第1話「就職した人たち」
春です。
春ですよ。
カルラです。
ブロッコリー公爵領に帰ってまいりました。
荷物を置いて部屋に入り、旅のホコリを落とします。
ううむ。
なんという開放感。
肩の荷が下りるとはこのことか。
うざったい義務やら責任やらから解放されて、ただの美少女になったのです。
ふふふ。
いいですね。
ただの美少女カルラちゃん。
花を愛でたり詩を読んだりして、歌って踊って楽しんで。
恋とかもしちゃったりとか。
きゃっ。
いやまあ、相手はいないんですけどね、ええ。
イケメン伯爵のコーサカさんが懐かしく思われます。
あの人ほんとマジイケメンでしたからね。
血筋も高貴だし。
健康だし。
行動力もあるし。
べらぼーモテたのは間違いないところ。
敗戦の責任を取れとか言って独房に監禁して。
ちょっとぐらいお相手願うこともできたのではないでしょうか。
体のあちこちを舐めさせて。
鞭で打ったり。
拘束具を着せたり。
屈辱的なポーズを取らせたり。
プライドが壊れるようなセリフを言わせたり。
ううう。
なんて甘美な想像なのでしょう。
上手くすれば実現できそうだったところがまた、ひときわ惜しく思われます。
ああ。
残念です。
コーサカさん。
どうして戦死しちゃったの。
私は、カルラは、あなたの帰りを、ずっと待っていましたのに。
るーるーるー。
……ま、それはそれとして。
現実としてこの世にいない以上、代替キャラを探さねばなりません。
候補としては……あれですね。
顔のいい近衛さん。
イケメンの食客さん。
気品あふれる正規兵さん。
あとはプロの男娼とかになりますか。
番外としては、そこらの裏路地で殺してもかまわないゴロツキをさらってくるとかもありです。
どんなプレイにも応じてくれるでしょう。
なにせ後腐れがないので。
しかし。
個人的な好みとしては、もーちょっと相手の欲望に身を任せる、みたいな遊びのほうが好きだったり。
私主導でやるというのも悪くはないのですが。
えっちなあれこれに関しては受け身の私でありまして、できればバイタリティーあふれる男の人から襲われてみたいところです。
学園もので弱みを握られて脅迫されちゃうとか。
うん。
最高ですね。
そろそろ学園編に入るべきなのではないでしょうか。
生意気な公爵令嬢に礼儀を教えてやるか、とかなんとか!
言われちゃって!
きゃー!
…………いやまあ、無理なんですけどね、ええ。
なんといっても近衛や護衛がいるので。
なかなか襲われません。
不審者が近づいただけでもひどい目にあってしまいます。
ましてや。
私におさわりなど。
夢のまた夢の話だと言えるでしょう。
最近の近衛連中はアケド伯爵領でのあれこれでさらに増えました。
戦力的に充実しちゃっているのです。
ヤクシャさんとかラトリさんとかも近衛になりました。
腕利きの食客さんとかも。
優秀な正規兵さんとかも。
みんなまとめて近衛に引き抜いたので、なんと一度に30名ほども増えたのです。
こんなにいらない。
というのは、いささか贅沢すぎる悩みなのですが。
実際問題として増えすぎても困るんですよね。
統制が取れなくなるので。
しばらくはこのまま使って、減った分だけ補充することにしましょうか。
「カルラちゃん! どうこれ!? 似合う?」
「はいはい。かわいいですよ。ラトリさん」
近衛服に身を包んだラトリさんが嬉しそうに回転しています。
儀礼用の剣をかかげてくるくると。
あいかわらず美少女です。
近衛というのは完全なる実力主義集団のため、ラトリさんほどの美少女は他に一人もいません。
強いて言えばパールさんや近衛隊長さんはそこそこ普通の美人なのですが……1000人に1人級の美少女であるラトリさんと、クラスに1人はいる程度の美女である近衛隊長さんとでは素材が違います。
並べてみるとわかりやすいですね。
肌のツヤ、髪のツヤ、瞳の大きさ、目の輝き、顔の輪郭など。
あらゆるパーツで隙がありません。
強いて言えば、好みの問題でパールさんに軍配を上げる人が1割2割はいるかな、という感じでして。
下馬評でもラトリさん人気はダントツ。
社交界に連れて行ったあたりから注目を集め続け。
近衛就任からこっち、貴族子息やら正規兵やらから求婚の申し出が絶えなく届いているといううわさです。
「これ、すごい剣だよね! 実戦でも使えそう!」
「使わないでくださいね」
「なんで?」
「もったいないので」
「いくらするの?」
「値段がつかないタイプの剣です。うちの領地で一番いい鍛冶屋の一番いい素材で作った剣なので。流通してないし替えもききません。それよりいい剣となると……王都で卒業の時に与えられる騎士剣ぐらいになりますかね」
原作主人公なんかは「もったいなくて味方を斬るときにしか使えない」などと言っていましたが。
実際その通りです。
いくら名剣であっても使い続けて折れないということはないので。
戦場ではもうちょっとなまくらの、分厚くて折れにくいやつを使って戦うのが普通です。
「でも、すごい剣なのに!」
「だから、使っちゃだめですって。いくら名剣でもラトリさんの魔力を乗せたら100合ももたずに壊れますよ」
「ううう。でもでも。名剣は人を斬るためにあるんだよう」
「こわいこと言わないでください。剣は人を守るためにあるのです。ラトリさんはその剣で私を守ってくれればいいですから」
なにやらぽかんとした顔でラトリさんが私をみつめました。
「か、カルラちゃんが常識的なことを」
「どういう意味です?」
「え、いや、だって! なんか似合わないってゆーか! 世間一般に伝わってる武闘派のイメージから外れてるような感じが」
「なめたことぬかすのはこの口ですか?」
「ご、ごめんなひゃいー」
ほっぺたをつかんでぐにぐにしてやると、ラトリさんが涙目になっていやいやと身をよじりました。
ううむ。
しかしこれ、柔らかいですね。
くせになりそうです。
ラトリさんの未来の旦那には嫌がらせの一つもしてやるべきなのかも。
ちなみにラトリさん、彼女はなんか「ため口きいてもいいなら近衛やる」などとおっしゃったので、そこは許可しました。
あまり周囲がいい顔をしなかったので、条件として「ただしラトリ以上の剣士が他に何人も出たら諦める」というものも決めましたが。
これは周囲への言い訳のようなもの。
ラトリさんほどの人材を口のききかたごときで手放すのはあほらしいですし、多少のわがままは認めてあげねばなりません。
よーするに文句があるなら腕づくで、ってことになります。
現状ラトリさんに一対一で勝てそうな剣士はヤクシャさんしかいないので。
特に問題はないですね。
そもそも近衛同士の決闘自体、私は許可しませんし。
トラブルが起きたらその時に考えましょう。
とりあえずラトリさんは無礼なまま、食客の延長なラトリさんとして私に仕えていくことになりそうです。
「そういえば」
「どうしました?」
「近衛って何をする仕事なの?」
とてつもなく間の抜けた質問が入りました。
それは人ってなんのために生きてるの、みたいな話です。
答えようがありません。
「強いて言えば、私の命令をなんでも聞くのがお仕事です」
「なんでも?」
「ええ。パン買って来いとか言ったらダッシュで買いに行くべきですし。剣を喉に刺して死ね、と言ったらその通りにやって死ぬべきです」
「そ、それはちょっと要求が重すぎるような」
「もちろんそんなことをすれば近衛の忠誠心を失ってしまいますが。気構えとしてはそれぐらいを求められるのが近衛です。かわりに給料はバカ高いですし、特権もいろいろあります」
「特権?」
「ええ。ざっくり言えば、まあ、あれです。家族を幸せにできますね」
主君の犬になって忠義をつくす代わりに。
自分の身内が誇り高く生きていけるように色々と優遇を受ける。
それが近衛というもの。
残念ながらラトリさんには守るべき家族がいないので、今はまだよくわからないのかもしれませんけれど。
「まあ……ラトリさんについてはちょっと特殊ですね。公爵家でも指折りの剣士なので、教養については度外視で採用されてます。そういう人はあまりいません」
「そうなの?」
「ええ。なので、ラトリさんは特に何も考えなくてもだいじょうぶです。見よう見まねで適当にやってください」
「あ、それなら得意かも」
ラトリさんがはにかんだように笑いました。
うむ。
彼女はたぶん、それでいいのでしょう。
変に型にはめようとすれば逃げ出してしまうでしょうし。
素材のままで使うしかない人材というのも、ごくごくたまにはいるものです。
普通に考えれば、教育するべきなのですが。
幼女のころからの付き合いですからね。
情もあるし。
強いから手放すのも惜しいです。
他の部下さんにしても、それぐらいのひいきは許してくれるでしょう。
食客改め近衛になったラトリさん。
予定では私が15歳になってから勧誘するはずでしたが。
前回が大事すぎました。
あれを超える武功の稼ぎ場は今後3年以内にはおそらくありません。
なので。
このタイミングで勧誘しないと機を逸すると思われたので。
昔なじみの食客さんたちには、みんなまとめて仕官の話を振ったのです。
正規兵になった人多数。
近衛になった人多数。
最初期から戦争に参加していたメンバーには『カルラ突撃剣章』なる勲章を与えてボーナスをはずみました。
5000で30000の兵を一方的に撃破した戦いは今のブロッコリー公爵領では語り草。
兵士の皆さんも鼻高々というやつです。
ここで仕官に応じないと世間に出る機会がないと考えた食客さんや民兵さんが大多数だったので、勧誘した人については大多数が話を受けてくれました。
…………ごくごくまれに。
自分の値段を高くつけすぎて蹴られちゃった人とか。
プライドが高すぎて宮仕えができない人とか。
正規兵や近衛に与えられる責任を大きく感じすぎて逃げちゃった人々など。
例外もありましたが。
だいたいの人は食客をやめて、社会人としての道のりを歩むことになったのです。
彼らは今現在、士官学校で勉強の真っ最中。
三か月程度の即席コースです。
武術とかサバイバルなんてものはもともと習う必要がない人たちなので、書類の読み方とか基礎的なマナーとかを必死で学んでいます。
もちろん、どうしても合わないという人も出るかもしれませんけれど。
それはしょうがないですね。
日本の会社だって正社員採用されてから3年以内に3割はやめるものです。
人に嘘をついて誇りを捨てて将官の靴を舐める。
それが正規兵。
アルバイトや派遣の代わりに民兵を率いて死地に送り込み。
味方の背中を斬るぞ斬るぞと脅して殴り蹴り。
部下よりも先には死なないように努める。
上司とはそういうものです。
卑怯とは言われるでしょう。
みんなから恨まれます。
しかし。
実際問題として正規兵がいなければ軍隊は動かせません。
魔族に占拠されたミズバラの街の例を出すまでもなく。
民間人が100万人集まったところで軍事力というものは発生しないのです。
強将に弱卒なし。
有名なことわざですが。
それは決して精神論なんかじゃない。
強い指揮官は弱い兵士を殺せるということです。
逃げることを求めるかよわき人々の背中を押して敵に向かわせる。
逆らう者を潰す。
それが将たるものに求められる第一の資質です。
人類の何割かはこれができません。
だから仕官した後に辞める人が後を断たないのです。
正規兵になれるほどの体力、気力、知力、強運があったとしても。
自分に与えられた役割が何なのかを理解できない人というのは一定数存在します。
人を使うこと。
人に使われること。
両方を理解していなければ正規兵は続けられません。
生きるというのはみじめでみっともなくて格好の悪いことなのに。
わからない人もいる。
それを清く正しいというか、バカで小さいというか、それは価値観によりますが。
一つだけ確実なことは。
正規兵の給料は、民兵や食客なんかよりもはるかに高いということです。
これは超重要です。
なぜなら。
結局のところ、自分の愛する家族や恋人を守れるかどうかは、すべて金次第なので。
「ラトリさんは」
「ううん?」
「家族とかいないのですか?」
「え。私は天涯孤独だよ。知ってるでしょ?」
きょとん、とした顔でラトリさんが返事を返しました。
ええ。
まあ。
知っています。
彼女の母国に人をやって調べさせたので。
ラトリさんの親族全員死んじゃっていることは確認済みなのですけれど。
「なら、寂しくなったりしません? 恋人とか欲しくないですか? たとえば、ヤクシャさんとか」
「うげ」
「そこで、うげ、ですか」
「ええっと。恋人そのものは、その、たしかに欲しいんだけどね」
ラトリさんはうんうんうなりながら答えます。
「だってさー。ほら。私にも選ぶ権利があるってゆーか。そりゃーヤクシャは強いし頭もいいし顔も悪くないけれど」
「何が不満なのです」
「いや、だって下品じゃんあいつ。気品が感じられない。せっくすせっくす言い過ぎだと思う。私はなんてゆーか、もっと精神的な、心と心の交流で男の人と付き合いたいってゆーか」
なんか女子中学生みたいなセリフを言い出しましたよこの人。
だいじょうぶでしょうか。
心と心の交流というやつは、うつろいやすくてすぐに壊れるものなのに。
彼氏と続かない女の典型みたいになっちゃってますね。
「心とか言い出したら収拾がつかなくなります。彼氏に『わかってない』を連発してすぐに破局しちゃいますよ。人の心なんてわかりようがないので」
「そ、そうなのかもしれないけど」
「恋愛をする気があるならば幻想は捨てるべきです。ラトリさんの要求は高すぎます。それを満たせる男は地上に存在しません」
「夢のない話だよねえ」
ラトリさんが他人事のようにつぶやきます。
この人、もしかして白馬の王子様とかを待つつもりなのでしょうか。
いやいや。
そりゃーまあ、生涯を独身でいる女子というのも一定数いるのですけれど。
「…………ま、今はいいかな」
ラトリさんはすぱっと結論を出しました。
「そーゆーのはほら、自然に考える時がくると思うんだよ。無理してまで考えることないんじゃない?」
「行き遅れますよ」
「どうしてそういうこと言うの!? いいんだよ私は! 今はこのままでも!」
ラトリさんはいやいやと首を振りました。
うーむ。
これはもう、押しても無駄ですね。
彼女につがいを作って忠誠心を上げる作戦は実行不可能のようです。
「気が変わったら言ってくださいね」
「うん。ありがと。でも、今はいらない」
「寂しくないですか?」
「寂しくないよ。だって私には、カルラちゃんがいるから」
そこでにぱっと。
ラトリさんが満面の笑みを浮かべました。
はあ。
やれやれ。
私が家族役ですか。
そりゃー私なら一生面倒を見てあげることも可能ではあるのですけれど。
さっさと身を固めて子供でも生んで、後顧の憂いをなくしてから近衛をやってほしいんですけどねえ。




