14.3 裁判
騎士団による簡易裁判所の設置(と言っても机と椅子を並べただけ)が終了し、開廷と相成った。
「では、これより『セートへのキメラ襲来におけるギルドによる対応の正当性の有無』に対する裁判を始める。裁判長は私、王国第7騎士団第4部隊隊長ザック・ノードリーが務める。では早速ではあるが、双方の代表者から現在に至るまでの客観的な状況の説明と主張をそれぞれについて大まかに述べて貰おう。まずは今回の1件を引き起こした住民側の代表から話してくれ」
その言葉に答えるようにして、住民の代表者は簡単な自己紹介と今回の被害状況の説明を始めた。
「はい。私は今回住民の代償を務めさせていただきます、オーウェン・オリビエです。よろしくお願いします。では、今回の被害状況ですが、街の洞窟内の建物の多くが何らかの被害を被っており、その中の一部は倒壊して完全に人が住めなくなっております。人的被害につきましては、死者こそいないものの、住民の中には様々な怪我をした者がおります。また、そう言った環境は多くの住民にとって心的な外傷となっております。我々の見解ではこれらの被害はギルドの管理不足が招いた結果だと考えております。よって、我々は管理を怠った怠慢なギルド、ならびに冒険者に対して復興費用と心的な外傷に対する損害賠償の支払いを要求いたします」
「ふむ、なるほどな」
ザック隊長は理解したような声を上げる。
本当に理解してるのか?要求はともかく、被害状況の説明は具体性の欠片もなかったぞ。
「住民側からの説明は以上です」
「では、次はギルド・冒険者側の代表者から話を聴くとしよう」
「はい」
そう返事をして、俺は立ち上がる。
「おや?私はてっきりギルドの支部長が代表者だと思っていたのだが、貴公は誰だね?」
「俺はギルドの支部長の代理で代表者になったものです。弁護士とでもお呼びください」
そう、裁判開始前にギルドへ行った俺はギルドの支部長から代表者の座を譲って貰ったのだ。
「弁護士、言葉の響きからして弁護を生業とする者か。代表者さえ決まっているのならば、私としては誰であろうと異論はないがな」
「では早速、状況の説明から始めさせていただきます。まず、今回のキメラ襲来では2000体を超えるキメラが街を襲いました。それに対して防衛に当たった冒険者は60人程度。つまり、冒険者1人あたり30体以上のキメラと対峙したことになります。加えて、今回の襲来は前兆なく発生した事案でした。以上のことから、今回は2000体以上のキメラが唐突に街を襲ったにも関わらず、60人もの冒険者が対応にあたり、死者を出すことなく騒動を収束させたことがわかります。従って、ギルド側の主張といたしましては、今回の騒動においてギルドと冒険者の対応は最善のものだったと考えております」
「ふむ、なるほどな」
ザック隊長は先程と同じような反応をする。
もしかして公平を期すために同じ反応にしているのか?
だとしても、俺の話には住民側の代表者であるオーウェンの話にはない具体性があった。
状況を説明したり意見を述べたりするときは数値を明確にするに限る。数値を明確にすることで話が具体的になり、話が理解しやすくなったり説得力が増したりするからな。
その差がちゃんと伝わっていると信じたい。
「ギルド側からは以上です」
「うむ、今回の概要並びに双方の主張は理解した。では、今回の概要について私が気になったことを質問させてもらおう。弁護士よ、貴公はキメラが2000体以上いたと発言していたが、証拠はあるのかね?」
「はい。2000という数字は後に回収された角の数から算出したものです」
実は街を襲ったキメラという観点だともう少し減る。回収された角の中には怠惰の周辺で死んだキメラも含まれているからな。純粋に街を襲ったのは1800体ぐらいだが、襲ってきた数は多い方がこちらの主張を通す上では有利だからな。嘘を言っているわけではないし、問題はない。
「ふむ、なるほど。ちなみにキメラは角の大きさが強さの指標になると聞くが、今回のキメラはどの程度の強さだったのだ?」
「はい。今回のキメラの角の大きさですと、第2階級の赤階級冒険者なら倒すことができる程度の強さとなります。ただし、今回のキメラは巨大な甲虫のような姿をしていたため、硬い外殻を持ち、空を飛んでいました。そのため、大量に押し寄せるキメラを1人で30体以上倒すのであれば、第4階級の黄階級相当の実力は必要となるでしょう」
まあ、実際はウェンディのサポートやカレンの一掃する魔法とかがあるから、俺達以外の冒険者が赤階級でも充分なのだが、馬鹿正直にそんなことを伝える利点はないから黙っておこう。
裁判と言ってもこれは法律が明確に決まっていない。ただのディベートと変わらないのだ。ならば、如何に裁判長であるザック隊長の心証を良くして、こちら側に非がないことを伝えるかが大切になってくる。
つまり、ザック隊長を言いくるめられれば良いのだ。
「ふむ、なるほど。それで今回参加した冒険者の階級の内訳はどうなっているのだ?」
「はい。階級の低い順に述べますと、第1階級の白階級が3人、赤階級29人、橙階級22人、黄階級3人、緑階級5人、計62人です」
決まったな。
2000体以上のキメラに襲われ、それらを倒すのには黄階級の冒険者が60人必要。しかし、実際には黄階級以上は8人しかいない。それなのに誰1人として殺されることなく事を終わらせた。
誰が聞いてもギルド側には非のない完璧なストーリーだろう。
「ふむ、なるほど。では、次に住民側への質問だ。オーウェン殿が先程述べた被害状況は今のところどれくらい修復されているのだろうか?」
「街が壊されてからまだ2週間と経っていませんが、大工の熱心な働きにより機能面では以前と遜色がないほどになっております。ただ、装飾等のところは後回しになっているため、以前のような美しい街並みになるにはまだ時間がかかる見込みです」
「ふむ、なるほどな。今の質疑で今回の一件に対する全体像ははっきりした。私が聞いた限りだと、全面的にではないにせよ、ギルド側が責任の大半を果たすべきだと考えているが、異論はあるかね?」
俺は理にかなわない結論に驚く。
いや、今の主張の内容を踏まえれば、どう考えてもギルド側は最善の行動をしたはずだろう…。やっぱりこの国はそうなのか…。
俺はこの第7騎士団の存在を聞いた時、嫌な予感がしていた。本来であれば、司法は独立しているべきだ。
しかし、この国では騎士が裁判の業務を行っている。
そう、この国では裁判が王の護衛や王都の管理と同列の業務として扱われているのだ。
つまり、この裁判業務で出した結果で騎士は評価される。
とすれば、国民とギルドという1組織、どちらの味方になった方が高い評価を得られるだろうか?
答えは国民だ。
王国では冒険者はあまり高い評価をもらっていない。その証拠として「憤怒」討伐を経て俺達が国から称号をもらうとなった時に貴族は猛反発したことが挙げられる。
一方で、国民はどうだろうか?王国は民主主義の国家ではないから国民に騎士をどうこうする権利はない。しかし、国王の目線から見たら?国民からの信頼を得ている騎士と得ていない騎士、どちらの方が評価が高いかなど言うまでもない。
これは騎士に限らず貴族にも言える。俺とジンの扱いの差が良い例だ。
王都をキメラが襲って来ようが、それが結局王都に辿りつくことなく倒されてしまえば、国民に直接的な関係性はない。とすれば、例え貢献した冒険者であろうとその功績を賞賛する必要はない。
しかし、倒したのが王都に蔓延る危険な集団であるなら国民が得る利益も大きい。さすれば、貢献したのが冒険者であろうと惜しみなく賞賛せざるを得ない。
こう言った考えを持つのが王国の貴族や騎士なのだ。これは一種の文化と言えるだろう。
この文化は曲がりなりにも国民を第1に考えているため、国として見てみれば利益しかない。
一方で、国 外部の1組織であるギルドには厳しい文化である。
そしてこれは今回の裁判でも適応される。客観的に見ておかしな結論にならないように多少調整してはいるが、事実上住民の意見を尊重している結論になっている。
しかし、俺も馬鹿ではない。元より嫌な予感はしていたから、対策ぐらい立てている。
俺が弁護士と名乗っているのが良い例だな。黒騎士を辱めた(という事になっている)俺の名前など、当然知られているだろうから心証を悪くしないために隠していたのだ。
そんなわけでこうなった時の対策ぐらいちゃんと考えている。まあ、現実になるとは思ってなかったけどな。
「すいません。ギルド側からはまだ全ての証言をしておりません」
俺は意義を申し立てる。
「む?そうか、ならば証言を許可しよう」
あれ、意外とあっさりだな。発言の許可を貰うのにもう少しかかると思ったんだが。
「では、ここからは証人の方にお話いただきましょう。ジン・クロスさんです」
「どうも、紹介に預かりました。ジン・クロスです」
「はて、その名何処かで聞いたことがあるような」
俺の紹介に合わせて出てきたジンを見て、ザック隊長は小首を傾げた。
「彼は冒険者で唯一『王国認定冒険者』の称号を国王より与えられたパーティの一員です。今回の戦いではキメラの軍団を率いる将を討った人物でもあります」
「あ、あなたがジン・クロス殿でしたか、お噂はかねがね。冒険者の身でありながら王都を騒がせていたサギッタ商会を1人で壊滅させ、剰えその功績を兵士に譲り渡したというお話は王都から離れた地で勤めている私の耳にも入ってきております」
良いね、読み通りの反応だ。
騎士の判断する優先度という観点で見たとき、ギルドと国民では国民の方が強い。しかし、王国認定冒険者と国民なら王国認定冒険者の方が強いのだ。なぜなら、王国認定冒険者は王によって直接称号を与えられた冒険者なのだから。
さて、流れは掴んだ。後はジンに証言して貰えば終わりだ。
「では、ジンさん。証言をお願いします」
「了解了解。オレはキメラ達を指揮していた親玉にとどめを刺したんだけど、あのキメラはとても強かったよ。体内から大量のキメラを生み出していたんだ。今回、街を襲ったキメラもソイツが生み出したものだね」
「体内からキメラを?それは本当ですか?」
「ああ、本当さ。しかも、ソイツは甲虫のキメラだけじゃなく、それよりも強い鳥や魚のキメラなんかも生み出していた。もし、オレ達がやられていたら、今頃この街だけじゃなく、王国にも甚大な被害が出ていただろうね」
「なるほど。そのキメラだけで何百、何千というキメラを生み出せるのであれば、時間が経つに連れて倒すことは困難と言えるでしょうな。全くもって恐ろしいキメラだ」
「でも、ソイツの恐ろしいさはそこじゃないんだよ。ソイツは過去に王国で負けなしと言われた軍師だったんだ。多くのキメラを生み出して、それを的確に指揮する。こんなに恐ろしいことはないよ」
「負けなしと言われた軍師?それはもしやヨシムラ・アキマサ殿ではないでしょうか?」
「いや、オレはその辺詳しくないから、わからないけど」
「もし、ヨシムラ殿であったのなら、その強さは測りきれないでしょう」
「うん、確かに強かったよ。そうだね、あの『憤怒』と同じくらいだね」
「『憤怒』、多くの冒険者が犠牲となることで、なんとか王都到達前に倒すことができたというあのキメラのことですか。そのキメラと同じ強さのキメラを相手にして誰1人殺されることはなかったというのは偉大な功績と言えるでしょう。さて、ジン殿の重大な証言でどうやら判決は決まったようだ。ギルドならびに冒険者に非はないため、今回の住民側の訴えは棄却する」
ジンが登場してから5分程度、判決はあっという間にひっくり返っていた。まあ、ひっくり返した俺が言うのもなんだが。
「お、お待ちください」
判決を言い渡そうとしたザック隊長を住民の代表が呼び止める。
「オーウェン殿、何か問題でも?」
「ええ!例え如何に強いキメラを死者を出さずに倒したとは言え、我々が被害を受けたのは事実です。それなのにギルド側が何もしないというのはどういうことでしょう?」
「異議あり!」
俺は大声でそう言った。と言うより弁護士を名乗った以上このセリフは言いたかった。
「弁護士殿、いきなりどうかしたのか?」
ザック隊長は困惑の表情で俺の方を見た。
「こちら側からもう1人証人を用意しております」
「許可しよう」
さらにすんなり許可が下りる。ここまでくると笑うしかない。
「では、お呼びしましょう。ミヤモト・カレンさんです」
俺の紹介に今度はカレンが顔を出す。
「ミヤモト・カレン殿?」
「ああ、オレが紹介するよ。カノジョはミヤモト・カレンちゃん。オレと同じパーティの冒険者さ。サギッタ商会を壊滅した時に傷だらけの瀕死状態のオレを完璧に治療できるほどの回復魔法を使えながら、攻撃魔法や魔術まで使える魔法の達人さ」
「ああ、思い出しましたぞ。王国認定冒険者のカレン殿ですな。して、カレン殿が証人なのですかな」
ザック隊長、すぐ敬語に変わるから本当にわかりやすいな。
「はい、そうです。私が証言したいのは、復興における冒険者の活動についてです」
「なるほど、お聞きしましょう」
「ありがとうございます。実は復興の際には20人を超える冒険者がその手伝いをしているのです。私もその中の1人として、魔法で瓦礫の撤去などをしていました」
「つまり、冒険者達も何もしていないわけではなかったと」
駄目押しのカレンの証言にザック隊長は納得したような声を出した。
「ぼ、冒険者が復興作業するのは当然だ。ギルドの仕事として請け負っているのだからな!」
押され気味の状況に言葉が乱れるオーウェン。
「それは違います!復興の手伝いをした人は全員無償で手伝いを行っています。復興に適した魔法を使えるから、戦闘時にあまり活躍できなかったから、理由は様々ですが、全員が自分の意志で無償の作業を行ったのです」
オーウェンの発言にカレンは反論した。
「それは…」
「私が言い渡すまでもなく、判決は確定したようだ」
次の言葉が出ないオーウェンを見て、ザック隊長はそう言った。
「お待ちください!」
もう発言する内容もないだろうに、オーウェンはザック隊長を引き止める。
「いや、待たない。判決を言い渡す。今回のキメラ襲来の一件においてギルドは最善の手段でキメラを退けた。また、復興における冒険者達の活躍を考慮すれば、ギルド・冒険者側は物理的、精神的に住民に果たすべき義務を果たしていると言える。したがって、住民側の請求を棄却する」
ザック隊長のその発言で裁判は幕を閉じた。
その後、裁判の完全勝利に満足していなかった俺は、賠償金目当てで今回のデモに参加した住民達を相手取って裁判を起こすのだが、それはまた別の話だ。
機会があれば語るとしよう。




