第12話「友達ができませんでした」
結論から言うと、友達にはなれませんでした。
最初はうまくいっていたのです。
友達っぽい雰囲気になれたのです。
ユキさんはやや幼いながらも貴族教育を受けているせいで市井のクソガキよりもはるかに頭がよくて教養がありますし、顔も可愛いです。
後3年もすれば社交界で羨望の的にだってなれるでしょう。
私とぱっと見た感じ同格にも見えるので、すぐに打ち解けて仲良くなれました。
季節のファッションについて話したり。
一緒に料理を作ったり。
乗馬とかピクニックとかキャッチボールとか。
ユキさんは人格的に特にスレたところがなかったので、ごくごく一般的な社交会話をしているだけでも仲良くなれました。
意外なことに、戦場の話題とかでさえ喜んでくれましたね。
盗賊退治とかドラゴン退治とか魔族退治とかの話をしたのですけれど、目を輝かせながら質問をダースで浴びせ、私室に引っ張り込んで夜通し続きをせびったりするぐらいの情熱を見せました。
うーむ。
もしかしてこの人、けっこう化けるタイプなのかも。
12歳なのでもちろん未熟ですけれど、思考の瞬発力や発想力、演繹して真実を導き出す時の論理的整合性なんかに光るものが見えます。
顔もかわいいですし。
イケメン伯爵の妹なので美少女の資質があるのはまあ当然なのですが、兄の方とは違い、頭のできのほうも良さそうです。
そのユキさんの態度が急に変わったのは、虫の音もすずやかな晩秋の日のことでした。
それに前後して、ブロッコリー公爵家から一人の文官が赴任してきています。
彼の名はピシャーチャ。
58歳。
混沌に包まれているカプコーン王国をまとめるために現れた救世主。
父である公爵が珍しく私の人事に関して口出ししてきたというか、ピシャーチャさんは私の後任としてカプコーン王国を支配するための権限を与えられています。
現在のカプコーン王国は軍隊が去った瞬間に戦国時代へと突入してしまいそうな感じ。
世紀末無法地帯そのままです。
これを力によってではなく法によって治めるために、ピシャーチャさんの手腕が期待されているというわけです。
難民だらけになったカプコーン王国は略奪が日常茶飯事の荒れ荒れ状態でして、ここから回復するためにはまず最初に国民財産を巻き上げなければなりません。
財産税として9割程度、売国に熱心な人からも5割程度の金を巻き上げて国庫に補てんします。
阿鼻叫喚の地獄絵図を作ります。
自殺者を山ほど生み出しながら金をたくさん集めます。
その金を使って難民を保護して盗賊なんかも正業につかせ、インフラ投資をガンガンやって正常な経済サイクルに戻すというわけですね。
当然ながら、カプコーン王国の金持ちだって無抵抗に土地や財産を奪われはしないでしょうけれど。
文句を言ってくる人は軍隊を使って黙らせます。
殴って蹴って殺します。
これらの処置をカルラ名義でやると民間から恨まれる度合いが深くなりすぎるので、代わりに汚名をかぶって政治を進めてくれるのがピシャーチャさんというわけです。
さて、そんなピシャーチャさん。
平民である彼にそこまでの権力を与えることは公爵家ならばできなくもないですが、汚名をかぶってもらう以上は切り離す必要があります。
そこで登場するのがユキさんです。
伯爵家の当主である彼女とピシャーチャさんを縁組みし、ただの平民の彼に名誉と権威とを与えます。
アケド伯爵領についてはユキさんの手から没収。
代わりにカプコーン王国の一部を領地として与えることで、ピシャーチャさんのやる気を引き出すと共に、これまで公爵家に奉公してくれた恩を返そうというわけです。
そう。
つまり。
ようするに。
非常に気の毒なことに、12歳のユキさんは58歳のジジイと結婚することになってしまったのです。
結婚を控えた秋の日の夜のこと。
ユキさんはピシャーチャさんにあれこれとされてしまいました。
58歳の彼は仕事に関してはものすごく優秀なのですが、性癖に関しては少々特異、とうか、はっきり言えばロリコン。
しかも高貴で品のある少女でないとダメだという業の深い人です。
つーかあの糞ジジイ、私と会うたびにねっとりと絡みつくような視線を向けてきやがるので、正直死んで欲しいんですけれど。
気持ち悪すぎなんですけど。
あれでも残念ながら公爵家の重臣です。
彼は先代公爵がやっていた仕事の何割かを肩代わりしていた程のすさまじい忠臣でして、その働きに報いないのはいくらなんでも公正を欠きすぎます。
ピシャーチャさんの残した功績は公爵家でも5指に入るほどすばらしいものです。
傾きかけた伯爵領の当主をあてがうだけで満足してくれるなら、むしろ破格の安さであると判断するべきでしょう。
とはいえ。
売られる側はたまったものではありません。
ユキさんは私の友達がつとまるかもしれないぐらいに高貴であり、品があり、器量もよく、さらに年齢的にもピシャーチャさんの好みを満たしています。
ものすごく気の毒なことに。
生贄の羊としてピシャーチャさんに与えられたユキさんはさんざんに玩弄され、その溌剌とした才気をボキッとへし折られるぐらいに、何度も何度も楽しまれてしまいました。
近々夫婦になる関係である以上、誰も声を出して非難はしませんが。
まあ、あれです。
この世界にも常識はあるわけで。
ユキさんってすごく可哀想だなーとは、みんなが思ったことでしょう。
その翌日。
昨晩にさんざんベッドでなぶられたらしいユキさんは朝イチで私の部屋を訪れて泣きながら直訴しました。
にっくきピシャーチャ文官を殺してほしいそうです。
泣き寝入りする女も多い中、ユキさんのこーゆーところは素直に好感が持てますね。
迫害されたら反撃するべきなのです。
それが人として正しい生きざまというものです。
とはいえ。
私も公爵家側の人間なので、そのおねだりだけは聞けません。
「カルラ様、どうしてですか!?」
「いや、その」
「私たちは友達だと、そう言ってくれたではないですか! 殺してください! あの男は、私に、ううう」
ユキさんの目から涙がとめどなくあふれます。
がしっと肩をつかまれます。
いたいいたいいたい。
手にパワーがこもりすぎています。
そりゃまあ花を散らされたばかりの少女としては無理のないことなのかもしれませんが。
「すみません。私といえどもピシャーチャさんに表立っては逆らえないのです。彼は現在の公爵家の中でも5指に入るほどの実力者なので」
「……まさか! カルラ様もあの男に!?」
ユキさんが勘違いをしています。
いやいや。
いくら重臣だからって私をあれこれしたら縛り首ですよ。
証拠さえなければ推定無罪にもちこめるだけの権力はあるかもしれませんが、私はやろうと思えば彼の一族を末代まで滅ぼすことだってできるので。
恨みを買おうとはしないはず。
ただし、推定無罪の人にそんなことをすれば私の発言力は消滅してしまうので…………仮に犯されたとしても私はやらないでしょうけどね。
ほぼ間違いなく泣き寝入りするかと思います。
ユキさんは子供なので自分の貞操が世界一大切なわけですが、普通の権力者には背負うべき者がいるので。
少なくとも私にはできません。
「何もされてないですよ?」
とりあえず事実を告げてみたところ、ユキさんはむしろ失望したといった表情で私をにらみつけました。
ううむ。
犯され仲間を作って自分を慰めたかったんですかね。
気持ちはわかりますが。
それはつまり、彼我の関係が被害者と傍観者という形で線引きされたということでもあります。
もはやユキさんとは友達でいられそうもないですね。
「カルラ様には人の心がないのですか!?」
ユキさんはご乱心です。
ひどい言いがかりをつけられてしまいました。
失礼な。
私はちゃんと人間ですよ。
少しだけで合理的で、少しだけ共感能力に欠けているだけの普通の人間です。
「なぜこんなひどいことを許すのです!?」
「ええっと」
「アケド伯爵領は公爵家から頂いた土地ではないですか! 私たちは仲間も同然のはず! 味方の私にこんな無体を働くなんて、そんなの、人の心がなさすぎます!」
ありゃりゃ。
嫌われちゃいましたね。
まあ、そりゃそうか。
わかりきっていたことではありましたが。
やっぱり身分の違いすぎる相手とは友達になれませんでした。
実のところ、ユキさんはひどいことをされているわけではないです。
夫となる人なのですから。
そこらの兵士に輪姦でもさせて孕ませたってゆーんならたしかにひどいことですが。
孫に近いような貴族令嬢を性的にもてあそんで楽しみたい、みたいな欲望が裏側にあるにしても、対外的には夫婦の営みなので。
誰も非難はできません。
才能あふれる前途ある若者というのは実はたくさんいますが、そのうちの多くはこーやって挫折します。
自分の力以外のところで未来は決まるのです。
彼女の場合は名君になれる資質はあったものの、父や兄が残した負の遺産が大きすぎたため、その返済だけで手いっぱいになって人生を浪費してしまうでしょう。
なんとも悲しいことですね。
ふむ。
なぜこんなひどいことをか。
答えずにはぐらかすのが大人の対応ですが。
友達のよしみです。
正直に答えようじゃありませんか。
「……露骨に言いましょうか?」
目を赤く腫らして私を見つめているユキさんに向けて、私は諭すような調子で語り掛けます。
「そもそも、貴族ってどうしていると思います?」
「え? ええと、それは、その、父が貴族だったから」
満点の答えですね。
そう。
ユキさんの持っている正直な気持ちとしてはそれで完璧です。
しかし、それはユキさんがすっかり落ちぶれてしまっている理由にはなりません。
彼女が誰からも助けてもらえないのには他の理由があるのです。
「人というのは微力なものです。個人にできることなんてたかの知れたもの。大きな災厄が襲って来た時に、一人では何もできません」
「……カルラ様?」
「なので、理不尽な災害に負けないために団結する。団結するためには目印が必要です。その目印こそが貴族。小さな力を集めて、一つに束ねて大きなものにするために。一人では立ち向かえない邪悪と戦うために。私たちは部隊を、組織を、国を作るのです」
「じゃ、じゃあく?」
「ええ。この場合の邪悪とは侵略してきた青眼族のことですね」
具体的な例が出たおかげで、理解を放棄しつつあったユキさんの顔に思案の色が戻りました。
「ブロッコリー公爵家がアケド伯爵家に期待していたのは、一言で言ってしまえば国を守ることです。国民が平和に生きていくために力を尽くすこと。それはもちろん、自国の力によってなされなければなりません。だから伯爵家には土地から生み出した財を搾り取る権限が与えられ、伯爵家にはそれを守るための軍隊があったはずです」
「……?」
そろそろ話についてこれなくなったようですが、私は気にせずに説明を続けます。
「その軍隊は青眼族の軍隊に負けました。みんなが寄せていた信頼を裏切ってしまったのですよ。あなたたちではもはや、アケド伯爵領に住んでいる人たちを守ることはできない。我々はそう考えました」
ユキさんはよくわからないといった表情を浮かべています。
12歳ですからね。
理解力がゼロに近いのは当然と言うべきなのかも。
……まあ、大人でさえ、専門分野でなければ子供以下の理解しかできないものですし。
建前なんて無意味です。
一番強くてわかりやすい言葉で解説するとしましょうか。
「ああ、ちょっと難しかったですかね。もっともっと露骨に言いましょう。あなたがた、弱すぎです。頼りになりません。そーゆー貴族は人類にいらないです。滅んだほうがいい。それがみんなの結論です」
ユキさんはショックを受けたような表情で固まりました。
もしかして言い過ぎましたか?
余計なことを言ったというのは事実かもしれません。
恨まれたりしちゃうかも。
まあ、でも、これは友達からの最後のプレゼントです。
ユキさんは形だけではあっても間違いなく伯爵ではあるわけで、その名声を使って今後の人生を豊かなものにできるよう、ここでお祈りしておきます。
さて、戦争の結末について話しましょう。
まず、アケド伯爵家は消滅してしまいました。
北部は併呑。
ブロッコリー公爵家の新領地として新たな代官を送り込んで体制を整え、本国と同様の権利を与えて遇します。
南部のほうは伯爵家の売国重臣に分散して与え、何人かの男爵を生み出して住み分けます。
みなさん大喜び。
管理している領地自体はむしろ小さくなっているのですけれど、なにせ当主ですからね。
権限が違います。
領民の生殺与奪の権限を握ることができる上に処刑される心配もなくなるので、自由な国造りができるという点では魅力にあふれていると言えるでしょう。
カプコーン王国についてはユキさんに加えて先に登場した先代重臣のピシャーチャさんがコネを使って人を集め、公爵家の援助を受けつつ自ら兵を集めて管理する模様。
伯爵家の重臣なんかも参加するみたいですね。
ユキさんは来年はじめに新伯爵として正式に三公会議で認められるみたいなので、ひとまずはミッションクリアーというところですか。
アケド伯爵家が滅び、カプコーン伯爵家が新たに誕生することになりそうです。
私に関しては、新貴族達が定着するであろう春あたりまでこのへんで日々を過ごせとのこと。
年末には家に帰ったのですが。
やりすぎだったと怒られてしまいました。
もっとも怒りながらも嬉しそうではあったので、私のがんばりはちゃんと評価されている模様です。
今回の働きで、私は男爵位を叙勲されることになりました。
叙勲式が行われる王都まで行くにはあまりにも遠すぎるので、出席については見送り。
カプコーン伯爵家は不安定ですからね。
来年に騎士爵位と男爵位の叙勲式をまとめてやるとのことで。
今回はブロッコリー公爵領の主都デジーコにおいて、内々で華やかなパーティーを開きます。
私の名声は確固たるものとなり、もはや何があっても次期公爵としての立場が揺らぐことはありません。
カルラちゃんの時代が来たのです。
働かなくてもニートがニートらしく生きていける時代が。
もう私は正直なところ一生分働いたんじゃないかと自分では思っているので、後は屋敷でごろごろと、仕事は部下にお任せしつつ怠惰に日々を過ごしていこうと思います。




