9.2 赤きキメラ
俺が冒険者達に出した指示はこうだ。
まず、ジンには囮になってもらった。
先程緑階級の冒険者が吹っ飛ばされたところを見るに、キメラは目に入った人間を攻撃する。そして、攻撃している時、その歩みは止まる。
ジン曰く、避けるのは余裕とのことなので、冒険者達に指示を出す間、囮として足止めをしてもらうことにした。
次に、回復魔法が使える者と俺はキメラに吹っ飛ばされた140人の救出に向かう。
死者を蘇生することはできないが、手負いの者はできるだけ傷を治して自分の足で動いてもらうことにした。
残った冒険者達には、今戦闘している60人の冒険者達に撤退の指示を出して貰った。
―――
しばらくすると俺が想定していた通りに戦場は動き出す。
ジンがキメラの動きを止め、それ以外の者は撤退する。
回復を行っている俺達もほとんどその仕事を終えようとしていた。攻撃を受けたおよそ140人のうち、40人程が命を落としてしまっていた。しかし、救うことができる残りの人達は救うことができた。
他に負傷者がいないか俺は辺りを見回す。
すると、倒れている女冒険者と、その横で泣き崩れている女冒険者の2人組を見つけた。
他にはいないようだし、あの人で最後だろう。
そう思って近づこうとした その時、突如 地面を割るような大きな音が響く。音のする方を見てみると、どうやらキメラが思い切り腕を振り下ろし、地面を割ったようだった。
「危ない!」
カレンの叫び声に反応して前を見ると、人の頭よりも大きな岩が2人組の冒険者に向かって飛んでいた。
このままいけば、泣き崩れている方の頭へと直撃してしまうだろう。間違いなく即死だ。
でもダメだ、避けられる状態じゃない!
そう思った俺は2人組と岩の間に割って入る。
瞬間、俺は背中に激痛が走る。
痛え、死ぬ。
「た、《タイムバックワード》…」
とりあえず、自分の傷を瞬時に治す。
「だ、大丈夫ですか!?ごめんなさい。わたしなんかを庇って…」
泣いていた方の女冒険者はあまりの出来事に涙を残したまま目を見開いて驚いていた。
「大丈夫だ。それより、そちらの方は?」
「お姉ちゃんです。あの怪物に吹き飛ばされて…」
姉妹で冒険者なのか。
「わかった、今治す。《タイムバックワード》」
お姉さんの傷はみるみると治っていった。
「あれ?あたしやられたはずじゃ…」
「お姉ちゃん!良かった!」
「問題ないようだな。まだ状況がわかってないと思うが撤退してくれるか?そろそろ俺の仲間を助けないとならないからな」
「はい。お姉ちゃん、行こう」
さて、これでここにいるのは俺達3人だけになったな。
「ジン!俺達も参戦するぞ。体力は大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、まだ余裕だよ」
俺達はさらに時間を稼がなければならない。キメラの動きは単調な上に王都に向かっているのは明らかだ。それ故に、待ち伏せができる。
王都にはまだまだ強い冒険者は多くいる。彼らの体制が整ってしまえば、迎撃は容易いだろう。
そのためには少なくともあと20分くらいは何とかして耐え忍ばなければならないだろう。
俺達3人とキメラだけの戦いになると、あたりは一気に静かになり、キメラの呟きが聞こえるようになる。
「ニンゲン…コロス…」
怖っ。
その物騒なセリフを何度も繰り返しているキメラに俺は少しビビってしまった。
こんなことなら何を呟いているかなんて知らない方が良かった。
しかし、時間を稼ぐ役割がある以上、それは果たさなければならない。
俺は気を取り直してカレンに尋ねる。
「カレン!行けるか?」
「ええ、準備は万端です。最大火力で行きます!ジンさん、離れてください!《敬虔なる神の使徒よ 聖なる炎でもって悪しき存在を焼き払え 神による大いなる断罪 ウィッチトライアル》」
カレンが魔術を使った瞬間、ジンはキメラの側から離れる。
そして、カレンのほぼ最大魔力でもってキメラは磔にされて焼かれる。キメラの身体だけでなく、周りの土やキメラを磔にしている十字架すらもその炎の影響を受けてしまっている。
その火力は凄まじく、キメラから離れた俺にでも炎の熱を感じるほどだった。視覚、触覚、その2つの感覚でもって感じた火力は俺が知る中で最高のものであった。
しかし、キメラの防御力はその火力をも耐え得る。火力が下がるのを待たずにキメラは暴れて、十字架を破壊する。そして、何事もなかったように王都への歩みを再開するのであった。
「情けない…限りです…」
魔術に多くの魔力を費やしたカレンはその場に座り込む。
俺達のパーティの最大火力でもダメか…。
「ジン!また囮を頼めるか?カレンを安全な場所に運ぶ!」
「はいはい、承ったよ。てか、目を潰せば良いんじゃないの?この間の犬キメラみたいに。犬キメラも目は簡単に潰せたしね」
確かに、このキメラは音や攻撃には反応しない。目を潰してしまえば、攻撃をすることがなくなり、脅威が半減するのではないだろうか。
なんか、今日のジン冴えてるな。
俺がジンの案について納得している間に、ジンはキメラの方に走り出していた。
当然キメラもジンを見つけて右腕で叩き潰そうとする。
しかし、ジンはその攻撃をヒラリと避けて、むしろその右腕の上を走ってキメラの眼前へと跳ぶ。
ジンの双剣がキメラの両目を潰す。かと、思われた。
「流石に、防御するのね」
ジンの2本の剣はキメラの左腕に防がれてしまった。渾身の一撃だったが故に、剣はキメラの腕に突き刺さってはいたが、かすり傷程度しかダメージは与えられていないだろう。
ジンはそのままキメラの左腕に吹っ飛ばされる。まるで水切りの石のようにジンの身体は地面を2回跳ねた。
「ジン!!すぐ治す!!《タイムバックワード》!!」
「あ、ありがとう、ケン助かったよ」
ジンの身体は一瞬で元に戻る。
しかし、心には深い傷が残ったままのようだ。今までに見たことがないジンの恐怖に染まった表情。俺達の中で最も強く、どんな敵を前にしても軽薄な態度だったジンが自分の攻撃が効かないという絶望と明確な死の恐怖を前に怯えているのだ。
「ジン、カレンを連れて逃げろ。あとは俺が何とかする」
「ケン…。オレは大丈夫だよ。まだ戦える」
「ダメだ、認められない。ジンの武器はキメラの腕に刺さっていて武器もない。俺の魔術による回復は時間が経たないともう一度ジンに使うことはできない。そんな危険な状況で仲間を戦わせるなんて俺にはできないんだ」
「ケン!それはキミだって同じだ!キミにはあの攻撃を避ける術も耐える術も持っていないだろう!それにさっきキミは自分にも魔術を使っていた!どう考えたってオレよりもキミの方が危険じゃないか!」
「大丈夫だ。俺1人で足止めくらいできるさ」
「何が大丈夫なんだい!?根拠がないよ!」
「俺は天才だ。だから大丈夫だ。たまにはリーダーの言葉 信じてくれよ」
「わ、わかった、信じるよ。だけど、危なくなったらちゃんと逃げてね」
「ああ、約束だ」
ジンとの約束を交わし、俺がキメラに立ち向かう。
ちゃんとジンはカレンを連れて逃げたようだな。
こうして俺達の戦いは終わり、俺の戦いが始まった。
迎撃準備完了まで残り14分。




