8.2 厄災は忘れた頃に
プカンへの帰路も順調に進んでいき、国境も無事に越えることができた。国境を越えてしばらく進んだので徐々に村も増えてきた。今日はすでに2つの小さな村を通り過ぎているが、時刻的には昼過ぎであるため、今日中にはさらに1つの村を通り過ぎることになるだろう。
「だいぶ前にエーシャア王国に入ったっていうのに、王都にはまだ着かないのかい?」
「あと数日もすればプカンに到着しますよ、ジンさん」
「ふむふむ。ありがとう、カレンちゃん。それにしてもあと数日もかかるのか、移動が長くて嫌になっちゃうよ」
ジンの言う通り俺も嫌気がさしていたが、一番頑張っているカレンの前でそれを言うか。だが、長い帰路ももう少しでプカンへと辿り着く。
そんな折、厄災は現れた。そう、キメラだ。
場所は今までと同じ様に誰もいない長閑な草原で、周りには俺達しかいない。
そして、今までと同じ様に空が裂けて漆黒の穴が空中にできる。
しかし、唯一今までと同じではなかったのは、穴が2つ空いていると言うことだ。そう、空には俺達を挟み込むように2つの穴ができたのだ。
それぞれの穴からキメラが飛び出す。
片方は5m程度で馬に鳥の羽をつけたような姿だ。一見すると、ペガサスかとも思えるが、純白な翼に対し鹿毛である馬の体を見ると、キメラであることは確定的なようだ。
そして、もう片方は3m程度の犬と猫のキメラだ。犬と猫のキメラであることはわかるのだが、このキメラは少し変わっていた。俺達が今まで出会ったキメラが身体を頭や足といったように大きなパーツで切り取ってくっつけたような姿であったのに対し、このキメラはバラバラだった。顔は概ね犬だのだが瞳だけは猫というように、犬のパーツと猫のパーツをごちゃごちゃにくっつけたような姿をしていて何とも不気味だった。
赤黒い水晶のような角の大きさを見るに、俺達が初めて出会ったあのキメラに比べて弱いように思えるが、今回は2体だ。
「ケン、これがキメラかい?」
「ああ、そうだ。強いとは思うがそこまでじゃない。多分カレンの魔術で倒せる程度だ」
「毒は効くかな?」
「どうだろうな。俺にもわからない。来るぞ!」
仕掛けてきたのは犬猫のキメラ、目にも止まらぬ速さで俺達の方へ突っ込んできた。
「キミの相手はオレがするよ。ケン、いいよね?」
その突っ込んできた犬猫のキメラにジンが飛び乗る。
「ああ、任せた。カレン、俺達はあっちのキメラを仕留めるぞ!」
「はい!」
馬鳥のキメラは上空から俺達に向かって突っ込んできた。まるで隕石のようだ。突進系は本当に角が厄介だな。硬い角を武器にするのは本当に面倒だ。
俺はその攻撃の風圧に吹っ飛ばされながらも転がりながら体制を整える。
「〈S1〉」
俺は「収納の腕輪」から両断の剣を取り出す。前に使っていた大量生産された既製品と違って この剣ならば、キメラの皮を容易く斬り裂けるだろう。もしかしたら、あの硬い角すらも切り落とせるかもしれない。
角が地面に刺さったキメラに対して俺は駆け寄り剣を振り落とす。
しかし、その一撃がキメラの首に当たる前に地面に刺さったキメラの角が抜けてしまい、その角に剣は弾き返された。
やはり角は斬れないか、硬すぎる。つか、やば。突進されたらキメラの角が腹に刺さって死ぬな。
安直な行動が招いた死の危機を回避しようと俺が思考を巡らせていると、カレンからの援護が飛んできた。
「《突き刺す光速の槍 ライトスピア》」
光の矢がキメラの腹部に突き刺さる。
ターゲットが俺からカレンに変わったキメラはカレンに攻撃するために飛翔する。
キメラがカレンに狙いを定め、突っ込もうとした瞬間、カレンは魔法を使った。
「《爆ぜる刹那の光 フラッシュ》」
ほんの一瞬、世界が真っ白になるほどの光がキメラの視界を覆う。
そして、突然の光に驚いたキメラは地に落ちた。
俺はゆっくりとキメラの首元へ近寄る。
あまりの強い光にキメラは目が眩むだけにとどまらず、全身が麻痺してしまっているようだった。
戦闘不能の敵にとどめを刺すのは忍びないが、相手は野放しにはできないキメラだ。慈悲はない。
俺は思い切り両断の剣を振り下ろして首を切断した。蛇口を捻ったように切断面から血が止めどなく溢れる。
キメラの命を奪うのが一番躊躇われるんだよな。他の自然の動物達と違って誰かの意思で戦わされている感があるからな。誰かに造られたかのような体に、人間を殺すために世に放たれているような登場の仕方、一種の人造兵器のようにも思えるキメラの姿に俺は少し同情しているのかもしれない。
よく考えたら今までのキメラにとどめ刺したことなかったな。
心の奥で感じた嫌な違和感を持ったまま、俺はジンの方を見る。
「お、ケン!終わった?なら、助けて欲しいんだけど。いやー、オレの毒は効かないし、キメラの攻撃は当たらないし、お互いに決め手がなくて戦い長引いちゃってさ」
「当然助けるけど、速すぎて目で追えないんだが」
辛うじて戦っていることだけはわかるが何をしているのかはわからない状況だ。
「困ったなあ。じゃあ、オレが数えるから3って言った瞬間に剣振り下ろしてくれない?いくよ、1、2…」
突然の指示に戸惑うも俺は剣を構える。
「3!」
俺がジンの声に合わせて剣を振り下ろすと、目の前に大きな肉塊がボトリと落ちた。犬猫キメラの左前足だ。
「うおっ!?」
「いいね、ケン。これで動きはガクンと遅くなるはずだよ」
どうやらキメラはジンに誘導されていたらしい。ジンの動きを追っているキメラにとって俺の動きなど止まって見えたのだろう。故に唐突に振り下ろされた剣の攻撃に反応できず当たってしまったのだ。
そしてキメラはジンの言う通り動きが遅くなっていた。
まあ、俺から見ればまだ充分に速いが。
「ジンが手間取るなんてな」
「いや、毒が効かなくてね。この双剣は敵を切断することを想定していないから無理したら壊れちゃうし。本当に打つ手なしだったよ。じゃあ、その調子でとどめよろしく」
ジンの殺すことに対する躊躇いのなさに多少戸惑ったが、化け物相手ならば普通こうなのだろう。アクタのような生き物感がない化け物には俺も実感できるような躊躇いはなかったわけだし。
「わかった。だが、俺から見たらまだ動きが機敏なんだが」
「左目側からなら気付かれないと思うよ」
不思議に思ってキメラの顔を見ると、ジンによって左目は潰されていた。
資格となった左目側に回り込み俺は再び剣を構え、振り下ろす。
首を斬り落とせなかったものの、確かな手応えを感じる。
キメラは力尽き、ドスンと大きな音を立てて倒れた。
「ふう、勝てたな」
「まあ、余裕だったね。今日はケンが大活躍だ」
なんか俺が普段役に立っていないような言い方だな。間違ってないけど。
「カレン、キメラ燃やせるか?」
「燃やせますけど。亡骸にそんなことをするなんて」
「いや、勘違いするな。角が抜けないんだよ。それにこんな大きなものがあったら、ここを通る他の人が困るかもしれないからな。まあ、供養のつもりでやってくれ」
「そういうことならわかりました」
カレンは魔法でキメラを燃やす。
少し前は動物を狩ることに罪悪感なんて感じなかったのだが、ジンに躊躇いのことを指摘されてから意識するようになったのか罪悪感を感じてしまう。今回のように動けなくなっているところにとどめを刺せば尚更だ。
俺が奪ってしまった命に葬いの気持ちを持って俺は炎を見続けた。
そして、炎が消えたあと、灰の中から俺は角を2本拾う。
戦闘(というよりは最後の焼却が大部分)でカレンの魔力が枯渇してしまったため、その日は通り過ぎるはずだった次の村で休むことになった。




