12.6 歴史研究家の男
カチュウさんに合流した俺とカレンが数分歩くと、カチュウさんの家に着いた。
カチュウさんの家はとても元紫階級冒険者とは思えない質素な和風の平屋だったので驚いたが、金持ちが全員豪華な家を好む訳ではないし、きっとこれはカチュウさんの趣味なのだろう。そもそもこの街に豪華な家を建てたら景観を損ねること間違いない。
家に入った俺達は和室へと通された。見た目が質素なだけで、なかなかの広さの家だ。この和室も18畳はある。
俺達が座って待っていると、カチュウさんはお茶を持ってきてくれた。
「気を使わせてしまって、申し訳ありません。ありがとうございます」
「礼などいらんよ、ただの粗茶だ。さて、どこから話したものか」
「そうですね、ゲオルクとの出会いはどういったものだったのですか?」
「出会いか。彼と始めて会ったのは、今から20年、いや、15年前だったか。当時、冒険者をしていた私に彼が依頼をしてきたのが始まりだった」
「依頼、それってどんな内容なんですか?」
「個人の依頼内容を話すことは冒険者としてあまり褒められた行動ではないのだが、今回は特別だ。何か事情があるのだろう?」
「はい、俺はゲオルクのことを知らなければならないのです」
「その言葉を信じよう。彼の依頼とは遺跡調査の同行だよ」
「遺跡調査ですか?」
俺は気になるワードを掘り下げるように問う。
「ああ、エーシャア王国やエウロメ帝国にある遺跡を探索する彼の同行だ」
「何度か依頼を受けていたというわけですね?」
「その通りだ」
「ちなみに、ゲオルクはその遺跡でどんなことを調査していたのでしょう?」
「彼が訪れていたのはおよそ500年前にできたとされる遺跡だったな。その時期に何があったかがわかれば、彼の調査内容など容易に想像できる。では、その500年前に何があったかわかるかね?」
「えっと…」
知る由も無い。メアリーから大体の歴史の流れは教わっていたんだが、500年前なんてピンポイトで思い出せるほど詳細には学んでいないからな。
「勇者『シン』が因果律の悪魔『ラプラス』を倒したとされるのが、そのあたりだったと思います」
先程まで静かに話を聞いているだけだったカレンはそう答えた。
「その通りだ」
「確か、有名なおとぎ話の『勇者と悪魔』はその逸話が元だったはずですよね?」
「ああ、まさしくその通り。君は見込みがあるな、歴史研究家になる気はないかね?」
「私がですか?」
「ん、んっ」
話が大きく逸れ始めたことを感じて俺は咳払いをした。
つか、カレンはなんで満更でもない顔をしているんだ?
「む、すまない。これほどまでに知識を持った人物とはそう巡り会えるものではないのでね、つい勧誘してしまった。さて、話を戻そう。彼は500年前の遺跡を調査して、当時起こったであろう出来事を明確にしようとしていたのだよ」
「それはなぜなのでしょう?」
更なるゲオルクの情報を求めて俺は問う。
「そこまでは聞いたことがなかったからな。調査を始めようと思い立った彼の意図は私にはわからない。ただ、彼は言っていた。『始まりが足らない』と」
「『始まりが足らない』?」
次々と出てくる情報に俺の追求は止まらない。
「ああ、500年前の出来事はおとぎ話になっているものの紛れもない事実なのだ。それは伝承、遺物、地質などを見ても矛盾がないことから、火を見るよりも明らかなことだ。しかし、始まりがないのだ。悪魔がどうやって生まれ、どうして人々を苦しめたのか、勇者がどうやって生まれ、なぜ悪魔を討伐しようと決めたのか。そう言った始まりの記録が一切ないのだよ」
「でも、それはそんなに珍しいことではないのではないですか?大抵の俗語だってどの地域で使われるようになって全国に広まって行ったのかはわかっても、誰が言い始めたかなんてわかるものではないですし」
「ああ、確かに君の言い分は正しい。それに悪魔がどこで生まれ、なぜ人を害するのか、その理由を人間である私達が知ることは難しいだろう。だが、勇者に関しては話は別だ。1人の人間が生まれてからの人生を誰も知らないのはどう考えても不自然だからな。しかし、不自然であると言いつつも、現実に勇者の生まれ育った故郷を知る者は誰もいないのだ。大陸中の如何なる街や村にも幼少期の勇者知る者はなく、当の勇者自身は出生地を聞かれた時に『おわりだ』と言って話を終わらせたらしくてな。故に勇者の出生を知る者はいないのだ。それだけじゃない。そんな勇者が持つ聖剣もまた歴史上唐突に現れた一品なのだよ」
「なるほど、歴史研究家のカチュウさんが言うなら間違いないのでしょう。それで、調査をすることでゲオルクは『始まりが足らない』ことに対する答えを見つけたのですか?」
「いや、どうだろうな。明確な答えを見つけたかどうかは私にはわからない。ただ、彼は『勇者は異世界から来た人間だろう』と言っていた。ありえないような発想ではあるが、彼の仮説通りであれば勇者や聖剣が歴史上唐突に現れたことも説明は着く。だが、彼がその仮説を証明できたのかは私にはわからない」
「つまり、これまでの話をまとめると、ゲオルクは『勇者は異世界人だ』という仮説を証明するために、カチュウさんに同行を依頼して遺跡の調査を行なっていたということですかね?」
「うむ、そういう事になるだろうな」
でも、ゲオルクは研究分野は生物学だよな。「進化の道」なんて本を書いているくらいだからな。
それなのになんで歴史を研究していたんだ?
そんな疑問は残ったもののカチュウさんもこれ以上知る余地がないだろうし、追求する必要はないだろう。
「なるほど、わかりました。ありがとうございます。ところでカチュウさんもその辺りの研究をしているのですか?」
「いや、私はもう少し古い時代の研究をしている。この大陸の言語がまだ2つだった時代のな」
「それって、私の家の初代当主の時代ですか?」
カレンは少し食いついた様子でカチュウさんに問う。
「ミヤモト…。そうか、君はあのミヤモト家の者だったのか」
「はい、そうです。ミヤモト家をご存知と言うことは、カチュウさんはヤポンの方なんですか?」
「ああ、私はモチヅキ家の分家に当たるミカヅキ家の人間だ。今のモチヅキ家の当主は私の兄だ」
「あ!そういえば、聞いたことがあります。モチヅキ家のモチヅキは満月を意味していて、本家本元しか名乗ることができないと。そのため、分家の方はミカヅキを名乗るのですよね?」
「その通り。本当に君は博識だな。是非、助手に迎えたい」
「それで、言語が2つとはどう言うことですか?」
都度、カレンを勧誘するカチュウさんに俺は質問を投げかけて話を戻す。
「昔は2つの言語が存在していたのだよ。私達、歴史研究家はそれらをそれぞれヤポン語、エウロメ語と呼んでいる。現在、主流となっている言語はヤポン語が起源とされている」
「ヤポン語が起源と言うことは、ヤポン語と今の言語とは何らかの差があると言うことですか?」
「ヒイラギ君、君は知識量は多いとは言えないがなかなかに鋭い質問をするな」
「ありがとうございます」
俺の知識の少なさに触れる必要はなくないか?と、思いながらも俺は話を聞いた。
「実はヤポン語には3種類の文字があったのだよ。ヤポン文字、ヤポン曲文字、ヤポン直文字と言う3種類の文字がな」
そう言うと、カチュウさんは紙を取り出して、スラスラと何かを書いた。
「それは?」
「これが3種類の文字だ。ヒイラギ君、ミヤモト君、読めるかね?」
そう言ってカチュウさんが俺達に見せた紙にはこう書かれていた。
***
山
やま
ヤマ
***
「『山』ですね」
俺はそう答えた。
「その通り。1番下のヤポン直文字は現在使われている文字の原型となった文字だ。読めないことはなかっただろう。では、残りの上2つはなんと書いてあるかわかるかね?」
「え、だから、全部『山』ですよね?」
謎の質問をするカチュウさんに対して俺は再度同じ答えを言った。
「…ヒイラギ君」
「はい?」
「読めるのかね、これらの文字が?」
「ええ、まあ、はい、読めます」
そりゃそうだ。そこに書かれた文字はまごうこと無き日本語なのだから。漢字にひらがな、カタカナ、識字率が極めて高い日本の国民であれば、全て義務教育で習っていることだ。読めて当然、書けて当然だ。
「少し待ってくれ」
「は、はい」
カチュウさんはサラサラと再び何かを書き出した。
「これはどうだ?読めるか?」
***
三日月 夏昼
***
「えっと、みかづき、なつひ…、あ、『ミカヅキ カチュウ』、カチュウさんの名前ですね?もしかして、夏の昼生まれですか?」
「その通り、私は夏の生まれだ。それにしても読めるだけでなく、意味までわかるとはな。君はどこかで歴史でも学んでいたのか?」
「いえ、その文字の読み書きができるだけです」
「何!?すまない、少し待っていてくれ」
カチュウさんはそう言うと、部屋を出て何処かに行ってしまった。
これはあくまで俺の推測に過ぎないが、この部屋を出れるのはもうしばらく後になりそうだ。




