第9話「救えない人たち」
次男さんは死んでしまいました。
アケド伯爵領に帰還した私たちは、まずはともあれ兵隊さんを雇うことにします。
戦果の鹵獲品とかが膨大になりそうなので。
何をどう考えても人手が足りないだろうということで、付近の村々で徴兵し、戦後処理を行うための部隊を3000名ほど作りました。
適当にばらけさせて任務を与えて山へと送り出し。
さてさて。
もうこのへんに用はないですね。
都会での快適な暮らしを良しとする私は1000名ほどの兵を率い、伯爵領の主都マナミンへと帰還することに決めました。
人を走らせて祝勝パーティーの準備をさせて国元に手紙を書いて。
同時に情報収集とか勝利の宣伝とか。
雑事を細々とやっていた過程でひとつ、訃報が入ります。
伯爵軍を率いて戦っていたコーサカ暫定伯爵が戦死してしまったそうです。
「詳しく話なさい」
「はい」
南部で情報収集を行っていたスパイの話によると。
コーサカ伯爵は主都マナミンの守備隊と付近の兵と砦の守備兵とを合流させて15000程度の軍を編成し、そのまままっすぐに南進して青眼族の主力部隊が詰めているハニーナッツの都へと進軍。
その北部にあるチェリー平野で主力部隊同士による正々堂々の決戦を行い、これにあっさりと敗北。
さんざんに負けて追いまくられ、無様にも死んでしまいました。
「なるほど」
コーサカ伯爵は第二案を取りましたか。
英雄的に敵をやっつけて大活躍をすることを夢見て無様に転ぶための道。
コーサカ伯爵が選んだ結末はそれでした。
3つの選択肢の中でも一番難易度が高いルートでして、彼のようなダメ男ごときがその道を選ぶのは身の程をわきまえない愚行だったと断言してもいいです。
一体何が彼をそうさせたのか。
頭が悪すぎますよ。
20歳を超えた大人なんだから、もうちょっと現実に即した動きができないとおかしいのに。
…………まあ、難民の生活改善のために父親を殺したぐらいのお人ですからね。
情に流されるのを好む傾向は以前から知れていたことでした。
意地を通すタイプであれば公爵家の援軍と共に戦って戦後に処刑される道を選んだはずですし、智に働くタイプであれば恐怖政治を敷いて家臣団を掌握することに全力を尽くしたはずです。
コーサカ伯爵の場合は民衆が求めるステキな自分という甘い夢に流されて、ゆるふわの弱兵を率いて身の丈に合わない戦いに挑み、結果として実力が足りずに死んでしまいました。
人としては好感が持てる、とか庶民は言うでしょうけれど。
巻き込まれた部下達は悲惨です。
勝ち目のない戦いに向かってヒーロー精神全開で突撃したあげく、周囲を巻き込んで討ち死にってわけなので。
何の救いもありません。
つーかあれですね。
あのバカ次男。
父親さえ殺してなけりゃー、公爵軍と合流して敵を威圧して逃げてもらうだけの簡単なミッションだったのに。
わざわざ難易度を上げて突撃してぼろ負けとか。
いらんことしてくれます。
本人がどう思っていたかは不明ですけれど、彼と比べればヨーシヒコ前伯爵は圧倒的に優れた名君でした。
勝てる戦いしかしない。
臆病で繊細。
兵力よりも文化の発展に力を注いで国を豊かにする。
うむ。
それこそが貴族のあるべき姿です。
領民に多大な犠牲を強いたとしても援軍を待ち続けることができたあたり、鋼鉄のよーに強い精神力さえ持っていたに違いありません。
その父親と比べると次男のコーサカ伯爵は意志薄弱の上に頭も悪かったです。
周囲が噂する上が無能だとかいうファンタジーに乗せられて、実際に反乱して進退窮まった末に奇跡的な勝利にすがっての大敗とか。
もうね。
ぶざますぎ。
見てらんないですよ。
身の程をわきまえない人間って本当に恥ずかしいですね。
どれだけ無能に見えても伯爵は偉いのであって、自分ならうまくやれるなんてのは勘違いもいいところなのに。
コーサカ伯爵が失敗して死んだ結果、現在のアケド伯爵領は支配者不在というとんでもない状況になっています。
地方領主が各々野心を見せて兵を集めているとのこと。
この尻拭いについては私がしなければなりません。
やれやれ。
まったく。
なんでこんなにも複雑な状況になってしまったのか。
そういえば、コーサカ伯爵が守ろうとした難民さん。
彼らは戦争のどさくさで砦を抜けて北部へと避難して、各地へと散らばって行き、バカ次男の名声では集められなかった地方領主の兵隊にさんざん追い回されて、大部分の人は野たれ死んでしまいました。
あの結末ならまだキャンプ暮らしのほうがましでしたね。
うちの部隊のほうでも何人か不法入国者の罪人としてゲットしたらしいので、今回がんばった人たちに向けて愛玩奴隷として提供することにしておきます。
さて。
それはともかく、パーティーです。
いくら戦争の真っただ中だからといっても、3万もの軍勢を撃破した後に豪遊しないなんて選択肢はありえません。
ちょうど伯爵領の主都マナミンには支配者が不在なので、軍を引き連れた私たちは我が物顔で居座って宴会の準備をします。
予算は使い放題。
倉は空け放題。
なにせ人の家の金なわけですからね。
一番いい酒と一番いい食材を使った料理、そして主都マナミンで集められるだけの美男美女を大集合させて、酒池肉林の大パーティーを開きます。
売国に熱心な文官さん達と、連れてきた1000の兵隊の上位層、ついでに付近の実力者なんかも呼び集めて、青眼族撃退記念のランチキ騒ぎ。
半裸の美女が踊ります。
皿が空を飛びます。
兵士のみなさんが歌って笑って叫びます。
頭を下げてぺこぺこしている給仕さんたちを殴り蹴り、酒瓶を頭からぶっかけて指さしては大爆笑。
先の戦いで得た捕虜たちを縛り上げ、ダーツの的とかにもしちゃったり。
宝物庫から運び出してきた黄金の酒器にジュースを注ぎ、宝石で着飾った上半身裸の美少年たちを観賞しつつ乾杯して楽しみます。
ああ、楽しい。
とってもとっても楽しーです。
やはり勝利とはこうでなければいけませんね。
「あ、あの、カルラ様。これはやりすぎなのではないかと」
近衛のパールさんがちょいちょいと私の袖を引き、おそるおそる、といった調子でいさめてくれました。
うーむ。
やっぱりそうですか。
権力の空白地帯に入ってしまったせいで私の上や横に誰もいなくなり、そのせいで少々抑制が効かなくなっている気はしますね。
カーリー文官やガネーシャ将軍がいれば止めてくれるのですけれど。
もしくは伯爵家の重臣たちが健在なら、私もここまでの狼藉は働けないのですけれど。
既に伯爵家を継ぐべき直系親族の皆さんがのきなみ死んでしまったので、重臣さんたちも公爵家がこれから作るであろう傀儡政権に食い込むことに腐心しているらしく。
私に文句をつけてくる人はほとんどいませんでした。
今回の横暴については伯爵家に忠誠を誓う人たちをあぶりだす試金石というような意味合いもあったのですけれど……なんてゆーか、みなさん冷静ですね。
冷静に伯爵家を売り渡す準備を進めています。
もちろん売国奴の汚名を着せないように配慮する必要はありますが、この分だと思ったよりも簡単に伯爵領を統一することができそうな感じ。
「まあ、さすがに今日だけですよ。こんな惨状もユキさんが到着すれば終わりです」
「ユキ……というと、伯爵家の次女でいらっしゃるユキ様ですか?」
「ええ。私としては伯爵家の次の当主にユキさんを推薦するつもりなので。彼女を表に立てて伯爵領の統一を進めれば、正面切って反抗できる代官なんて一人もいなくなるでしょう」
青眼族が南部を荒らしている現状、アケド伯爵領北部の統一は喫緊の課題です。
しかし、それを単独で成し遂げられる馬はもういません。
ヨーシヒコ前伯爵はクーデターに倒れ、長男は戦死、次男も戦死、長女は病弱で外出不可能、三男は9歳の上に母親が召使い出身、かろうじてまともなのは次女だけ。
その次女にしても無能であり、家臣に指示を出して精力的に国政に関われるような人格ではないとのこと。
まあ、次女のユキさんは12歳なので、あと10年もすればひとかどの人材になる可能性はありますが……現在の情勢はそれを許しません。
戦争はユキさんの成長を待ってはくれないのです。
ユキさんは神輿として担がれて公爵家に利用されて骨までしゃぶられたあげく、適当に代理領主を何年かこなした後に捨てられるという運命以外は選び取れません。
もしもユキさんが原作ヒロインのように強烈なパワーと天運とを持ち合わせていれば、家臣を糾合して私に対抗して戦うことだってできるかもしれませんが。
ユキさんは12歳。
私とは違って普通の12歳だそうです。
彼女にそこまでの役割を期待するのは酷ということで、伯爵家家臣団のみなさんも今ではすっかり頭を切り替えて、公爵家を代表する私に対して媚びを売ることに必死という様子。
とはいえ。
歴史のある貴族の家には先祖累代の忠臣というものがいるため、そう簡単には事が運びません。
「カルラ殿! これはどういうことですか!?」
ボロボロのカヤマン将軍がパーティー会場のただ中に飛び込んできました。
服装だけは傷病人用の清潔なものですが。
髪はボサボサで油まみれ。
臭いはぷんぷん。
肌はベタベタ。
眼球はすっかり血走っておりまして、どう見ても病室から直接飛び出して来たようにしか見えません。
ふむ。
ようやく起きましたか。
敗戦から主都マナミンに帰還してこっち、死んだように眠っていたという話ですが。
しぶとく生き延びていたようで。
なんとも運のない人ですね。
「一日ぐらいは見逃してください。戦地から帰って来たばかりで、兵たちも娯楽に飢えているのです」
「私も帰ったばかりです! このようなことをしている場合ではありませんぞ!」
カヤマン将軍が怒りもあらわに叫びます。
おおう。
ずれた反論をしますねえ。
起きたばかりだから仕方ないのかもしれませんが、ちょっと現状の把握が足りなさすぎだと思います。
「えーと? カヤマン将軍は負けたのではないのですか?」
「そ、それは!?」
「負けた人が勝った私を非難するのって、おかしくないですか? 私は5000の兵で青眼族軍30000を撃退して伯爵領の治安を守りました。カヤマン将軍はどうなのです? 自分はちゃんと仕事をしたのだと伯爵領の民衆に対して言えますか?」
その点を突かれては二の句も継げないらしく、カヤマン将軍は顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。
「コーサカ伯爵は戦死なさったそうで」
「……」
「いくら私でも、もし負けてたらどんちゃん騒ぎなんてしませんよ。だって恥ずかしいじゃないですか。税金という形で予算を出してくれている国民に向けて合わせる顔がないですし。まさかとは思いますけど、カヤマン将軍、私とカヤマン将軍が同じ立場だなんて勘違いはしてないですよね?」
正論というのは耳に痛いものです。
兵士を無駄死にさせたカヤマン将軍は身の置くところも知らないといった調子でぷるぷると震えました。
ぷーくすくす。
敗者の姿ってほんとーに惨めでみっともなくてかっこ悪いですね。
でもまあ、そこが逆にかわいいと言うべきか。
私は哀れなカヤマン将軍を愛でながら黄金の酒器を傾けてワインをぺろぺろなめてみます。
「まあ、この話はここまででいいです。あとは責任さえ取っていただければ、それで」
「…………かしこまりました。以後、私は次代の伯爵のため、その後見人となって粉骨砕身して尽くします」
おやおや。
カヤマン将軍。
ほんとうにずれた人ですねえ。
後見人とか。
誰もカヤマン将軍にそんなこと頼んじゃーいないっていうのに。
私は目の前に立っているカヤマン将軍をじっと見つめます。
汚いです。
外見的な雰囲気もそうですが、何よりも生きざまですね。
ヨーシヒコ前伯爵を殺した彼はまごうことなき裏切り者。
裏切り者は汚いです。
汚い人は嫌いです。
直接殺したわけではないにせよ、クーデターに加担して片棒を担いだという点は十分に軽蔑に値します。
ただ、まあ。
ヨーシヒコ前伯爵は十分な功績があるアヤノ将軍を処刑しようとしてましたし。
カヤマン将軍にとっても明日は我が身です。
多少はしょうがないのかも。
自分で伯爵領の支配者になるっていうんなら許されませんが、伯爵子息のサポートというぐらいなら目をつぶっておいてあげるべき。
そのように考えたがゆえに、私は一度目の裏切りについては何も言わずに見過ごしました。
でも。
二度目の裏切りに関しても同様のルールが適用されると考えているのなら、それは、大きな間違いです。
「どうやって?」
「え」
「死体がどーやって尽くすのです?」
私の合図と共に傍で控えていたヤクシャさんの剣が一閃し、カヤマン将軍の首を飛ばします。
ワインに血しぶきが飛びました。
私は首なしの死体がどさりと倒れる様を眺めながら、血で汚れた黄金の器を傾けて酒を口に含み、喉をくいと鳴らします。
甘い。
ほろにがい。
これが人の命の味というものか。
一瞬だけ舌に残った後は消えてしまうあたり、得も言われぬ儚さがあって趣が深いですね。
ということで。
カヤマン将軍は死んでしまいました。
「カルラ様、よろしかったのですか?」
「もちろんです」
今後伯爵領を統治するにあたり、彼は必要ありません。
文官さんはいりますが。
古くから仕えている武官なんてのは必要どころかむしろ有害なのであって、機会さえあれば処分しておくに越したことはなし。
カヤマン将軍の死については避けられない運命の必然だったというべきでしょう。
つーかねえ。
コーサカ伯爵が死んでるのに、なんでお前が生きてるの?
死んでなきゃおかしーでしょ。
ただでさえ前の伯爵を裏切った汚点があるというのに、次の主君まで死なせておいてのうのうと生き続けていられる感覚がわかりません。
あげくのはてに忠臣面して次の伯爵のサポートをしたいとか。
違うでしょ。
そこは伯爵家を裏切ってカルラ様のために売国奴として働きますと断言しておかないと。
まあもちろん、そんなことをされても殺すつもりでしたけど……自分がどういう立場にいるのかぐらいは理解するべきですね。
でないと命に関わります。
さて。
カヤマン将軍の死体については、祝いの場に置いておくにはあまりにもそぐわないモノです。
さっさと運び出してしまいましょう。
もちろん埋葬して腐らせてしまうなんてもったいないことはしません。
それはエコの精神に反します。
二度にわたって主君を裏切った卑劣漢カヤマン将軍の首として、城門のすぐ横にでも置いて啓蒙を促すとしましょうか。




