13.3 個vs群
「まさかもう1人の方もいなくなってくれるとは、これはこれは嬉しい誤算ですな」
街の広場で俺と2人きりになった「怠惰」は座りながらそう言った。
「俺1人でも問題ない、そう判断したから俺は1人なだけだ。そっちこそ大丈夫か?さっき産み出した大群は向こうに送ってしまったからお前の周囲には30匹程度しかいないぞ」
「ご心配恐悦至極でございます。されど、相手が貴方1人であれば、徒らに数を増やすよりは少数を的確に動かした方が効果的かと」
確かに「怠惰」の言う通りだ。「怠惰」の的確な指示により、甲虫の配置は現状、一分の隙もなくなっている。
俺のことを完全に囲っており、全ての甲虫の様子が決して同時に見えることはない。龍安寺の石庭かっての。
睨み合っていても埒が明かないので、俺は烈火の剣を取り出して「怠惰」へと突っ込む。
当然、俺の死角から甲虫が襲いかかってくるが、俺はそれを持ち前の直感と反射神経で躱した。
俺は攻撃を仕掛けようとするも、俺の攻撃が「怠惰」に届くことはなかった。どの方向から攻めようとも、必ず一定距離までしか近付けないのだ。
そして、一方の「怠惰」はと言うと、俺の攻撃が届かないことを良いことに、卵を吐き出して新たな甲虫を産み出しては洞窟内へと送り出していた。
俺がいてもいなくても変わらない戦況、「怠惰」のその行動は俺に精神的なダメージをも与えていた。
完璧な防衛だけでなく、俺に精神的な攻撃を仕掛ける。もしかしたら、意図した行動なんじゃないか、そう思わせるほどに「怠惰」の行動は俺に肉体的精神的な疲労を与えるという一点において的確なものであった。
使うしかないのか。
そう決意して俺は左手をかざす。
「《フレイムブレス》」
俺の手からはドラゴンが吐き出したかのように炎が噴き出し、いくつかの甲虫が燃える。
その瞬間、絶妙な距離感で俺の動きを止めていた甲虫の包囲網に綻びが生じる。
俺はその綻びから包囲網を抜け出すと、一気に「怠惰」へと近付いた。
「《フレイムスピア》」
俺は炎の槍を「怠惰」の心臓目掛けて放つ。
卵を吐き終えたばかりの「怠惰」が気付いた時にはその炎の槍はもう躱すことはできない攻撃となっていた。
椅子に座っていた、それが「怠惰」の致命的な敗因なのだ。
「『盾状虫』」
そう「怠惰」が言ったかと思うと、地面から壁が迫り上がる。否、それは壁ではない。巨大なダイオウグソクムシのような虫であった。
その虫の背中に焦げ目をつける程度で炎の槍は消えてしまう。
「いやはや、漸く魔法を使ってくださいましたか。ゲオルク様から、貴方は魔法をお使いになられるとお聞きしていたにも関わらず、貴方は一向に魔法を使ってくださらないので、不思議に思っていたところです。貴方のように頭のキレる御方に攻撃手段を隠されるのはちと面倒ですからな」
確かに「怠惰」の言う通り、俺は「フレイムブレス」と「フレイムスピア」の魔法を隠していた。それは、火が弱点だと思われる甲虫に有効な手段だからだ。
剣一本で虫の包囲網を突破し、「怠惰」が慌てて虫で身を守ったところを火属性の魔法で焼き尽くす。
俺はそんなシナリオを思い描いていた。
しかし、実際には、相手の切り札を制するために隠していた火属性魔法という切り札を先に使わされることになった上に、それを防がれた。挙句、最初から俺が隠していたことまで見破られたのだ。
それも俺が魔法を使った攻撃をしないという微々たる違和感から「怠惰」は見破ってみせたのだ。
奴は相当に頭が良い。
純粋な力や技で相手を倒すのではなく、策を講じて相手の油断を誘ったり隙を突いたりするような戦い方をする俺にとって、自分よりも頭の良い敵である「怠惰」は最悪の相性だ。絶対に勝てない。
そう、俺1人であれば。
俺は策に保険をかけていた。「怠惰」の頭の良さが明確になっていなかったあの時に、俺がたった1つの策しか講じないはずがない。
魔法を隠し通すことができなかった上に魔法を防がれた場合の策もしっかりと考えていた。俺は天才だからだ。
そして、もう1つの策を実行するための条件は全て満たした。
充分に時間を稼ぎ、「怠惰」の注目はこちらに向いている。さらに、奴は俺の策を見抜いたことで、明らかに油断している。最高のタイミングだ。
奴の座る椅子の後ろにフッと人影が現れる。言うまでもない、ジンだ。策としてはストロング将軍を倒した時と同じ単純なものであるが、単純であるからこそ、最高のタイミングで放たれた時の威力は絶大だ。
ジンは双剣をゆっくりと構える。狙いを充分に定めた一撃必殺の暗殺だ。「怠惰」はきっと頑強な肉体を持っていない。「憤怒」のように力と頑丈さに重きを置いたキメラではなく、甲虫を生み出して操ることに重きを置いたキメラなのだろう。だからこそ、気付かれさえしなければ、ジンのような破壊力の低い攻撃であっても容易に首を刎ね飛ばすことができる。
しかし、唐突に「怠惰」の首はぐるりと180度回る。
「当然気が付いておりますよ」
そう言った「怠惰」はプクリと頬を膨らませる。
「キメラの卵かい?でも、もう遅いよ!オレがキミの首に剣を突き刺すのに卵が孵化する程の時間もかからないからね!」
暗殺を「怠惰」に気づかれたジンはすかさず双剣を振り抜こうとする。
その時、「怠惰」は口から紫色の霧を吐き出した。
ジンの上半身は霧に包まれる。刹那、ジンは身体を仰け反って躱し、俺の所へと戻る。
「ジン、大丈夫か!?」
「あれは多分毒だね。ちょっと吸い込んだけど、大丈夫だよ」
「いや、大丈夫ではありませぬぞ」
その「怠惰」の言葉と共に、ジンはバタリと倒れた。
「ジン!」
俺は倒れたジンに寄り添うようにしゃがみこむ。
「先程吐いた毒は『劇毒虫』のそれと同じ、即効性の致死毒ですぞ。それにしても、良い策でしたな。ただ、実行の頃合いが露骨でしたの」
「なんだと!?」
「そこで寝ている方の素早い動きを見て、ケン殿は絶対にその動きを活かした策を練ると確信しておりました。貴方はもうお気付きだと思いますが、わし本体の力は辺りの老人と何ら変わりないですからな。当然警戒はしておりました。さて、如何なさいますか?わしのお勧めは大人しく頭を垂れることですかな。ゲオルク様の命ですから、見逃す事はできませぬがせめて痛み無く葬らせていただきますぞ」
「その提案はお断りだ」
「でしょうな。貴方がわしの思う通りの方であれば、この程度で諦める御方ではないでしょう。では、もう少し絶望を献上させていただきますぞ」
「絶望だと?」
「ええ、ケン殿はわしの能力を『甲虫のキメラを生み出して操る能力』だとお考えですが、そうではありませぬ。わしの本当の能力は『キメラを生み出して操る能力』なのですよ」
「つまり、虫だけではないと?」
「流石はご理解がお早い。それ即ち、こんなこともできると言うことですぞ」
そう言うと、「怠惰」は次々と卵を吐き出す。
当然それらはすぐに孵化し、成体へと成長した。
「な!?」
「ご紹介いたします。右から『地泳魚』、『起爆蛙』、『千切鳥』でございます」
数にして50程の魚に、30程の蛙、1羽の鳥だ。その全ての生物の頭には当然キメラの角が生えている。
「それは、あれか?今まで甲虫のキメラを使っていたのは、1度に産める卵の数が多いからだと言いたいのか?」
「ええ、その通りです。当然、鳥や蛙の方が賢く、強いのですが、なにぶん産める数が少ない。それなりの相手であれば、大量の虫を産み出してわしが指揮をとった方が良いのですよ。さて、もう一度お聞きいたしましょう。如何なさいますかな?わしの周りには充分過ぎる程の群勢がおりますが、かたや貴方は1人ですからな。この戦力差で勝てると思える程、愚かな方とはお見受けいたしませぬが」
「いや、勝てるさ。間違いなくな」
「ほう。して、根拠は?」
「俺は天才だからだ」
「そうですか。では、戯れ言を信じながら果ててくださいませ」
その言葉と共に、大量のキメラ達が遅いかかる。
空からは鳥と甲虫が、地上からは蛙が、地中からは魚が。俺の命を奪うのは誰かと言わんばかりにそれらは一直線に突っ込んでくる。
多角的に攻められているこの状況を打破する手段を俺は持ち合わせていないし、こいつらから逃げることもできない。
そして、当然、俺にはそいつらを指揮する「怠惰」を攻撃することはできないのだ。
そう、俺には。
突如、勝利を確信していた「怠惰」の胸に風穴が開く。
それと同時に俺に襲いかかってきていた多数のキメラ達は霧散した。唯一残ったキメラの角だけが、太陽の光をキラキラと反射させながら降り注ぐ。
ジンは「怠惰」の胸に突き刺した剣を引き抜く。それと同時に「怠惰」はバタリと天を仰いで倒れた。そして、ジンの方を見て、こう言った。
「貴方は劇毒を受けて死を待つだけの運命だったはず、なぜ?」
「悪いな。ジンの近くにしゃがみこんだあの時に俺は既にジンの身体から毒を取り除いていたんだ」
俺は倒れた「怠惰」の方へ歩みを進めながら、そう言った。
「どんな傷も治すあの魔術ですな。しかし、彼に吹きかけたのはわしが自作した毒ですぞ、その毒まで解毒できるのですかな?」
「根本が違うんだ。俺は傷を治しているのでも解毒しているのでもない。時を戻しているんだ。傷や毒を受ける前にな」
「なるほど、腑に落ちました。素早い動きが脅威と言いながら思考から外してしまうとは、わしも焼きが回りましたな。かはっ」
口から血を吐き出す「怠惰」。
「いや、お前は勤勉だっただけさ、戦闘に対してな。倒した敵のことを考え続けるなんて、戦略を考える上では無駄なことだ。だから論理的に考えれば、相対している敵の行動予想に全力を尽くすのは当然の行動だ。ただ、反射的に行動していた『憤怒』であれば、こんな策では倒せなかったがな」
「ふぉっふぉっふぉっ、『怠惰』のキメラであるわしが勤勉だったが故に負けるとは、何とも滑稽な話ですな。貴方の様な方を最期の敵にすることができて、本当に良かった」
その言葉を最期に「怠惰」は息を引き取った。その死に顔は満足だと言わんばかりだった。
パチ、パチとどこからか、拍手が聞こえてくる。
「実に見事だ。我輩の新作、『怠惰』をこうもあっさりと倒すとはな。その男は3世代前の王国の軍師でな。率いる軍が負けることは決してないとまで言われた程の男だったのだがな。君の実力には驚かされる」
声のする方を見ると、ゲオルクはいつも通り空に空いた漆黒の穴から俺達を見下ろしていた。
「あっさりか。本当に、そう見えたのか?」
俺史上1番の苦戦した戦いをあっさりと言われ、俺はゲオルクに反論するようにそう言った。
「ああ、勿論だとも。1時間もしないうちに、誰一人として犠牲もなく倒してみせたのだからな。これをあっさりと言わずに何と言う?」
「お前は遊び半分でキメラを作って世に放っているのかも知れないが、実際に戦っている俺達やキメラとなってしまった人にとっては命懸けの戦いなんだぞ。あっさり、なんて簡単な言葉で表せる戦いなわけがないだろ」
「我輩が遊び半分…だと?ふざけるなよ!我輩もこの計画に命を懸けているのだ!その全容も知らぬ君が我輩に説教するのか!」
ゲオルクの怒号が響いた。今まで、どこか掴み所が無いような様子だったゲオルクが唐突に見せた感情に俺は少し怯む。
ゲオルクは怒りに満ちた表情になっていたが、すぐに元の見下したような顔に戻る。
「すまない、少々取り乱した。この計画が上手く行けば、我輩は君達を支配する側になるのだ。戯れ言など聞き流せるようにならねばな」
「支配だと?魔王にでもなるつもりか?」
「魔王、魔王か。やはり君は面白いな。当たらずとも遠からずと言ったところだ。まあ、精進し給え。次のキメラを送り込む日も近い」
そう言って、ゲオルクは踵を返す。
「待て!」
「なんだね?我輩は忙しい。それなのに君と来たら、いつもいつも『待て』と言う。我輩にとって君は1番重要とは言え、駒に過ぎないのだ。たかが駒風情が我輩の行動を止めてくれるなよ」
そう言い残して、ゲオルクは漆黒の穴の中へと消えて行った。
後には、俺とジンと満足そうな死に顔の「怠惰」の爺さんだけが残っていた。




