第4話「国盗りスタート」
ハムスター子爵領は大陸北西部にあります。
冬場は寒くて雪に閉ざされるため、その間、少なくとも軍隊は移動できません。
主食は小麦とイモ。
日本だと北陸とか北海道あたりをイメージするといいんじゃないでしょうか。
冬だと寒くて殺意もわきますが、夏場の今は涼やかで快適です。
人口は30万。
これは子爵領としては小規模ですね。
山間の盆地とかが多いので、ぽつぽつある村はあんまり街道で連結されていません。
最大都市のザビコニンが人口2万。
ここから延びる道の先に重要拠点とか砦とか他領の街とかがありまして、その往来を安全なものにすることが私たちに期待されているミッションということです。
さすがに辺境の村にいる盗賊とかまではノータッチ。
そこまで人手は足りてません。
鉱物資源が非常に豊富でして、森林も水資源も多いので動物がたくさんいます。
特に重要なのは新大陸とつながる港の一つであるタイチャウ港を内包していることですね。
海外から運ばれてくる香辛料や鉱物、金銀魔石とかをめぐる交易の玄関口の一つになったりするので、耕地面積が少ない割にはきわめて重要な土地なのです。
この土地をめぐる戦いが、私のデビュー戦になります。
開発すればかなり豊かになれるはずのハムスター子爵領なのですが、現在は荒れに荒れています。
盗賊がはびこり、経済が滞っています。
手早く治安を取り戻して物流をスムーズにするため、武威を期待されているのが我ら公爵軍ということですね。
ちなみにこの世界、軍隊というのは各貴族が直接雇って運用しているものでして、貴族領は地方というよりは独立した国家に近い存在です。
中央政府軍もあるにはありますが、それらはほぼ全部が種の存亡をかけた戦いである南部戦線に投入されておりまして、わざわざ盗賊退治のために北まで来てくれるような部隊はありません。
大陸中央部の資源をめぐって繰り広げられる青眼族との戦争に比べれば、草賊と化した民衆による北部辺境での反乱なんてものは1年以内に必ず鎮圧される程度の、小さな事件でしかないのです。
そもそも距離が遠すぎます。
ハムスター子爵領の最大都市ザビコニンと公爵領との距離は700キロ。
地理的には北のお隣さんですね。
それでも行軍するのに一か月ぐらいはかかるのです。
これが大陸中央部からの援軍となると、移動だけで軽く半年ぐらいはかかります。
下手すれば1年がかりの行軍かっこわらいになります。
公爵領から援軍を出すのは当然のことだと言えるでしょう。
余談ですが、この世界の兵士さんは地球人よりも魔力強化されているぶんだけ強度が高いのですけど、それでも1日に進めるのは30キロぐらい。
無理させても脱落者を出しながら50キロまでがギリギリ、どうやっても70キロは出ません。
設営とか調理の手間があるので、これはしかたがないのです。
私とか隊長級の人だけなら1日100キロまでは余裕ですけれど。
原作主人公とかヒロインとか、新大陸を1日200~300キロで踏破してましたけど。
極上魔獣に乗って進めば、1日500キロとか出ますけど。
そういうのは少数派の例外です。
人類の限界値と一般人を比べてもしかたがありませんからね。
一か月におよぶ長い旅の結果、そろそろ子爵領が目に見えてまいりました。
窮乏した貧民によって領土の3割が占領されている、おまぬけびっくりの領地です。
彼らが蜂起した原因はいろいろあるのですが、根本的には昨年の不作のせいですね。
昨年のハムスター子爵領では領民が1年で消費する量と同じか、それより少し多いぐらいにしか収穫ができなかったそうです。
一年の消費量と収穫が同じなら足りてるんじゃないか、と考えるのは大きな勘違いです。
収穫の何割かは税金として取られます。
施しとして再分配してもロスは必ず出ます。
備蓄の食料だって無限ではありません。
商人は食料の値段を釣り上げて売り切れを防ぎます。
富裕層は後々のことを考えてためこみます。
もろもろの結果として領民の下2割ぐらいの貧乏な人々は、生きるための食べ物が欲しくても手に入らないという状況になったのです。
本当に全員平等に飢えているのなら、そもそも反乱する余裕さえないので逆に平和なのですが。
生きるための食べ物がないのなら。
人から奪わねばなりません。
若くて力のある貧乏な人たちは怒りました。
必ず邪知暴虐の子爵を除かねばならぬと決意しました。
彼らには政治がわかりません。
ばかです。
メロスです。
でも、自分が飢えているのに満腹な人がいるという世の不公平にたいしては、人一倍敏感でした。
…………こういう負け犬の雑魚助を教育するためにこそ、子爵軍はいるはずなんですけどね。
というかそれ以前、炊き出しをしまくれば反乱軍が吸収できる飢民も減るわけですし、飢饉の時にはそうやってバランスをとるしかないと思うのですけれど。
いろいろな対策ができるはずのハムスター領主ブリトラさんは女好きで有名でして、民を助けると称して村娘狩りをしたり、美少女の処女を探した者に報奨金を出したり、いい女を紹介してくれた村にだけ税を軽減したりとかもしてたらしいですから、そりゃー反感買いまくりです。
父も似たようなことはしてますけれど、さすがに飢饉の時にはやりません。
領主が無能で女狂い。
昨年の不作。
頼みにしていた宿将は脳溢血…………と、悪い条件がこれでもかというほど並べ立てられました。
フォーカードが成立しそうな勢いです。
うちの屋敷でもここはちょっとやばいんじゃないかと現代情勢の授業で取り上げられていたぐらい。
授業にわざわざ出てるんだからよっぽどヤバイってことですよ。
それでも冬の間はどうしようもないので平和だったそうですが、雪解けとともに反逆の産声が響き渡り、その規模は月ごとに膨れ上がっていったのです。
さて到着。
さっそく盗賊退治…………の前に、まずは足場固めからですね。ちまちま会議とかしたくないですし、迅速拙速に進めましょう。
ハムスター子爵領の最大都市ザビコニンに入ったので、まずは大きな屋敷を接収することにしました。
ブリトラ子爵の許可とかはありません。
住民を追い出して居座っただけですね。
もちろん先行している部隊に調査させて恨まれても問題なさそうな持ち主を選んでいるのですけれど、やってることは盗賊そのもの。
どろぼー。
でも仕方がないのです。
軍隊とはそういうものなので。
お湯を使って体の汚れを落とし、香油で身を整え、いっちょうらの礼服に着替えてから各将を招集します。
文官武官正規兵を500人ぐらい引き連れて、さっそくブリトラ子爵の城へとまいりましょう。
「助けにきました!」
「おお、ありがとうございます。出発はいつごろで!?」
ブリトラ子爵はやや小太りの中年のおじさんでした。
謁見の間で顔を合わせたのですけれど、疲れた表情をしており、額には脂汗が浮いています。
同じ貴族なので親近感がわきますね。
民からかすめ取るという点では盗賊のような野ぶたどもと同人種なんですけど、シティーポークであるブリトラさんからは貴腐と退廃のにおいが漂っています。
ぶひぶひ。
ちなみに兵隊をたくさん連れている私たちからは暴力と恫喝のにおいが漂っているので、ブリトラ子爵や家臣の人たちはさっさと出ていって欲しそうな顔をしていますね。
でも残念。
こちらも足場を固めるまでは動かないつもりなのです。
「その前に、旅の疲れを落として英気を養いたいのです。補給物資も融通してほしいですし、そのあたりの関係者をみんな紹介してください!」
「わかりました。おい」
「お待ちください! そのような者たちを頼ることはありません!」
謁見の間にはブリトラ子爵の家臣が100人ほど並んでいました。
その中から大柄の男が進み出て剣を抜き、かっとこちらをにらみつけて叫びます。
「小娘! この私がいるかぎり、この国で好きにはさせんぞ!」
「お前はだれだ!」
「我が名はガンガ! 主家が滅びるのをみすごせるか!」
ガンガさんがにじり寄ってきます。
しかし私が身構えた瞬間に食客のヤクシャさんが飛び出して剣を振るい、ガンガさんを一刀両断に斬り捨てました。
ガンガさんは死んでしまいました。
後に続こうとしていた3人ほどの若武者も、公爵家の武官にあっという間に取り押さえられ、私の合図と共に首をはねられてしまいます。
「子爵殿! これはどういうことですか!」
「そ、それはその、部下の暴走です! 私はただ、この国を平和にしたい一心であり、他意はありません! どうかお許しを!!」
「わかりました! 今のことは忘れます!」
ちょっとしたハプニングはありましたけれど、後は予定通り、政治を取り仕切っている文官を紹介してもらい、物資の搬出などを依頼します。
別に食料は足りてるんですけど、これには別の使い道がありますからね。
先ほど追い出した屋敷の住民さんへの補償をはじめ、ザビコニンの民衆へのばらまき援助をしなければなりません。
もちろん子爵の許可なんてないですよ?
紹介された文官から仕事の要領を聞き出し、偽の命令書を発行して勝手に倉を開け、城の物資をどしどし運び出したので、民衆は大喜びでカルラ公爵軍をたたえてくれました。
カルラ万歳三唱!
「何をなさるのですか!?」
子爵がなにか叫んでいますが、もうとっくに手遅れです。
むしろガンガさんが私を暗殺しようとした段階でさえすでに遅すぎたぐらい。
公爵領からつれてきた敏腕文官カーリーさんの手のものが子爵領の政治を乗っ取り、安心して盗賊攻めにかかれる体制作りをはじめてくれています。
しかしまだ足りません。
やはり部外者による運営では限界がありますし、ブリトラ子爵の家臣にもすすんで協力してもらわないと。




