14.7 他愛のない夜の物語
さて、カレンのお陰で、セートの洞窟内の拠点からヤポンの自宅までテレポートの魔法で移動できるようになった俺達は、第57番洞窟での作業を終えて自宅へと帰ってきていた。
セートとヤポンの時差はおよそ1時間と言ったところで、セートでまだ夕日が出ているうちに移動したのだが、到着したヤポンでは既に日は沈んでいた。
洞窟の長い通路を行き来したり、戦闘を行ったりと、意外に体力を使い果たすようなことをしていた俺達は、それぞれが自分の部屋へと早々に移動してしまった。
まあ、早々に自室に移動した、と言っても俺だけは違うのだが。
と言うのも、俺は自室に移動するよりも先に、マクスウェル一家が営む宿屋・トワイライトを訪れていたからだ。
俺達が家を離れている時の管理はマイちゃんに任せており、マイちゃんは基本的に毎日俺達の家を訪れて、どこかしらの部屋を掃除してくれている。
お陰で、こんな風に唐突に帰ってきても家は綺麗に保たれているのだ。
そんなマイちゃんに対して声もかけないのは如何なものかと思ったので、帰ってきた報告と謝礼金を渡すためにトワイライトを訪れたのだった。
なるべく早く帰ってきたことを伝えようと思って行動したわけだが、その考えはあまりにも早計だったことを俺は思い知る。
なんと言っても今は日が沈んで間もない。この時間帯、宿屋の客達の殆どは併設する食堂兼酒場を訪れている。
つまり、宿屋にとって この時間帯は1日で最も忙しい時なのである。
マイちゃんがいるであろう食堂兼酒場に顔を出してみると、当然マイちゃんはいた。
そして、案の定忙しそうにしていて、話しかけられるわけがなかった。
つか、そもそも家族5人でこの規模の宿屋を切り盛りするのはやっぱり無理があるんじゃないか?
俺がそんなことを考えていると、どうやらマイちゃんは俺に気付いたようで、幾重にも重ねられた空き皿を両手に持ちながら、俺に声をかけて来た。
「あれ?ケン、帰ってきてたの?」
「ああ、ついさっきな。マイちゃんに言いたいことがあって顔を出したんだが、今は忙しそうだし、少し待っているよ」
「あ、うん、せっかく来てくれたのにごめんね。適当に座って待ってて」
「いや、時間帯も考えず突然来た俺が悪いんだ。気にしないでくれ」
マイちゃんと軽い挨拶を済ませた俺は、ちょうど今空いた席に座って待つことにした。
それにしても、ここはいつ来ても変わらないな。
騒がしい酔っ払い達の声に、芳しい料理の香り…。
そう言えば、腹、減ったな。
洞窟にいた時からドタバタしてて忘れかけていたが、こうして美味しそうな料理の香りに鼻孔を擽られると、急に腹が減ってくる。
俺はマイちゃんに料理を注文した。
マイちゃんが忙しくなくなるのを待っている俺が、料理を注文してマイちゃんを忙しくしていると言う何とも本末転倒なことになってしまったが、この状況で何も食べずに待つのは、それこそ生き地獄のような苦しみであるので、料理の注文は仕方ないことだと言えよう。
グーと音を鳴らす腹をなだめながら、しばらく料理を待っていると、マイちゃんが料理を運んできた。
もう見た目からして、明らかに美味しいことが決定している料理だ。
それらの料理を受け取るや否や俺は食事を始める。
ああ、美味い。
今日の苦難はこの料理を食べるためにあったんじゃないかと言うほど美味い。
おそらくこの料理はマイちゃんのお姉さんであるツバサさんの料理であろう。
毎回、美味い美味いと思っているが、今日のは格別の美味さだ。
料理を口に運ぶ手が止まらない!
―――
なんて思っている間に、注文した数品の料理は跡形もなくなくなってしまった。
俺が食事の余韻に浸っていると、食堂兼酒場のピークもだんだんと引いてきていた。
この場に残っているのは、定期的に酒とつまみを頼む酒呑みぐらいで、ただ夕飯を食べに来たような客はそれこそ殆どいないだろう。
満腹になった腹をさすりながら、俺がそんなことを考えていると、マイちゃんがやって来た。
「お待たせ、ケン!話があるんでしょ?なら、私の部屋に行こうよ」
「あれ、もう良いのか?まだ客はいるみたいだが」
「うん。後はお母さんとお姉ちゃん達で何とかできるみたいだから大丈夫!」
「そうか、なら行こうか」
俺達はマイちゃんの部屋へと移動した。
―――
「それで、話って何?」
「ああ、まずは家を管理してくれている御礼かな。俺達がいない間、掃除とかしてくれてありがとうな。これ、少ないけど、受け取ってくれ」
俺は金の入った布袋をマイちゃんに渡す。
「え、こんなにくれるの!てか、そもそも貰えないよ。私が迷惑かけたお詫びにってことで管理しているんだから」
「いや、あんなに家を綺麗に保ってくれているのに、一銭も払わないわけにはいかないからな。そんな多い額でもないし、俺の顔を立てると思って遠慮せず受け取ってくれ」
俺がマイちゃんに払った金額は3万ブロン。日本円にして30万円だ。まあ、1ヶ月近く家を管理してもらったわけだし、このくらいが妥当かなって感じだ。
それに3万ブロンなんて、端金(予定)だしな。
現状の俺の財布事情では大金ではあるが、これから魔水晶を売りさばいてボロ儲けする俺達にとって、おそらく端金になるだろう。
「そう?ケンがそう言うなら貰っておくよ。ありがとね」
「ああ、それともう1つ話があるんだが。まあ、これは俺達の今後の予定ってところかな。これからはセートと王都を行き来する予定なんだけど、夜は家に帰るからしばらくマイちゃんに管理をお願いすることはないと思う」
「うん、わかった!じゃあ、また家を空けるような時があれば、声かけてよ」
「ありがとう。その時はマイちゃんに頼らせて貰うよ」
この後、適当に家を空けていた時の出来事をマイちゃんに話して、俺は自宅へと帰った。
―――
家に帰った俺は早々に風呂に入り終えると、自室のベッドに横になった。
いやー、今日は色々あったなぁ。
色々ありすぎてヘトヘトになった俺が一種の充実感を感じながら、今日の出来事を思い出していると、俺の部屋がノックされる。
俺が適当に返事を返すと、扉がガチャリと開いた。
「ケン、もしかして寝てた?起こしちゃったなら、ごめん」
部屋に入ってすぐに、ベッドにいる俺を見るなりそう言ったのはアイリーンだ。
「いや、横になっていただけだから、問題ない。それより何かあったのか?」
「えっ、いや、うん、別に何かあったってわけじゃないんだけど…」
俺の問いかけにアイリーンはモジモジとしながらそう言った。
本当、夜になると性格変わるよな。まあ、超体質のせいだから仕方がないんだが。
「ん?そうなのか?てっきり何かあったのかと思ったが」
「うん。ただ、ケンに言いたいことがあって。その、今日は色々気を遣ってくれてありがとね。嬉しかったよ」
「お、おう」
なんかしたかな?全く身に覚えがないんだが。
それよりもこの流れは不味い。というか、夜のニューランズ姉妹は不味い。
これはいつものパターンだろう。
積極的に迫られて、ウェンディが合流して、修羅場まである。
俺がそんなことを考えていると、アイリーンが口を開く。
「そ、それだけだから!」
少し声量を上げたアイリーンは顔を赤らめながらそう言うと、せかせかと部屋を出ていってしまった。
自分の予想と反した現状に俺は呆気を取られた。
それと同時に、昼とギャップのあるアイリーンの行動にもやもやとした気持ちになった。
あまりの居た堪れなさに俺は夢の世界へと逃亡した。
その時の俺には、このままアイリーンの好感度が上がり続けたら、ウェンディやジン、メアリー刺されてしまうかもなんて事は考える暇もなかった。




