第6話「3つのありえる未来」
まずはともかく、作戦会議を開きます。
暫定伯爵のコーサカさんと腹心の部下が数名、カヤマン将軍、主都マナミンの守備隊長、私と部下が2名ぐらいってとこですか。
責任者が一堂に会して今後の方針を決める。
うむ。
これこそが会議のあるべき姿です。
ヨーシヒコ伯爵の時には全くどうにもならなかったので、ちゃんとした意志の疎通ができるというのはコーサカ現伯爵の数少ない長所の一つだと言えますね。
「さっそくだが、私は可能な限り早く南進して青眼族との決戦を行いたい。なにか意見はあるか?」
イケメン伯爵が周囲を見ながら会議の方針を出しました。
おお。
わかりやすいです。
何をしたいのかよくわかるというのは本当にありがたいですね。
ヨーシヒコ伯爵の時はほんとーにつらかったので、とにかく会話が成立するというだけでもありがたいところ。
欲を言えば事前に根回しがあって会議内容が決まっていれば楽なのですけれど。
この状況下ではそれは難しいでしょうし。
ないものねだりはできません。
「カヤマン将軍。北部の軍を集めるのにどれほどかかる?」
「それは……不明です」
「不明とはどういうことだ? 貴殿は全軍を集めての南進を主張していたのであろう? わからないはずがなかろうが?」
「それは、その」
カヤマン将軍が私のほうに視線を送りました。
ええ?
私が言うの?
いやまあ君主批判をして発言力を落としたくないというのは前の当主の時に身に染みているのでしょうけれど。
汚れ役を押し付けないでほしいんですけどね。
まあいいか。
「えっとですね。カヤマン将軍が言いたいのはこういうことです。北部の掌握にどれぐらい時間がかかるのかがわからないから、現時点では不明だと」
「……掌握?」
イケメン伯爵が怪訝そうな表情で私に視線を送ります。
「私は主都を抑え、伯爵を討ち、爵位を継承した。それならば当主は私であるから、すべての部下はその命令に従う義務があるはずではないか?」
「理屈の上ではそうですね」
この世界、年がら年中戦争をやっている関係上、爵位の継承についてはものすごくアバウトな仕様になっています。
当主の行方不明が一か月続けば暫定的な爵位継承ができますし、死亡が明らかな場合はそれがクーデターであっても爵位継承がなされます。
さすがに重臣とかがやると無理ですが、直系親族の場合はできるのです。
爵位の降格はあくまでも中央政府への納税不足によって起こるのであって、クーデターでは起こりません。
「現実は違うというのか? 私の名前では兵が集まらぬのか?」
「まったく集まらなくはないはずです」
「私では不足か。カルラ殿は以前、カヤマン将軍に全権を与えての決戦を主張していたそうだが?」
「そうでしたね」
「その手を打てということか?」
「違います。無理です」
「なぜ?」
「なぜって」
いや、わかるでしょ、常識的に。
あれは権力十全のヨーシヒコ伯爵の力をそのまま借りれるから使える手であって、弱っちいコーサカ伯爵の権力基盤ではとても決戦はできません。
カヤマン将軍は単なる庶民であり、彼の権力は上司が与えてくれる力の大きさによって決まります。
現時点でのコーサカ伯爵には服従してくれる部下が少ないため、それを丸々全部与えたとしてもカヤマン将軍の力は大したものにはなりません。
そのむね説明したところ、コーサカ伯爵は少しだけ考え、それからようやく、ああなるほどと納得してくれたようでした。
うーむ。
なんとゆーか。
父親を殺したあたりからうすうす気づいてはいましたが。
この人、バカですね。
真実というのは時として残酷なものです。
クーデターを起こすような人種の知的程度を少々高く見積もりすぎていました。
ヨーシヒコ伯爵は知的程度は高いけれど趣味にかまけてしまうというタイプの困ったちゃんでしたが、コーサカ伯爵は現実に目は向けているけれど知能程度が低いというタイプのバカです。
次男であるがゆえに次期伯爵としての教育を受けられなかったコーサカさん。
今後教育して使い物にしようにも、父親殺しの汚点は生涯ついてまわります。
彼に投資をするのは不毛というものでしょう。
せめて青眼族を駆逐するまで働いてくれればよかったんですけれど……現時点での彼の能力では、それさえも期待薄なのかもしれません。
困ったなあ。
こんなことならヨーシヒコ伯爵に協力してクーデターを潰しておけばよかったです。
しかしまあ、後悔は先に立たず。
あの段階で伯爵に手を貸してクーデターを鎮圧するというのはこちらとしてもリスクが高すぎましたし。
成り行き上やむなしか。
そもそも長男さんが死んでなけりゃー問題なかったんですけれど。
長男が死んですぐ父親のほうも死ぬとか。
いくらなんでも予測しておくのは不可能ってもんですよ。
対応するための時間がなさすぎです。
……まあいい。
愚痴はここまでです。
コーサカ伯爵はバカかもしれませんが、こうなった以上はてこ入れしまくって、無理にでも使うしかありません。
「コーサカ伯爵。現状打てる手は3つです。一番かんたんなのは公爵家の援軍を待ち、その武威をもって兵を集め、南部で決戦をすること」
「ふむ……どれほどかかる?」
「援軍の第二陣が来るまで一か月程度、そこから北部での調整に多少の時間がかかります。時間をかければかけるほど兵が集まりますが、最悪公爵家の軍勢だけでも青眼族との戦いに勝てなくはありません」
「ちょ、ちょっと待った!」
それまで黙って聞いていたカヤマン将軍が慌てたような表情で私にくってかかりました。
「カルラ殿、それでは!?」
「わかっています」
私はカヤマン将軍の言葉をさえぎって続けます。
「ただし、コーサカ伯爵は立場がよろしくない。父親を殺している上に外国の力をメインにして青眼族を倒したとなれば、今後の信用は地に落ちるでしょう。この案を取るならば最低でもコーサカ伯爵は最前線で戦わねばなりません。その上で勝ったとしても、戦後のアケド伯爵領をまとめていくだけの名声を得られるかどうかは疑問です」
「…………第二案は?」
自身の置かれている立場をようやく理解したらしく、コーサカ伯爵はやや震える声で私に問いかけました。
「第二案は冒険です。第一案は誰にでもできる王道ですが、第二案は天才でないとできません。具体的には現状集められるだけの兵を集めて南部へと進軍し、単独で青眼族の軍を打ち破って国外に追い返すこと。数で負ける上に準備の時間もないので、相当な無理を強いられる戦いとなります。その反面、これを成し遂げればコーサカ伯爵の名声は確固たるものになるでしょう」
話を聞いたコーサカ伯爵の顔に朱がさします。
自分はもしかしたら天才なのかもしれない、という欲がわいたのでしょう。
冒険主義というのは年齢が若ければ若いほど陥りやすい罠なので、二十代前半のコーサカ伯爵がその熱に引かれるのも当然のことだと言えますね。
「ただ、悪いですが、私はこの作戦であればついていきません」
「なぜ?」
「危険すぎるからです」
てゆーか、それができるんなら伯爵領に来てすぐにやってますよ。
しなかったんじゃなくてできなかったんです。
青眼族3万の兵に対して5000ぽっちの援軍で挑むほど、私は脳がおめでたくないし、別にその必要もないので。
「カルラ殿の見立てでは……私は天才ではない、ということだな」
「それはわかりません。天才は理解を超えているから天才なのです。天才を事前に見つけるなんてことは誰にもできないので、それはもう、やらせてみて結果で判断するしかありません」
事前にわかってるんなら、それは単なる秀才ですからね。
天才ってほんと、意味わかんねー人たちです。
え?
なんで勝つの?
そこは負けなきゃおかしーでしょ?
みたいなのが天才です。
見た感じバカに見えるというのも天才にはありがちですね。
そのことを踏まえて考えれば、コーサカ伯爵が実は天才だというケースも1%以下ではあるでしょうけれどありえます。
「…………第三案は? 天才でなくてもできるのか?」
「最後の案は、才能よりもむしろ性格が決め手になる作戦です。具体的には、ここから10キロという目と鼻の先にあるイヨヤの街に使者を出し、服従を促すことですか」
「服従?」
コーサカ伯爵が首をかしげました。
この反応は彼がバカだからではありません。
誰が聞いてもそうなります。
「いや、そもそも、あの街にいる兵は50かそこらだろう?」
「そうですね」
「何か意味があるのか? それに、あそこは伯爵領であって伯爵領ではない。妹であり父の次女であるユキが治めている街だ。父を殺した私に従うとは思えぬが?」
それはもっともな疑問です。
しかし、
「この場合は断られることに意味があるのです。服従を求めて断られた場合、支配するために攻めるのはなんら不思議な話ではありません。協力しない不心得者のいる街を攻めて灰燼にして滅ぼせば、逆らう者の末路を見せつけることができますし。その事実をもって各地に使者を送れば、兵はたくさん集まるはずです」
コーサカ伯爵は呼吸を止め、狂人を見るような目で私を見つめました。
私は気にせずに説明を続けます。
「なんといってもイヨヤの街は主都マナミンからほど近く、攻めやすく守りにくく、領主が幼少で無能です。そのうえで抵抗してくれるのであれば言うことはありません。つまりは生贄です。他の領主に対する見せしめの意味もあります。早期に北部を掌握するのであればこの一手しかありえません」
「妹はまだ12歳だ。善良で人を疑うこともしらない。そんな無体なことは」
「父を殺しているのです。妹の1人2人殺しても周囲への評判は変わりませんよ。どのみち青眼族を撃退できなかったとすればコーサカ伯爵の今後の運命は死ぬだけです」
端的に事実を突きつけられたコーサカ伯爵は目をつむって苦悩の表情を見せました。
おお。
イケメンは悩んでいる姿も美しい。
なんともお得な属性です。
わずかな逡巡の後、コーサカ伯爵は絞り出すような声で問いかけました。
「しかし、そんな作戦に兵が従うだろうか?」
「兵士は命令さえすれば多少無茶な作戦でも従います。もっと確実を期すのであれば、南部の砦に火をつけて残している兵を全員引き揚げ、主都マナミンに集めていただければより盤石かと。単純に兵士が増えて恫喝力が増すという以上の効果が望めます」
「そ、そんなことをすれば青眼族への守りがなくなるぞ!?」
「だからいいのです。日和見している者であっても火の手が足元まで近づけば動きます。なんならカヤマン将軍に命じて青眼族に雇われた傭兵を装って各地の村を焼き、危機感を演出して有力者を焚きつければよりいっそう」
「カルラ殿!」
耐えかねたような表情でカヤマン将軍が私の言葉を遮りました。
「そのようなやりかたでは、たとえ勝ったとしても周囲は従いませぬぞ!」
「そうですね。だから推奨はしません。でも、リスクがあるのは他のやりかたでも同じですよ?」
もともとが四面楚歌。
父を殺したコーサカ伯爵は孤立無援という現状です。
彼は恐怖でまとめるという以外の選択肢など最初から持てないのであって、あとはどれぐらいそれを前面に出すか、そのタイミングしだいになります。
庶民を助けるためにがんばったんだ、などといっても誰もついてきてくれません。
庶民はコーサカ伯爵の味方ではないのです。
彼らは自分にエサをくれる人の命令に従うのが精一杯なのであって、損得抜きでコーサカ伯爵を助けられるほど余裕のある人なんていません。
情に訴えたとしても徒労に終わるでしょう。
「…………どの案にも問題はある、か」
「そりゃそーです。問題のない案があれば選択肢は一つに決まります。後は好みの問題でして、好きなリスクを選んで決断してください」
それが貴族の仕事。
人の上に立つ者の責任というものでしょう。




