16.2 万能な姫
俺達がしばらく待っていると、数枚の紙と鉛筆を待ったメイさんが戻ってきた。
メイさんがわざわざ裁断して来てくれたであろう紙のサイズは、俺が指定した大きさと寸分の狂いもなく一致していて、メイさんのポテンシャルの高さを感じた。
俺は腕輪から「分析の片眼鏡」を取り出してつけた。
「ケン、それは何ですか?」
「これは相手の能力値とかを見ることができる魔法道具だな。『憤怒』を倒した時にゲオルクから褒美として渡されたんだ」
「ゲオルクがケンに?」
「ああ、俺も不可解でならないんだが、紛れもない事実だ。どう言うわけだが、奴は俺を強くしたいらしい」
「きっと彼の目的のために必要なことなのでしょう。ところで、『怠惰』を倒した時には何を貰ったのでしょう?」
「いや、そういえば何も貰わなかったな。まあ、敵に褒美を期待するって言うのもおかしな話だがな」
「確かにそうですね」
メアリーとそんな話をしながら、俺はカレンの能力値をメモっていった。
「よし。できたぞ、カレン」
俺がメモった紙をカレンに手渡すと、カレンは懐から魔法記録用の手帳を取り出し、その間に折って挟んでいた以前記録した時の紙を取って開いた。
「また魔力が上がっていますね。400くらい増えた感じでしょうか?しかも、今回は体力と気力も少し上がってます」
「お、良かったな。それにしてもカレンの魔力の増加は留まることを知らないな。能力値ってそんなに簡単に上がるものなのか?」
一気に(と言っても数ヶ月かけてだが)400も上がるのは流石にカレンの超能力のなせる技だとは思うのだが、それでもこんなにポンポンと上がっても良いものなのだろうか?
平均は100らしいのだが、こんなにすぐ能力値が上がるようでは、平均の100なんて誰でも超えてしまうんじゃないか?そもそも、カレンなんて今回平均的な人 4人分の魔力が増えたってことだしな。
まあ、平均の導出過程もわからないし、追求はできない気がするが。
「どうなんでしょう?そもそもこの能力値の概念だって、恐らくその片眼鏡でしか使われていないものですし」
「確かに、そうだな。まあ、全員分書いてみれば変化量は見比べることができると思うし、ちょっと書いてみるか」
俺はアイリーンとウェンディの能力値も紙にメモった。自分の能力値を鏡で見るのは難しいので、俺の能力値はカレンに書くのをお願いしたが。
さて、アイリーンとウェンディが自分の能力値の変化の確認を行っている中、俺はその確認を後回しにして片眼鏡でメアリーを覗いた。
「私も見てくださるのですね」
「もちろん。そうじゃないならわざわざここで片眼鏡なんて取りださないよ。それにメアリーの能力値は元々気になっていたんだ」
「本当ですか?でも、ケンなら能力値だけとは言わず、私の身体の好きなところをどこでも見てくださっても良いのですよ。そう、どこでも、ね」
そう言うと、メアリーは軽く前かがみになって両腕で胸を寄せ、左人差し指で服の首元を軽く引っ張った。
メアリーがそんなことをしたせいで豊かな谷間が顔を出す。
「えっ、いや、ちょっ、な、何言ってるか、わっ、わからない」
柄にもなくしどろもどろになり、わかりやすくテンパる俺。きっと、顔は真っ赤に染まっているだろう。
「ケンの不意打ちに弱いところ、やはり可愛いですね」
そんな俺を見ながらメアリーはそう言った。
メアリーは普段、やんわりと言葉だけで求婚(?)してくるのだが、時折、こうして過激なことをする節がある。
過激なことと言っても、夜になり性格が変わったアイリーンやウェンディ程、直接的かつ扇情的な行動ではないので、僅かに過激な程度で収まっている。
されど、俺がいつもしどろもどろになってしまうのは、メアリーの言う通り俺が不意打ちに弱いからなのであろう。
まあ、正しく言うのであれば、それはメアリーの駆け引きの上手さと言うか、仕掛けるタイミングの巧みさなのであるが。
そんなわけで俺はついメアリーの手のひらの上で転がされてしまうわけなのだ。
「メアリー、勘弁してくれよ…。ほら、能力値の診断書書けたぞ」
顔は燃えるように真っ赤に染まり、目はザバザバ泳いでいる中、俺は誤魔化すようにそう言った。
メアリーは俺から紙を受け取ると、軽く目を通し始めた。
「私は意外に能力値が高いのかも知れませんね」
一通り目を通し終わったのか、メアリーはそう言った。
「ああ、そうだな。意外に高いってより、正直相当高い。なんて言ったって全能力値200だからな。ちょうど平均的な能力値の人2人分なわけだ」
そう、メアリーの能力値は思ったより高かった。
しかも、全能値が200と言うのは実に奇妙な話だ。
しかし、その疑問はすぐに解消される。
「ケン、1つ質問があります。この、『魂の名前』とは何ですか?」
「簡単に説明すると、稀に生まれ持つことがある特殊技能かな。メアリーの場合は『Omnipotent』だな」
「おむに…?」
「ああ、万能って意味の言葉だ」
聞きなれない言葉を聞き返すメアリーに、俺は補足説明をする。
「まあ、それを見るに、能力値が他の人より高いって感じかな。異能に関してはこの片眼鏡では測れないからなんとも言えないが。もし良かったら、後でギルドにでも行ってくるか?」
「そうですね、行きましょう。ケンと街を歩くのはあの日以来ですね」
俺の誘いに、思い出話を添えて返すメアリー。
メアリーの言葉に俺はメアリーと初めて会った日を思い出す。
メアリー曰く、厳密に初めて会った日はもう少し前になるので、「メアリーと初めて話した日」って言うのが間違いのない解釈の言い方ではあるのだが。
「ああ、あの日な。あの日は大変だった。メアリーが襲われたら大変だと思って、ずっと気を張っていたからな。多分俺、その時ずっとぎこちなかっただろ?」
そう、あの日は唐突に訪れたメアリーと街中で買い物、所謂デートをした日だった。
「まあ、そうですね。ぎこちないと言われればぎこちなかったような。それでも私は楽しかったですよ。ケンは終始優しかったですし。まあ、私はケンのそんな所が好きになったのですけど」
「えっ、いや、ちょっ、あ、ありがとう」
ストレートに想いを伝えられるというのは気恥ずかしいもので、またも俺は顔を赤く染める。
またメアリーにからかわれたのかとも思ったが、メアリーの反応を見るにどうやら天然らしい。
「そう言えば、ケンはこの『魂の名前』に詳しいようでしたけれど」
「ああ、まあな。一応、俺とカレンも同じように『魂の名前』を持っているからな」
「あら、そうなのですか?ちなみに御二人はどのようなものをお持ちで?」
「カレンが『Witch』、魔女って意味で、俺が『Evolution』、進化って意味だ」
「なるほど。カレンは魔女ですか、聞き及んでいた魔法の力に相応しいですね。そして、ケン、以前高熱で寝込んだそうですが、それはもしかしてこの力が原因ではないのですか?」
「ああ、その通りだが、なんでわかったんだ?いや、メアリーのことだ、きっと論理的な筋道を立ててその結論に至ったのだろう。聞くまでもないかな」
少し考えたような表情をしながら俺の話を聞いていたメアリーは、徐に口を開く。
「ケンとカレン、2人の『魂の名前』を比べただけでも、この力に規則性がないことが見て取れますね」
どうやら、「魂の名前」について、思考を巡らせていたらしい。
「ああ、そうなんだよ。どんな効果があるのか、どんな副作用があるのか、いや、そもそも副作用なんてない人もいる。規則性と言う側面においては本当に共通点は見当たらないんだよ」
「ちなみに、ケンは私達以外の『魂の名前』を知っているのですか?」
「ああ、まあな。この間の『死の風』は速いって意味の『Fast』、ゲオルクは天才って意味の『Genius』だったな」
「意外といらっしゃるのですね」
「ああ、そうだな」
この時俺は、王国最強の騎士であるところの黒騎士のリンさんが「Knight」という魂の名前であったことを完全に忘れていたのだが、王国の最強戦力の情報を一応の敵国である帝国の姫に明かさなかったことは、却って好都合だったのかも知れない。
まあ、スパイみたいに扱われるのは嫌だからな。
「ねえ、ケン。ギルドに行くならそろそろ行こうよ。あんまりお話していると陽が沈んじゃうよ」
俺達が「魂の名前」について話していると、ウェンディがそう言った。
「あ、ああ、そうだな。でも、ウェンディ達はここで待ってて良いんだぞ。先天的な異能は変わらないんだし、例外的に変わる俺と診断をしたことがないメアリーだけ診断すれば良いんだから」
「それはそうだけど…」
続く言葉を探しているウェンディが言葉を紡ぐその前に、俺の言葉に乗っかるようにメアリーが言う。
「ええ、ケンの仰る通りです。ギルドには私達2人で行くといたしましょう」
「え、ちょっと、待っ…」
ウェンディが否定の言葉を言い切る前に、メアリーはパチンと指を鳴らした。
すると、部屋の扉が開き、先程まで部屋にいたはずのメイさんが部屋に入ってきた。
いつの間に部屋を出ていたんだ…。
「メイ、ケンと私が戻って来るまでの間、御三方へのおもてなしを頼みますわ」
「承知いたしました。全身全霊で持って対応させていただきます」
メイさんのその言葉と共に、ゾロゾロとメイド達が入って来た。その手には料理を始めとした物が乗っかっている。
むしろ俺がここに残ってその料理を食べたい、なんて思ってしまうほどに、運び込まれた物は贅沢の限りを尽くしたようなものであった。
「では、私達はそろそろ出発するといたしましょう」
メアリーはそう言うと、右手で俺の左手を握って城の出口へと向かった。
「いってらっしゃいませ」
と、メイさんは立ち去るメアリーと俺に深々と頭を下げた。
そして、部屋の扉がバタンと閉まる。
その直前に「待って、わたしも行くの!」と言うウェンディの声が聞こえた、ような気がする。
恐らく、俺がメアリーをギルドに誘った時点で、メアリーとメイさんの頭の中では、こうなることが確定していたのだろうが、それにしたってなんて用意の速さだ。
2人の手際の良さと言うか、阿吽の呼吸に驚かされた俺は、メアリーに手を引かれながら城を出て、街へと向かった。




