第3話「最低限文化的な生活とは」
みなさんこんにちは。
カルラです。
最近、遊び友達がいなくなってしまいました。
食客のみなさんがみんな正規兵になり。
ならなかった人とは将来的に疎遠になることがわかりきっているので。
こっそりと距離を置いています。
内部告発をやらかして領地を追われた人とか。
上司のセクハラを糾弾した後で冤罪を着せられた人とか。
敬語が使えない人とか。
どうしても上下関係を認められない人とか。
そーゆーゴミ人材は、いくら有能であっても正規兵にはなれないので。
誘いもしてません。
仕官の打診がなかったことにショックを受けて、何人かは自発的に屋敷を去りました。
残りも長くはないでしょう。
人の評価というのはきわめて残酷なものです。
どれほど正義をうたったとしても、上に逆らった人間の評価は最低最悪。
出世の道はすでに閉ざされています。
しかし。
世間というやつは、わざわざそれを親切に教えてあげたりはしません。
恨まれるだけなので。
君は正義のために動いて社会を少しだけよくしたけれど、上に逆らったから生涯にわたって金とは縁がないよ。
体を壊した段階で人生終了だよ。
そんな事実を伝える必要はないのです。
世間というのは上が落ちればとりあえず喜びますが。
上を落とした人間のみじめなその後というやつについては、見て見ぬふり。
なんの興味もありません。
例外としては、ヤクシャさんとかラトリさんとかですね。
彼らはたいへん問題のある人材なわけですが。
個別にフォローすれば、なんとか。
使えなくもない。
正規兵の出世コースには乗れないけれど近衛として武力のみを期待するのであれば活用のしようはある。
そういう人たちです。
世渡りが下手でも実力さえあれば公爵家の近衛になれる。
それぐらいの夢があってもいい。
むしろあるべき。
私はそのように考えます。
なので。
夢の続きを見せるために。
戦う以外に価値のない彼らが戦場以外でも生きていけるように。
何もない日常における仕事を与えるために、やさしい私は新参の近衛連中を編成して「カルラちゃん楽しませ隊」を結成しました。
カルラちゃん楽しませ隊。
その任務は過酷です。
具体的に言うと、私が怠惰かつ快適に日々を過ごせるように気を配ること。
私を幸せにすること。
それが新たに編成された「カルラちゃん楽しませ隊」に与えられた特命です。
私の退屈を埋めるための遊びを考えたり。
芸を身に着けたり。
さんべんまわってワンと鳴いたり。
使い走り。
世直し。
魔法少女ごっこ。
水戸黄門ごっこ。
場合によってはゴロツキに扮してわざわざ部下のメイドさんとかに襲い掛かり、それを他の「カルラちゃん楽しませ隊」のメンバーが退治するという自作自演もどきをして遊ぶこともあります。
みなさん泣いています。
悲嘆にくれています。
自分はこんなことをするために近衛なったんじゃない。
世のため人のため。
役に立つ仕事がしたい。
そのはずだったのに。
ああ。
どうして。
こんなひどい結末を迎えたのか。
あわれな下郎どもの怨嗟の声がそこかしこで発生しました。
でも気にしません。
ぶいぶい。
偉大なる暴君のカルラちゃんなのです。
上司のご機嫌取りほど重要なミッションなんてこの世に存在しないので。
新参近衛兵のみなさんには次々と命令を出して、人に仕えるということのつらさ苦しさを教えてあげなければなりません。
ゴルフ。
麻雀。
飲み会。
みんな仕事です。
強いて言えば、上流階級では金のかかるスポーツが流行ります。
なぜなら貧乏人がいないせいで快適だからです。
ボール一つでできるサッカーは金持ちには好まれません。
道具と設備と紛失しやすいボールという三拍子がそろったゴルフなんかは極悪に金がかかるため、金持ちはみんな大好きです。
乗馬とかもそんな感じですね。
エサとか馬具とか飼育要員とかにひたすら金がかかるので。
金持ちはみんな大好きです。
この世界の金持ちは武術がスポーツの代わり。
的当て。
乗馬。
チャンバラ。
かけっこ。
舞踏など。
一通りできるとほめられます。
実際にそれを使って戦うかどうかはまた別の話ですが。
体力があるに越したことはないので。
貴族の子息子女などというものは、日々の鍛錬を欠かしません。
とゆーわけで。
ちかごろの私はお屋敷で鍛錬という名のスポーツを楽しんでいます。
懐古病にかかって山狩りも再開しましたし。
獲物を狩って新作の料理を楽しんで食べて寝て。
花を愛でてゲームに興じて歌って踊って詩を詠んで。
買い物をしてファッションショーをして宝飾品で着飾ってお茶会も開いて。
ひたすら遊んで暮らします。
うむ。
これこそが人のあり様。
貴族が貴族らしくあるための、最低限文化的な生活というものですね。
「ううう。毎日遊んでるとダメになりそうだよう」
「それが人として正しい生活です。戦場で敵と戦うなんてのは人生で1、2回もやれば十分だと思いますね」
ラトリさんはぼやいちゃってますが。
働くなんてまっぴらです。
遊ぶのが当然。
戦場にわざわざ出向くなんてのはアホのすることです。
あんな衛生環境の悪い場所にい続けたら寿命が縮まってしまいます。
きつくて汚くて危険。
まさに3K。
この場合の危険というのは正味の命の危機ですし。
汚いのレベルも伝染病が発生するレベルで高いのが、普通の戦場というもの。
強いて言えば、きつくはありません。
きつさは上層の余裕がある人間にとってはほぼゼロに等しいです。
なにせ、軍隊というのは一番下の人間に合わせて運用されるものなので。
私やラトリさんがきついと感じるのであれば100人もついて来れなくなりますし、それはもう旅行者団体なのであって軍隊とは呼べなくなります。
「カプコーン王国での戦いは大変だったけど、平和になると、それはそれで落ち着かなくて困る」
「ラトリさんは戦うのが好きなのですか?」
「そうじゃないけど……ほら、向こうとこっちって環境が違いすぎるっていうか。地獄があるのを知ってるのに天国に居座ってると、なんだか後ろめたいよ」
なるほど。
ラトリさんの言うこともわかります。
ブロッコリー公爵領にある屋敷での暮らしは平和であり。
穏やかであり。
すばらしいものですが。
カプコーン伯爵領での惨状を見るにつけ、のんきに遊んでいる場合ではないという焦燥を感じるのでしょう。
「向こうでの私たちにはまだまだできることがあったじゃん。なんとか手伝えないかな」
「できません」
「でも。盗賊だって山ほどいたし、街を歩けば悪人ばっかりだし。ああいう場所でこそ私たちは輝けると思うんだよ」
ラトリさんの言い分はよくわかるものです。
我々「カルラちゃん楽しませ隊」の戦闘力は兵士1000人にも匹敵します。
これを治安維持に使わずに遊ばせておくなんて、壮大な人的資源の無駄づかいでしかありません。
それは一つの事実です。
しかし。
「カプコーン伯爵領での治安維持は向こうの責任者の仕事です。私たちが口を出せば内政干渉になります」
「それはよくないことなの?」
「当然です。私たちが手助けをすれば感謝されるどころか恨まれます。公爵家の力で敵をやっつけたせいで民間人からの信頼を失ったアケド伯爵領の貴族の人たちの末路は見たでしょう?」
「ううん。でも、もとは同じブロッコリー公爵領の人なんだし」
「他人の職分に手を貸せば責任問題があやふやになって収拾がつかなくなります。すでにピシャーチャ文官やユキさん次期伯爵の手によって運営されている以上、私たちは邪魔でしかありません」
そう。
そうなのです。
手助けはできないのです。
みんなで仕事とパンを分け合って、過不足なく分配できれば平和なのですが。
現実とはそういうものではありません。
ゲップが出るほど食料を余らせている場所がある一方、みんなが飢えて死にかけている場所がある。
人が足りなくて求人募集が絶えない場所がある一方、仕事がなくて失職者であふれている場所もある。
それが社会の不公平。
避けられない貧富の格差。
無理をして平らにしようとすれば、努力した人が報われず、人の善意を食い物にする悪人だけが得をする救えない世界になります。
「なんとかできないの?」
「私は神様じゃないので。どうにもできませんね」
たしかに、それをまだましなものにするのが貴族の仕事なわけですが。
ラトリさんは一つ勘違いをしています。
それは。
「そもそもカプコーン伯爵家って、ブロッコリー公爵領じゃないですよ?」
「え、そりゃもちろん、知ってるけど」
「私の仕事はブロッコリー公爵領を豊かにすることです。他の領地のことは他の人の仕事です。ラトリさんも私から雇われている以上、その点だけは勘違いをしてもらっては困ります」
「つまり?」
「私ができないと言っている以上、それはできないのです。実際には何かいい方法があるかもしれません。私以外の誰かにはできる場合もあります。しかし。ラトリさんは私の言葉だけを信じて私に従ってくれなければ困ります」
「え、でも」
「ラトリさん」
珍しく真面目な表情を作って、私はラトリさんにかなり強い口調で言いました。
「敬語を使わないぐらいは大目に見ますが、これに関しては『でも』が許されません。絶対に理解してください。どうしても無理なら、ラトリさんを近衛として使うのは諦めます」
「そんなに大事なことなの?」
「当たり前です。我々はブロッコリー公爵領を豊かにするために存在しているのです。たしかに私は遊ぶのが好きですし必要がなければ何もしませんが、その時が来れば命をかけて戦います。ラトリさんはその時が来たら私を守るために前に出て、私より先に死ぬのが仕事です」
「…………カルラちゃんは守る。それだけは約束できる。他はよくわからない」
ちょっと概念的過ぎましたかね。
ラトリさんは具体的な説明がないとわからないタイプなので、ある意味では誤解することが少なくて安心ではあるのですけれど。
「例えば、ブロッコリー公爵領よりもずっと強力な国が生まれて、それが国民を幸せにしてあげるから降伏しろ、とか言ってきた場合です」
「つまり、戦争で負けそうって状況?」
「ええ。私は最後まで戦うかもしれません。降伏したほうが犠牲者が少なくなる上に勝ち目がほぼなかったとしてもです。その時、ラトリさんは最後まで私を守ってくれますか?」
「さすがにそれは無理だよ。せいぜいカルラちゃんをかついで逃げるぐらいが限界。軍隊は相手にできない」
「…………いや、そうじゃなくてですね。つまりは私を裏切って殺すかどうかという」
「やるわけないでしょ!」
ラトリさんは激怒しました。
「見損なわないで! カルラちゃんは私をなんだと思ってるの!?」
「あー、いや、それならいいのです。すみません」
「そりゃ、その時のことなんてその時が来ないとわからないけどさ! なんなの!? 私は単騎でどこかに突撃でもして忠誠を示せばいいの!?」
「い、いや、そんなことをされては困ります。遊んでください。命をかけるのは最後の最後でいいです。死んだらおしまいなので」
「わかってるよ!」
ぷん、とそっぽを向いてしまったラトリさん。
ううむ。
これは失敗しましたね。
いたずらに部下の忠誠心を試すようなことをするべきではない、というのは指導者的には常識なのですが。
ラトリさんってちょっとあれなので。
近衛としての心得を説こうとしたのが裏目に出てしまった感じです。
「あー、その、すみません。私が言いたかったのはですね、とにかく私を尊敬して神聖視してほしいとかそういう感じのことで」
「なんなのそのダメ上司っぽい発言!? それはギャグで言っているの!?」
「私は大真面目ですが」
「より悪い!」
う、ううむ。
混沌としてしまいました。
慣れないことはするもんじゃないですね。
私は人の恐怖や欲望はわかるのですが。
人の心はわからない人間なので。
ラトリさんみたいに特別扱いをしている人間に対しては、他の部下のように毅然とした態度で接することができなくなりつつあるようです。
……ま、まあいいか。
これは私の弱点ではありますが。
改善しようというやる気があまり起きないですし。
ラトリさんに裏切られた場合はもう、それできっちり諦めるという割り切りが必要なのかもしれません。
「神様は言いました。カルラを信じろ。さすれば君はすくわれる」
「すくわれるって、足を?」
「心です。マインド。カルラちゃんは信者を必要としています。ラトリさんは今なら信者第一号になれますよ」
「それはお断り……っていうか、まじめな話、そろそろ冗談にならなくなってきてるかも」
「なにがですか?」
「カルラ教の話。私の知り合いにもけっこう、カルラちゃんを神聖視しはじめてる人って意外と出てきてるから」
「なんと!」
たいへん見どころがありそうな人たちではないですか。
ううむ。
これはそろそろ聖書の編纂に手をつけるべきかもしれませんね。
教義はどうしましょうか。
怠惰であれ。
快適であれ。
そんな感じですかね。
さすがにその教義を実践するような人はいらないので、カルラ教の信者はお金持ち限定になってしまいますけど。
「カルラ教団はお布施を随時受け付けています。集会は禁止です。金だけを集めてください」
「そんな宗教が流行するわけないから」
「世の中はままならない」
「カルラちゃんは無限に金が湧き出る壺でも用意してほしいの? 妄想が激しすぎない?」
「私の望みはもっとささやかなものですよ。この屋敷で毎日遊んで暮らしながら、時には目下の者をいじめて楽しみつつ年を取っていきたい。たったそれだけなのです」
「それはささやかとは言わない」
ラトリさんが冷たくつっこみを入れました。
うむうむ。
日々の生活の中でこつこつと教育した結果、ラトリさんは忠誠心ではなくつっこみ性能のほうが向上しているようですね。
悪くない傾向です。
これからも「カルラちゃん楽しませ隊」のつっこみ要員として、働いてもらうとしましょうか。
そんな感じで、益体もない会話によって日々の退屈を埋めながら。
笑い。
遊び。
歌い。
時には何もせずにくつろぎ。
日々が穏やかに流れていく中で、いつしか、出張に出ていた父が帰って来て。
そして。
私は呼び出されました。
父の私室……ではなく、執務室に。
あれ?