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第5話「休暇のための準備」

 さて。

 準備が必要です。

 フォルテイル侯爵領へのお気楽トラベルを決行するにあたり、連れていく人材を選ばねばなりません。


 カルラちゃんの身一つを持っていっても平気は平気ですけど。

 しょせんは他国ですからね。

 暗殺。

 いじめ。

 嫌がらせ。

 みんなありえます。

 伯母上様の加護はありますし、私が滞在中に死にでもしたら国交断絶レベルの国際問題になってしまうため、もちろん全力で保護はされますが。


 ちょっと監禁するぐらいはいいかーとか。

 レイプしても誰にも言えないだろーとか。

 顔さえ殴らなければオッケーとか。

 虫でも食わせてやろうとか。

 不平等条約にサインさせてやろうとか。


 そーゆー普通では考えられない事件は歴史上いくらでも存在しています。


 貴族というのは領内においては無敵なので。

 彼らが法律。

 なにをしても通る。

 これから付き合うことになるのはそんな人たちです。

 いかに親族であろうとも、公爵令嬢の私が無防備で現地入りするわけにはいきません。


 なので。


 力が必要です。


 まずは武力。

 新参近衛兵は教育もかねて20人ほどを連れていくべきでしょう。

 古参ももちろん引っ張ります。

 腕利きの護衛やら正規兵やらを呼びつけて、カルラちゃんお守り隊を200人ほども用意させてみます。


 次は経済力。

 料理、掃除、洗濯などのエキスパートである執事やメイドを取り揃えて。

 ついでに私の領地から商売に詳しい人を数十人ほども連れ込みます。

 諜報員とかもいりますね。

 現地での仕入れ、販売網の構築、情報操作など。

 一通りやってもらいましょう。

 向こうでは珍しい交易品を山と積んだ船団を組織して、それを売りさばくがてら、いろいろと調べるわけです。

 

 後は文官。

 仕事に予算を割り振って決済するための人員は絶対に必要です。

 ただし。

 お付きの女官については今回、あんまり頼りになりません。

 彼女たちは侯爵家の出身なので。

 超優秀な人たちですけれど、私と侯爵家との間でコウモリさん的な動きをするということがありえます。


 家からの圧力を受けて。

 チェックを任せている書類をごまかしたりとかするかもしれません。

 それは超困ります。


 いやまあ。

 女官さんにはもちろん、私に服従する義務があるのですけれど。

 彼女たちにも家族はいるわけですし。

 義理と人情の板挟みになるような状況はこちらで配慮して避けてあげるべきでしょう。

 決して信用しないわけではないのです。


 ただ単に、念のため。

 なんとなく。

 もちろん実際には全然信用していないわけですが、そこはあえて言葉にしないのが大人のマナーというもの。


 とゆーわけで。

 

「カーリー文官! 困っています! 助けて!」


 公爵令嬢としての仕事を押し付け……もとい、信頼して任せるための人材を融通してもらうために、私はカーリー文官の自宅へと押しかけました。


「トーマを派遣しましょう」

「誰でしたっけ?」

「甥です」


 カーリー文官が「忘れてやがるのかよ」と言いたげな視線で私を見つめました。


 ……ああ、そういえば。

 なんか魔族退治の時にそんな人がいたような気はしますね。

 体力的に問題があったので現地につくなり寝込んでいたものの、頭は抜群に良かったので書類整理を任せると一瞬で終わらせてくれました。


「未熟ゆえ、不足かもしれませぬが」

「いえ。根性があるのは目で見て知っているので。私はかまいませんよ?」


 仕事もできる人ですし。

 カーリー文官の甥っ子であれば毛並みは抜群と言っていいでしょう。

 裏切りにくい部下さんは何よりも貴重な存在です。

 しかし。


「ただ、トーマさんは能力的にはともかく体力的には不安がある気がします。倒れた時のフォロー役とかいませんかね?」

「サポートを2人つけましょう。ハリハラとケトなどを」

「誰でしたっけ?」

「…………ハリハラはハムスター子爵領での後始末をしていた文官です。ケトは盗賊との交渉、民間人との折衝、アケド伯爵領での補給などをやっておりました。ハリハラは赤髪で長髪でやや小太り、ケトは小柄で顎髭がたっぷりとしたガリガリの」

「ああー! 思い出しました! ばっちりです!」


 そういえばそんな人がいたような。

 名前までは覚えてないですけど。

 便利な人だなー、みたいな記憶があるので、きっと優秀だったのでしょう。

 カーリー文官が言うのだから間違いはありません。


「総合的な仕事を任せるのはいいのですが……できれば面倒な書類整理を押し付け、もとい、まかせられる人材も欲しいのです」

「それならば、ターラーを」

「誰でしたっけ?」

「カルラ様とは面識がありませんが、私直属の優秀な文官です。女性で年もカルラ様とほど近く、傍に置いて使うには足りるでしょう」


 おお。

 それは便利そうですね。

 ベッドの横に置いてみんなおまかせで。


 むしろ今日からお前がカルラ。


 それで行きましょうか。


「わーい! カーリー文官! 大好き!」

「やめてください」


 感謝の意を表明するために抱き着くと、ものすごく嫌そうな顔でひきはがされました。

 ひどい。

 ちょっとしたサービスなのに。

 喜んでもらうべき場面で嫌がられてはさすがに傷ついてしまいます。


「カーリー文官。もしかして私のことが嫌いですか?」

「そういう問題ではありません。淑女たるものはみだりに人の体に触れてはなりませぬぞ」


 まじめくさった顔で諭されてしまいます。

 えー。

 その価値観は正直どうなんでしょうか。

 いやまあ。

 カーリー文官は事務作業のスペシャリストなので。

 そういうシャイな側面があっても人付き合いの点では問題ないですけれど。


 軍人連中とか。

 ほんとーにひどいですからね。

 ええ。

 特に男とか。

 羞恥心? なにそれ? みたいな人間が一定数存在します。


 夏場は全裸。

 酒の席では全裸。

 戦場では全裸。

 全裸だらけ。

 前についたものをぷらぷらさせて、私が通り過ぎても笑顔であいさつです。

 あれはなんなんでしょうか。

 羞恥心とかそういうものを母親の胎内に置き忘れてきたのですかね。


 いやまあ、もちろん。

 彼らも常に全裸というわけではないです。

 テンションが上がって体が燃えてきたときに脱ぐというだけで。

 全体からすれば一部ですし。

 女性から服を渡されて着ないのはマナー違反らしく、脱衣率が1割を超えることはありません。


 しかし。

 目には入りますし。

 誰も真剣には止めないので。

 軍社会というのは一般とはかけはなれた奔放さがあるのだなあと、感心することしきりです。


 ……勘違いをする人がいるかもしれないので念のために解説しておきますが。


 一般社会で服を脱いだら牢屋に入れられます。

 軍だけが特殊なのです。

 彼らは文字通り命をかけた場所に身をおいているので、裸を見られるぐらいはどうということもなし。

 感覚がマヒするのが自然かもしれませんね。


「カルラ様の部隊は風紀が乱れています。命じていただければ、取り締まりを」

「いや、それはいいです」

「なぜ?」

「かわいそうなので」


 だって、ねえ。

 服を脱いだぐらいで牢屋に入れるのはなあ。

 やりすぎじゃないですかね。

 そりゃー、レイプとか窃盗とか重度の傷害事件とかは取り締まりますけれど。


 わいせつ物陳列罪。

 それは耐性が低い人を守るためのもの。

 珍々を見ただけで卒倒するような女性はそもそも戦場にいるべきではありません。

 仮にいるとすれば。

 それはもう、被害者のほうが悪いのです。


 一般社会であれば弱者基準で考えるのもわかりますが、戦場のスタンダードは強者基準。

 心が弱い人間はお呼びじゃなし。

 存在するだけで罪。

 弱者とはそういうもの。

 全裸を見るのが嫌だから戦場を去るだなんて人は、どうせ他の理由で消えてしまうので。

 配慮する意味がないですね。




 さて。

 準備はつつがなく。

 カルラ使節団が編成されました。


 水夫とか除いても総勢500名という大規模船団になります。

 ちょっと多すぎますけれど。

 伯母上様も300名ぐらいは連れてきて公爵領で活動させるみたいなので。

 これでも問題はないでしょう。


 ブロッコリー公爵家とフォルテイル侯爵家との間では、できるだけ自由に交易ができるように。

 商館の開設やら販路の開発やら。

 技術移転やら。

 あれこれと相互交流をするための人員ということですね。


 もとから友好度が高い間柄なので、失敗する可能性はほとんどありません。

 寝てても終わる仕事です。

 むしろ寝るべき。

 遊ぶべき。

 そのように考えた私は料理人やらメイドやらを重点的に、画家や音楽家などの芸術家全般、各種文化人を引き連れて侯爵領へと向かうことに決めました。


 人材についてはそれでいいとして。

 後は交易品ですね。

 せっかく長距離を移動するわけですから、ついでに商売もしておきましょう。


 メインの持ち込み品はカカオです。

 カカオ。

 それはチョコレートとココアの原料。

 船団一杯の倉の半分にはこれを取りそろえておきます。

 全世界的に品薄状態が続いているので、間違いなく喜ばれるでしょう。


 あとはまあ、コショウとかバニラとかターメリックとか。

 これらも全世界的に品薄状態なので。

 狂喜乱舞のはず。

 あるとないとでは料理のおいしさが全く違いますし。

 長持ちする上に利ザヤも値段も超高いので、交易品としては超優秀な品目です。


 あんまり偏るのもあれなので、宝石、工芸品、各種珍品なんかも用意しますけれど。

 これらには代替品があります。

 新大陸でしか取れない嗜好品やら香辛料やらとは比べるまでもないですね。

 ブロッコリー公爵領の特産品である織物、武具、ワイン、食料品、革製品なんかも持っては行くにしても。

 重要度はそれほど高くありません。


 人気があるのは香辛料。

 金銀魔石。

 砂糖。

 奴隷。

 コーヒー。

 そして、なんといってもカカオです。


 カカオ。

 それは魅惑の香り。

 チョコレートが食べられるのであれば借金だっていとわない、という人は一定数存在します。

 お菓子作りにもカカオはほぼ必須。

 健康効果も抜群。

 美味しくて体によくて興奮作用もあるカカオは無敵の嗜好品と言えます。

 ぶっちゃけ他の何がなかったとしても、カカオさえあれば新大陸の交易相手としての価値は揺るぎません。


 スパイシーな肉が食べられるのならば友を売ってもかまわない。

 コーヒーを飲むためならば恋人を売ってもかまわない。

 そういう人はたくさんいますけど。


 カカオは別格というか。

 あれは今のところ、本当に新大陸でしか取れないので。

 ここまでの需要がある交易品は他にはちょっと考えられません。


 強いて言えば、まあ。

 あれですね。

 麻薬とか。

 タバコとか。

 酒とか。

 そーゆーブラックなやつ。


 麻薬、というと民間では完全禁止なのでありえないと思われるかもしれませんが。

 あれはあれで。

 鎮痛剤としての強い需要があるのです。

 特に軍隊。

 これから傷を開いて骨をごりごり削って金属片を取り出しますよー、みたいな人に対して、脳が正気のままで治療を受けろというのは余りにも酷というもの。

 そういうときには麻薬が活躍します。

 中毒症状で受けるダメージなんかよりも神経性ショックによる死亡とかトラウマとかのほうがはるかに怖いので。

 これはしょうがないですね。

 

 タバコや酒なんかもそんな感じです。

 カカオとは違って体には悪いですが、薬だと言い切ってしまえばそれが通るわけで。

 事実としてドーパミンの生成を助けたりといった作用はあるので。

 全くの嘘というわけでもありません。


 タバコは薬。

 砂糖も薬。

 酒は百薬の長であり、みんな宴会で浴びるように飲んで寝る。

 そういった風潮があるのです。


 つらい現実を忘れるために、酒やタバコはうってつけ。

 貧困につける薬。

 それこそが酒やタバコ。

 男の子が輝いて見える。

 ブスが気にならない。

 せっくすの後に一服ふかすのは様式美。

 嗜好品とはそういうものなのです。

 なくすことはできません。


 必要と需要があるのなら、なんでも用意して運んでいくのが商売です。


 新大陸から引っ張ってきた砂糖やタバコ、地元のワインなんかを船倉に積みこみます。

 奴隷とかは極上品だけを積み込みます。

 カカオやコーヒー、金銀財宝、特産物など。

 置き場を工夫して喫水線が甲板まで迫るほどの物資を満載しました。


 うむ。

 これで準備はばっちり。

 フォルテイル侯爵領における商売については、もはや成功したも同然だと言ってもいいでしょう。

 この条件で赤字を出すような部下は縛り首でかまいません。


 さあて。


 いざゆかん!

 フォルテイル侯爵領でのだらだら生活へ!

 カルラちゃんと仲間たちのニート人生はこれからだぜ!

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