第9話「合コンだぜ!」
さて! はじまりましたよ合コンスペシャル!
ひゃっほう!
これですよ!
これこそが公爵令嬢が担当するべき仕事なんですよ!
清潔なシーツで覆われた大テーブル。
豪華なシャンデリア!
色とりどりのキャンドル!
バイキング形式で並べられた料理は最高級食材を調理したもので、匂いを嗅ぐだけで脳みそふっとーしそうになりますね。
ぽわぽわ。
いやん!
早くこの場所でお腹いっぱいになりたいです。
料理に興味がない人もご安心ください。
美男美女を集めた世話役の人々がいます!
彼らは宴会の間中ずっと参加者をちやほやしてくれますし、お持ち帰りしてベッドインしてもOKです!
1000人規模で入れる公爵御用達の大箱なので、手狭に感じることもありません。
ピアノやオルガンをはじめとした鍵盤楽器、打楽器、弦楽器を運び込み、プロの音楽家に演奏してもらうので、雰囲気づくりについてはばっちりです。
ここまですれば、武功上位のみなさんも満足してくれるはず!
最近は血なまぐさいことばっかりやってたので、こういう華やかな場所をセッティングするのは開放感がものすごいです!
しあわせ!
200人ほどの武功上位の人たちが歓待されている光景を想像すると、なんともゴージャスで気分が上向いていくのを感じますね。
ふう。
ちょっと落ち着きました。
料理だっていつまでも美味しい状態にあるとは限りませんし、準備もできたので、さっさと入場してもらいますか。
ぞろぞろ入ってくる参加者のみなさんに銀色の鈴を渡します。
この鈴は美少年美少女をお持ち帰りするための引換券になります。
接待役のホストやホステスは一夜を共にした相手からお礼として鈴を受け取り、後日、この鈴と金貨とを交換することで幸せになれるというシステムです。
参加者に金貨を渡してもいいんですけれど…………それだと使わない人が出てくるでしょうからね。
一生遊んで暮らせる金を手にした人は仕事を辞めてしまうので、それを避けるための措置でもあるわけです。
人が会場に流れ込み、そして適度にばらけ、お互いが不快にならないよう住み分けが終わりました。
全員着席したようですね。
私は壇上にあがり、ちゅうもく、と叫びます。
座が静かになりました。
「みなさんこんばんわ。公爵の娘カルラによる始まりのあいさつです。先日はたくさん働いてくれてありがとうございました。これであいさつを終わります。後はおのおの、好きなように楽しんでくださいね」
各テーブルから一斉に拍手が起こります。
この手の挨拶は短ければ短いほどいいですからね。
あとは私も会場にまぎれて、料理や会話を楽しむことにしましょう。
ステージで待機していた音楽隊が演奏をはじめました。
さあて。
全体の雰囲気をつかむため、しばらくは様子見といきますか。
パーティーも中盤になると、楽しんでいる人といまいちな人との間で明暗が分かれてきます。
友達の多い少ないはホステスを侍らせる妨げにならないのですが、残念ながらそれ以前、根本的にモテないという人種もたまには存在します。
顔面偏差値が著しく低いとか、体型的に清潔感がないとか、雰囲気が暗くて近づけない、みたいなタイプがそれですね。
彼らは商売女にさえもてないので、主催者としてはフォローしてあげなければなりません。
盛り上がっていない場所を訪ねるのは幹事の義務みたいなものですし。
私は会場を見渡し、エアポケットが生まれているテーブルへと近づきます。
「ばんわー。たのしんでます?」
「は、それなりに。料理はおいしいですな」
「料理は、ね。あんまりモテてないみたいですね。ラバナ殿ともあろうお人が、もったいないことです」
「恐縮です」
お仲間の人はさっさと女の子をつれて会場を去ったようなので、不細工な彼一人が残されてしまったという形ですね。
「私のみたところ、ラバナさんがもてないのは服装のコーディネートに原因があるのです」
「は、服装でありますか」
「はい。というわけで、ここは私に任せてください。1分でラバナさんをモテ男に変身させてみせますので」
「それは……むろん、望むところでありますが」
私は壁際に控えていたコーディネーターを呼び寄せます。
こんな時のために事前にアクセサリーを用意してあるのですよ。
用意周到なカルラちゃんなのです。
とりあえずは脂が浮いている顔を拭いてもらって、さあ、ここからが腕の見せ所。
まずは女の子寄せに銀色の鈴をピアスとして2つつけますね。
首には銀貨を20個ほど連結したネックレスを装備してもらいましょう。
仕上げに手の甲やおでこ、両頬あたりに金貨をのりづけすれば、あら不思議。
ぴかぴか光るイケメンの完成です。
「……カルラ様。その、これは服装とか関係ないのでは?」
「いいえ。これがモテるコーディネートというものです。内面の素晴らしさは外からは見えないので、ぱっと見の明快さ、わかりやすさを重視しました」
「いささか明快さが過ぎるように思われます」
「そんなことはありません。見てください。美少女が寄ってきましたよ」
「なんと!」
金の匂いに惹かれた女の子たちが誘蛾灯よろしくたくさん集まってきました。
もてすぎて逆に困ってるみたいですけれど…………後はほっといてもいいですね。
宿屋をいくつか借り上げて交渉場所として開放しているので、そのどこかで女の子達とよろしくやってくれるでしょう。
あ、そうそう。
「渡したアクセサリーは消耗品なので、ちゃんと使い切っちゃってくださいね?」
女の子たちはよりいっそう、ラバナさんにしなだれかかりました。
「彼はトークこそ超下手ですが、城塞都市メジャーハでは一番槍に近い位置で奮戦し」
「盗賊がこもる砦との交渉をまとめあげ」
「子爵家臣団の調略を取り仕切り」
「近づく兵の群れをちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
「目立つ武功こそないですが、後方支援の役割を十分にはたし」
部下のヨイショを繰り返しながら、テーブルを渡り歩き、手ずからお酌をしてまわります。
私は今日のうちにできるだけ多くの人と話しておかねばなりません。
なぜなら、人は人を忘れることがありますので。
彼らの武功なんて一か月もすればほとんど忘却してしまう揮発性の高い情報なわけですから、覚えているうちに最大限活用するのが効率面では重要なのですよ。
ぶっちゃけ『あなたの活躍を見ている私』を演出できる機会は本日をおいて他にはありません。
世の中にはものすごく物覚えのいい人もいます。
しかし残念ながら、私は全然そういうタイプではないのです。
理解力や計算能力については優れていると自覚していますが、記憶力に関しては一般人よりも少し上という程度。
ぶっちゃけかなり苦手です。
性格と記憶力との間には強い相関があります。
いわゆるワーキングメモリーの訓練…………学校とか住居とか職場とかの風景を切り取って物事に結びつけ、瞬間的な記憶力を向上させる技術については習熟していますけれど、それを長期間とどめておくことが私にはできないのですね。
これは単に性格的な問題です。
物覚えのいい人は普段から過去の記憶を反芻して強化するという習慣がありまして、私はその習慣を持つことができません。
享楽的な性格ゆえのことですかね。
私の性格は今と未来を楽しむことに特化しているため、あんまり過去に興味がないのです。
こういうタイプは物覚えがすごく悪いです。
人の顔や名前をひんぱんに忘れます。
カルラちゃんもそれは自覚しています。
だから責めないであげて。
……とはいえ、そんな泣き言で納得してくれる部下がいるはずもなし。
人を忘れるのは私の得意とするところ。
ならばせめて、忘れないうちにできるだけ多く話しておくことが、私にできる唯一の対策だということです。
パーティーも中盤を過ぎると、だんだん会場がばらけてきます。
慣れた人ならとっくに相手を見つけて楽しんでいるころなので、ここに残っている人たちは初心者とか、パーティーの雰囲気が大好きだとか、人脈を作りたいだとか、友人との会話のほうが楽しいみたいな、ちょっと一般の道からは外れた目的があることになりますね。
このころになると一人でいる人は一人でいたい人なので、私としてもわざわざ邪魔する気にはなりません。
名前も知らない人に話しかけるのは敷居が高いですし。
見知った顔のいるテーブルを中心に、挨拶をしてまわります。
「こんばんわ」
「おお、カルラ様。あいかわらずお美しい」
「まあ。お上手ですね。とてもうれしいです。お礼に一献いかがですか?」
「なんともったいない」
「いえいえ。私なんてあんまり働いてないですし、今日はみなさんが主役です。ここに集まっているのは私を勝たせてくれた立役者なのですから、これぐらいのことはしなければ」
やや白々しすぎる会話のような気もしますが、まあ社交会話なんてこんなもんですからね。
大人と話すのはとても気楽です。
コミュニケーションというのは子供時代が一番難解で、年齢が進むにつれてどんどん簡単になっていくものですから。
大人のコミュニケーションに不安を持っているみなさんは安心していいですよ。
上司や先輩に対して犬のようにふるまうという点さえ間違えなければ社会人は気楽です。
たまに人類はみんな平等だ、実力主義こそが正しい、みたいな頭のおかしい学校教育の洗脳から抜け出せない人がいて、そういう人の増長を叩くための儀式はどの世界でもありますけれど、与えられた権限の範囲内で自由にふるまう限りはイージーマックス。
何も恐れることはありません。
そう、恐れることはないのです。
子供以外は。
暴力こそがいちばん効果的なあのどーぶつと、暴力禁止のこの場所でコミュニケーションを取るということ以外は、何もおそれることはないのです!
さて、その子供ですが、なんと私の目の前にいます。
男です。
少年です。
私より若干年上……15歳ぐらいでしょうか。
野趣あふれるイケメンという感じ。
私の一番苦手なタイプですね。
もっと早い段階で帰ってくれればよかったのに、しぶとく残っています。
せめてあと5歳年上か年下だったらよかったのに…………十代の子供ほど付き合いにくい生き物はこの世にはいませんからね。
あいつらほんとみんな滅びればいいのに。
え、私ですか?
私は残念ながら中身は子供ではないので。
いやまあ、生理がないってこんなに楽なんだなーとかは思ってましたけどね。
最近ではそれも解消されてしまい、不自由な少女の身の上です。
まあいいです。
覚悟を決めましょう。
さすがにテーブルの全員にあいさつして、彼とだけ話さないわけにはいきません。
私は内心の警戒を押し隠し、にこにこ笑顔で近づきます。
「こんばんは。えっと、たしかガネーシャ将軍の息子さん」
「ムルガンです」
「そうそうムルガンさんですね。私は公爵の娘のカルラです。このたびは見事なご活躍だったそうで。槍を使ってる姿がかっこよかったですよ。私に公爵家の立場がなければ惚れちゃうところです」
「……え、あ、う」
天使の微笑みで持ちあげてみると、ムルガンさんは顔を赤くして照れてくれました。
あらやだ、この人めっちゃかわいいー。
こんな男の子もいるんですね。
目からうろこが落ちました。
生意気じゃないところが素晴らしいです。
子供との距離感をつかむのは難しいですけれど、どうやら嫌がっている様子はないみたい。
これはもっと押してもよさそうですね。
「ああいうのは普段の訓練のたまものなのでしょうか? 腕の筋肉とかも立派な感じですね。普段から鍛えてないとこうはいきませんよ。すごいです」
「い、いえ。大したものではありません!」
「ご謙遜なさらずに。その若さで活躍できるのであれば未来の英雄と言ってもいいほどです」
あたま空っぽのほめ言葉だとは自分でも思いますが、別に気のきいたセリフをひねり出す必要はないですからね。
男の子はとりあえず働きを褒めとけばオーケーです。
ムルガンさんも喜んでくれてます。
ちょろい。
肌が触れ合うぐらいにくっついて座ってみると、やたらとカチコチに固まってしまいました。
うわおおおう、こういう反応をされるとこちらまで照れてしまいますね。
めちゃくちゃ楽しいです。
うきうき。
美少女に生まれてよかった!
「そ、その。カルラ様。近いです」
「あ、ごめんなさい。なれなれしかったですよね。年が近い人は珍しいので、ちょっと甘えてしまったみたいです……」
「いえ! そんな! 光栄であります! その、僕もカルラ様と話せて嬉しいです!」
「まあ、ムルガンさんなら女の子からは引く手あまたでしょうに。でもいま隣にいるのは私なので、ご迷惑でしょうが、かまってあげてくださいね」
「とんでもない!」
ムルガンさんが短く叫びます。
…………これはあれですね、かまうのを断っているんじゃなくて、私なんかにはもったいないとかそういうやつですね。
いやまあ、さすがにこの場で私を拒絶する人はいないはずなのですが。
思春期の男の子というのは恐ろしくこじらせたプライドを持っていることがあるので、絶対の自信を持って断言できないのが不安なところです。
「さて、それでは一献……と本来ならいうところですが、お酒は飲めますか?」
「問題ありません!」
どん、と胸をたたいてムルガンさんが杯をかかげたので、私はくすくす笑いながらゆっくりとお酒を注ぎました。
ぐいと一気に飲み干したのでもう一杯。
二度三度と繰り返すうちに周囲から止めが入ります。
私が豪快さをほめたたえると、ムルガンさんは照れたように笑ってくれました。
適当に世間話をしてから別れます。
いやー、慣れてない男の子と話すのって短時間なら至福のひとときですよね。
世の中にショタコンの女性が多いのもよくわかろうというものです。
ただ、この楽しさは向こうが一言も話さなくてもほめる話題に事欠かない、今の特殊な状況によるところが大きいのですけれど。
現実には彼の活躍なんて見てもいないんですけどね。
だから先ほどの話はただの伝聞です。
軍中一の活躍と言ってもいい、なんて表現、今日だけで一体なんど使ったことなのやら。