11.7 一軒家を求めて
唐突ではあるが、家が欲しい。
この間、カレンの家に行ったって言うのが大きいが、自由に使える家がどうしても欲しいのだ。
帝都や王都と違い、ヤポンには俺に魔法陣をかけるような土地をくれる人とのコネクションがない。
その一方で、俺はヤポンに故郷に似た感情を抱いている。
となれば、ヤポンに家が欲しいと言う発想はごく自然な流れと言える。
そんなわけで、俺はギルドに来ていた。
ギルドの報酬は基本的に金とポイントであるが、それは絶対ではない。
ポイントはギルドが難易度に応じて定めているので設定権はギルドにあるが、金の方はそうではないのだ。
個人の依頼であれば、報酬は依頼主が自由に設定できるのである。
だから極端な話、報酬は道端の石ころでも構わない。ただそんな依頼を受けてくれる冒険者がいればだが。
つまり今回俺は家、もしくは土地を得られるような依頼を探しに来たのだ。
早速受付の人に話を聞いてみる。
「すいません、報酬が家屋の依頼ってありますか?」
「お探しするので少々お待ちください」
受付のお姉さんは「え?そんな依頼ないでしょ」と言いたげな表情を一瞬だけしてから言った。
「はい、お願いします」
しばらく待っていると、お姉さんが1枚の依頼書を持ってきた。
その色は第4階級、俺達の緑階級の1つ下にあたる黄階級の依頼書だった。
「お待たせしました。こちらの1件が該当の依頼でございます」
ええと、何々、引っ越しの手伝い?すごい簡単そうな依頼じゃないか!
「それ受けます!パーティの仲間連れてくるんで少し待っててください」
「かしこまりました」
俺は宿屋に帰って全員に声をかけてから、改めてギルドを訪れてその依頼を受けた。
―――
そして、俺達は依頼主の所へと向かった。
ギルドの人から詳細な話は依頼主から直接聞くようにと言われたためだ。
依頼主の家は街の中心から少し外れた所にあった。人通りは多く、街のどの施設に行くにも交通の便は良いだろう。
家の大きさはそれなり、庭のようなものはなく、敷地内にぎっしりと家屋が建っている感じで、普通の一軒家よりは大きい2階建てだが、カレンの実家に比べれば随分と小さい。
こんな所に住む人が、報酬に家屋を渡すことなんてできるのだろうかと疑ってしまう感じだ。
まあ、家の外でそんなことを考えていても仕方がないので、俺達は呼び鈴を鳴らした。
「はい、どちら様でしょうか?」
中から出てきたのは60は超えているだろうお爺さんだった。
「すいません、俺達はギルドの冒険者なのですが、あなたがヨコタ・ジョーさんですか?」
「そうですが。もしかして、私の依頼を受けてくださるのですか?」
「はい、詳しいお話をお聞かせ願えますか?」
「わかりました。ここではなんですので、どうぞ、お入りください」
ジョーさんに促され、俺達は家の中へと入った。
リビングに通されると、俺は早速話を始める。
「早速なのですが、今回の依頼内容とその報酬について説明していただいてもよろしいでしょうか?」
「では、報酬から説明させていただきます。報酬はこの家です」
「良いんですか?」
「はい、私は引っ越してしまうので、この家は空き家になってしまいますから。依頼を果たしてくれた冒険者の方に住んでいただけば互いに利益のある形になるかと考えまして」
「わかりました。依頼を果たした暁には報酬としてこの家をありがたくいただきます。それで、依頼の内容はどう言ったものなんでしょう?」
「はい、今回お願いしたいのは、依頼書にも書かせていただいた通り、私の引っ越しの手伝いです。具体的には、引っ越しの荷物運びと私の護衛ですね。帝都のギャリットまでお願いしたい」
「て、帝都ですか!?」
勝手にヤポン内だと思っていた俺はその言葉に驚きを隠せなかった。
「やはり、難しいですか…。この依頼を出してから早2年と半年が過ぎましたが、ここに来た冒険者は、その誰もがギャリットと聞くと依頼の受理を取り下げてしまうのです。王国の人達にとって帝国は敵国、さらに片道3ヶ月、往復6ヶ月近くかかってしまう旅路は確かに酷なものでしょう」
「いえ、一度受理した依頼です。最後まで完遂させて貰いますよ。ただ1つ、条件があるのですが」
「なんでしょうか?こちらも無理な依頼を出している身、ある程度でしたら快く受け入れましょう」
「着手金というか、報酬の一部を前払いして欲しいんです。一室だけ先にいただけませんか?」
「なぜだかはわかりませんが、承知いたしました。好きな部屋をお使いください」
「ありがとうございます。ちなみに、今回の引っ越しで持っていく荷物はこの家にある家財道具一式ですか?」
「そうですね。机に椅子、食器類と食器棚、衣類と箪笥に寝具一式と言ったところでしょうか。それ以外の物はここに置いていきますので、使うなり売るなり好きにしてください」
「わかりました、ありがとうございます。カレン、魔法陣が描けそうな部屋を見繕っておいて、そこに描いておいてくれ」
「わかりましたよ」
カレンは早速部屋を出ていった。
「魔法陣ですか?わざわざ先に部屋を受け取って描いたところを見るに、今回の依頼に何か関係するのでしょうか?」
「はい、うちの仲間のカレンは『テレポート』という魔法陣と魔法陣の間を自由に行き来できる魔法を使えるんです。偶然にも、俺達は帝国に魔法陣を描いているので、この家に描いてしまえば引っ越しなんてすぐ終わりますよ」
「ほ、本当ですか!?すごいですねえ」
ジョーさんは驚いていた。
さて、そんなわけで引っ越しは始まった。
引っ越しといっても、物の移動には『収納の腕輪』を使っているので、移動自体はすぐ終わる。時間がかかるのはジョーさんが行なっている持っていく物の選定だ。こればっかりは俺達が行うことはできないし、時間がかかるのは仕方ないな。
まあ、大雑把には決まっていても、いざ持っていく物を選ぶとなると迷う気持ちもわかるし、俺は急かすこともなく、ジョーさんの近くで座っていた。
「そういえば、ジョーさんはなんで帝都に引っ越そうと思ったんですか?帝国は敵国ですし、失礼ながらジョーさんはお年を召しているので3ヶ月近くにも渡る引っ越しは大変ではないですか?」
ふと頭に浮かんだ疑問を俺はジョーさんにぶつける。
「私は元々帝国の生まれなのです。それが大昔の戦争で、帝国に帰ることができなくなり、そのまま流れ流れて帝都とは大陸の真逆に位置するこのヤポンへと住むことになりました」
「あ、帝国の方だったんですね」
「ええ、そうです。それでこの街でうちの家内に出会い、家内の実家、漁関係の名家であるヨコタ家に婿に入ったのです。そこからは夫婦で楽しく暮らしていましたよ。子供はおりませんでしたがね」
「そうですか、それで奥さんは今どこに」
「…亡くなりました、3年ほど前に」
「す、すいません。とんだ失礼を」
「いえ、良いんです、悪気があったわけではないのでしょう?」
「ありがとうございます」
「まあ、そんなわけで妻がなき今、故郷である帝都に帰るのも悪くないなと思いまして、ギルドに依頼を出した次第であります」
「なるほど、そう言うことだったんですね」
少し失礼なことを言ってしまったな…。
こう言った話をしながらも着々と引っ越しの準備は進んだ。
―――
数時間後、準備は終わり、後は移動するのみとなった。
外はもう暗いが、帝都的には丁度良い時間だろう。
全員が魔法陣へと乗り、カレンは魔法を使った。
瞬きをしている間に帝都へと到着した。
砦の外へ出るなり、ジョーさんは驚いた声を出す。
「本当に一瞬でしたね。これはすごい!」
「ジョーさん、引っ越し先は決まっているんですか?」
「いえ、まだ詳しくは…。ただ、ヤポンにいるときに、私の弟の息子、つまり甥が帝国で上位の地位に付いていることを小耳に挟んでおりますので、まずは甥に会ってみようかと思います。多分屋敷の場所は私がいた頃と変わっていないでしょう」
「わかりました。その屋敷に行ってみましょうか」
俺達はジョーさんの甥の屋敷へと足を運んだ。
―――
数分後、立派な屋敷へと到着した。
しかし、その屋敷に人の気配はなく、門は閉ざされていて看板が立っていた。そして、その看板にはこう書かれていた。
【帝国差し押さえ区域】
【関係者以外立ち入り禁止】
「何かあったんですかね?」
「そんな馬鹿な!私がヤポンで甥の名前を聞いたのはほんの数ヶ月前ですよ。甥は帝国の将軍のはずです!」
ん?帝国の将軍?
思うところのあった俺はジョーさんに質問する。
「ジョーさんの結婚前の名前をお聞きしても良いですか?」
「ジョー・ストロングです」
やはり、あのストロング将軍の伯父さんだったのか。
「ジョーさん。引っ越し先のことなんですけど…」
「ええ、身寄りがなくなってしまった今、新たなところを探さねばならないでしょうな。申し訳ないが数日の間待っていただきたい」
「あ、いえいえ、その件なんですが、俺が何とかしましょうか?」
「そうしてくれるのなら、こちらとしては言うことは無いのですが、何とかってそんなことができるんですか?」
「ええ、任せてください」
―――
そう、大見得を切った俺は城へと訪れていた。
すんなりと城へと入れていたことにジョーさんは驚いていた。
俺はそのままの足でメアリーの部屋を訪れた。
「メアリー、久しぶりだな」
「ええ、そうですね、ケン。それでその後ろの方は御老体はどちら様でしょう?」
「ああ、この人は俺が今受けている依頼の依頼主で、ジョー・ストロングさん。おっと、今はヨコタ・ジョーさんだな」
「なるほど、わかりました。私とは言え、差し押さえ区域を明け渡すのは少々手間がかかるので、手頃な民家をお渡しする形でよろしいでしょうか?」
何がどうなったら、そうなる。
そう思ってしまうような返答ではあったが、その返答は俺が求めていた返答そのものであった。
「メアリーは話が早くて本当に助かるよ」
「ふふふ、ケンにそう言ってもらえると嬉しいです」
「ちょ、ちょっと待ってよ。本当に話が通じているのかい?オレからしてみたら、ケンがジョーさんを紹介したようにしか思えないんだけど」
ジンは戸惑いながらそう言った。
「いや、俺も正直最初は驚いたけど、メアリーとの会話なら別段変な流れでもないぞ。メアリー、一応どう理解したか説明してもらっても良いか?」
「はい、わかりました。まず、ケンが私の部屋に依頼主を連れて来たということからは、ケンが受けた依頼を果たすために私の力が必要であるということを理解しました。そして、依頼主のストロングという昔の家名と家名を先に持ってくる今の名前から、昔は帝都に住んでいたヤポンの方ということが推測できますね」
「すごいね、確かにあっているけど、あの一瞬でそれを理解するって言うのが、オレには信じられないよ」
「そこからは頭の中にある情報を結びつけただけです。ストロング元将軍の伯父様は過去の戦争で行方不明ということやストロング元将軍の屋敷は今は差し押さえられているということは既知の情報ですから」
「でも、それでなんで家が必要ってことがわかったんだい?ただ、ストロング将軍に逢いに来たって可能性もあるだろう?」
「それはジンさん達がこの部屋を訪れたからですよ。ただ、甥に逢いたいという依頼であれば、ケンとカレンさえいれば、達成できますからね。それにカレンとウェンディさんは多少疲れているようですし、魔法陣のある地点から直接城に来たわけではないと思いまして。それらを始めとしたいくつかの情報を考慮すれば、引っ越しの手伝いで帝都を訪れたら、引っ越し先のストロング元将軍の屋敷が差し押さえられていて、私にどうにかしてほしいと思ってケンさんが訪れてきたと言うことがわかります」
「なるほどなるほど(?)、そう言うことか」
絶対理解できていないジンを横目に、俺はメアリーに問う。
「それで、民家の件だが、貰ってしまって大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫ですよ。今回お渡ししようと思っているのは、しばらく誰も住んでおらず、取り壊しが計画されたものの、予算の関係から放置された民家ですから。多少埃は溜まっているかも知れませんが、掃除さえすれば充分住むことはできると思いますよ。書類上のことは私がやっておきますから、気にしないでください」
「ありがとうな、メアリー」
「いえいえ、私なんて情報を伝えているだけですよ。それに、愛しのケンのためですから」
メアリーは俺にウインクをする。
メアリーとウェンディの間で、またもや一瞬だけ火花が散った。
―――
その後、メアリーの用意してくれた民家を訪れた俺達は掃除と家具設置を行って依頼を完遂した後、王都へと戻り、ギルドへの報告をして宿屋へと帰った。
もう夜も更けたので、俺達の引っ越しはまた後日にしよう。




