#4
「ある昼下がりのお話です。」
少年はベッドに座り直して前のめりになる。
「可愛い女の子のアリスは
お姉さんと一緒に森の中で本を読んでいました。
小さなアリスは本の活字に飽きてしまい、
お姉さんに遊ぼうと言いますが、お姉さんは聞いてくれず、
暇を持て余していました。
眠くなったアリスは何か面白いものはないかと周りを
見渡します。
すると兎が歩いて『遅刻だ!遅刻だ!』と走っていくのを見ました。
眠かったアリスは普通の兎が通って行っただけと
見過ごそうとしましたが、
何かがおかしいことに気がつきます。
兎が走っている。そのうえ喋っている。
アリスは慌ててお姉さんに報告しますが、
お姉さんは寝ていました。
アリスは飛び上がって兎の後を追って行きました。」
「そ、それで?」
興味深々に聞いてくる。
その目は星のように輝いていた。
その後、アリスは兎の後を追って穴に落ち、
『ワタシヲオノミ』と書かれた薬を飲み、アリスが小さくなり
小さなドアをくぐり抜ける。
「あれ、このあと何だったけ……」
ドアをくぐり抜けた先に何があったんだっけ?
「それで、続きは?」
「んー……忘れちゃった……」
「えー、面白かったのに。」
ポスッと少年はベッドに倒れ込む。
するとトントン、とドアがノックされて
「入るわよー」と声が聞こえた
返事をしないうちにガチャっと開けられ
そこにはお母さんがいた。
「お茶でも飲む?
すごく楽しそうな声が聞こえててお姉ちゃんと楽しそうねぇって
言ってたのよ。一体新しいお友達と何を話していたのかしら?」
「……関係無いでしょ」
ニコニコとお茶を渡すお母さんに
少年はうざったそうに寝転んだまま答えた。
なんだか気まずい雰囲気になり
いたたまれなくなった。
「あ、あぁ、あの、お話聞くのが好きみたいで、
私がちょっと童話っていうか、そういうのを話してました。」
コミュ力の無さに笑える。
私が話すとお母さんはとても笑顔になり、
「ありがとうねぇ」とこの場を去っていく。
「余計な事を……」
少年は「あーあ」と言って
寝返りをした。
「言っちゃだめだった?」
「さっきの人の事は無視していいからね」
まさに反抗期だ。
すると少年はムクッと起き上がり、
「てかさ」と言って私の目を見た。
「さっきの話、やっぱどっかで聞いたことある。
女の子が木の穴に落ちてく話。
何処かな……」
さっきの反抗期モードは終わり、
少年は頬杖をついて考えはじめた。
「あ、そうそう、街歩いてたら、
騎士のおじさんが化け物達が蔓延る外には大きな木があって
その穴に落ちると不思議な世界が広がってるって。
もうそこに落ちてしまってはもう戻れないとか……
あ、その大きな木から化け物が出てくるんだって。
怖いよね。」
騎士のおじさん、トラウマだ。
「騎士の人って街の中にいっぱいいたよね」
その騎士の人を見る度私はびくびくしていた。
あの殺されそうになる体験はもう味わいたくない。
「うん、街を化け物から守る仕事なんだよ。
白の女王様から命令を受けてね。」
「白の女王様?」
「そう、この国の女王様だよ。」
関係無いかもしれないけど
白の女王といえば、アリスシリーズで出てきた人……
赤の女王と、白の女王。
「もしかしてさ、赤の女王様とか、居たりする?」
「赤の……?聞いたことない」
「そ、そっか。」
なんで白の女王かとかは知らないけど
不思議の国のアリスとは関係がないみたいだ。
「何?赤の女王様って……」
「さっきのアリスシリーズで出てくるんだよ。」
「ふーん、やっぱり話の続き気になるんだけど。」
「えー、そんなこと言われても覚えてないんだもん。
元ネタの本もないし。」
私がそう言うと少年は少し落ち込んだ。
でも、なぜだかパッと目が開けた。
「そうだっ」
バッと私の方へ前のめりになって
目を輝かやかせる。
「お姉さんが続き作ってよ。
それくらいできるでしょ?」
「つ、続き?そんなん言われても……」
そう言ってみるが、少年の期待はとても強い。
押し倒されそうな勢いだ。
「じゃ、じゃあ、お散歩でもしながらでいい?
アイデアを出すから」
「うん、いいよ!」
お話の続きを聞けるならなんでも良いらしい。
夕飯までには帰るとお母さんに伝え、
最初に会った、秘密基地の所まで歩いていく。
やっぱり外を歩くと
職場の遊園地じゃないんだな、と実感する。
夕方だからか、子供達が走って家に帰り、
来たときは活気のあった市場も、
少し店じまいをしているお店もあった。
秘密基地に来ると、そこは薄暗く、
じめじめとした雰囲気がしていた。
「私の着ぐるみちゃんはどこかなー?」
置いていた場所を探すが、無い。
丸太の所に置いていたはずだ。
可愛い着ぐるみ。その姿が見当たらない。
「ど、どこ?私の着ぐるみ……」
絶対あるはず……と思い、薄暗い広場の中を探す。
だが、何処を探しても無い。
盗まれたのだろうか。
少年も何事かと辺りを見回している。
「あっ!お姉さん!あれ!」
「え?あった!?」
少年の指差す方向を見ると、
森の中に白い人影が見えた。
かさかさと音が出ていてぴょんぴょん飛び跳ねながら
「急がないと!愛しのフィアンセのために!」
と喋っていた。
着ぐるみの盗っ人かどうかは知らないが
疑う余地はありそうだ。
ずけずけと森の中に入り、白い人影を追う。
「あ!ちょっと!お姉さん危ないよ!
そこから先は外の世界だからっ……」
びっくりしたような少年の声を無視する。
少年もこちらへと向かっているようだ。
森の木々をすり抜け草を踏みながら走る。
走って走って走って。
白い生物を追って木の枝を避けた。
私の行動を止めようとする少年の声は届かない。
私の着ぐるみのために。
ーーそして何本かの枝を抜けた先には、巨大な樹があった。