求人情報誌
2014年3月中旬。健吾は晴れて地元の国立大学を卒業した。といってもこのままでは4月から「無職」である。
口下手で緊張家の健吾は、同時にプライドの高い男であった。大学の同級生と教授には見栄を張り、「就職は決まりました」と伝えた。嘘である。大学のゼミの担当教授からは「君なら就職が決まって当然だよ」と言われた。口数が少なく、比較的容姿が端麗だからであろう。大学の教授と周囲の人間には「できる奴」と思われていたらしい。
4月から「無職」というのは彼のプライドが許さなかった。3月末になんとしてでも就職を決めなければと思い、地元の求人情報誌に手を伸ばした。その中の一つの求人に彼の目は止まった。概要は、
「月給40万円も可能」
「公共料金の取次業務」
「訪問先はあらかじめ決まっているため初心者の方でも安心して業務に取り組めます」
「年収モデル:30代入社2年目 400万」
といったものである。
なるほど、新卒で世間知らずの健吾にはこの求人がホワイト企業に見えたのだろう。無職になりたくないという気持ちも彼の電話を後押しした。
健吾が発信した電話には30代男性と思われる優しい穏やかな口調の人物が出た。
男「お電話ありがとうございます。株式会社ITVでございます。」
健吾「お世話になります。私、斉藤健吾と申します。求人情報誌を見て連絡をしたのですが、担当の方はいらっしゃいますか。」
男「ありがとうございます。私が担当の吉井でございます。求人情報誌を見ての連絡ですね。まずは履歴書の方をこちらに郵送して頂けますでしょうか。」
電話口の吉井という男の印象は社会人らしく好印象であった。その後、吉井という男に履歴書を郵送する旨を伝え、電話を切った。受かるかどうかわからないが、健吾はとりあえず履歴書を書く事にした。
履歴書の記入は手慣れたものであった。なにせここ1年間でエントリーシートを含めると確実に200枚は書いているからである。その日のうちに「そこそこの経歴」を書き上げ、郵送した。「また落ちるだろうな。」負け癖がついた健吾はそう思いながらも求人情報誌に載っていた株式会社ITVの住所地に履歴書を郵送した。