2.3 空を裂くモノ
今、俺とカレンは街に戻るために草原の道を歩いている。
「そういえばカレンさ、戦闘中に俺と同じ魔法使ってなかった?使えるなら練習の時、俺が使う前にコツとか言ってくれれば良かったのに」
「あの時点では私も使えなかったんですよ。コツもただ一般的に言われている事を言っただけですし」
「それは…どういう事なんだ?」
「えっと、私の超能力の1つ『魔法適性・極』はですね、詠唱と魔法名がわかっている魔法を一度見ることで使えるようになる能力なんですよ。だからあの練習で見た時に条件を満たして使えるようになったわけです。この超能力の効果は全ての魔法に適応されますが、日常生活で魔法を使う場面が少ないこともあってケンさんの魔法以外だと回復のための魔法1つしか使えないんですよね」
「な、なるほど。最強の超能力だな…。他にはどんな異能があるんだ?」
「後はですね、まずは『魔力量上限向上・極』ですね。私の魔力量は普通の人のおよそ10倍です」
「じゅ、10倍」
カレンめ、人の異能の数に驚いていたけど自分の方がチートみたいな性能じゃないか。
「それと魔術の『ウィッチトライアル』で先天的な異能は全部ですかね」
「ちょっと待って、【魔術】ってなんだ?」
「そうでしたね。あの時は簡単な説明しかしなかったので言っていませんでしたね。【魔術】は基本的に魔法と同じですよ。ただ魔法よりも詠唱が長くて威力が高いです。1番の特徴としては基本的には使用者以外が覚えることはできません。要は誰もが使用できるわけではない詠唱が長く威力が高い魔法の総称が【魔術】です」
「そんなのもあるのか…」
「そうですね、結構強力ですよ。私の魔術の場合、敵が炭になるので今回の依頼では使えなかったんですけどね」
俺は空いた口が塞がらなかった。
俺とカレンが話しながら歩いていると、突如 空が裂けて大きな漆黒の穴が出来た。空中に出来た穴から ただならぬ気配を感じた俺とカレンは即座に戦闘態勢に入った。
暗くて穴の奥はほとんど見えていないが、穴の奥で何か大きな獣が動いている。その獣はすぐに俺達に気付いたようで穴から飛び降りてきた。
地上に降り立った獣は化け物だった。
頭は獅子のようであり胴体は熊のようであった。足などの末端部には所々鱗がついている。獅子の頭の額には赤黒い水晶のような角が生えていて、体長はだいたい8mほどだった。
「あれはキメラですね」
キメラか、確かにあの姿は合成獣だ。
「知っているのか?」
「はい、少しだけですが。しかし話は後です。既に向こうはこちらを狙っています。私が魔術を使います。精神を集中させるので、少しだけ相手の注意を引いておいて貰えますか?」
「了解だ、任せておけ。《ウインドナイフ》」
俺はキメラに攻撃を始めたが、キメラには攻撃がほとんど通らなかった。
しかし、こちらばかりが不利という事ではない。キメラは巨体であるためか攻撃は鈍く、避けること自体は難しくない。ただし、キメラの攻撃があたった地面は大きく抉れたので、仮に攻撃を受けたならば確実に致命傷となるだろう。
避けては攻撃し、攻撃しては避けてを繰り返し、決してキメラの注意がカレンに向かないように俺は戦闘を続けた。
難しい事をしているわけではなかったのだが、一撃でも攻撃を受ければ死ぬという緊張感の中で戦闘を続ける事で、短い時間ながらも疲労は確実に蓄積していった。
その疲労によって動きは次第に鈍くなり、攻撃を避けるのがギリギリになり何度か攻撃がかする。攻撃をかすって出来た傷の痛みが死の恐怖を増加させる。
そして、その恐怖心が さらに多くの疲労を蓄積させる。悪循環だ。
これが闘いの空気なのだろうか。シロップベアーを一方的に狩っていた時とは違う雰囲気。今、自分が狩られる側になっているのだという実感がここにはある。死の恐怖が俺の心を蝕み、自分がぬるま湯のような人生を送っていた事を強く実感させられた。
死が近くにある事を少しでも考えてしまえば、頭の中が死の恐怖でいっぱいになる。しかし、死の恐怖に怯え動きを止めてはならない。ここで動きを止める事はそのまま死を意味する。決して動きを止めまいと必死で俺は恐怖心に抗う。
体でキメラと闘い、心で死の恐怖と闘っている俺の耳に希望ともとれる声が響いた。
「《敬虔なる神の使徒よ――》」
まさに嵐の中で海を渡ってきた人々を照らす灯台の光のような希望。
「《聖なる炎でもって悪しき存在を焼き払え――》」
俺の心を蝕む恐怖を詠唱の声が癒していく。
「《神による大いなる断罪 ウィッチトライアル》」
カレンを中心にして魔法陣のような赤い光の円がすさまじい速度で広がっていく。
キメラが光の円の内側に納まった時、キメラの後方に十字架が地面からせりあがるように出現してキメラを磔にした。
そして次の瞬間、キメラは業火に包まれた。
業火の中でキメラは拘束を解こうと激しく足掻くも、磔にされた十字架からは抜け出すことができなかった。
しばらくするとキメラは抵抗できなくなり、さらに時間が経つと業火は消えて十字架には炭と化したキメラだけが磔になって残っていた。やがて十字架は消えて炭と化したキメラが地面に倒れて粉々に砕けた。
こうして俺達の勝利で闘いは終わった。
―――
安堵した俺が地面に座り込むとカレンが駆け寄ってきた。
「無事終わりましたね」
「ああ」
「ありがとうございました。ケンさんが必死に注意を引いてくれたお陰で私は魔術発動に専念できました」
「いや、それはこっちの台詞だよ、ありがとう。カレンがいなければ俺は死んでいただろう。今日カレンに出会えて良かったよ」
「そんな大袈裟ですよ。私1人でも勝つことはできませんでしたし、お互い様ですよ」
「ああ、カレンがそう言うならお互い様なんだろうな。実際、キメラを倒したのはカレンな訳だし。とりあえず街へ帰ろうか」
そう言って俺は立ち上がる。
「あ、ちょっと待ってください」
そういうとカレンは粉々に砕けた炭に近づき、キメラの頭の角のように生えていた赤黒い水晶を回収していた。あの業火の中で変質もせずに残っていたのか。
「お待たせしました。このキメラの角をギルドに渡すと大きさに応じた報酬が貰えるんですよ」
「そうなのか、臨時収入だな。じゃあ行くとするか」
俺らは街への帰路についた。
―――
「それでキメラってなんなんだ?」
「世界的にも詳しくはわかっていないのですが、半年ほど前から世界各地に現れては人々を殺しているんですよ。酷い時は1体のキメラに100人以上が殺されました」
「危険な生き物だな。共通点とかはないのか?」
「ええ、あります。まず空を裂いて空中に出来た漆黒の穴から出現します」
「なるほど。でも、どこかで出現していて遭遇する事もあるんじゃないか?」
「現在報告されている限りで必ず穴から出てきますね。特に周囲に10人未満しか人がいない時に出現する事が多いらしいです」
「規則性があるんだな。他に共通点は?」
「後は、複数の動物を合成したような見た目である事と頭に相当する部分に赤黒い水晶のような角が生えている事ですね。ちなみに角は大きいほど戦闘能力が高いらしいです」
「なるほどな。共通点以外にも知っている事はないのか?」
「すいません、もうないですね。世界的に見ても情報が少ないというのもあるのですが、私自身、『100人殺し』の事件を聞いた時に少し調べた程度の知識しか持っていなくて。根も葉もない噂は聞いた事があるのですけどね」
「ほう、例えばどんな噂があるんだ?」
「そうですね。よく言われているのは『キメラは神が人に試練を与えるために創り出した新生物だ』とか『突然発生した超生物だ』とかですね。2つ目の噂なんて あの『進化の道』の否定ですし」
「『進化の道』ってなんだ?」
「『進化の道』は隣国の天才研究者であるゲオルク・フィッツロイが最期に出した本の題名で、内容としては今いる生物はほぼ全て別の生物から進化したという事が書いてあります。出版されて10年以上経っている本ですが、理論に矛盾がなく未だに多くの国で生物学の参考書として使用されていますね」
「色々と教えてくれてありがとう、助かったよ」
天才研究者…ね。
―――
その後も俺らは話をしながら歩いて街へと帰った。