第8話「燃えよ天」
「カルラ様 青眼族部隊との戦いがはじまりました」
「それで?」
「連戦連敗だそうです」
「あー」
追撃に出していた部隊から次々と敗北のお知らせが届きました。
調子にのって攻めまくっていたところ、カルラ軍の一部が青眼族の先鋒と接触。
あっさりと蹴散らされて逃げ帰ってきたとのこと。
「報告ごくろうさま。引き続き作戦を続行するように伝えなさい」
「ははっ」
伝令の人は馬を代え、風のような早さで戦地へと引き返して行きました。
初戦を敗北で飾る。
あんまりゲンのいい話ではないですね。
しかし、無理もありません。
追撃追撃で疲労していたところに元気いっぱいの敵とぶつかってしまえば勝負の形にさえならないのが必然。
むしろ変に戦おうとせずに逃げてくれた点を評価したいところです。
予定調和の敗北ではありますし、絶対逃げろ絶対逃げろと何回も厳命してはおきましたが……それでもなお戦おうとしてしまうのが武人の本能というものなので。
報告通りの結果であれば上首尾の部類でしょう。
「カルラちゃん! 味方の数が少ないよ!」
「ほんとですね」
食客のラトリさんが不安そうに周囲を見渡しています。
カルラ軍の大隊長ABCに1000ほどの兵を与えて単独行動をさせた結果、私達のいるカルラ本隊はものすごく陣容が手薄になっています。
具体的には総数1500人ぐらい。
いちおう本隊だけあって精鋭ばかりが集まっているのですけれど、見た感じすごく寂しいという欠点は否めません。
「今来られるとすっごくやばいと思う! だいじょうぶなの!?」
「うーん。あんまり大丈夫じゃないかも」
「やっぱり!?」
ラトリさんが悲鳴を上げました。
なんせ相手は青眼族30000ですからね。
何をどう考えても1500ぽっちの兵で相手にできるわけがありません。
「こ、この状態で前進し続けるのって、危険じゃない!?」
ラトリさんは正直です。
不安を隠そうともせずにキョロキョロしています。
彼女は知性に基づく分析よりも直感で行動するタイプのため、わずか1500の兵で山の奥へ奥へと進んでいる現状に恐怖を感じている模様。
「心配しなくても敵がいるのはもっと先ですよ。こちらの先鋒が直接戦って確認したわけだから情報に間違いはありません」
「連戦連敗だって聞いてるけど!?」
「それはそうですが。すぐ逃げたみたいなので被害は少ないです。特に問題はないですね」
もともと負ける予定の部隊なので。
むしろ勝ってたら大問題。
今後の予定が全部ぱーになってしまいます。
「カルラちゃんは逃げなくてもいいの!?」
「ううん? なんで私が逃げるのです?」
たまによくわかんないことを言うラトリさんですね。
彼女はもしかして、私が最終的に死んでしまうとかちょっとでも思っているのでしょうか。
いや、もちろん戦争である以上はその結末もありますが。
戦う前から敗北主義的な発想で行動するのってよくないことだと思います。
「なにやらいつになく消極的ですけれど……ラトリさん、なにか不安でもあるのですか?」
「そりゃびびるよ! 相手は3万! 精鋭! こっちに届くのは敗北の知らせばかりの大ピンチ! むしろなんでカルラちゃんが平気なの!?」
「私も平気ではないです」
「うそだ! いつも通りだ! カルラちゃん全然びびってないよ! わかるんだよ私にはそれぐらい!」
何やら勝手に人の精神状態を決めつけられてしまいました。
内心ではけっこーびびってる状態なのに。
なんか見た感じだと冷静に見えてしまうんですかね。
「こう見えても私、普段より食が細くなっています。行軍中はお腹がすきにくくなりますし。味もいつもとは違います。それは緊張している証拠ではないですか?」
「味がわかるのがおかしい! 私が初陣の時とか、干し肉を食べても塩の味がしなかったのに!」
「それは単なる味覚障害だと思いますが」
あの塩の塊のような肉を食べて塩味がしないって。
ありえません。
どんなけ緊張していればそうなるのか。
ラトリさんはけっこう本能を優先させてしまうタイプなので、弱者には強いけれども強者には弱くなってしまうのが欠点ですね。
「あの、どうしてもと言うのなら後方に回りますか? 死んじゃった傭兵さんの装備回収とかの仕事もありますけど?」
「はああ!?」
その提案を聞いたラトリさんは鬼のような形相で私に食ってかかりました。
「冗談じゃない! そんなことしたら絶交するよ!」
「えええ? だって、なんだかとっても臆病風に吹かれているように見えるので」
「それとこれとは別! 私は素直な恐怖をさらけだして精神安定を図っているだけだから! 逃げるぐらいなら死ぬから!」
「……いや、死ぬぐらいなら逃げましょうよ」
「無茶言わないで! カルラちゃんが逃げないのに! 私だけ逃げられるわけないでしょ!?」
ラトリさんがぷりぷりしています。
うーむ。
立場的には逃げてもいいんですけどね。
近衛とか正規兵とかが逃げたら敵前逃亡で縛り首ですけど、食客さんは別。
もともと期待されてはいないのです。
「まあまあ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。最終的に勝つのは私です。ラトリさんは大船に乗ったつもりでいてください」
「ハッタリにしてもこの状況でそれを言えるカルラちゃんは素直にすごいと思う」
「別にハッタリではないですが」
「そうなの?」
「そうなのです」
「無理してない?」
「特に無理はしていません。今回のいざこざは私こそが『戦場のヒロイン』であると世間に知らしめるためのものです。せいぜい相手には引き立て役を演じてもらいましょう」
「……戦場のヒロイン」
ラトリさんは呆然とした表情で私を見つめました。
「私、今日ほどカルラちゃんのことをすごい人だと思ったことってないかも」
「公爵令嬢はもともとすごい人ですが?」
「貴族の偉さなんて私にはわかんないよ。でも、カルラちゃんのすごさはよくわかる。カルラちゃんと話していると希望が湧いてくる。勝ち目の薄い戦いなのに、そんなわけがないのに簡単に勝てそうだって思えてくる」
「それはそれは」
なんとも困ったことですね。
私としては『女主人公ぶるのもたいがいにしろっ!』とか、ビシッとつっこんで欲しかったのですけれど。
脳がシリアスになっているラトリさんには冗談が通じない模様。
恐怖を隠して健気にふるまう小公女カルラの物語だと言い張るには、これからはじまる戦いはイージーに過ぎると思っているぐらいなのに。
「えーと。勝ち目が薄くはないですよ?」
「だいじょうぶ。私もバカじゃないから。この戦いが想像を絶するぐらい厳しいものになるだろうって、ちゃんとわかってるから」
なにやらラトリさんが勘違いをしています。
彼女はもしかすると、ごくごくまじめに5000対30000の戦いを挑むつもりでこの場にいるのかもしれません。
そりゃーびびりもしますよね。
しかし説明して誤解を解く意味もまるでないので、その状態のままで戦ってもらうとしましょうか。
カプコーン王国との国境近くまで進軍すると、ぽつぽつと敵が現れはじめました。
青眼族正規軍。
というには、少々民兵の割合が高すぎますけれど。
さすがに先陣をつとめるだけあって、装備も練度も先に戦った傭兵部隊なんかとは比較にならないほど優良な感じです。
先行して戦い続けてきたカルラ隊Aのみなさんがそろそろお疲れなので、カルラ本隊とバトンタッチして下がってもらいますね。
「ごくろうさまでした。後は手筈通りに」
「はい。カルラ様もお気をつけて」
カルラ隊Aの隊長とあいさつを交わしてお別れし、防御陣地に入った私たちは迎撃の準備を整えます。
山のただ中。
ごくごく狭い道。
周囲は高い岩棚で囲まれ、その上にはカルラ隊Aが残した防御施設、弓、投石機など。
ここで敵と戦えば向こう100年だって持ちそうな感じです。
私が敵将ならこの施設を見ただけで撤退を決めて別の進軍ルートを探すでしょう。
それぐらい難攻不落の場所です。
「でも、それだと100年たっても決着がつきませんからね」
むしろ攻めなければ。
カルラ様のお通りです。
私こそが戦場のヒロインであると、敵軍に知らしめてやるのです!!!
「進撃せよ!」
防御陣地を飛び出して突き進み、奥へ奥へと歩きます。
ひとまず敵の偵察を発見。
鎧袖一触に蹴散らしてさらに追い立てますね。
10人部隊や20人部隊といった小規模な集団を見つけては袋叩き、殺戮の味に酔いしれながらガンガン進んでいきます。
よしよし。
すっごくいい感じ。
この勢いを駆って一気に進軍して防御施設を作る、とみせかけましょう!
幸いにも敵の大部隊が近づいているという報告が入ったので、彼らが来る前に突貫工事で木を切り出し柵を組み立て、強兵を前に揃えて弓をどんと構えます。
「さあ、来るなら来い!」
「来ました!」
「きゃー!?」
突撃してくる敵兵を前にして奮戦したのですけれど、多勢に無勢、私たちはあっさりと陣を捨てて逃げ出さねばなりませんでした。
追いかけてくる敵をいちいち牽制し、伏撃を入れ、弓矢を雨と降らせて足止めします。
さすがに青眼族の先鋒部隊。
精鋭です。
たまに突出して50人ぐらいの部隊で突撃をかけてくるのですけれど、中にはとんでもなく強い魔力を持った隊長さんとかがいて、うちの隊長やら腕利きの食客さんやらが直接戦わねばならないような際どい場面もありました。
「うう、ひどい目にあった」
とはいえ、逃げに徹しておけば損害もそれほどではなく。
追っ手を叩いて潰して追い返し、私たちは戦いの傷をいやすために防御陣地を作ってのんびりと休息しました。
その晩。
「敵襲です!」
「きゃー!」
再び青眼族が攻めてきます。
手に松明を持って夜を突っ切り、一陣の風となって防御陣地へとなだれ込んできます。
乱戦になるのを嫌った私たちは速攻で退き鐘を鳴らして馬を走らせ、物資も食料も置き去りにしてすたこらさっさと逃げました。
逃げまくりました。
「ううう、本当にひどい目にあいました」
思ったよりも敵の動きが早いです。
青眼族のロジョウ将軍、どうやらアケド伯爵領南部での戦いを切り上げてこっちに主力を向けてきたみたいですね。
兵の一人一人が強いし数も多いなんて。
あーやだやだ。
そりゃまあ時間を置けば公爵家の援軍がやってきて戦争の決着がついてしまいますが。
そんなにマジにならなくてもいいのになあ。
負け負けカルラと化した私たちは難攻不落の拠点へと帰還します。
さすがにここは簡単には落ちません。
先ほど敵の偵察兵20名ほどが襲ってきましたが、軒並み弓矢にやられて死体をさらしています。
安息の場所を手に入れた私が優雅にお昼寝をしていたところ。
前線に異変があり。
超強力な魔力をまとった勇将猛将が矢の届かない距離で密集して陣を組み、突撃の構えを見せました。
「カルラ様! 来ます!」
「迎撃!」
今度はきゃーと叫んで逃げ出したりはしません。
これほどの拠点をあっさりと放棄するのはあまりにも不自然です。
足の遅い兵たちはとっくに後方へと下げたので数は少ないですが、そのぶんだけ残っている兵士のみなさんは精鋭中の精鋭。
カルラ軍5000の中の上澄みさん達ですからね。
どのような苦境に陥ったとしても、余裕をもって十分に対処できるはず。
攻撃がはじまりました。
矢の雨が降り、石が降り注ぎます。
皮膚に鉄の矢が刺さり、顔面に石つぶてが叩きつけられ、甲冑の上から槍で殴りつけられて地面に倒れる者多数。
それでも敵の勢いが止まらずに、入れ替わり立ち代わり喚声を上げては突撃を繰り返して来ます。
青眼族の中でも最強の武人集団である魔法学校卒業生。
ロジョウ将軍はその386期卒業生のナンバー2ということなので、彼の部下には人間を半分やめたかのような猛将がそろっていました。
彼らの多くは普通では考えられないような動き……壁を走ったり死体を盾のように抱えて走ったり巨岩を抱えたまま走ったり……をしてくるので、こちらとしてもそれに対応するために全力全開で戦わなければなりません。
弓を無駄に打ちまくり、一つの標的に攻撃を集中させます。
本来なら10回は殺せているような数の弓撃を敵兵に打ち込みます。
石弾や弓矢が無駄に消費され、射手の腕力も減っていきます。
正規兵の魔力だって無限ではありません。
でも、全力を尽くして戦わなければ防ぐことさえ難しい。
それほどの猛攻でした。
敵軍の中には単身崖を駆け登って防御陣地に突貫してくるようなバケモノさんもおりまして、そういう輩にはヤクシャさんやラトリさんといった凄腕を直接ぶつけて叩きつぶしてもらいます。
みんな必死です。
怒号と絶叫が戦場に響いています。
本来なら戦うこともない隊長さんレベルまでが剣を手に取って敵と斬り結んでいます。
さすがにパールさんとかの直属近衛兵にまでは出番もありませんが……まあそれは当然のこと。
近衛が戦うってのは本当に負ける寸前の最終局面なので。
現状、敵兵のみなさんは予定よりはるかにすさまじく奮戦していると言えるでしょう。
時間にすれば、およそ1時間足らず。
弓や石や槍なんかを嫌と言うほど打ち込んでやったので、おそらく敵軍には冗談じゃねえレベルの被害が出ていたはずなのですけれど……それでも延々と攻撃がやまなかったため、ついに、ようやく、来るべき時が来てしまいました。
「カルラ様! 矢と石が!」
「尽きましたか」
「はい! もはやこれまでです!」
「……退き鐘を鳴らしなさい!」
退却の指示を出し、私は馬に乗って一目散に逃げ出します。
近衛兵がガードを固めつつそれに続きます。
財宝は投げっぱなし。
物資も捨てっぱなし。
何もかもを投げ捨てての逃走です。
追ってくる敵を要所要所で迎撃しては逃げまくったのですけれど、敵側の勢いがすさまじく、こちらにも残念ながら相応の被害が出てしまいました。
「カルラ様。ひとまずですが、敵の追撃が収まりました」
「そうですか」
私はほっと一息をついて椅子に腰を下ろします。
ふう。
まったく。
ほんとーにひどい目にあいました。
7戦7敗。
ぼろ負けです。
死者は確定だけでも数十人。
これには正規兵も含まれます。
行方不明者は100人超というところ。
逃げ延びた人も服はボロボロで傷だらけ、見えてる怪我人は軽傷入れて数百人に及びます。
大損害です。
「ううう、もっと被害が少ない方がよかった!」
「無茶を言わないでください。退却戦は難しいのです」
ガネーシャ将軍の右腕だった人が被害状況をまとめて報告に来てくれました。
やはり正規兵からもたくさんの死傷者が出てしまった様子。
さすがに100人は超えてませんけれど、死んでる場合には遺族に向けて手紙を書かねばなりません。
まったく面倒な話です。
さすがにこればかりは、人に代筆させると人望に関わりますからね。
私がやるしかありません。
はー。
やだやだ。
面倒なことになったなあ。
だいたい誰が悪いって、敵軍のみなさんが真面目にやりすぎるのが悪いのです。
もーちょっと手加減してくれたっていいのに。
ロジョウ将軍の部隊の人たちは思いやりというか、優しさというか、そーいった人として当然持っているべき愛情をどこかに置き忘れてきたのでしょう。
でなければ私のようにか弱い女の子がいる部隊をいじめ抜くはずがありません。
ともあれ。
これでようやく、当初の計画を実行に移せる段階になりました。
今までのカルラ軍は拠点を放棄しまくり、物資を敵軍に奪われ続けてきました。
敵の側からすればウハウハでしょう。
難しいはずの山岳戦で大戦果を挙げ続けているわけですから、鼻高々というやつです。
調子にのってどんどんと進軍し、山の奥深くにまで誘い込まれています。
私の名前がもーちょっと売れてれば疑われたかもしれませんけれど。
もしくはそろそろ、周囲の地形を見て、これは怪しいと気づいた人も出てくるかもしれませんけれど。
仮にそうだとしても。
もう。
とっくの昔に、手遅れです。
準備を終えたカルラ軍のみなさんが粛々と行動を開始します。
敵の集団が予定のポイントにさしかかりました。
樹木がうっそうと茂り、道が狭く、川がすぐ横にあって、高くそびえたつ崖に向かって風が流れています。
絶好のロケーションですね。
これほど火計に適した地勢というのはアケド伯爵領の全土を探しても何か所もありません。
事前に撒いておいた油の導線に火を放ったところ、あっという間に森を炎が走り、天に向かってすさまじく燃え盛り、そして案の定、とんでもない騒ぎになりました。
「火攻めだ!」
「いかん!」
「すぐに退け! 下るのだ! この地形はまずい!」
敵の指揮官が大混乱の中で退却を叫んでいます。
でも、むだむだ。
軍隊というのはテレポート使いではないので。
一度深入りしてしまった軍が逃げようとしたところで、狭い道で絡み合って圧死するだけの結末にしかなりません。
炎は天を突き、風に乗るままに草や枝を伝って森中に燃え広がり、あたり一面を漆黒に染めるほどの黒煙を生み出しました。
煙が次々と敵軍に流れます。
これ以上ないぐらいに最高のシチュエーション。
想定通りの展開です。
実戦を経験していないとわかりにくい概念であるらしいのですが、火計とは敵を直接焼くことを狙った作戦ではありません。
大量の可燃物が生み出す煙を使った毒ガス攻撃です。
風が渓流に沿って流れ、毒煙が崖の傍の道に溜まって敵軍にまとわりつきます。
それだけでは飽き足らず。
想定以上の大規模火災が起こり、火炎旋風がうまい具合に敵兵を包み込みました。
窒息する者多数。
焼かれる者多数。
敵の先鋒は大混乱に陥り、押し合いへし合いして潰れてひしゃげ、川に飛び込んで溺死したり、火に直接焼かれたり、味方に踏みつぶされたりして、もはや軍としては全く機能していない状況です。
「な、なんかすごいことになってるけど」
「これは壮観ですね」
いやはや。
よく燃えてます。
火計は成功しすぎて空の色が変わるぐらいに山全体が火を噴いている状態。
あたりいちめんまっかっか。
ラトリさんが驚くのも無理はない話でして、当初予定していた先鋒はおろか、敵の中軍や輜重部隊がいるであろうあたりまで炎の手が及んでいます。
カルラ隊Bに命令を与え、森の要所要所に火炎陣を作って火を放ってもらったわけですが。
ちょっとうまく行き過ぎかと。
敵の先鋒を燃やしたのはともかく、後方部隊のほうは一応気持ちだけ、というつもりで送り込んだのですけれど。
予想以上に燃えています。
「どうもアケド伯爵領。ごく最近まで山火事がなかったみたいですからね。木々が想定よりも密集していたおかげで火をつけるのが楽でした」
「カルラちゃんは最初からこの結末を想定していたの?」
「そりゃーもちろん。よく燃えたらいいなあとは思っていましたよ? 天気やら風向きやら敵の進軍速度やらなんかは予測不可能なので、別に狙って火だるまにしたわけでもないのですけれど」
雨が降らなかったのは単純にラッキーでした。
一週間前にざあざあ降った時にはひやひやしましたが。
終わってみれば大成功。
これほど芸術的な炎のオーケストラはちょっと他の場所ではおがめません。
「しかしあれですね。ここまでよく燃えると、カルラ隊Cの安否が気がかりですね」
「カルラ隊C?」
「ドルガーさんの部隊です。敵の後ろに回り込んで退路を断ったり奇襲したり砦を落としたり、その時々の判断で応変の処置をとるように言っておいたのですが……無事でいるでしょうか?」
あとあと聞いた話だと、ドルガーさん率いる別動隊は後の世にまで語り継がれるほどの大戦果をあげたそうですが。
この時点ではそんなのはわかりませんからね。
今はお祈りするだけです。
「えっと、つまりカルラちゃんは、軍隊の一部を火計だけじゃなくて追撃のためにも振り分けていたってこと?」
「もちろんそうです」
「こ、怖くなかったの? 3万の軍を5000で相手にしてるのに、敵を壊滅させる前提で兵をわけるのって異常なんじゃないかと思うんだけど」
「ううん? 最初から負けるつもりで戦うほうが変じゃありません?」
「…………そ、そう、なの、かなあ?」
ラトリさんが首をかしげます。
この反応は彼女が素人だから……というわけではないみたいですね。
横で聞いていた近衛隊長とか幕僚さんとかも怖いものを見るような目で私を見つめています。
いやいや。
あんたらは作戦立案にだって参加していたでしょうに。
なんで成功したことに驚いてるんですか。
ちょっと意味がわかりません。
そりゃまあ細部についての説明は伏せましたし、作戦の全貌を理解していたのは私と幕僚長の二人だけでしたけど。
でも事前にある程度。
大まかな予想ぐらいはできていたはずだと思うんですけどねえ。




