第10話「いくら出しますか」
援軍がやってきました。
主都マナミン近くの平野に、ずらりと5万人もの軍勢が大集合しています。
正規兵1万を中核としたブロッコリー公爵軍ですね。
装備の点でも練度の点でも当代一流の軍隊でして、彼らさえ傍にいれば恐れるものなどありません。
長かった。
ようやくです。
これでついに、事態の根本的な解決に向けて動くことができます。
アケド伯爵領に居座っている青眼族軍3万。
これをカプコーン王国へと押し返すのが当面の目標でした。
そのために必要なのは恫喝力。
たかだか5000の援軍では大した発言力が得られなかったので今まで苦労しましたが、これで問題は解決です。
なんといっても5万です。
この圧倒的なパワーを背景にして交渉を進めれば、もはや戦う必要さえありません。
まずはヨーシヒコ前伯爵の次女であるユキさんを当主の座に据えて。
地方で兵を集めてぶいぶい言わせている代官どもを屈服させてアケド伯爵領北部を統一する。
簡単きわまるミッションです。
そもそも自分でやる必要もないですね。
さっそくカーリー文官とガネーシャ将軍を呼んで。
ぜんぶおまかせ……すると怒られるので、ちょっとぐらいは私もがんばってるんだと示すために、作戦会議を開きましょう!
「三万の敵兵を……壊滅?」
「ええ。取った首10000ほど、死者もたくさん、無事に帰れた人は10000人以下なんじゃないですかね?」
軽く近況を説明してみたところ、カーリー文官とガネーシャ将軍が絶句して息を止めました。
なんかめちゃくちゃ驚かれちゃいましたね。
そりゃそーか。
私としては終わった事件なので記憶も薄れているのですけれど、初めて聞く人にとっては新鮮なできごとのようです。
「我々は本来、その戦果を上げるためだけに10万の軍を集めていたのですが」
「5000で十分でした」
「……尋常ならざる神算鬼謀ですな」
「たまたまです。戦いなんてのは運しだいでどうとでも転ぶものでして、今回は死地に深入りしたロジョウ将軍の部隊がマヌケだったというだけのこと。再現性はありません」
別に謙遜じゃないですよ。
南部の平野で戦ってたらふつーに負けたでしょうし。
これに味をしめた周囲の人たちが倍ぐらいの敵ならなんとかなるのだな、とか勘違いしても困るので。
偶然だったという点については特に強調しておかなければなりません。
「私としては当初の目的であった武勲稼ぎに一定のめどがついたので、これ以上はあんまり戦いたくないような感じです。しばらくは主都マナミンでのんびりさせてください」
「それは……まあ、妥当な判断でしょうな。まずは北部の安定を図りませんと」
カーリー文官が同意してくれます。
うむうむ。
合法的にサボれるというのは素晴らしいことですね。
彼の場合は私が遊んでいると何らかの仕事を振ってきやがるので、こまごまと働いているふりをして圧力をかわさないと。
「アケド伯爵領の近況は?」
「ユキさんは押さえました。今は交渉のお返事待ちですね。ユキさんを新伯爵とした体制を認めるのであれば誓紙と人質を差し出せ、みたいな感じでお手紙書いたんですけど、ちょっと高圧的でしたかね?」
「いえ、それでよろしいのではないかと」
カーリー文官のお墨付きをもらえました。
よかった。
11歳の小娘でしかない私はなめられがちですからね。
公爵令嬢様の偉さがよくわからない田舎領主に対しては、強気強気の押せ押せ外交でいいはずです。
「強いていえば……返事をしない相手には早めに圧力をかけるべきです。軍をいくらか割いて恫喝するのがよいかと」
「そうですね。任せます」
「伯爵領の兵力分布はどのようなものなのですか?」
ガネーシャ将軍が口をはさんできました。
彼は軍事の責任者ですからね。
5万の軍勢をどんな感じで活用するか、どこにどう割り振るかについて考える必要があります。
「だいたい南部に2万、北部に2万ぐらい。うち南部の2万についてはボロボロの上に集結不可能なので無視していいですし、北部のものは弱小の地方勢力でまとまりもありません。実質的には存在しないも同然です」
「青眼族のほうは?」
「少し前の報告では南部に3万でした。今はわかりません。しかし、普通に考えれば撤退に向けて準備をしているはずです。山で燃やされた時のダメージが大きいので」
「なるほど」
私が戦った3万とアケド伯爵領南部にいた3万は別々の部隊ですが、彼らは同一勢力に属しているためにその動きは連動しています。
一方が壊滅した以上、南部にいる部隊だって撤退するしかありません。
カプコーン王国は不安定ですからね。
今回の敗戦のせいで威信も揺らいでいるでしょうし、大量の兵を置いておく必要は以前より高まっていると言えるでしょう。
「というわけで、アケド伯爵領をめぐる戦争については事実上決着したと考えます。今後は伯爵領の情勢が落ち着くのを待ってからカプコーン王国へと兵を差し向けましょう」
「居座っている青眼族への攻撃……ということで、よろしいので?」
「それもありますし、ブロッコリー公爵領に友好的な組織を立ち上げる目的もあります。父上からは進軍を自由にしていいと言われているので、なんなら制圧して赤側勢力の土地として支配しちゃってもいいぐらい」
まあ、それは『できるものなら』という程度のことですが。
カプコーン王国はなんだかんだで独立を続けてきた国ではありますし、青眼族が5万もの軍を置かなければ継続支配できなかった土地でもあります。
そう簡単にはいきません。
「……今後は交渉がメインになりますな」
「そうですね。スケジュール管理は任せます。でも、私の遊び時間はたくさん確保しておいてくださいね」
「善処します」
カーリー文官が涼しげに答えました。
うへー。
善処かあ。
いやまあ、ハムスター子爵領での盗賊退治の時ぐらいの仕事量なら問題ないのですけど。
カーリー文官の場合、けっこう私の限界を見極めて仕事を振ろうとしてくるところがあるので、まったく油断ができません。
手紙を書いて歌って遊んで。
人と会って食べて寝て。
難民保護や治安維持など、北部を安定させるための施策を次々と打ち出していた最中。
南の方角から、ものすごく変わり種の来客がありました。
「青眼族の……交渉役?」
「はい。ロジョウ将軍から送られた正規の軍使であるそうです。いかがいたしますか?」
「もちろん会います。ああ、ちょっと時間をくださいね」
いそいそと着替えます。
公爵家の儀礼服。
肌がよく見えて、ひらひらとフリルとかがついていて、威圧感があんまりない感じのアイドル衣装ですね。
伯爵領の人は身内に近いので軍服で十分ですが、外部の人は別。
儀礼用のきらびやかな服を着て、バカっぽい娘だとアピールしておかねばなりません。
服というのは肌の露出が多いほど相手になめられやすくなるというのは有名な話ですが、こと外交に関して言えばそれぐらいでちょうどいいと言えます。
隙のない人間なんてとっつきにくいですし。
妖精のように可憐な少女カルラちゃんとしましても、こういう背中のかぱっと開いた魔法少女ちっくな服に身を包んでいるのは非日常感が出て面白いですね。
「どうです? 似合いますか?」
「バッチリです! カルラ様! 完璧です!」
スタイラーの侍女さんが顔を紅潮させてほめてくれました。
普段の私はおめかしをしませんからね。
こういう機会でもないと着飾ってくれないので、働くことができてとても嬉しそうに見えます。
「それじゃ、行ってきます」
「ご武運を!」
まるで戦場にでも行くかのような挨拶をされてしまいました。
いや。
あそこも戦場か。
直接的には人が死なないというだけで、大国相手の交渉というのは失敗すれば国が傾くほどの損害が出ることもあるので。
気を引き締めてかからねばなりませんね。
玉座の間に進んで座ってふんぞりかえって待つこと30分。
くだんの交渉役が入室してきました。
「お初にお目にかかる。ロジョウ子爵に停戦交渉を任されている軍使キャミーだ。そちらで言うところの大隊長に当たる」
「ブロッコリー公爵家の公女カルラです。どうぞよろしく」
キャミーさんは十代後半と思われる凛々しい美少女でした。
頭を下げるでもなく堂々と私を見ています。
紅眼族であれば失礼千万な態度と言えますが、なにせ向こうは青眼族。
我々の礼儀は通じません。
こちらのほうでも向こう側の実力者と会う時には礼儀なんて気にしないことが多いので、キャミーさんの振る舞いは度を越して無礼とまでは言えないと考えます。
「それで」
私とは違って隙のない軍服に身を包んだキャミーさんを観察し、私はまず確認するべきことを問いかけます。
「権限はあるのですか?」
「権限?」
「私と交渉したいということですが、どのぐらいまでキャミーさんの独断で決められるのかということです。まさかロジョウ将軍のところまで話を持ち帰って相談したいとか言いませんよね?」
この手の交渉の場合、ごくごくまれに時間稼ぎ要員を派遣してくるうざったい組織もあります。
その件については総大将の承認がいるとか。
この場では判断できないので、帰って話し合ってから結論を出したいだとか。
こういう輩を相手に会話を続けても徒労に終わるだけでして、真面目に相手にするのもあほらしいので何の権限も持たない人をこちらからも派遣して適当に話を合わせ、無駄に時間を使って何も決まりませんでした、と表現するまでが一連のセオリーになりますね。
お互いに権限がないので何も決められないことはわかっているけれど、国民向けに一応話し合いはしてますよ、とアピールするだけのくだらない儀式というやつです。
「バカにしないでもらいたい」
軍使キャミーさんは私の目を堂々と見て、懐から親書を取り出して差し出しました。
「こう見えても私はロジョウ子爵の実の娘だ。騎士位も持っている。今回の交渉についても全面的に任せると言われて来た。無制限とはいかないが、私の独断でほとんどのことを決められる」
「なるほど」
私は部下から親書を受け取ってざっと目を通します。
ふむ。
どうやら本気のようですね。
彼女はロジョウ将軍の全権大使であると手紙にも書かれています。
てゆーか。
ロジョウ将軍の娘?
マジで?
そんな重要人物が来なきゃならないほど、ロジョウ将軍の軍ってやばいの?
いやはや。
なんというか。
よくここまで来れたものです。
普通に死んじゃう可能性だって相当に高かったと思うのですけれど。
総大将の娘さんともあろうお人が敵地の真っただ中にまで使者として来るなんて、信じられないほどの覚悟です。
私なら絶対にやりません。
そりゃまあ、私は彼女を捕らえて拷問して殺したりはしませんが。
やる人は相当にいるので。
尋常の度胸で来られるものではありません。
「話はわかりました」
どうやら交渉相手としての資格は持っているようなので、私は頭を切り替えて条件のすり合わせに入ります。
「それで」
「うむ」
「いくら出しますか?」
露骨すぎる要求をしたせいか、キャミーさんの顔がひきつります。
って、おいおい。
部下達まで微妙な顔つき。
おまえらもっとポーカーフェイスを保てよ。
でないとなめられるだろー。
「こちらは軍を引く。かわりにそちらから追撃はしない。それで納得してはもらえまいか」
「無理です。被害者はこちらです。賠償金は絶対に要求します」
「……こちらで保護している王族の一人を譲渡する。カプコーン王国の地図に加えて、詳細な王族関係のあれこれと、有力者への紹介状なども書こう。なんならその手のことに詳しい人員を融通してもいい。もちろん青眼族ではない。一般の協力者としてだ」
「ふうん」
思ったより冷静ですね。
現状のままだとアケド伯爵領南部はおろか、カプコーン王国の維持さえ不可能であると理解はしているのか。
ついでに言えば、私がその空白地帯に兵を送って乗っ取ってやろうと考えていることまで読まれている感じです。
でも、だったら。
「最初から攻めなきゃよかったんじゃありません? どうして急に心変わりをしたのです?」
「それを貴殿が問うのか」
「ほへ?」
「わが軍の主力は先の戦いで壊滅した。もはや我々に戦う力などない。現状の戦力を維持するだけで手いっぱいなのだ」
「ああー」
よく燃えましたからねえ。
一般に軍の1割が死んでしまえば当面戦えなくなるほどの大損害なわけですが。
あの時は5割が死にました。
戦いなんてもーまっぴらだーとか、考えてもおかしくありません。
「私なら、アケド伯爵領なんかじゃなくて、西進してからリトルベガスの港を攻めましたがね」
「私もそう進言した。しかし聞き入れられなかったのだ。向こうを刺激してしまえば周辺国の全てを敵に回し、退路が完全になくなると」
それも一理あります。
海上交易の利権をおびやかした場合、大陸北西部の協商組合全員を敵にまわしてしまうので。
リトルベガスの港は新大陸とも大陸北西部ともつながる超重要ポイントなため、あそこを力づくで制圧した場合、ブロッコリー公爵家の海軍を含めた大艦隊が報復攻撃にやってきます。
カプコーン王国の南部にはバカでかい内海がありまして、ここの交通ができなくなれば大陸北西部における青眼族の活動は終わりです。
西進して港を制圧して住み分け交渉に失敗した場合、連合艦隊が内海にまで進出して活動する可能性もあります。
最悪だと制海権を完全に抑えられ、北部から撤退不可能なんてことにもなりかねません。
現状であれば相互不可侵のまま。
カプコーン王国の南端にあるシャドルの港まで下がれば海路を使って逃げられるし、海からの補給も受けられます。
「……金貨で1000万枚。それで手を打ちます。それぐらいなら楽勝で用意できるでしょ?」
「国庫から出せるのは300万枚だけだ。軍票ならいくらでも切れるが」
「紙屑に興味はありません。どうせ撤退するのでしょう? カプコーン王国で軍事徴発を行ってねん出してください」
「それだと、我々の撤退が困難になってしまうし、それに、あまりにも外聞が」
「だからいいのです。民間から奪えば再占領するのが難しくなりますからね。私としては国境線を安定させるのが最優先なので、むしろ評判を落としていただけたほうが助かります」
それに、300万枚ってのはブラフでしょ。
8万もの軍勢を活動させ続ける費用がそんなにも少額で済むわけがありません。
多少足元を見られる形で損切りしたとしても、手元の流動資産をぱぱっと換金すれば金貨1000万枚ぐらいはわけなく支払いできるはず。
「……支払いは金貨だけか?」
「債権だといまいち信用がおけないですし軍票は論外ですが、銀や宝石、その他の重要物資であれば考慮します」
「土地や利権などは?」
「それは力で奪えば済むことなので。そちら側に支払い能力はないんじゃないですかね?」
南部に持ち逃げできない財産というものは、拳を振り上げて脅せば手に入るので。
交渉する意味がないですね。
そりゃまあ、ロジョウ将軍がカプコーン王国にとどまって活動するつもりがあるというのなら、考える余地もありますけど。
「カプコーン王国からの撤退が終わるまで、そちらから手出しをしない。それでいいのだな?」
「確約しましょう。もちろん、変に遅延行為を働いたり、そちらの軍におかしな動きが起こったりすれば別ですが」
「言質は取ったぞ」
「私はこう見えても約束は守るほうです。よほどのことがなければ攻めないので、そこは安心してください」
黙っているだけで消えてくれるってゆーんですから。
いい話そのものです。
むしろ攻める意味がありません。
そりゃまあ、人によっては青眼族を一人でも減らしておくことが人類のためになる、という考え方をするかもしれませんが。
私は違います。
人類なんかよりも自分が支配している地域の豊かさが最優先。
他国がどれだけ不幸になったとしても、それは別に知ったことじゃねーので。
ぜんぜん問題ありません。
「ああ、当たり前ですけど、アケド伯爵領からの略奪は控えてくださいね。なんなら食料援助とかもしましょうか?」
「バカにするな。我々もそこまで餓えてはいない」
「それでは話は終わりですね。金貨と人と情報の支払いをもって交渉成立とします。手付けとして300万枚を早めに送ってくれないと、カプコーン王国まで嫌がらせのための出張をしちゃいますよ」
「……覚えておく」
手早く交渉をまとめたキャミーさんはいそいそと退室していきました。
「追撃したほうがよいのではないでしょうか?」
軍事の責任者であるガネーシャ将軍が不満そうに聞いてきます。
うむうむ。
軍人とはそのようにあるべき。
戦意に燃えない軍人なんてのは使い道がないですし、彼からすれば国元から連れてきた兵士たちにも活躍の場が欲しいのでしょう。
戦いたいと強く願うのは必然です。
「おそらく彼らはシャドルの港から脱出するつもりかと」
「そりゃそーでしょうね」
「しかし、数万の大軍勢がそうそう移動できるとは思えません。船団での輸送であっても数か月はかかるはず。今追撃すれば必ず甚大な被害を与えられます。カプコーン王国を荒らされることも、財産を持ち逃げされることもありません」
「たしかに」
「周辺国にはおそらくその力はないでしょうが、我々公爵軍であれば可能です。ここで敵を根絶やしにしてカプコーン王国における名声を確固たるものにする。それこそが我らの使命です。カルラ様、やるべきですぞ」
「うーん」
私はちょっとだけ考えてから答えます。
「父上から受けた命令は『伯爵領を助けろ』というだけのものなので、別に敵の殲滅は任務に含まれていません。それに敵は腐っても青眼族。退路の断たれた敵とやり合うのは怖いので、今回は見送らせてください」
「しかし」
「ロジョウ将軍の部隊は海以外に逃げ場がありません。船団の輸送能力を超える速さで攻撃を仕掛ければ死兵となって反撃してくるでしょう。これの相手をすれば公爵軍の被害も大きくなるでしょうし。ご不満かと思いますが、追撃は許可できません」
「…………わかりました。諦めます」
ガネーシャ将軍が引きました。
おお。
ラッキーです。
説得に何日かかかるかと思ったのですけれど、やっぱり今回の戦勝で発言力が多少なりとも上がっているんですかね。
そりゃまあ、カプコーン王国から逃げ出す青眼族を追撃して、地の果てまで追い詰めてやれば楽しいかもしれませんが。
こちらの被害もバカにはならないでしょうし。
彼らを倒すなんてのはどこかの誰かが血を流して実行すればいいのであって、仮に私ならできることなのだとしても、私がそれをやる必要はありません。




