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第7話「カルラちゃんにおまかせ」

 三時間が経ちました。


 明日までに部下と相談して結論を下す、と言い残して部屋を出たコーサカ伯爵ですが、私が彼の出した答えを知ることはこの時点ではできませんでした。


 というのも、急転直下、いまの事態を根本的に覆す報告が入ったからです。


「大変です!」

「何事だ?」

「ロジョウ将軍がカプコーン王国から3万の兵を選抜して北上、山越えをして直接主都マナミンを攻略するために進軍中とのこと!」

「なんだと!?」


 コーサカ伯爵が驚愕しています。

 イケメンは驚いている顔もかっこいーですね。

 いや、私も驚いてますよ?

 カプコーン王国は不安定だから大量の兵を置いておかなければならないという話だったのですが、まさかそこから3万も抽出してこようとは。


 てゆーか、そもそも。


「できるんですか? アケド伯爵領の南部を通らずに、直接?」

「道はあります。地元の猟師が通るような……狭いですが、多少手を入れれば馬車などの類も通れるかと」


 私もそれは知っています。

 アケド伯爵領はブロッコリー公爵領の属国に近いので、その詳細な地図ぐらいは入手済み。

 間道があることも知識としては理解していました。


 ……でも、でもねえ。

 3万?

 3万もの軍勢をそこにふりわけるって、ロジョウ将軍、もしかしてバカなんじゃないですかね?


「カルラ殿、どうすればいい?」

「なんで私に聞くのです?」

「貴殿が一番たよりになるからだ。あなたの話は部下の誰よりもわかりやすくて明快だ」

「うーん」


 そりゃーずいぶん買ってもらったものですが、でも、だからって私がコーサカさんを助ける義理はないんですけどね。


 しかし、まあ。

 うん。

 あれですね。


 イケメンに頼まれちゃーしょうがないか。


「なら、一言お願いできますか? それで解決できます」

「なんだ?」

「まかせると言ってください」


 コーサカ伯爵は一瞬だけ固まり、それからまじまじと私を見つめました。


「…………3万の兵を、5000で?」

「たやすいことです」


 自信満々で答えます

 別にハッタリじゃないですよ。

 南部で暴れている青眼族3万を5000で駆逐できるのは天才だけですが、険しい山路をゆく3万であれば話は別。

 どうとでもできるミッションです。


「絶対とは言えませんが、問題ありません。私が領地から連れてきた5000は精兵ぞろい。あい路なら十分足止めできます。それに、どのような作戦を取るにせよ、コーサカ伯爵が北部を掌握するにあたって、私は必要ありませんし」


 なにせ部外者ですからね。

 その件には関わるべきじゃないです。

 伯爵領をまとめる役割は何をどう考えてもコーサカ伯爵の仕事であって、私の出る幕はないでしょう。


「では、頼めるか?」

「お任せください。ああ、物資融通の命令書だけ一筆書いてくださいね。私は準備があるのでもう行きますが、最後になにかありますか?」


 コーサカ伯爵は少しだけ悩むような表情を見せた後、私をまっすぐに見て言いました。


「無事に帰って来てくれ」

「それはもう。自分のことなので、言われなくても最大限努力しますよ」


 私はくすくすと笑ってからイケメン伯爵の顔を見つめます。

 ……見納めかもしれませんからね。

 目の保養として瞳の奥に焼き付けて、ときどき思い出してはうしうし笑うことにしましょうか。


「それでは、お元気で」

「ああ」

「智に働けば角が立つ。情にさおさせば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」

「……なんだ、それは?」

「私の知っている小説の一節です。格言みたいなものですよ。第一案は人として正しく生きて正しく死ぬためのもの。第二案は名誉と栄光を求めてつまずくためのもの。第三案は人に嫌われて人知れず刺されるためのもの。いずれにもリスクはあります。好きなように生きていかれるがよいでしょう」


 私はできるだけ可愛らしく見えるように微笑んでうたいました。

 イケメンなのでサービスです。

 運が良ければまた会えるでしょうし、運がなければ、それまで。


 父親を殺してさえいなければ、どう動いたとしても生き残る目はあったでしょうけれど…………まあ、それが報いというものです。

 自業自得、因果応報。

 人の道を外れた外道が行きつく先なんて、結局一つしかないですからね。


「それでは」

「ああ」

「さようなら」

「さようなら」


 そのようにして別れてから、私は私の部隊を動かすために行動を開始しました。




 センチメンタルなお別れの後は、散文的な現実が待っています。


 人を集めて役割を決めて移動をはじめ、さっさと主都マナミンの西にある山路に入ります。

 物資なんかはおいおい運べばいいでしょう。

 それよりなにより、今はまず、重要拠点を抑えておくのが肝要です。


 5000のカルラ軍が山間の道を粛々と進みます。

 あたりからは鳥の声、虫の声、木々のざわめきなど。

 木陰が多くて涼しいため、初夏の暑さに包まれていた主都マナミンよりもむしろ快適なぐらい。

 渓流の傍の道なので歩いていても心地よく、マイナスイオンパワーでどんどん健康になってしまいます。


 るんるん。

 るんるん。

 ちょっとしたボーイスカウトの気分。

 このあたりの山にはブロッコリー公爵領では見られないような動植物がいろいろいるので、好奇心や冒険心をくすぐられてうきうきとできるのがいいですね。


 …………まあ、このさきに待ち受けている戦いは、そのように牧歌的なものでは全然ないのですけれど。


 はー。

 やだやだ。

 戦争っていやですよねえ。

 私はいじめと遊びと贅沢は大好きですが、殺される危険がある行事には関わりたくなかったのに。


 土地と財産の奪い合いというのは往々にして妥協の余地がないので、どうしても戦争によって生贄を積まなければ解決できないのがつらいところです。


 さて。

 戦争。

 戦争です。

 この戦争、実は負けない方法が存在します。


 3万の軍が敵側に追加されたということですが、そんなものはしょせん、領土に踏み込ませなければ実質いないも同然。

 ダッシュで進軍して細道に防御施設を作って迎え撃てばいいのです。

 道がなければ軍隊は進めませんし、進めなければ時間が無駄に過ぎ、日数を稼いでいるうちに集結を終えた公爵軍10万が助けに来てくれて、それでミッションは終わりです。

 敵は大軍を見てへきえきし、戦うことさえなく逃げるでしょう。


 この作戦は実行すれば100%成功します。

 ゆえに凡人向け。

 まあ、ルート1という感じですか。


「………そうすれば?」


 深夜のキャンプ中。

 護衛任務についているラトリさんがおずおずと聞いてきました。

 彼女は戦う以外に価値のない人間ではあっても戦闘狂ではないので、消極的な時間稼ぎ作戦についても否定はしないようです。


「戦わないで済むんなら楽でいいよ。こっちの被害も出ないしさ」

「かもしれません」

「でしょ?」

「でもそれだと」


 猫のように目を広げて私を見るラトリさんに向けて、私はごろごろ寝転がりながらつぶやきます。


「また来ちゃうんですよね、敵が」

「ああ。そりゃそうかー」


 ラトリさんが納得したように返しました。


 そう。

 そうなのです。

 無傷で逃げ出した敵の軍勢は、無傷であるがゆえに簡単に力を蓄え、再びアケド伯爵領へとやってきます。


「ゆえに、できれば相手に痛い目にあってから退いてもらいたいのです。おぼえてろー、とか叫んで逃げ出してくれるのがベスト。侵略なんてこりごりだー、とか内心で思ってくれればもう最高ですね」

「具体的には、相手の2割ぐらいが死ぬとか?」


 ラトリさんがおぞましい要求をしてきます。

 いや、2割って。

 前世の地球じゃねーんですから。


「そこまでの大戦果は求めませんが……まあ、1割も削れば当分国境線が安定するでしょうし。一般的な戦争の目標ラインはそんなもんでしょうね」


 全体の1割も死ねば四肢欠損などの重傷者も同じだけ出てくるので、軽傷とか含めれば倍率どん、とても戦争を続けられる状況ではなくなります。


 2割も殺せば人間は素直になります。


 敵軍を壊滅させるほどに追い込めば上下関係がこの上なく明確になるため、反抗する気力もなくなり、余計な争いは起きません。


「引き分けよりも勝率5割の賭けをするほうがいい…………戦争とはそういうものです。争いというのは彼我の関係が不安定だから起こるのであって、それを決めるため、どちらが頭を下げて譲るべきなのかを明らかにするためにも戦死者は必要なのです。でなければ」

「再び争いが起こると」

「まあ、つまりはそういうことですね」


 せっかく山の奥深くまで来てくれるってゆーんですから。


 これは大チャンスです。


 いくら名将でも前に出てこない敵は叩けないわけで、ここまで美味しそうなエサがぶら下がっているのであれば絶対負けない戦いなんかよりも勝てる戦いを選びたい。

 その誘惑は甘美にして強力無比。

 私にはとうてい逆らえそーもありません。


「でも、どうするの? この細い山道で戦っても決着はつかないのでは?」

「普通にやればそうですね」

「普通にやらないのなら?」

「それは秘密です。まあ、今後のお楽しみということで」

「なるほどー」


 特に執着するでもなくラトリさんが引きました。

 分別をわきまえた大人の反応ですね。

 彼女は人との距離感をつかむのがうまいので、そーゆーところはすごく助かっています。


 まあ、別に話したところで全然問題ないですけど。

 作戦なんてのは気分次第でころころ変わるものなので、雨が降ったから中止なんてことも往々にしてありえます。




 寝て起きて山路を進み、アケド伯爵領寄りの国境沿いにあるキスファスの砦に入ります。


 この砦は普段無人のまま放置されているのですけれど、他国からの侵略があったときには物資集積所として機能させることができます。

 防御力はないも同然なので戦闘には向きません。

 しかし屋根があるのとないのでは全然違うため、当面はここを拠点にして活動することになりました。


 盗賊などの類はいないようなので、そのまま道路整備へと移行します。


 ひとまず周辺の村に偵察を出し、敵の動向をチェック。

 よしよし。

 まだまだ敵はいませんね。


 アケド伯爵領から持ち込んだ水や食料、武具、雑貨、油、薬品、魔石なんかをどしどしと搬入し、兵士の宿営所なんかを作って長期戦に備えましょう。


 罠を作ったり地理を調べたり遊んだり。

 私は砦でごろごろしながら暇をつぶしました。


 何日か経つと準備が整ったようなので、そのまま山の奥深くへと進軍。


 ついに敵を見つけます。


 青眼族の正規兵……ではありません。王国で雇い入れた傭兵部隊のようです。事前調査によると総数5000ぐらいだそうですが、この手の数字は倍ぐらい変動してもおかしくないので全然当てにはなりません。


「けちらせ!」


 まずはともかく、偵察兵50ぐらいを血祭りにあげて楽しみます。


 装備は貧弱。

 統制はむちゃくちゃ。

 士気はゼロ。

 戦争ファンタジーでは大活躍するのがお約束の傭兵さんですが、現実の彼らはちょっと笑えるぐらいに弱いです。


 なにせ村での略奪を生業としている人たちですからね。

 彼らは軍隊とやりあえば逃げるのがお約束なのであって、数だけはこちらと同じ5000であっても運用時における戦力には天地の違いがあります。


 とはいえ。


「追わなくていいです。下りなさい。もっと本隊をひきつけるのです」


 弱い彼らをいじめては逃げられてしまうので、多少は調子に乗らせるように仕向けねばなりません。


 偵察を増やして遭遇戦を繰り返します。

 細かく勝ち負けしながら十分にひきつけます。


 彼らも金で雇われている身の上。

 多少怪しいとは思っていても、大軍を目の前にしているわけでもないのに逃げたりなんかしません。


 偽り負ける部隊を活用しておびきよせ、主力部隊が迎撃ポイントに入ったところでさあ開始。

 周囲の森から一斉に兵を立ち上がらせて攻撃を命じました。


「かかれ!」


 無数の鉄の矢が敵兵に突き刺さります。


 怒号が走ります。


 混乱。

 喧騒。

 泣き声。

 悲鳴。

 絶叫。

 進む者と戻る者とが絡みあって転びます。

 鉄の矢が降り注ぎます。

 槍が突き出されて敵兵の腹をえぐり、肉を裂き、骨を砕きます。

 なんとも悲惨な状況です。

 傭兵というのは部隊を立て直す力を持っていない雑魚ピーの集団であるため、一度崩れてしまえば攻撃され続けるしかありません。


 いちおう、敵の幹部級の人たちがあがいてはいたのですが。


 それもすぐ終わり。


 傭兵さん達はあっさりと抵抗を諦め、すたこらさっさと逃げ去ってしまいました。


「ガンガン追撃しなさい!」


 追撃追撃また追撃。

 ひたすら追い回して壊滅させますね。

 カルラ軍に襲われた敵兵が次々と倒れていきます。

 取った首1000あまり、死傷者は倍ほど、鹵獲品多数、一方的な勝利です。


 まあ、この結果は当然のこと。


 公爵家の正規兵とただの傭兵とでは比較にならないほどの力の差があります。

 5000の兵といえども100人も殺せば逃げ出してしまうのが傭兵というものなので。

 戦場さえ有利なポイントを選べば負ける道理はありません。


 さすがに防御施設にこもられての攻城戦とかなら、こちらもそれなりの被害を覚悟しなければなりませんが……わざわざ向こうから来てくれるっていうんですから、超楽勝です。


 さて。

 ここまでは予定通り。

 特にイレギュラーな事故が起こるでもなく進んだので、かねての計画に従い、青眼族撃滅作戦を実行するとしましょうか。

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