13.1 不穏な白衣の来訪者
カチュウさんの自宅、その和室の一角に突然空いた漆黒の穴。その人間がすっぽり入りそうな大きさの穴に俺は見覚えがあった。
いつもキメラが出てくる穴、そうゲオルクがキメラを送り込む為に使う穴だった。
その穴を見た瞬間に俺の体には反射的に力が入る。
すると、その穴から白衣姿の1人の男が出てきた。言うまでもない、ゲオルク・フィッツロイその人だ。
自分が出てきた穴が閉じると同時に、ゲオルクは口を開く。
「やあ、柊健くん、久しぶり。それとカチュウさんもお久しぶりです。あの時はお世話になりました」
「ゲオルク君、君は亡くなったはずじゃ」
「いや、この通りピンピンしていますよ。それにしてもカチュウさんに会えるとは思っていなかったな」
困惑するカチュウさんに対して、ゲオルクは道端でばったり再会した時のようなテンションでそう言った。
俺達を監視して、狙って出てきたのだろうに。
「柊健くん。なんだい、その『俺達を監視していたくせに偶然出会ったような口ぶりをするな』と言いたげな顔は?」
「っ!違うのか?」
思っていることを的確に指摘され、驚きつつも俺はそう答えた。
「違うとも、我輩だって暇ではない。まあ、どの街にいるのかぐらいは把握しているがね。ただ今日はせっかく新作のキメラを放ったのに、君が全然現れてくれないから心配になって探しにきただけさ。そして、たまたまそこにカチュウさんがいた。これを偶然と言わずなんというのだろうね」
「なんだと!?」
「我輩が君達を見つけられたことに疑問を呈しているようだが、別に不思議なことではないさ。我輩は【Genius】、天才だ。君達を探し出す術など保有しているに決まっているであろう」
「違う、そっちじゃない!『新作のキメラを放った』だと!?」
「ああ、その通りだが?」
ゲオルクは、それがさも当然のことであるかのように肯定した。
俺は和室の襖を開けて、廊下に出る。
外には両手で抱えられるかどうかと言った大きさの甲虫が無数に飛んでおり、その頭部にはしっかりとキメラのツノが生えていた。
俺が廊下のガラス戸を開けると、街中から人々の叫び声が聞こえてきた。今まで気付かなかったことが嘘みたいだ。
「これが、新作のキメラ…」
「半分正解だが、その見解は我輩の力作に対する正当な認識ではない」
「どういうことだ!?」
俺のつぶやきを評価するようなゲオルクの言葉に、俺は怒鳴るように問い返した。
「人に全ての答えを求めるのではなく、自分の目で答えを見つけてみてはどうだね?ほら、早く行ってき給えよ」
「ああ、俺もさっさとこの騒動を終息させたいところなんだが、お前がここにいるのにみすみす逃すこともないと思ってな」
「ああ、ここで我輩を殺そうと言うのかね?それなら安心し給え、我輩はもう帰る。心置きなくキメラと遊んでくると良い」
ゲオルクは漆黒の穴を生み出す。その言葉通り、撤退するのであろう。
「まあ、待ちなさい、ゲオルク君。せっかく私の家に来たんだ。もう少しゆっくりして行ったらどうだね?」
そんな声が聞こえたかと思うと、先程まで困惑していたカチュウさんはゲオルクに対してチョークスリーパーを決めていた。
流石は元紫階級の冒険者と言ったところか、音も立てずにゲオルクの背後を取るとはな。
いや、真に驚くべきは理解力の高さか?窓の外の様子なんて見えていないだろうに、俺達の会話を聞いただけで瞬時にゲオルクを悪だと判断したのだから。
カチュウさんにチョークスリーパーを決められたゲオルクは、カチュウさんの高身長も相まって半分宙に浮いていた。ゲオルクはバタバタともがいているものの、一向に拘束が解かれる気配はなかった。
あー、ありゃ死んだな。呆気ない幕引きだ。
そんなことを思っていたら、カチュウさんは急に崩れ落ちた。それと同時にゲオルクの拘束は解かれる。
「ゲッホッ、ゲホッ、痛いな、カチュウさん。昔の恩義がなければ殺していたところですよ」
咳き込みながらそう言ったゲオルクは左手で喉をさすっていた。そして、喉をさすっていない右手にはいつのまにか注射器が握られていた。
「ゲオルク!カチュウさんに何をした!?」
「騒ぐなよ、ただの筋弛緩剤だ。そもそも、我輩が何の対策もなく、こんな危険地帯に来るはずがないだろう。元はと言えば、キメラがカチュウさんに討伐されないようにする為にわざわざここに来たのだから」
そう言って疲れた様子のゲオルクは早々に漆黒の穴の中へと戻って行った。
確かに、キメラを放った事を伝えるだけなら、小さな穴から声を出すなり何なりで充分だな。
ゲオルクの真意に気付くことができなかった事を後悔しつつ、カチュウさんの元へ駆け寄る。
「カチュウさん!大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。身体に力が入らないだけだ。それにしても、私も衰えたものだ。あの程度を見抜けないなんてな。ヒイラギ君、ミヤモト君、私の事は放っておいて良い早くキメラの討伐に行くんだ」
「でも…」
「心配はいらない。この状態でも少なくとも自分の身を守ることぐらいはできる」
「わかりました。では、お気をつけて」
俺とカレンはカチュウさんに促されるまま、キメラの討伐へと向かった。




