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13.2 群れなす無数の厄災


 俺達がカチュウさんの家から外に出ると、セート街は混沌と化していた。


 プラネタリウムのようにキラキラと光る天井の洞窟内に(たたず)む整然とした街という印象は見る影も無くなっていた。


 辺りでは建物が崩れて瓦礫(がれき)の山と化し、抵抗することができない人達は何百といる甲虫のキメラ達から逃げ惑っている。


 周囲から聞こえる悲鳴や泣き声は視覚から入ってくるそれらの混沌(こんとん)とした様子にさらに拍車をかけているようだった。


 そんな中でも、街に偶然いた冒険者達は甲虫のキメラに立ち向かっていた。


 そこには当然ジンやアイリーン、ウェンディもいる。


 俺はジンの元へ駆け寄る。


「ケン、遅いよ。どこにいたんだい?オレはもうヘトヘトだよ」


「悪いな、外の音が聞こえない部屋にいたからこの騒動に気付くのが遅れた。それよりも、このキメラはどうやらゲオルクの新作らしい。気を抜くなよ」


「どうしてそんなことがわかるんだい?」


「さっき俺達の所にゲオルクが唐突に現れてな。説明だけして帰っていったよ。俺が思うに、多分このキメラ達は『憤怒』と同格のキメラだ」


「そうかな?オレはそうは思わないよ。こんなにも簡単に倒せるしね」


 そう言いながら、ジンは甲虫のキメラを斬り落とした。


 甲虫のキメラは綺麗に真っ二つになったかと思うと、地面に転がり足をピクピクと動かしていた。


「ゲオルクは新作のキメラと言ったんだ、新作のキメラ達ではなくてな。つまり、この軍勢で1体と数えるようなキメラなのかも知れないし、もしくはこの軍勢はただの兵士でこいつらを動かす指揮官のような役割を持つ1体のキメラがいるのかも知れない」


「その言い分は揚げ足を取るようなものじゃないの?それに、ケンが言った可能性のどちらにしてもオレには脅威的だとは感じられないよ」


「いや、どうだろうな。前者なら、1体でも残っていれば無限に増殖することができることが特徴なのかも知れないし、後者なら、俺達が相手の策略にはまったら最後だ。何にせよ、ゲオルクがわざわざ俺に伝えに来るほどのキメラだ、警戒するに越したことはないさ」


「まあ、ケンの考え過ぎだとは思うけど、警戒するに越したことはないって言うのは同感だね」


「ああ。だから、俺はまず敵の正体を掴みたいと思う。敵の正体がわからないことには適切な対応もできないからな」


「そうだね。敵は絶えず洞窟の外から来ているようだし、元を辿れば正体を掴むのは簡単かも知れないね。でも、オレ達5人がここを離れたら、今度はここの防衛が回らなくなるよ」


「確かに、一理あるな。それなら、ウェンディとアイリーンにはここに残って貰おう。補助の魔法も武器生成の魔法もより多くの戦闘員がいる場所の方が真価を発揮できるからな」


「そうだね。オレも反論はないよ。じゃあ、オレは3人にこの事を伝えてくるね」


―――


 3人に事情を伝えたジンと、ジンに連れられたカレン、そして俺は今回のキメラの正体を明かすためにキメラ達の発生源である洞窟の外へと向かった。


―――


 俺達3人が道中のキメラを倒しながら走っていると、洞窟の外にある街の広場の中央で1人の和服の老人が椅子に座っているのを見つけた。


 その歳をとった男性は椅子の肘掛(ひじかけ)に左肘を置き、左手の親指と人差し指で左右から(あご)(はさ)むようにして頬杖(ほおづえ)をつき、座っていた。


 そう、ただ座っていたのだ。


 辺りには甲虫のキメラが飛び交っているにもかかわらず、その老人は何の抵抗もしていないのである。そして、甲虫のキメラもその老人には(おそ)いかかることもせず、まるで見えていないかのように振舞(ふるま)っていた。


 どう考えても怪しい。


 俺がそう思っていると、どうやらカレンも同じことを思ったらしく問答無用で魔法を放った。


「《突き刺す光速の槍 ライトスピア》」


 光速の槍は何よりも速くその老人の頭目掛けて飛んでいった。


 されど、老人は左手を顎から離して頭を軽く傾けることでその攻撃を(かわ)した。頬杖をやめることで露わになった老人の顎には緑色に輝く水晶が突き刺さっていた。


「いやはや、確認もせずいきなり攻撃するとはなかなかに野蛮(やばん)ですな。一般人だったらどうするおつもりで?」


 そう老人は俺達に問いかけた。


「問題はない。一般人はこんな惨状(さんじょう)の中で広場の中央に椅子を置いて堂々と座ったりしないからな。ところで、お前がゲオルクの新作キメラか?」


如何(いか)にも。わしは【怠惰】、ゲオルク様に第2の人生を与えて頂いた者。そういう貴方はヒイラギ・ケン殿とその御一行ですかな?聞いていたよりも2人ほど少ないようにお見受けいたしますが」


 自分の事を「怠惰」だと名乗ったその老人は「憤怒」よりも幾分(いくぶん)かまともに会話ができている。


 その様子からは本当にキメラかどうか判別できなかったが、顎に生えている緑色の水晶は色こそ違えど間違いなくキメラの角だろう。まあ、顎に生えているので、角と言うのは適切ではないと思うが。


「ああ、そうだ」


「ならば、わしの敵と言う事ですな。なんの恨みもございませぬが、我が主人の命を果たすためここで死んでもらいますぞ」


「なあ、1つ質問なんだが、何でお前はさっきの魔法を躱すことができたんだ?光速の攻撃だ、例え武術の達人でも躱すのは容易ではないだろう」


 別に質問の答えが知りたいわけではない。相手の知能を測っているだけだ。ここで自分の能力をベラベラと話すようであれば、所詮(しょせん)はその程度の知能だ。


「そんな事が知りたいのですかな?あれがわしの最大限の回避行動だっただけのこと、ただそれが上手くいったと言ったところですな」


「つまり、お前はその椅子から動けないと言うことか?」


 嘘か本当かわからない回答に俺はもう1段階深く質問をする。


「当たらずとも遠からず、と言ったところですな。椅子から立ってまで躱すのが面倒だった、ただそれだけですぞ。何と言っても、わしは『怠惰』ですからな」


 またしても、嘘か本当かわからない回答でお茶を濁される。こいつ、結構頭が良いんじゃないか?


「なるほどな。なら、椅子を立たないと死ぬような攻撃をすれば良いって事だな。カレン、頼む」


「ええ、任せてください。《敬虔なる神の使徒よ――》」


「魔術、それはちと面倒ですな。『恒常虫』、あの3人を襲え」


 カレンが詠唱する様を見て、「怠惰」のキメラはそう言った。


 すると、その言葉に反応して、辺りを飛び回っていた何百という数の甲虫のキメラ達が俺達へと襲いかかってきた。


 俺とジンで対処するも、カレンが詠唱を続けられるような状況ではなかった。


 カレンは詠唱をやめ、甲虫の撃退にあたる。


「《塞き止める炎の壁 フレイムウォール》」


 カレンは俺達と甲虫を分かつ様に炎の壁を作った。


 かなりの速度で俺達へと飛んで来ていた甲虫達は突然できた炎の壁に対応できず、そのまま炎の壁へと突っ込んで行く。


 ジュッ、ジュッと次から次へと甲虫達が焼け死んでいく音が聞こえる。


 炎の壁の出現に対応し、回り込んできた甲虫達は俺とジンで(さば)いた。


 炎の壁が消えた時には、辺りの甲虫達は30体程度にまで減っていた。


「おい、大丈夫か?こんな数しかいなかったら、俺達を攻撃するどころか、お前の身を守ることすら満足にできないかもな」


「やはり、魔法使いは厄介ですな。仕方ないので、一時的にこの場を去ってもらいますよ」


 と言ったかと思うと、「怠惰」は口を顎が外れそうなほど大きく開けた。


 そして、そのまま頭を椅子の左側へ突き出して、(うつむ)いたかと思うと、ベチャベチャと地面に何かを吐き出した。


 それは粘液に(まみ)れた黄色い粒状のものだった。


 その形はまるで蝶の卵のようであった。ただ、大きさは蝶の卵に比べると非常に大きく、長い部分の長さは2cmほどであった。


「卵か?」


「ご名答、まさしくこれはキメラを産み出す卵ですぞ」


 その声に合わせるように卵が割れたかと思うと、中から、小さな甲虫が出てきた。


 その甲虫は見る見ると成長していく。


 ものの5秒で辺りを飛んでいる甲虫と同じ大きさになっていた。


 その数、およそ200体。「怠惰」が卵を吐き出してから10秒、恐ろしい速度で完成した新たな敵の軍隊だ。


「確かにこの速さでその数を産み出すのは驚異的だ。だが、俺達の相手ではない。さっきの様子を見てわからなかったのか?」


「ええ、確かにあなた方3人に対しては有効な攻撃手段には成り得ないでしょうな。しかし、洞窟の中の街で戦っている冒険者達ならどうでしょうかね?」


 そう言いながら、「怠惰」は手で口元を(ぬぐ)う。


「いや、それも効果的とは言えないだろう。さっきから散々その虫を倒しているんだ。今更少し増えたところで大した痛手にはならない」


「でしょうな」


「ん?それがわかっているのに、虫達を洞窟の中に入れるんだ?それも、口振りから察するにカレンをこの場から離れさせるためなんだろう?」


「流石に、わかりませぬか。実はこの中の半分、100匹程は見た目こそそっくりではありますが、辺りを飛んでいる『恒常虫』とは別種の虫、名を『劇毒虫』と言いましてな。この虫は特殊な劇毒で人の命を10分程度で奪い去り、物理攻撃には耐性を持っております。『恒常虫』との見分け方は脚の先が紫色になっていることですな」


 俺の疑問に答えることはなく、「怠惰」はつらつらと産み出した虫の説明を始める。


 その説明を聞くことで、俺はようやく「怠惰」の思い描いたシナリオを理解することができた。


「なるほどな。そこまで聞けば、理解できる。これまでの虫と同様の虫だと思っている冒険者達は当然、今まで以上の警戒はすることもなく『劇毒虫』を攻撃する。その瞬間、攻撃した冒険者は劇毒の餌食になる。つまり、お前は冒険者達を人質にとったわけだ」


「ええ、まさにその通り。街を襲ってからしばらくは経った。さすれば一般市民は(すで)に避難してしまっていて人質にするのは難しいでしょう。それに引き換え、冒険者達は虫の討伐のために街中にわらわらといる。ちょうど疲れも溜まっている頃でしょうし、果たして『恒常虫』と『劇毒虫』の(わず)かな差に気付くことができますでしょうかな?」


 顎に生えた緑色の水晶をまるで顎髭でも触るかのように触りながら、「怠惰」はそう言った。


「白々しい奴だ。だから、わざわざ俺達に教えたんだろう、『劇毒虫』の見分け方を」


 それにしても、他の虫とそっくりな見た目で毒と物理攻撃体制を持った虫なんて良く都合良く存在したものだな。まさか、この展開を予想して最初に『恒常虫』を放ったわけではないだろうし、(つくづく)都合の良い虫だ。


「ほら、『劇毒虫』達が飛んでいきますよ。問答している時間も考えている時間もないのではないですかな?」


「チッ、わざわざ小馬鹿にしたような言い方をしやがって。ジン、カレンを背負って冒険者達の所へ行ってくれ」


 俺は「怠惰」に(あお)られて、慌ただしくジンに指示を出す。


「オレも行くのかい?カレンちゃんだけ行って、オレはここに残ったほうが良いんじゃないかい?」


「いや、カレン1人だと、街中にいる全ての冒険者に見分け方を伝えるのは難しい。それにジンがカレンを背負って走れば、冒険者達のいる所にあの虫達が到達するよりも先に到着することができるだろう」


「でも、それじゃ、ケンが…」


「今は俺のことは良い、早く向かってくれ」


「わかったよ。でも、やるべきことをやったら、オレは戻ってくるから」


 俺が急かすと、ジンはカレンを横抱き(所謂(いわゆる)、お姫様抱っこ)の形で抱え上げると、冒険者達の元へと向かった。


 この場には俺と「怠惰」だけ、奇しくも「憤怒」の時と似たような状況だ。


 俺の孤独な戦いは再び始まった。

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