第5話「足場固め」
売国奴を歓迎することは支配者の義務みたいなものです。
ブロッコリー公爵領のために働いてくれるのであれば、最低に仁義にもとる人々である裏切り野郎どもにも重要なポストを与え、歓待しなければなりません。
ハムスター子爵領には飢餓に苦しむ領民を救いたい、という建前で自分の利益をちゃっかり確保したい士官の人々がたくさん埋もれているため、彼らに対しては歓迎の宴を開いて大いにちやほやし、共に手を取り合って盗賊と戦いましょうと盛り上げおだてて上席を与え、戦後の地位の保証やら利権分配やら、生臭い密談するのが私のこのごろのお仕事になります。
まあ敏腕文官カーリーさんのイエスマンと化して首を振っているだけなんですけどね。
うかつに言質を与えられないので口数も減りました。
なんだか軽く人間不信になりそうです。
つーかお前ら、そんなに簡単に主を裏切って良心とか痛まないのかよ。
ちんこもげろ!
と叫んで石を投げつけたい衝動にかられますが、がんばってがまんします。
つらいです。
癒されたいです。
私は公爵令嬢なので、いつか人から裏切られる立場だというのに。
どうして人には裏切りを奨励しなければならないのかしら。
にこにこ笑顔で歓迎するしかないんですけれど、心の中で拷問にかけるぐらいは許されるはずですね。
火あぶり八つ裂き串刺しです。
欲望にぎらついた笑みで握手を求めてくるおじさんに笑顔で応じながら、空想世界の私は相手の口の中に馬糞をつめこみます。
くそくらえ!
けつわれろ!
ちんこもげろ!
まったく、こんな屑野郎どもが我が公爵領にもたくさんいるだろうなと思うと虫唾が走りますね。
でも政治はあくまでも政治です。
矛盾しているようですが、こういう交渉に染まって家臣を不必要に疑うことだけは避けねばなりません。
誰が裏切るかなんてその時にならないとわからないですし、裏切りも立派な戦略。
彼らには彼らの都合がありますからね。
ただ、ぜったいに許されない裏切りというのも、全くなくはありません。
「親衛隊? ほんとに?」
「はい。ブリトラ子爵の親衛隊が連れ立って、カルラ殿に対して服従の意を示しに来ております。いかがなさいますか?」
「すぐに斬り捨て…………いえ、一応話だけは聞きましょう。縛り上げて連れてきなさい」
部屋に通された親衛隊のみなさんは、さすがに強面で武力は高そうな印象です。
しかしあまり常識は持っていないのか、自分がなぜ捕縛されているのかわからない、という表情で、しかし私に対して売り込みをはじめました。
「我々は有用です!」
「子爵の近くに常に控えているのが仕事なので、近づくことは容易です」
「ブリトラ子爵を暗殺すること、嚢中のものを出すがごとし。指示していただければ、いつでも。カルラ様のお役に立てるかと」
「どうかお引き立てください!」
ぽかーん。
私はぼうぜんとしながら話を聞いています。
なにをいってるんだこのばかちんは。
とびきり信頼されてるから裏切れるとか言ってるし。
ゆうよう?
ありえない。
ぜんぜんいらない。
主に仕える近衛というのはその忠誠心だけを買われて優遇されているのです。
彼らは主の死と共に死なねばならない立場なのであって、忠誠心のない近衛なんてゴミです。
これを使う支配者層なんてこの世には一人もいません。
てゆーか、そもそも私は暗殺するつもりなんてないです。
子爵の処遇は明日のわが身です。
権力は奪い取りますが、生活には不自由しないように、穏やかで平和で満ち足りた日々が送れるように手配すると決めています。
ブリトラ子爵は私たちと同じ貴族であり、はっきり言うならばちゃんとした人間です。
貴族でない人間未満とは違うのです。
貴族を無意味に殺すような狂人は同じ貴族から疎まれてしまうため、これは対外的に必要な措置ではありますが…………私の心情的にもブリトラ子爵を殺すのは寝覚めが悪すぎるのでありえません。
貴族人類ははみな兄弟。
そしてあなた達は、いうならば飼い主の手を噛んでしまった、殺処分をまつだけの畜生なのですよ?
「もういいです。聞くにたえません。あなたたちは殺します」
「なぜです! なぜ我々だけが!?」
「寝言は寝て言えってゆーんですよ。確かに他の人たちは裏切り者なのかもしれない。でも彼らは血族とか部下とか民衆とか、そういう守るべきもののために裏切っているんです。だから裏切りも許せます。親衛隊が裏切るのは自分のためでしかありえません。そりゃまあ家族と恋人ぐらいは守っているのかもしれませんけれど、そんな小さなもののために主を裏切っていいわけがありませんよ」
それは目の前の裏切り者ではなくどちらかというと部下に言い聞かせるための言葉なのですが、ともあれ裏切りの親衛隊さんたちはすっかりうなだれて意気消沈してしまいました。
後は首をはねるだけですね。
庭に引き出して並べて座らせ、剣を振り上げて、首をポンと飛ばします。
歯を食いしばった生首がころりんと転がりました。怖いですよね!
サッカーボールのように首をけとばした私はちょっとだけ気の毒になりました。
こんな心得違いのごみ屑を使っていたのなら、そりゃー子爵領だって盗賊に占領されますよ。
部下の教育ができてなさすぎです。
ブリトラ子爵は想像を絶して優しい人なのかもしれませんが、支配者としては失格ですね。
ただ、子爵自身はあーぱーでしたが、もちろん骨のある人もいましたよ。
私を暗殺しようとしたガンガさんとか、いままさに文句をいいに来ている文官さんとかですね。
「聞け、カルラ! お前には両手で数え上げても足りないほどの罪がある! ひとつ、自治権を犯した罪! ひとつ、貴族の私有財産を無断で使用した罪! ひとつ、人事権をもてあそび、裏切りを奨励した罪! ひとつ、民家の財産を収奪した罪! ひとつ 救国の志を忘れ、盗賊の専横を許した罪!」
護衛を侍らしている私の前で、一人、堂々と糾弾を続けています。
すごい度胸です。
もしかして自分がこれからどうなるのかわかってないんじゃないかと疑ってしまうほどのくそ度胸です。
暗殺や嫌がらせといった卑劣な手段をとらないところが清冽でいさぎよいですね。
私は思わず感動してしまいました。
ただまあ、最初こそ感動しましたが、長い話を一分も聞いていると飽きがきますからね。
つみつみうるさかったので部下に目くばせして庭に引き出して座らせ、剣を振り上げて、首をポンと飛ばします。
呪いに満ちたしかめつらの生首がころりんと転がりました。怖いですよね!
さて。
粛清をくりかえした結果、子爵領はかなり骨抜きになりました。
最後まで頑強に抵抗するはずの近衛があのざまですからね。
歴史にも類を見ないほどイージーミッションの国盗りになりそうです。
子爵領に来てから一か月、常に5人は私に張り付いていた護衛さんも今では2人ぐらいになりまして、その変化こそが子爵家臣団の取り込みが上首尾に進んでいることの証拠でもあるわけです。
この時期になると裏切り者の数は足りています。
すりよって来た相手には正義や道徳を説いて追い払えばいいだけなので、精神衛生上ものすごく気楽ですね。
この段階で裏切る人は、そもそも使えない人なので惜しくないですし。
裏切っても裏切らなくても、真っ先に子爵を見捨てた人の下について働くという点ではまったく同じなので、むしろ裏切る意味がありません。
まあ政治能力と仕事能力はぜんぜん別物ですから、そういうことがわからない有能な人も相当数いるでしょうけれど。
傀儡政権を作るために使えるという人はすでに出そろっています。
時期が遅れた理由には、もしかしたら私の年齢が不安だったということはあるかもしれませんね。
納得のいくお話です。
それで抽選からもれるのは不運かもしれません。
ただ、裏切りもギャンブルなので…………どうしても能力以前、運の絡む領域はあるのです。
そもそも私は文官カーリーさんの操り人形なので、別に大した影響力はないのですけれど。
採用基準もほとんどカーリーさん準拠ですし。
単に無視すればよかったのに。
目の前に私がいるのにカーリーさんのほうに媚びを売るような人はさすがに使えませんが、たいていは咳払いひとつするだけで悟って態度を改めてもらえます。
ちなみに一人だけなんかすごいのがいましたよ。
面談のとき『いま大人の話をしているんだ、悪いが出ていってくれ』とか私に向かって言ってきた人。
あれは何だったのでしょうか。
田舎ってほんと、わけのわからないことが起こりますね。
ああ、いまその人が何をしているかですか?
お墓の下ですね。
不幸な事故によって死んでしまいました。
「カルラ殿」
「おや、これはこれはブリトラ子爵。お久しぶりです。少々……おやつれになったご様子で」
城の廊下を歩いていると、ばったりブリトラ子爵と出会いました。
なんだか運命的ですね。
別に用事はなかったのですけれど、約束もないのにこうしてお互いが出会うのは珍しいことです。
さすがにここまでくると自分の無能さに気付くのか。
主君としての権能を失ったブリトラ子爵が恨みがましい視線で私をにらんできます。
「このような非道が許されるとお思いですか」
「非道とは?」
「ふざけるな! 私を支配者の座から引きずり下ろしたではないか!!」
ブリトラ子爵がぷりぷりしています。
顔から湯気とか出そうですね。
でもまあ、言ってることは正論…………とも言い切れません。
この国の支配者は半分盗賊ですし、彼の家臣団にそのまま任せていたら治安回復までは何年もかかってしまいます。
それはまずいだろー。
「私が何かするまでもなく、放置しておけば政治不行き届きで失脚してたと思いますけれど。どうせ失う立場なのです。安全に失えたほうがいいではないですか。私はむしろ恩人ですよ? ちゃんとブリトラ子爵の立場は尊重するつもりですし、のどかに生きてけるように保護してあげますのに」
「そんなばかな!」
半分本気の言葉でしたが、さすがにこれにはブリトラ子爵も激怒しました。
「公爵殿はなんと言っておられるのですか!?」
「私の意見がそのまま公爵の意見です。ハムスター領の治安回復については全権委任されているわけですからね」
「…………魔女が! 呪われろ!」
ブリトラ子爵はそのように吐き捨てて去っていきました。
負け犬の遠吠えはいつ聞いても甘美ですよねえ。
なんだか胸がぽかぽかして救われた気分になるのです。
他人の不幸で飯がうまい! とはこういう状況を指す言葉なのでしょう。
とても楽しくていいことです。
とはいえ、やりすぎはよくありません。
魔王不在の現在、紅眼族全体の政治は3公がかわりにとりしきっています。
一人は父なので問題ないですが、他の2公に目をつけられるわけにはいきません。
領土の何割かを失っているハムスター領子爵ブリトラさんをいじめるぐらいは許容範囲内。
むしろ取りつぶして併呑してもいいぐらい。
まあ、そこまでだとやりすぎの感があります。
他の公爵の反感買うのはまずいですし、急に主が変わっては領民もなじまないでしょう。
借金とかは引き継ぎたくもないですし。
ひとまずは利権の大部分を奪い取って、傀儡政権に仕立てあげるのがベストですね。
しばらくは軍を常駐させておく必要もあるでしょう。
ただし、歴史の流れがそのようになるかはわかりません。
周辺貴族領の状況次第ですね。
場合によっては飴をたくさん与え、完全にこちら側の陣営として他と戦わせるというケースもあるでしょう。