第4話「お墓参り」
危険です。
危険がいっぱいです。
危険がいっぱいいっぱいです。
敵地へと準備なしで踏み込むわけにはいかないので、武装をせねばなりません。
かつて外部の職人に特注して作らせたあれこれを蔵出しします。
「いきませんよ」と書かれたプラカード。
「少女労働反対」と刺繍されたハチマキ。
そして服。
「休養権」とでかでかプリントされている以外はごく普通のワンピースです。
あとは「少し疲れています」と書かれたタスキをかけて、と。
うむ。
ややごちゃごちゃしている印象は否めませんが。
働きたくないという決意だけは十分に伝わるファッションに仕上がりました。
今回はこれで行きましょう!
屋敷をずんずか歩きます。
私の姿を見た部下さんたちが目を丸くしていましたが。
そろそろ私の奇行にも慣れたようで。
視線をそらして壁を見つめたり、友人と顔を見合わせてその場を離れたり。
なるほど。
それが正しい反応というものか。
部下さんには私のジョークにつっこむ権限というものがないので、見て見ぬふりを決め込んでやりすごすつもりのようです。
さて。
「通りますよ」
「どうぞ」
執務室の前。
守衛さんは顔色一つ変えずに道を開けてくれました。
さすがです。
訓練されている護衛は精神力が違いますね。
私の姿を見て爆笑していた新参の近衛どもには後々きっちり教育を施すとして。
「お父様! 今日こそは!」
勢いよく扉を開けて部屋に入った私は、そこでふと気づきます。
父上だけじゃない。
もう一人。
机のすぐ横に、やたらと品のいい感じの貴婦人が佇立しているのが見て取れます。
…………って、あの人はもしかして!?
「お、伯母上様」
「ごきげんよう。久しぶりですね、カルラ」
冷たい返事がありました。
やはり伯母上様。
最悪なことに人違いではないようです。
視線が笑っていません。
彼女は礼儀について人一倍厳しいので、まあそれは当然の反応でもあるのですが。
うおおお。
な、なんということか。
よりにもよって。
世界で唯一、この姿を見られてまずい彼女が、まさか屋敷にいるなんて。
父上は頭痛をこらえるかのように突っ伏してうなだれています。
机に顔をふせて怒りのあまりぷるぷると……いえ、あれはひょっとして笑っているのでしょうか。
身内の話なので、別にどんな反応でも問題はないですけれど。
しかし。
ああ。
悲劇としかいいようがありません。
この世で唯一私が見栄を張る必要のある伯母上様に向かって、よりにもよってこんな格好で対面してしまうとは。
「……着替えてきてよろしいでしょうか?」
「そのままいなさい」
伯母上はぴしゃりと言いました。
ううう。
そりゃまあ自業自得なんですけど。
父上が悪いのですよ。
侯爵令嬢が同席しているのなら一声かけるのがマナーというものではないですか。
ああ、まずは紹介が先ですかね。
彼女は私の母方の姉にあたるエレオノーラ侯爵令嬢です。
黒髪ロング。
紅眼。
身長は中ぐらい。
春っぽいふわふわとしたドレスに身を包み、手袋の上には宝石をちりばめた扇子を持っています。
化粧は軽く。
あくまでも薄く。
肌がぷるぷるとみずみずしい感じですし、手足も細いので10代の少女のようにさえ見えますね。
外見的には超絶美少女の伯母上様。
年齢は36歳。
えー。
うそー。
ファンタジーってずるい。
伯母上様は長寿系の遺伝子を持っているタイプでして、この種の紅眼族は老化が遅い代わりに成長も人よりは遅れてしまうのが特徴と言われています。
紅眼族の全盛期は見た感じそのまんま。
伯母上様はまさに今。
パワー真っ盛り。
全身からは魔力がみなぎってますし、たぶん殴り合っても勝てません。
魔力だけならラトリさんレベルという怪物です。
「今回の用件だが」
父上がぷるぷる震えている状態から立ち直って顔面をいかめしく固定し、私をまっすぐに見つめます。
「フォルテイル侯爵家への顔出しということになる。いろいろな有力者と会って顔を売っておくといい。そろそろお前も大物になりはじめて、軽々しく動けなくなってきたからな。最後のあいさつということだ」
「なるほど」
つまりは、コネ作りですね。
「いかないのか?」
「行く行く! 行くに決まってるでしょうが!」
考えるまでもありません。
ここで断る人なんているのでしょうか。
人並みの常識があれば行くに決まっています。
向こうでの私はお客様。
間違いなくちやほやしてもらえます。
よその貴族領から子息子女を迎える場合には、うちでもそうするので。
公爵令嬢ともなれば。
それはもう、ちやほやの極地です。
左うちわです。
ネトゲの姫プレイ状態。
仕事がないぶん、むしろ公爵領よりも快適に暮らせるはず。
外聞を取り繕う必要もなし。
むしろバカに見えるほうが都合がいいぐらい。
すばらしい。
完ぺきではないですか。
合法的に怠惰に過ごせるだなんて。
カルラちゃんの人生でここまでラッキーなイベントがあるなんて、思いもしませんでしたよ。
「伯母上様! 向こうではどうぞ、よろしくお願いします!」
「はい。歓迎します」
エレオノーラおば様は短く答えました。
そっけない感じの返事ですが。
別に嫌われているわけではありません。
エレオノーラおば様は誰に対してもこうなのです。
冷たくてクール。
笑わない。
完璧主義者。
正直なところ上司としてはあんまり持ちたくないというか、居心地が悪いタイプの人ではありますね。
伯母上様は36歳。
私は12歳。
侯爵令嬢と公爵令嬢という点だけを見れば友達になれそうではありますけど。
さすがにこの年齢差では厳しいです。
そもそも伯母上様は、私よりもはるかに立場的に強いので。
逆らうべきではありません。
母の姉。
そして侯爵家の長女。
継承権ナンバーワンにして私の後ろ盾。
一言でまとめてしまえば、彼女の意向次第では私のブロッコリー公爵領における立場さえ左右することができると。
そういうことになります。
こわいよー。
……ああ、これにはもしかすると説明が必要ですかね?
公爵はもちろん侯爵よりも格上なのですが。
しかし。
公爵の娘なら侯爵の娘より偉いんじゃないか、などと考えるのはとんでもない勘違いです。
公爵の子息子女というのは総数で実に数十人ほどもいます。
有力者だけでも10人は下りません。
これらの子供は長幼の差はあっても公爵直系という点では横並びの存在でして、その区別はすべて母たるものの身分の上下によって定まります。
どこの国でもそうですが。
王子王女というやつは、母親のパワーによって上下が生まれるのです。
私はもちろん最上位。
侯爵というのは世界に7人しかいないウルトラスーパーなバケモノです。
その親族であり、祖父が侯爵である私という子供は、他の兄弟たちとは3歩ぐらい差をつけてのダントツで後継者候補。
私がまったく議論の余地がないレベルで継承権第1位でいられるのは、すべてこの伯母上様の親族としての加護があるからだと言えるでしょう。
「ところでカルラ。今日の予定は?」
「超暇です!」
伯母上様が聞いてきたので、私は元気よく手を挙げて答えました。
仮に暇じゃなくても無理やり予定を空けますよ。
だって伯母上様なので。
それよりも優先されるべき用事なんてほとんどありません。
「これからガルダの墓を訪ねたいと思います。案内してくれますか?」
「あ、はい。わかりました」
私はちょっとテンションを下げて素直にうなずきます。
あー。
うん。
なんとゆーか。
あんまりおもしろくない一日になりそうですね。
故人を悼んで追憶にひたるとか、正直ぜんぜん趣味ではないのですけれど。
ガルダは私の母様です。
エレオノーラ伯母上様にとっては実の妹。
墓を見舞いたいと思うのは当たり前なんですけれど。
私はお墓とかって、あんまり好きじゃないんですよねえ。
湿っぽすぎるというか。
死んだ子の年を数えてるとツキが逃げるだろーって思いますし。
もういない人なんかよりも生きてる人のことを大事にしてほしいなあ、なんて。
思ったり思わなかったり。
いやまあ。
母様が死んじゃったのは、私を産んで体を壊したのが原因の一つであるため。
とても口に出しては言えませんけどね。
ええ。
さすがの私といえども。
ちなみに、大貴族同士の血縁結婚というやつは、何かしらの欠損を持った子供が生まれる確率がかなり高くなります。
血筋はいいのですが。
能力的には問題のある子供が生まれやすくなります。
しかも。
出産と共に母親が死ぬ確率も、相当に高くなるので。
推奨はされません。
されません、が。
ごくまれに。
ごくごくまれに。
ものすごくうまい具合に遺伝子が組み合わさって、超天才としか言いようのない子供が発生することがままあります。
私なんかはこのパターンだと周囲には思われてますね。
早熟の天才。
大貴族の子息子女でかつ障害がなかったパターンではよくある話。
珍しくはあるものの。
異常視される、というほどの存在ではないみたい。
…………実際には前世知識があるだけなんですけれど。
まあ、疑われないのはいいことです。
なんでもできる12歳。
ちょっとおかしいですからね。
宗教的に悪魔の子だとか言われて断罪されるとか、あんまりうれしくない未来図だと思いますし。
似たような存在がいるのはいいことです。
「では、お父様。カルラはこれにて」
「ああ、行ってこい」
伯母上様の手を引いて世間話なども交えつつ。
私はぱぱっと部下に命じて準備をさせて、そのままガルダ母様の墓へと直行することになりました。
主都デジーコから離れた小高い丘の上。
一面の花畑。
その中央にある石で補強された一角が、母上のお墓になります。
景色はばつぐん。
日当たり良好。
風が吹き付けてくるので夏ならば快適でしょう。
管理が行き届いているので枝一つ落ちてないですし、花の匂いに包まれているので観光場所として見るとばっちり。
ピクニックのつもりで来てみるのもいいかもしれません。
るんるん。
いやまあ、さすがに墓場の中でのバーベキューはありえませんけどね。
この世界のお墓は花畑タイプが多いです。
仰々しい建造物とかではなく、名前と略歴の書かれた石碑が一つあるだけ。
その下に骨があるというわけですね。
墓の規模は石碑部分ではなく周囲の花畑の大きさによって決まります。
貧乏な人の場合はまとめて無縁仏。
ランクが上がれば管理人のいる墓地になって。
金持ちは自分で墓を作る。
んで、定期的に僧侶が墓を訪れて祈りをささげると。
そんな感じですかね。
墓の維持管理には莫大な金がかかります。
権力が大きくても財力が小さい場合、花畑は小さくなります。
たとえば公爵領の大臣さんとかですね。
生きている間は無敵ですし。
家族やペットが死んだ場合には、参加者数百人という葬式が行われますけれど。
本人が死ぬと、親族以外は一人も来てくれません。
そりゃそーです。
財力とは違い、貴族から与えられる権力というのは個人につくものなので。
予算分配利権を失った大臣一族なんてゴミそのもの。
何の価値もありません。
たまにバカな遺族とかが、妻の葬式には1000人が来てくれたから本人の葬式には2000人ぐらいかな、とか想定して準備して。
実際にやってみれば100人も集まらず。
寄付金を貰い損ねて破産、なんてギャグみたいな話もあるぐらい。
ある意味、墓というのはその人の実際的な財力を象徴する存在であると言えますね。
何の役にも立たない。
無駄で余計な存在。
だからこそ、予算は動かせても所有はできない大臣さんには小さな墓が。
公爵家の財産を所有している父の妻である母上様には大きな墓が。
それぞれあてがわれます。
この世の栄枯盛衰を最も端的に表しているのが、その人の墓の大きさなのかもしれません。
「カルラは」
「はい?」
「元気でやっているようですね」
「はい! それはもう! 日々を楽しく過ごさせていただいております!」
私がぶんぶんと手を振って宣言すると、伯母上様はにっこりと微笑みました。
おお。
珍しいです。
めったに笑わない人なのに。
いくら伯母上様でも、こーゆー開放的な場所で花を見ている時ぐらいには機嫌がよくなるのでしょうか。
「活躍は聞いています。私も伯母として誇らしい気持ちでいっぱいです」
「どもども」
「天国のガルダも喜んでいるでしょう」
「そうだといいですね」
死人は喜んだりしませんけど。
まあ、私も少しぐらいは空気を読むことができますので。
口には出しません。
しとやかな令嬢のカルラちゃんなのです。
「本来ならばフォルテイル侯爵領での生活についてレクチャーするべきなのでしょうが……カルラには必要ありませんか?」
「いえいえ! ぜひともお願いします!」
「社交界に出て顔を売って、場合によっては取引の話などをしてもらってもかまいません。やりかたはわかりますか?」
「もちろん! とゆーか、取引の話はしないです。私は領主じゃないので」
「ええっ?」
伯母上様がかわいらしく驚きました。
「カルラには領地があるでしょう?」
「ありますけど。小さいですし、海路でも少し遠すぎます。陸路は論外ですし。まあ必要ないのではないかと」
フォルテイル侯爵領はエロゲマ大陸北部中央、やや東よりにあります。
陸路だとアルテピアの内海をぐるっと南方に迂回して進まねばならないので遠すぎますし、海路で行くにしても二か月ぐらいはかかります。
遠い国なのです。
経済的な交流はもちろんしますけれど、活発にやりたい、というほどではありません。
「もちろん、うちを経由して新大陸の香辛料なんかを仕入れたいのであれば口利きは可能です。ある程度は融通できます」
「投資は順調ですか?」
「あらん限りの金を使って海路を拡張してはいるのですけれど……最近はむしろ、向こうでの品薄が問題になってますね。買いまくり過ぎて現物そのものがなくなっているような感じで。現地でのプランテーション運営とかをはじめるべきかもしれません」
話を聞いたエレオノーラ伯母上様はちょっと小首をかしげてから言いました。
「それを任せるに足る人材はいるのですか?」
「そこが問題なんですよねえ」
なにせ新大陸、治安がすごーく悪いので。
今から3年後に原作主人公が渡航した際には戦国時代さながらの状況でして。
安心して投資はできません。
とはいえ。
今のままでは現物自体が流れてこないわけで。
なんとかしたいのですけれど。
……そういえば。
王立魔法学校とか、実はここにあるんですよね。
フォルテイル侯爵領の中には王立魔法学校がどんと入っています。
原作主人公が青春時代をすごした場所。
とゆーか、いままさに在籍しているはずの場所。
たしか主人公が戦場で手柄を立てて嫉妬されて放校されるのが14、5歳の頃の話なので、おそらく今はまだ学校にいるはずなのですが。
…………スカウトとか、できませんかねえ。
新大陸での農場経営を任せるとか。
無理かなあ。
無理か。
騎士ってやつはどいつもこいつも誇り高いので。
商人の真似事なんて不可能に決まっていると、話を振る前から分かり切ってはいるのですけれど。
「とりあえず、伯母上様の領地に行くときには交易品を山と積んだ船団を連れて行きましょう。それでいいですよね?」
「ええ。歓迎します」
「関税は安くしておいてください」
「それとこれとは話が別。ビタ一文まけませんよ」
「ええー」
ひどい。
けちんぼさんですね。
侯爵令嬢ってもっと浮世離れしていてもいいと思いますのに。
まあ、エレオノーラ伯母上様は継承権1位です。
つまり私と同じ。
次期当主。
しかも私なんかとは違い、1年後には爵位継承が行われることが内定しているらしく。
政治経済に無関心でいられるわけがありません。
もちろん、貴族がなんでもできる必要はないですし。
アケド前伯爵領におけるヨーシヒコ伯爵みたいに、軍事はみんな部下におまかせ、みたいなタイプも多いです。
政治、経済、軍事、警察、外交、社交、人事、諜報の全てにおいて無関心、というタイプさえいます。
それでも領地を運営できてしまうのが権力者のおそろしいところです。
絶対に必要なのは近衛兵だけですからね。
ええ。
あれさえいれば、とりあえず反抗してきた人を殺すことはできるので。
10万の兵を率いる将軍であったとしても、反乱軍を組織する前であれば近衛や憲兵を送るだけで殺すことができます。
他には何もいりません。
エレオノーラ伯母上様は経済特化タイプ。
後は一応、軍事も少しはできるかな、みたいな感じです。
本人が強いですからね。
軍部からの人気もそれなりに高いです。
一方の政治については、まあそこそこ。
特に身内への教育についてはひどいものでして、これについては私が向こうに行ってすぐに思い知ることになるのですけれど。
今は何も知りません。
無知で純粋な美少女のカルラちゃんなのです。