11.10 闇夜に佇む殺人鬼
今から述べる内容は、ニューランズ姉妹が魔法留学を始めて、1週間後の出来事だ。つまり、俺がウェンディとアイリーンの2人の様子を見ると言って、クリフさんに刻印式魔法を覚えるだけ覚えて帰ったあの日の1週間前に当たる日のことだった。
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ニューランズ姉妹の魔法留学に付き合っているのでカレンもいないこの状況で、ヤポンに残った俺とジンの男2人はヤポンの街を探索していた。
俺は宿屋でゴロゴロしているのも悪くないなと思っていたのだが、ジンが一緒に探索しようと誘ってきたので付き添うことにした。
宿屋を出ると明るい陽射しが俺達を優しく包んだ。今はまだ冬で寒いくらいなので、この暖かい陽射しは正直助かる。
「今日は良い天気だね。なんか良いことが起こりそうだよね。そうは思わない、ケン?」
「ああ、そうだな」
「どうしたの?なんか暗くない?」
「いや、眠いだけだ。問題ない」
「そう?なら良いけど。あれ?なんか人集りができているよ。あそこになんかあるのかな?」
ジンが指す方向を見てみると、確かにそこには人集りがあった。
しかし、その人集りは路地裏を覗くような形でできていて何とも不思議な様子だった。
「ちょっと見てみるか」
その不思議さが気になった俺は人集りの方へと、歩みを進めて人を掻き分ける。
人の茂みを進み、視界が晴れると、俺の目には1つの赤い物が映った。
いや、より正確には「元は1つであったであろう多数の赤い塊」か。
そう、それは死体だった。こぶし程の大きさに切り揃えられたいくつもの肉塊が大きな血溜まりの中に沈んでいた。
血が辺りの壁や地面にも飛び散っていることから、ここが殺人現場、もしくは解体現場なのであろう。
何とも惨たらしい光景に先程までの晴れやかな気分などどこかへ行ってしまった俺がそう考えていると、大きな声が聞こえる。
「ここから離れてください!もう1度言います。ここから離れてください!」
それは兵士の声であった。誰かが呼んできたのであろう兵士達は野次馬達を退かしながら、現場へと入って調査を始めた。
兵士の誘導に従って路地から離れながらも、現場が気になった俺はそっと覗き込む。
「先月と合わせると、もう4件目だな」
「ああ、回数を重ねるごとに間隔が短くなってきている。次は今日明日中かもしれないな」
兵士達の会話を聞いた俺は兵士に声をかける。
「すいません、ちょっと良いですか?」
「ああ、ちょっと、入ってきたらダメですって」
現場である路地裏にズケズケと入る俺に兵士は慌てて注意を促す。
「俺、王国認定冒険者の柊健と言う者なんですけど」
俺はギルドカードを見せながらそう行った。
「ああ、あなたがあのヒイラギ・ケンさんですか!それでどう言ったご用件でしょう?」
良かった、ヤポンの方には王都で蔓延していた悪い噂は流れていないらしい。
「この事件について説明していただけますか?」
「はい、実は…」
話を聞いてみると、どうやらこの殺人事件は少し前から起きているものらしく、被害者は全員今回のように細かくバラバラにされているとのことだった。
ヤポンの兵士達も夜の巡回を増やしているものの、事件を止めることができず、むしろ事件発生のスパンはだんだんと短くなっているそうだ。
「なるほど。この事件、俺にも協力させて貰えませんか?」
「良いんですか?こちらとしては王国認定冒険者の方に協力していただけるのは嬉しい限りですが」
「ええ、俺の住む街でこんな事件が起こっているのを見逃すわけにはいきませんから」
「では、よろしくお願いします!」
そんなわけで、俺とジンはこの事件の調査をすることにした。
まあ、殺人事件に顔見知りが巻き込まれるのは嫌だからな。
とは言え、俺達のパーティで殺される心配があるのは、むしろ俺ぐらいのものだけどな。
でも、トワイライト経営のマクスウェル一家は一般人で充分被害者に成り得るし、殺人事件は極力早く無くした方が良い。
―――
さて、調査を始めた俺達はまたも街を歩いていた。
それと言うのも、前の3件が起きた現場を見るためだ。
被害者は男性2人、女性2人。男女が交互に殺されているらしい。今回は女性だったので、次は男性だろうと言うのが兵士達の見解だ。
現場を一通り見てみたものの、現場はどこも似たり寄ったりな場所だった。
地面に残った血溜まりの跡や壁に残った血飛沫のシミなどから大体の位置も推測することはできた。それらの痕跡から推測された殺人現場は、どの事件も表通りから路地裏を覗き込まないと現場を目視することができない程度の位置で殺人が行われていたものの、表通りから全く見えない位置ではないと言うのが特徴的だった。
まるで誰かに見つかるスリルを味わっているかのようであり、それがまた一段と不気味だった。
「なあ、ジン」
「ああ、わかってる。オレに囮になれって言うんだろ?」
「よくわかったな」
「『憤怒』の時もだったし、それにケンが囮になるよりはオレが囮になった方が良いからね」
「悪いな、頼む」
犯人捕獲作戦を実行すべく、俺達は夜を待った。
―――
そして夜。
ジンは路地裏をわざと音を立てて歩いた。
その近くを俺は気配を消して付いていく。
ジンが囮になっているが、当然俺が襲われる可能性はあるので、互いに互いを監視できるような位置関係になっている。
すると、ジンが路地裏から表通りに出ようとした時、奴は現れた。影になっていて顔は見えない。
「ハラ、ヘッタンダ。キラセテ、キラセテクレヨォ」
黒いマントに身を包んだその男は大きな鎌をマントの影からちらつかせながら、ジンに向かってそう言った。
俺がそいつを殺人犯だと認識するよりも早く、ジンの姿が消える。
そして、次の瞬間、男の左手が地面にボトリと落ちた。
「あーあ、動くから、左手斬り落としちゃったじゃん」
「フザ、フザケルナアァ」
怒り狂った男はマントを脱ぎ捨てる。
明らかになった男の姿に俺は驚愕した。
大きな鎌だと思っていたのは男の右腕であった。それはまるで蟷螂のようだ。
そして、男の額には赤黒い水晶の角が小さいながらも生えていた。
「ジン、そいつ…!」
「うん、考えたくないけど、キメラのようだね」
人と蟷螂のキメラか。相変わらず、ゲオルクの趣味は気持ち悪い。
キメラだと気がついた俺は、ふとそのキメラに違和感を感じる。
明らかに形が歪なのだ。
今まで様々なキメラを見てきた俺にはわかる。今までのキメラは不気味な見た目と言えど、まとまりがあった。言い換えれば、不気味さの中にある統一感を感じられたのだ。
しかし、今回のキメラは違った。人間の右手を斬り落として、そこに巨大化させた蟷螂の前脚を取り付けただけのようだった。
そして、男の身体には腕の接合面を中心に赤い痣のような物が広がっており、腕の接合面と繋がっている体表に近い血管は青紫色になって浮き出ている。その血管のうちの1本が右頬を通っているせいか右目は充血して顔から少し飛び出していた。
普段のキメラにはない醜さ、言うなれば、それは…
「失敗作…」
「ダレガ、ダレガシッパイサクダァ」
蟷螂男はジンに向けていた視線を、失敗作と呟いた俺へと向ける。
「ジン!毒は効かないのか!?」
「わからない。本来ならとっくに毒は効いて動けないはずなのに、コイツはまだ動いている」
興奮しているからか、そう言うキメラだからなのか、真相はわからないが、キメラは一歩ずつ俺へと近付いていた。
「オレヲ、オレヲラチシテ、カイゾウシタヤツモイッテイタ。シッパイサクハ、デテイケト。オレハナニモノゾンデイナイノニ」
「お前はなぜ、人を襲う。被害者面をしているが、お前の凶行は充分加害者のそれだ」
「シカタナインダヨォ。コノカラダニナッテカラ、ニンゲンガ、ウマソウニミエテ、コロサナキャイケナイヨウニカンジテ」
その言葉を最後に、蟷螂男は地面に突っ伏して倒れる。
何か言っているようだが、口が地面に触れているせいで、言葉は聞こえなかった。
「両足と右腕の腱を斬った。これで動けないだろうね」
俺が話している間にジンが隙をついて行動不能にしたのだ。結局俺が囮になっていた気がするが、良しとしよう。
―――
その後、俺達は兵士を呼んできて事情を説明した。蟷螂男は鎖で巻かれ、連れ去られた。
事件は片付いたので、俺達は宿屋に帰ることにした。この件の報酬は後日支払われるそうだ。
それにしても、初めてキメラと意思疎通ができたが、まさか人間に対する意識まで改造されているとはな。
それに、失敗作をすぐに手放したところを見るに、キメラの材料にする人間のストックもそれなりにあるんだろう。
ゲオルク…、絶対に奴を止めなければならない。




