僅かな思考時間とは言っても俺を焼き殺そうと着々と近付いてくる炎はもう眼前に迫っていた。
そんな炎の前に俺は刀を構える。
すると、どうだろうか。炎は俺を避けるように左右に斬り裂かれた。
やはりな。
自身の仮説を証明することができた俺は吹き付ける炎が止むなり、ゴーレムへと歩みを進めた。
そして、透けて見える核に向かって刀を突き刺した。
刀が核を貫くと同時にゴーレム動きを止め、崩れ落ちる。
「倒せた、みたいだな」
先程までとは打って変わって、沈黙に溢れた洞窟内に俺の声だけが響く。
あっけない幕引きを迎えた一方で、俺の脳内は未だ疑問と驚愕が混じった混乱で埋め尽くされていた。
むしろ、倒すべき脅威がなくなったことで、圧倒的な不利が覆った状況とそんな状況を作り出した刀に対する疑問や驚愕は強くなった。
「ケン、その剣すごいね。あんなに苦戦していたのに、あっという間に倒しちゃうなんて。それなのになんで最初から使わなかったの?」
そんな俺に話しかけたのはウェンディだ。
「いや、こんな風になるなんて俺も思わなかったんだ。そもそもこの刀を使ったのもこれが初めてだしな」
ウェンディの問いかけに俺は答える。
「オレも驚いたよ。そんな武器を持っていたなんて知らなかったしさ。てか、そんな良い武器買える店に行ったなら、その時オレにも声をかけて欲しかったよ」
ジンは軽妙な口調でそう言った。
「いや、違うんだ。これは買ったんじゃなくて、カレンの家の家宝でな、カレンの実家を訪れた時にカレンのお父さんから貰ったんだよ。そうだ!カレンはこの刀について知っていたんじゃないか?」
ジンに説明をする中で、カレンならこの刀の正体を知っているのではないかと思った俺は、その思い付きのままにカレンに疑問を呈した。
「いえ、私もこんなにも優れた刀だとは思っていませんでした。だた、『鬼を斬り、天狗の風を裂いた』という伝承を知っていたので、今回の敵にも有効なのではと思っただけで…」
「そうか、カレンも詳しいわけではないのか」
「はい。昔、父がその刀で試し斬りする様子を見たことはありましたが、今回のような斬れ味ではありませんでしたから」
あまりにも謎の多いこの刀の存在に、俺は最早ゴーレムを倒したことなどどうでも良くなりつつあった。
確かに、ゴーレムも その仕組みや存在が謎ではあるのだが、それよりも、数ヶ月の間 俺の手元にありながら、今日突然大きな謎をばら撒いたこの奇妙な刀の方が俺には疑問だった。
「そこのゴーレム然り、ケンの刀然りさ、今日はよくわからないこといっぱいあったけどさ、とりあえずオレ達が全員無事で敵を倒したってことことなんだから、小難しい疑問は置いといてさっさと帰らない?」
俺達の周りに漂う奇妙な空気を断ち斬るように、ジンはそう言った。
「ああ、そうだな。とりあえず、このゴーレムは持って帰るとして、この洞窟の最深部もわかったわけだし、カレンの作業も順調だし、万事問題ないってことで今日は帰るとするか」
「あ、ちょっと待ってください。作業途中でジンさんに呼ばれてしまって採掘が中途半端な状況になっているので、切りの良いところまで作業しちゃいたいんですけど」
ジンの意見に賛同した俺にカレンはそう言った。
「ああ、別に作業するのは問題ないぞ。むしろ、俺も手伝おうか?さっきの戦闘で魔力が殆ど残っちゃいないだろう」
「はい。お願いします」
そんなわけで、ゴーレムを回収した俺達は、若干の採掘作業の後、自宅へと帰った。




