表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

歪む道「アバロスとヘイリン」

作者: lusus


アバロスとヘイリンは同業者。

それだけである。


 この世界は東の森、南の花畑、北の砂漠、中央の存在地と区分けがされている。その区分を知っているはアバロスとヘイリンの二人だけで、それ以外の者に通じることはない。そもそも東の森は西にあり、花畑は東にある。しかし太陽と月も”左”から昇り”右”に沈むため、方角の正しさを気にすること自体が狂った発想なのだろう。

「遅いな、5……6分遅れている」

 待ち合わせ場所に佇むヘイリンは、角に巻き付けた腕時計を見ながら呟く。カラカラと揺れる全身の角を見るに、彼は少しイラついてるようだ。七つ目の太陽は満面の笑みを振りまき、植物たちをげんなりさせていた。

 時計の針は六の文字を指し示す。昼空は瞬時に夜空となり、取り残された太陽は煌く星に囲まれていた。太陽は夜ですら輝く永遠の光たろうと、地平線の左から高速で昇る月を待ち構える。しかし月は太陽を地平線の右へ弾き飛ばし、太陽のベストポジションを月が奪い取った。

 七つ口の月は鋭く星を睨み、喰らわんと追いかける。

 夜の来訪。そしてアバロスが現れた。

「よお」

「日没はもう過ぎてるぞ、遅れるな」

「日没はさっき起きたばっかだろ」

「6分と2秒遅れている」

 ヘイリンは腕時計を指しながら答えた。辺りでは大地がひっくり返り、草木や動物らは発光しながら動き回っている。

「何だそれ、どこで採取したんだ」

 アバロスは文句を聞き流して、物珍しそうに問いかける。ひしめく角に巻かれた金属光沢の円盤には、三本の針と数字が見られる。

「汚染工場のラウルから貰った。しかし今は関係ない、話とは」

「そうだった。良質なカタラプルの実の提供元を見つけた。いや、まさかこんな日が来るとは思ってなかったよ。最初は何の価値もないゴミみたいな奴ってのが第一印象だったが、俺は、コイツには他にない何かがあるって感じたんだ。そしてズバリ予感が的中、流石は俺って――」

「要件を言え」

 右肩上がりのテンションにヘイリンが角を刺す。青黒い血は迷彩服に染み出し、角をするりと伝い、ヘイリンの服まで青く染めていく。

「……提供元はホロ。家具や電化製品は整っていない。必要な物をまとめてもらっているが、取り扱ってない物をそっちに頼みたい」

 アバロスは角を引っこ抜き、テンションを落しながら口早に言う。体液を失うと途端にやる気も損なわれる。彼はポケットから白い塊を取り出し、傷口に突っ込み止血した。空を舞う弓トンボは月に睨まれて落下し、緑の舌につかまり捕食されている。

「それで、何が必要なんだ」

「棘折りの窓、カタラプルの光、皮剥がしの天板、あとはモドの組寝」

 ヘイリンは言葉を聞きながら、角に挟んでいた紙に文字を記していく。そして何かを考えるように全身の角を整然と揃える。空を飛ぶ炎の鉄筒が観測の花によって撃ち落とされ、回る輪たちによって何度も足跡を残されている。

「なるほど」

「とりあえず光り皮板を4枚、次会うときにカタラプルの実を3個、それでいいか」

「問題ない」

アバロスは荷車から仄かに光る板を取り出し、ヘイリンの角に引っ掛ける。いまにもずれ落ちそうな板を幾多の角で揃え、背中にしっかりと固定する。その光に鳥や羽虫が群がるも、ヘイリンの震える角によって破壊された。月は星の半数を食い終えた頃だ。

「ああ、汚染工場からぺんき?というものの注文が来ている。色が変わり、粘度の高い液体だそうだ」

「連色蓮華の液だろ。つーか南の花畑にそんな工場あったのか」

「植物園からもっと東にある。花もかなりあるぞ。じゃあな」

「待て、待て待て。何だ植物園って」

 そういって踵を返すヘイリンをアバロスは呼び止める。無駄を好まないヘイリンは嫌そうに角を揺らす。足元で獲物を待ち構える緑の舌を踏みつけながら彼は振り向いた。背後では発火し続ける葉を携えた巨木がゆっくりと歩き、誰かを転ばせようと組まれ草は罠を模る。

「何、え、それ、不動体がたくさんいそうな響きじゃねーか」

 現在流通している商品の多くは不動体、つまり植物から採取したものだが入手性は悪い。理由は二人を取り巻く夜の環境を見ればある程度分かるだろう。夜は不動体たちが自由に闊歩する。畑に植えた種なんか一日とかからずに消えてしまう。

「東の森もまだ開拓してねーけど、植物園を先に確認したい。何があるんだ?」

「通り過ぎただけだ」

「あーお前は探究心なかったな、だから客も増えない。一体誰のおかげで物流がここまで発展でき――」

「そっちが寄り道しすぎなだけだ」

 アバロスの長話を初動で潰し、ヘイリンは今度こそ立ち去った。

「ま、一旦戻るか。ロクラ、そっちは東。東の森はこっち」

 アバロスの荷車を引くのは四つ目のロクラ。牛のような見た目をしていて、常にゆっくりと歩いている。小動物に嚙まれても、毛に火が付いても我関せずを貫き通し、その歩幅に歪みなし。ロクラは2分ほどの時間をかけて回頭し、東の森を目指し西へ歩き出した。


 七つ口の月を雲が覆い隠す。それを七つ口の月は決して許さない。殺意を含む睨みを聞かせ、雲に冷や汗をかかせていく。滴るそれは目玉であり、睨まれた雲はついに汗を出し切り消滅した。恐怖に血走る目玉たちは紫の大地へ降ってくる。巨大で重い雨粒は、衝撃によってガラスのように砕け、ようやく水であったことを思い出す。

「雨かぁ、地造り傘はもう在庫切れだし弾くしかないな。ロクラ、荷台は守れよ」

 アバロスは全身を青く血走らせて袖口から刃を吐き出す。パシャンと目玉は砕け散り、液状になる。その衝撃は強く、次々と悲劇を起こしていく。頭蓋骨を貫き、樹の幹は当然のように折れ、一つの雨粒で大地に窪みと水溜まりを作る。

 アバロスは首を上に向けると、七つ口の月が彼を睨みつけてきた。目線を合わせては正気を保てないが、空から降る目玉の方に合わせれば耐えられる。両手首を強張らせて、彼は降り注ぐ雨粒を切断していく。ガラスのように固いそれは即座に液状化して顔面に降りかかる。

「ごぷっ」

 右目だけをロクラに傾けて、様子を伺う。のんびりした動きの割に、ロクラは超高速で左右へスライドをしていた。残像を見せる荷台はガタガタと追従し、その割に雨粒はしっかりと回避している。荷物もギリギリ落ちていない。

 その一方で、自身に直撃する雨粒に関して気にかけることはなかった。既に体中の肉が抉れており、骨にヒビも入っている。それでもなお歩みは止まらない。無限大の彼方を越えるマイペースとは即ち、何の影響も受けないことを意味する。故にロクラのロジックは決して崩れず、自分で止まりたいと思わぬ限り歩みは続く。

 樹木はその葉を固めて雨を弾き、小動物たちは地中へと潜り込み悲劇から逃れ始める。雨を感知した水探しの花は広げた花弁で雨を抱え込む。雲は己の体積を減らしながら目玉を垂らし続けていく。

「おっ、土の秘匿だ」

 紫の大地に擬態している土の秘匿も、雨に怯えもぞもぞと動く。アバロスはそれを足で蹴り上げて、荷台に放り込んだ。ちなみに彼は土の秘匿を見たことも聞いたこともないが、見れば勝手に名付けるので彼は無知を知らない。

 放り投げられた土の秘匿は、しかしロクラの尾に弾かれた。

「おいてめぷっ」

 アバロスの怒りは目玉で搔き消される。雨は降り止まない。七つ口の月は最後の星を喰らう。そして夜空は昼空へと成り代わる。七つ目の太陽は地平線の左から満面の笑みと共に昇り、月へ激突、地平線の右へ追いやった。

 直後に昼は訪れ、雨粒と雲は蒸発した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一般性の高い異世界物語には無限の可能性が秘められていると思う。 [気になる点] 続きが気になる。 [一言] ロクラに背面装甲をつけてあげるべき。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ