3.1 紅蓮の魔女
買い物をした翌日、俺とカレンはギルドの仕事をすることにした。
昨日あげたネックレスを身に着けたマイちゃんが手を振って見送ってくれたので、俺も手を振り返しながらトワイライトを後にした。
「そういえばカレンの超能力って見た魔法全てに適応されるんだよな?」
「ええ、詠唱と魔法名も知る必要がありますけどね」
「それならギルドの冒険者に魔法を見せて貰っていれば、1人でも冒険者活動をできたんじゃないのか?」
カレンの魔術はえげつない威力だけどそれ以外が使えないと言う極端な性能の魔法使いだった。そのため低い階級の依頼では実力が発揮できずに失敗が続き、危うく冒険者活動を停止されるところだった。もし仮に、俺に会う前に誰か他の魔法使いに充分な数の魔法を教えて貰っていたならば、カレンは瞬く間に高い階級の冒険者になっていただろう。
「私は少し人見知りなので なかなか話しかけられなくて…。そもそも唐突に『魔法を見せて欲しい』なんて言ったら不審に思われますよ。初対面の人に自分の手の内を明かすなんて不用心極まりないですから、誰も見せてはくれないと思いますし」
「なるほどな」
「突然どうしたんですか?」
「いや、俺達のパーティが強くなる手段として1番手っ取り早いのはカレンが魔法を覚える事かなって思ってな。魔力量だって常人の10倍はあるし、使える魔法の種類が増えれば戦略の幅も広がるだろ?」
「確かにそうですね。それに私が魔法を覚える事でケンさんにも恩恵がありますからね」
「ん?あー、『詠唱共有』って自分が使えない魔法も対象になるのか?」
「そうですよ。私達の異能は相乗効果があるので意外に良いパーティなんですよ」
「確かにな。それなら、カレンの使える魔法を増やす事を俺達のしばらくの行動指針にするか」
「そうですね。良い方法があれば良いのですが」
「俺も考えておくよ」
「ありがとうございます、お願いします」
カレンの魔法を増やす方法か、優先すべき事だとは思うが良い方法が思いつかないな。
とりあえず、今日はギルドの仕事をすることにしよう。
―――
数分後、俺達はギルドに到着して掲示板の前にいた。
カレンの魔法が増えていないうちはカレンの魔術を主戦力として使える依頼が好ましいのだがな。
そう俺が考えていると、カレンは1枚の黄色い依頼書を指差した。
「ケンさん、これとか良くないですか?」
「えーっと、なになに。『【緊急】大量発生したレッドウルフの討伐』か」
「はい、私が魔術を使う準備をしている間にケンさんが『カーム』を使い続けて壁を作っていてくれれば、簡単に殲滅できると思いますよ」
「随分と自信があるんだな。大丈夫か?黄階級推奨の依頼だぞ」
黄階級は第4階級だから俺達の2個上の階級か。まあ、俺は行けるとは思うが、それなりに慎重なカレンが提案してくるとは珍しいな。
「大丈夫ですよ。レッドウルフ自体は赤階級でも倒せる強さですし、今回は討伐数と緊急性から報酬が上がった結果、黄階級推奨になっているだけだと思いますよ」
「そうか。カレンがそう言うなら大丈夫だろう。じゃあ今日はこの依頼にするか」
「はい」
黄色の依頼書をはがし、受付に提出した。
「ヒイラギ・ケン様、こちらの依頼は第4階級である黄階級以上の冒険者に推奨された依頼です。第2階級であるケン様では依頼に失敗して罰則に沿った処罰を受ける可能性があります。この依頼を受注されますか?」
「大丈夫です。ところで少し質問したい事がありまして、この依頼の討伐対象を炭になるまで焼き尽くすつもりなのですが、その場合ギルドはどのようにして正しく討伐した事を判断するのですか?」
「そういった場合ですと、ギルド職員が同行して討伐したかを判断させていただきます。ただし、手数料として報酬の一部をいただくことになっております」
「わかりました。では、同行をお願いしても良いでしょうか?」
「承りました。しばらくお待ちください」
―――
しばらく待っていると依頼受注が承認され、同行してくれるギルド職員の方が出てきた。
「今回同行させていただきます。ジョンとでもお呼びください」
「よろしくお願いします」
―――
俺とカレン、ジョンさんはレッドウルフが大量発生している岩山へと向かった。岩山は前の依頼でシロップベアーを討伐した森に隣接している。
岩山に到着するや否や赤い毛色の狼の群れに囲まれた。レッドウルフと見てまず間違いないだろう。数にしておよそ120匹。依頼内容に違わず本当に大量発生だな。
カレン曰く、レッドウルフは本来20匹から40匹程度で1つの群れであるため、今回の群れにいるレッドウルフの数はどう考えても異常だそうだ。
ジョンさんによると、そもそもこの岩山の辺りにレッドウルフは生息していなかったらしい。そのため、群れから離れた数匹がこの地にやってきて、餌としてシロップベアーを食べて人知れず繁殖したというのがギルドの見解だ。
まあ、どんな理由で繁殖したのか真実はわからないが、既にあちらは戦闘態勢だ。戦闘以外の事を考えるのは後にするべきだろう。
「じゃあカレン、作戦通りに」
「はい、任せてください」
「ジョンさんも俺達の近くにいた方が良いと思いますよ」
「私は私の判断で行動しますので、どうぞお気になさらず」
「わかりました。《カーム》」
走ってきたレッドウルフ達が空気の壁に激突する。いいね、作戦通りだ。後はカレンの精神統一を待ち続ければ良いだけだ。
いや、ちょっと待てよ。前に「カーム」を使った時にカレンは2mだけ吹き飛んだよな。つまり、「カーム」で出来る壁の高さは2m程度ではないのだろうか?そうだとしたら、この数の狼なら簡単に壁の上から侵入できるじゃないか!
そして、その推測が正しいことは即座に証明される。
仲間を土台にして跳び上がった狼達が壁を越えて侵入しようとしたのだ。
そこからは完全に作戦の流れから外れてアドリブの対処であった。加速の魔法「アクセラレート」で自分の速度を2倍にして、入ってくる狼達を「ガスト」で吹き飛ばす。そして、周りの壁が無くならないように定期的に「カーム」を使った。かなりの回数の魔法を使っていたので、いつ魔力が尽きるか不安だった。
しかし、俺の魔力が尽きる前に無事にカレンの魔術「ウィッチトライアル」が発動する。「アクセラレート」を使っていたのもあって体感時間がやたら長かった。
キメラの時も思ったが、今回は数の多い事もあってカレンの魔術はいっそう壮観だった。
カレンを中心に高速で広がる赤い光の円の中に入った狼から順に、せりあがった十字架に磔にされ業火に包まれていく。そして狼達は次々に炭へと姿を変えていく。「ウィッチトライアル」、本当に恐ろしい魔術だ。
この魔術は範囲を指定し、その中に入った全ての敵に攻撃を行う。故に味方には攻撃が当たらないというチート性能だ。この魔術は範囲が広いほど、また攻撃する敵が多いほど消費する魔力が多くなる。よって、普通の人であれば今回の攻撃範囲と敵の数では、魔力が足りずに攻撃はおろか発動すらできない。しかし、人の10倍の魔力量を持つカレンにかかれば充分に賄える。この魔術はカレンだからこそ使いこなす事ができるのだ。
カレンは15歳になってすぐに「家から出て自分の力で生きてみなさい」と父親に命じられたらしい。それで冒険者になり数週間後に俺と出会った。カレンの家、ミヤモト家は裕福な家でカレンはいわゆる箱入り娘だった。
つまり、カレンが自分の異能に気付くことができたのは単なる偶然に過ぎないのだ。もし仮に、カレンが幼少の頃から自分の異能に気付けるような環境で過ごしていれば、今頃 国内最強の魔導士としての人生を歩んでいたことだろう。
―――
業火が消え去ると残ったのは大量の炭だけだ。しばらくすれば風で倒れて砕けたり雨で流れたりで、この炭すらもなくなることだろう。
炭は肥料にもなるらしいし、自然に対する害もないと思う。あれ?肥料になるのは木炭だったか?
何はともあれ、討伐は終わった。さっさと帰って報酬を受け取ろう。
「お疲れ様でした。まさかレッドウルフが壁を跳び越えてくるとは思いませんでしたよ」
「そうだな、やはり俺達が考える作戦は穴だらけだな」
あまり作戦を考えるのは得意じゃないんだよな。才能はあるから流れに身を任せるだけで大概の事はどうにかなるし。現に今回も上手くいったからな。でも、命が懸かっているし次からは真面目に考えるか。
「ええ、次の依頼の時はちゃんと下調べしましょう。依頼の対象はもちろん、自分達の実力もしっかりと把握しましょう」
「ああ、そうだな。『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』って言うしな」
「聞いたことない言葉ですけど、どんな意味なんですか?」
「『敵と味方の事を熟知していれば、百戦戦っても負けることはない』って意味だな」
そうか、歴史が違うんだよな。ここは異世界なわけだし、元の世界の故事成語が通じるわけがないか。
「なるほど、確かにその通りですね。『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』、座右の銘にします」
ん?「座右の銘」って言葉はあるのか、どんな基準で存在しているのかわからないな。
その後、俺達は街へと戻ってギルドで依頼の報告をした。