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第7話「女衒のカルラ」

 一番いい値段をつけてくれたのは、プルシャという商人でした。


 盗賊捕虜の売却価格は安いです。

 肉体労働しかできない、読み書きも怪しい、素行は最悪という始末におえない低級人材だからあたりまえですね。

 売却と同時に街道整備などの仕事を発注するわけなので、むしろ売れば売るほど赤字が発生してしまいます。


 まあ、長い目で見れば整備された街道は経済を発展させますし、それによって税収も増えるのですけれど。

 できたら赤字を減らしたいのが人情というもの。


 ハムスター子爵領の地元商人や鉱山開発業者などに小分けにして売りさばいたのですが、あんまり高い値段はつけてもらえませんでした。

 やはり交渉ごとでは勝負になりませんね。

 しょせん私たち貴族はよく肥えたブタさんですから…………せいぜい彼らのもうけに対して税金をかけて、上前をはねることぐらいしかできません。


 残念ながら心温まる商売にはなりませんでしたけど、その中では一番いい条件をつけたのがプルシャさんだったということです。



 彼は最も大口の取引相手であり、しかも単価を他より3倍ほど高く設定してくれました。

 これは私たちへの献金という面もあるのでしょう。

 御用商人の地位を狙っているのかもしれませんね。

 昨年の納税額も高いみたいですし、資産規模は世界ベスト1000ぐらいには入ってます。


 純資産世界ベスト1000……日本円で言うと数千億ぐらいですかね?


 騎士よりは上、平均的な子爵と同等、もしくは男爵の最上位層、人口100万の国の王と同じぐらい…………というのがプルシャという商人のだいたいの立ち位置になります。



 ちなみに貴族位のランクですが、公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>騎士になります。

 人数で言えば3<7<60<300<2000<15000人になりますね。

 伯爵以下は入れ替わりが激しいので概算です。

 領内人口のトータルだとあんまり差がなくて、どの爵位でもだいたい2~3億人ずつぐらいです。


 騎士爵位とかだと庶民でも取れまして、毎年300人ぐらいが叙勲されてます。

 魔法学校の卒業生には無条件でついてくる称号のため、ここに入学するのが最も簡単ですね。

 500人入学して毎年200人ぐらいが卒業授与されるみたいです。

 騎士爵位は本人の死と共に消滅します。

 だから騎士の家族は、貴族じゃなくてただの庶民になりますね。


 逆に3公爵は建国時の英雄とかでないとなれないので、後天的にゲットすることはほとんど不可能、世界の何割かを征服しないと無理ってレベルになってきます。

 基本的に一子相伝で増えません。

 ブロッコリー公爵家の場合だと、今のところは父から私へと引き継がれる予定です。



 さて、そんな子爵貴族と同等の資産を持つプルシャさん。


 貴族でこそありませんが、支配者側の人間であることは間違いないでしょう。

 私たちの仲間ということですね。


 そういうことなら、まあ、便宜を図るのにやぶさかではありません。


「このたびのけん、大儀でした」

「ははー」


 プルシャさんがぺこぺこ頭を下げています。

 商人にプライドなんてないので普通の反応ですね。

 私としても人に頭を下げるのは大嫌いなので、こういう当たり前の礼儀を持っている人は好ましいものです。


 最近の私は人と会うことが仕事なのですが、木っ端の商人に会うことは基本ありません。

 献金を持ってきても部下が受け取るだけで終わりです。

 この人はスケジュール管理でねじこまれるぐらいに大きな政治力のあった、数少ない例外ということになりますね。


 これはけっこうすごいことなのです。

 私のスケジュールは体調管理(おひるね)、街の視察(食べ歩き)、物価調査(買い物)、宴会(宴会)、奴隷いじめ(奴隷いじめ)などで埋まっているので、人と会うための時間は毎日3時間ぐらいしか取れていません。

 盗賊退治に失敗していたらあーぱー令嬢の名を欲しいままにしていたのは確実ですね。


 そんな私との面会を取り付けることに成功した人なのです。


 野心がないはずはないでしょう。


「それで、めんどうな挨拶は抜きにして。なにか当座で欲しいものとかありますか? わたしの発言力でできる範囲になりますけど」

「ははっ。それでしたら」


 おお、やはりなにかあるのですね。


「実は私、恋をしてしまいまして」

「なるほど」

「相手は15歳です」

「なるほどー」


 私は心の中で狂詩曲を響かせつつ真顔でうなずきます。


 40すぎのおじさんが15歳の女の子に恋…………いや、ひとの好みはそれぞれです。

 なにもいいますまい。

 じっさいアイドルでもそれから5年ぐらいが一番売れますし、男の感性としてはむしろ極めて普通です。


「で、誰ですか? 金になびかない子ってことですよね。なら、親を介して圧力をかければなんとか」

「それが、ハムスター子爵家の令嬢でして」

「うえぇ!?」


 そ、それはちょっと難しそうですね。

 いや、やってみますけど。

 やってみますけどー。


 敗戦した美少年美少女の捕虜奴隷をねちねちいじめて楽しみたい、みたいなのは士官の間ではけっこう需要があるのでできるだけ手配しているのですが、敗戦奴隷ではなく貴族にそれを求めるパターンは珍しいです。

 とゆーか不興を買うのでまずやりません。

 いくらブリトラ子爵が没落してるからって、しかしこの人、ものすごい度胸ですね。


「あの、それは正妻に迎えるということでいいのでしょうか。さすがに愛妾とかだと無理なのですが」

「そんな恐れ多い! 私はもちろん独身です!」

「わ、わかりました。そういうことでしたら」


 40過ぎで金持ちの商人が独身…………いや、ひとの価値観はそれぞれです。

 なにもいいますまい。

 世の中には子孫繁栄に対して本当に無関心な人もいるのです。

 単に奥さんと死に別れただけかもしれませんし。


 しかしこれ、公爵令嬢が関わるべき案件なのでしょうか。

 なんだかファンタジーのにおいがします。

 私は血とか糞尿とかのにおいは全然平気なんですけど、ファンタジーのにおいって苦手なんですよねえ。




 現在のブリトラ子爵は城で軟禁生活を送っています。

 そろそろ虐げられた旧家臣団がかつごうとする動きが出てくるかもしれないので、監視をつけて調整中というところ。

 跡継ぎの息子さんに関しては十人以上いる父の娘か、もしくは養女、重臣の娘なんかと結婚させる予定ですが、娘さんについてはどうでもいいのでノータッチでした。


 息子さんの処遇に関しては父にお伺いを立てる必要があります。


 しかし娘さんなら私の権限の範囲内。


 どうとでもできるお話です。


「はじめまして。カルラです」

「あ、その、私はリナです」


 リナさんは深窓の令嬢といった風情の特級美人でした。

 食客のラトリさんみたいな健康美といった感じではないですが、ガラス細工のような見るものを不安にさせる儚い気品があります。

 ドレスも似合ってますし、ブロンドとかキラキラ輝いてます。

 これは15歳とか関係ないですね。

 今後10年ぐらいはモテすぎて困るだろうというレベルです。


 正直、遺伝的にはブリトラ子爵の子供とは思えないぐらいですけど。


 まあブリトラ子爵は無能ですが、女を見る目だけは確かです。

 超美人の奥さんの遺伝子が仕事したのでしょう。

 紅眼族の遺伝子は入ってないみたいで瞳はブラウンですが、商人のプルシャさんは有能な子供が欲しくて結婚したいという感じではありませんでした。

 これでも問題はないですね。




 ちなみに私たち紅眼族ですが、だいたい9割5分ぐらいが混血でして、純血の紅眼族は5%ぐらいしかいません。

 ハーフの片親から紅眼族が生まれる可能性は五分五分といったところ。

 ハーフ同士の結婚だと25、50、25ぐらいで純血と混血と無印とにわかれます。

 純血の紅眼族は魔力がものすごく強く、混血はピンキリ、無印は紅眼族じゃないただの雑魚になります。


 この割合だと純血の紅眼族が5%しかいないのはおかしいとお思いでしょうが、それは無事に生まれてくる赤ん坊が少ないからなのです。


 純血の紅眼族は魔力が強すぎるため、母体が耐えられなかったり、自分で自分を傷つけたりといったケースが多く、かなり強力な母親が幸運に恵まれなければ純血の子供は得られません。

 純血の紅眼族同士の結婚は禁忌とされています。

 生まれた子供や母親が死んでしまうケースが多いため、これは当然のことですね。


 母上も私を産んだせいで体を悪くしてしまい、次の弟を産んだ時に死んでしまいました。


 弟は残念ながら体が弱く、日常生活に支障こそありませんが、公爵家の激務には耐えられそうにありません。

 母親が違う兄弟姉妹なんて大多数はどうでもいい存在ですが、彼だけは私が守ってあげないといけませんね。




「さて、リナさん」

「はい」

「今日は結婚の斡旋にまいりました。話は通っているかと思いますが、近日中に大金持ちのプルシャという商人に嫁いでもらうことになります。覚悟はいいですか?」

「わ、私は」


 なんだかものすごく乗り気じゃなさそう…………って当たり前か。私でも嫌は嫌ですからね。


 ただ、私たちには結婚相手を選ぶ自由なんてありません。


 次期公爵の私であればある程度は選択肢もありますが、父親から養われているだけのリナさんは発言力ゼロに近いです。

 彼女は美少女であっても政略結婚の道具であり、親の指示に従って売られていくしかないのです。


 原作ヒロインみたいな無尽蔵のエネルギーと行動力とがあれば、まあ逃げることもできるかもしれませんが。


 みた感じリナさんは普通の女の子。


 正規兵はおろか民兵と戦っても負けてしまうような、どこにでもいるであろうお子様です。


 

「助けてください。私は結婚なんて嫌です。あんな庶民で、年上の相手だなんて…………恋も知らないうちからそんなの、残酷すぎます!」



 リナさんは悲痛な声で叫びました。


 外見はともかく、中身はまさにブリトラ子爵の娘さんといったところ。

 このレベルのメルヘン脳だと生きるの大変そうですね。

 自分のしたい結婚ができると思うあたりが女という生き物の救えない生態ということですか。


 借金のかたに金持ちに売られる、なんて話はファンタジーではよくありますけれど、ほんらい金持ちにだって選ぶ権利があります。

 借金もちの女なんて正妻としては門前払いなのですよ。

 今回のケースはむしろ例外でして、商人のプルシャさんが相場よりはるかに高い値段をつけたことによる喜劇です。

 高く買ってもらえるだけ喜ぶべきではないですか。


 結婚だって取引です。


 本来、取引というのは需要と供給でやるものなのですから。



 とはいえ、さすがに嫌がっている女の子を無理やりさらって送り付けるわけにはいきません。

 父親の立場を質にしておどしすかし、育ててもらった恩を返しなさいという風に説得したところ、令嬢さんは涙をのんでうなずいてくれました。

 こまったときには助けてあげるといったのが一番大きかったのかもしれません。


 ブリトラ子爵はゴネたほうですけど、結納品として商人さんから大量の礼金礼物が届くと黙りました。

 彼のこれからを幸せなものにするために、これは必要ですからね。

 ブリトラ子爵は娘以外にも愛人とか家人とかを守らねばならないので、どうしても金は必要なのです。

 気が変わる前にさっさと送り出してしまいましょう。


 翌日。


 様子をみるために商人さんの宿を訪れると、憔悴した令嬢と顔を合わせました。

 目には泣きはらしたあとがありますね。

 逆に商人さんはつやつやしています。

 まあよくあるおはなしというやつです。


 すっかり悲劇のヒロインといった仕上がりのリナさんですが、私としてはむしろいいことしたなあと思ってるんですけど。

 利権も土地も手放さないで金だけ手に入ってるわけですから、こんなおいしい話は他ではまずないですよ。


「何かこまったことがあれば、いつでも手紙を出してくださいね。微力ながら力になります」

「はい……ありがとうございます」


 リナさんは私と目を合わさずに、うつむきながら答えました。


 父親に代わる保護者を紹介してあげたのに……ぜんぜん嬉しそうじゃないですね。

 せっかく骨を折ったのも無駄でしたか。

 こんなことなら部下に丸投げしてまかせておけばよかったです。


 15歳時点ではわからないかもしれませんが、プルシャさんははっきり断言できる程度の優良物件です。

 青春を犠牲にしてでも手に入れる価値はあります。

 もともとリナさんの青春はブリトラ子爵が没落したときに終わっているのですが、それに気づくためには少々時間が必要だったのかもしれません。


 変に恨まれたりしないかなあ…………ちょっと不安になりますね。


 いやまあ、ブリトラ子爵を没落させたのは私なので今更ですけれど。


 そもそも公爵令嬢なんてのは何もしなくても恨まれる存在なので、気にしてもしょうがないですね。


 善行を施しても恨まれてしまうのが勝ち組の悲しいところです。

 リナさんはむしろ幸運でした。

 でも、それを理解しろといってもきっと無理なのでしょう。


 彼女はおそらく、自分ほどの美貌があれば上級貴族の正妻にだってなれたのだと思っています。

 それは勘違いです。

 没落したハムスター子爵家との縁が欲しい有力貴族なんていません。

 だから上級貴族にもらわれた場合は愛妾の立ち位置になってしまいます。


 それだと飽きられた瞬間に終わりです。


 あの商人さんなら金がうなってるわけですから、正妻ならかなり優遇されると思いますよ。

 少なくとも私の兄さんとかと結婚するよりはましです。

 へんに公爵家のプライドがあるもんだから、こじらせちゃって大変なんですから。

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