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第5話「新伯爵誕生」

 城が燃えています。

 クーデターなので仕方ないですね。

 伯爵家の兵士さんたちが消火活動に手を取られればラッキー、そうでなくても煙とかで混乱するので連絡が難しくなるという寸法です。


「カルラ様、突入しますか?」

「いやいやいやいや。するわけないでしょう。状況が落ち着くまで待ちますよ」


 何が悲しくて火中の栗を拾わねばならないのか。

 対岸の火事なんですから。

 ここで花でも愛でながらゆっくりくつろいで、時が過ぎゆくのを眺めているのが作法というものです。


「……うむ、いいお茶ですね」


 私はテーブルに用意された紅茶を手に取って香りを楽しみます。

 初夏のさわやかな風が中庭を吹き抜けました。

 城へと向かっていく風なので煙臭くないのがすばらしい。


 やはり風が吹いていないと火事の匂いがぷんぷんするので、クーデターとお花見とを並行して楽しむのは無理があるもよう。


 火事はそれほど大規模なものではないのでほどなく消火されましたが、今はあちこちで争いの声が聞こえるようになっています。

 どうやら戦闘中の様子。

 ヨーシヒコ伯爵とコーサカ伯爵子息による骨肉の争いです。

 目で見たわけではないですが、そのはずです。


「カルラ様! 大変です! クーデターが起こりました!」


 伯爵家の兵士さんがわざわざ城から飛び出して知らせに来てくれました。

 どうもありがとう。

 もちろん知ってますよ?

 この状況で何が起こってるかわからないのは相当なのーたりんのバカだけです。


「お知らせごくろうさま。見たところ怪我をしているようですね。ここで休んでいくといいですよ」


 兵士さんの服は火傷で痛んでいます。

 服があれなら肺とか喉とかはやばいことになっているでしょう。

 動けはしても重傷人というパターンなので、まずは治療が第一です。


「そのような場合ではありません! どうかご助勢ください!」

「助勢って、どっちに?」

「なっ……伯爵様への助勢に決まっているではないですか!」


 兵士さんがわからないことを言っています。


「えっとですね。我々は伯爵家に対して協力しているだけで、内紛に関しては専門外です。クーデターについてはご自分でどうにかしてください」

「そんなバカな!」

「いやだって、どっちが勝つかわからないんでしょう? だったらどっちが伯爵かもわからないわけで。負けるほうについて恨まれるなんてごめんだし」

「…………失礼します!!」


 怒った兵士さんは踵を返して城へと戻りました。

 なかなか見上げた人物です。

 あれだけ忠誠心が高い部下を持っているというのはうらやましいことですね。

 うちの部下さんにも見習ってほしいぐらい。


 ……でもまあ、そーゆー人って真っ先に死んじゃうので。

 すぐにいなくなります。

 世の中に悪がはびこるというのは至極当然のことなのかもしれません。


「カルラ様、そろそろ頃合いではないですか?」

「うーん」


 たしかに。

 中立とは言いましたが、勝つべき方につかなければ勝者から恨まれてしまいます。

 しかし。


「もう少し待ちましょう。今介入すれば当方も被害は避けられません。状況から考えれば勝つのは伯爵子息のほうですし、それならば多少遅れても大丈夫です」


 そう。

 伯爵が勝つのであれば、とっくに助けに行っていないとまずかったわけですが。

 伯爵子息が勝つ場合にはクーデター首謀者という汚点があるので、そもそも我々の不義理を糾弾できるような立場ではありません。

 味方が周りにいないので、中立の私たちとも仲良くやっていけるはず。


「カルラ様。敵兵が」

「迎撃しなさい」


 しばらく待っていると城の中から兵士が出てきました。

 20名ほどの武装集団ですね。

 私のほうを見ながら指示を出しているので、明らかにこちらを意識した兵隊です。


 彼らのうちの一人が武器を手にしたまま近づいて叫びました。


「カルラ殿! この城はコーサカ伯爵子息の支配下となった! すみやかに武装解除して投降されよ! 悪いようにはしない!」

「ばーか」


 私が指さした直後、伝令さんの体に無数の矢が突き刺さりました。

 明らかなオーバーキル。

 伝令さんが一瞬で絶命して倒れます。

 動揺した敵兵達は味方を殺された怒りによって戦意を取り戻し、雄たけびをあげてこちらへと肉薄しました。


「うおおおお!」

「迎撃!」


 カルラ特選隊の弓撃が敵を次々と射貫きます。

 うちの部隊は精鋭ぞろい。

 腕ごと盾ごと敵を吹っ飛ばして蹴散らします。

 勢いあまって体ごと城壁に縫い付けられた兵士さんとかもいましたね。

 一方的に十余名を殺された敵兵はあっさり戦意喪失し、武器を取り落として腕を後ろに組んでお縄になりました。


 さて。


「伝言を頼めますか?」


 そのうちの一人を開放して城までのおつかいを頼みます。


「で、でんごん?」

「これから交渉に行くので。我々に手を出さないでください。そうでなければ街に駐屯しているカルラ軍5000の兵が相手をすることになりますよ」

「わ、わかりました」


 兵士さんはほうほうの態で逃げ出してしまいました。




 30分後。


 特に返事がなかったので、こちらから出向くことになりました。


 通るのが敵地の真っただ中なので、普段は奔放な食客さんたちも緊張を隠せない様子。

 私も平常心ではありません。

 歩くたびに胸がドキドキとして気分が高揚するので、ちょっと意識して抑えておく必要はあるでしょう。


「カルラちゃん、何があっても私が守るからね!」

「頼りにしています」


 別に嘘じゃないですよ。

 この状況から城兵を斬り殺して脱出するぐらいはたぶんできるでしょうけれど。

 一人も死なないというのはありえないですし。


 私がどれぐらい安全に脱出できるかというのは部下のみなさんの頑張りにかかっているので。


 ほんっとう、頼りにしています。




 廊下を渡り、死体の海を踏み越え、荒れた城内を進んで玉座の間に入りました。


 中には100人ほどの人間がひしめいています。

 うちの半分ぐらいが伯爵さんの部下として国を動かしていた文官集団ですね。

 残りの半分が武人。

 文官集団が縄で縛られて罪人のように並べられている一方、武人さんのほうはみんな偉そうにふんぞり返っています。


「やあ、どーもどーも」


 軽く手をあげてあいさつして見たのですが、やあやあと軽快に返してくれる気さくな人は一人もいませんでした。

 むしろギロリとにらみつけてきます。

 うへえ。

 そんな目で女の子を見ないでくださいね。

 セクハラで訴えますよ。


「…………お久しぶりです、カヤマン将軍。やはりそちらにいましたか」


 知っている人がいたので声をかけてみたところ、数日前にふらりといなくなったカヤマン将軍が黙礼を返してくれました。


 ヨーシヒコ伯爵に軍の全権を与えられていた彼ですが、南部の視察に行くと称して姿をくらましていたのです。

 そして今この場にいる。

 つまりはそういうことですね。

 砦に行って焚きつけたにしては行動が早すぎるので、たぶん自然発生したクーデターに便乗しただけでしょうけれど。


「首尾よく運んだようで、まずはお祝い申し上げます」

「お祝いだと、白々しい」


 コーサカ伯爵子息?と思われる人物が吐き捨てるように言いました。

 おお。

 なんだか嫌われていますよ。

 おかしいですね。

 私は特にコーサカ伯爵子息さんの邪魔しなかったというか、むしろクーデターを陰ながら手助けしてあげたぐらいだと思っておりますのに。


「私の部下が世話になったそうだな?」

「えっと、なんのことやら」

「伝令を向かわせたはずだ。武装解除して投降しろと。なぜ殺した?」

「ええー」


 コーサカ伯爵子息は二十代前半とおぼしきイケメンです。

 私はイケメンという言葉をよく使いますが、コーサカ伯爵子息は本当にまじイケメン。

 金髪紅眼で体のパーツがいちいち均整がとれていて、筋肉質、長身、肌がつやつやでみずみずしく、指の節々までがセクシー。

 むしろアイドル業だけで食っていけるんじゃないですかね。

 ちょっとだけ視線にケンがあるというか、意志が強そうというよりむしろ怖いような感じなのが玉に傷ですけれど…………別に伯爵子息は愛嬌を売る商売でもないので、あれはあれで問題ないのかもしれません。


 ……と、いけない、いけない。

 そんなこと考えてる場合じゃなかったですね。

 なにやら抵抗したことを怒っているようなので、ひとまずは無実を訴えて釈明しなければなりません。


「なぜと言われましても。暴徒から剣を突きつけられて屈するのであれば武門の名折れですよ。特に従うべき理由もなかったですし、むしろ戦うのが当然です」

「…………では、私とも戦うおつもりか?」

「いえいえ。そちらに争う気がないのであれば、当然こちらにもありません。私は伯爵家に協力して青眼族を撃退しろと言われているだけで、伯爵家当主が誰かなんてのは至極どうでもいいことなので」


 コーサカ伯爵子息が苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべました。

 おお。

 どうやら父親を見捨てた私に対して思うところがありそうな感じですね。


 いや、でもねえ。

 それはクーデターを決行した当のコーサカさんが言えた立場ではないはずです。


「そういえば、伯爵はどうなりました?」

「首になった」

「……死んだので?」

「そうだ。いまは使いの者に持たせて戦勝を喧伝している」

「あー」


 そっかー。

 殺しちゃいましたか。

 私は思わずうなります。

 伯爵は臆病な人ではありましたが、それでも息子から殺されなければならないほどの失政なんて一つもなかったのに。


「何か文句がおありか?」

「うーん」


 文句というか、ねえ。

 殺さなくても。

 なにも殺さなくてもよかったのになあ。


 部屋に監禁して実権だけ奪い取る、とかだったら、まだ協力者として認識できたのですけれど。

 親殺しをしておいて悪びれたところもないなんて。

 正直幻滅ですよ、コーサカさん。


 とはいえ、かわりの馬もいませんし。

 青眼族の脅威が足下に迫っている以上、今のところは彼に走ってもらうしかないですね。


 私は頭を切り替えてコーサカ伯爵子息に向きなおります。


「そもそも一つ聞きたいのですけれど……コーサカ伯爵子息、なぜこんなことをしたのです?」

「なぜ、とは?」

「父である伯爵を討った大義名分のことです。我欲のためとか、民衆のためとか、名誉のためとか、国を守るためとか、部下のためとか、つまりはそーゆーのです。この場のみんなに向けて説明してください」

「…………私は南部で地獄を見てきた」


 コーサカ伯爵子息はとつとつと語りました。


「村が焼かれ、青眼族の軍勢が国土を踏みにじり、生まれた難民は北部へと逃げ込むことさえ困難な有様だった。私は命からがら砦にたどり着いた難民に食料を与えたが、まるで足りなかった」

「ふむふむ」

「父上に食糧援助と難民の保護を申し出たところ、帰って来たのはこういう返事だ。食料は出す。だが通すな。追い返せ。抵抗するならば殺せ。自国の民であるのにな。守るどころか北への避難を許さず、それどころか街道を封鎖して南部に押しとどめようとした」

「なるほど」


 その処置はわからなくもないです。

 難民の群れが1万いればその中には必ずスパイと破壊工作員とが入り込んでいるわけで。

 治安の安定している北部へは来てほしくなかったのでしょう。

 それを承知で通すのが王道ですが、南部に閉じ込めておきたいというのもあながち否定はできない選択です。


「私は命令通りに難民キャンプを作って街道を封鎖したが、難民の数は日に日に増え続けた。10万を超えた時点で管理できなくなり、暴動を起こした難民は関所へと押し寄せた」

「それで?」

「あとはわかるだろう。10万の群衆がおしくらまんじゅうだ。数千の重傷者と千を超える死者が出た。兵を使って事態を収束させたが、改善の見込みはない。彼らはもはや死を待つほかにないのだ。それが弱者の運命だとでもいうのか?」

「…………」


 そうですね、それが運命なのです、と言えるような空気でもなかったので、私はつつましやかに沈黙を保ちます。


「死んだ中には! 部下の家族もいたのだ! 山ほど! 彼らは自国民なのだぞ! 父はそのすべてを見殺しにした! こんなバカな話があるものか!」

「……それでクーデターを?」

「そうだ。北部には10万の軍勢を10年養えるほどの金銀糧米があるという。青眼族との戦いで奪われることを恐れて移動させていたのだ。それあれば難民たちを救うことができるだろう」

「うーん」


 これは困りました。

 0点です。

 そんな身勝手な理由で殺されてしまってはヨーシヒコ伯爵もたまりません。


 コーサカ伯爵子息の発言は庶民目線ではほぼ満点ですが、貴族からしてみれば最悪の答えです。

 彼はようするに庶民のために父親を殺したのです。

 そんな人間は貴族から絶対に信用されません。

 世の中にいる紅眼族貴族のうちで、彼と取引をしたい人間なんてただの一人もいないでしょう。


 なんてゆーか、これはだめそうですね。

 コーサカ伯爵子息、父親のヨーシヒコ伯爵よりも人間の器量が二枚か三枚は落ちそうな感じです。


 あれでも伯爵は統率力がそれなりにありましたし、臆病さは慎重さの裏返しとも言えましたし、それよりなにより、政治的な常識というものがありました。

 ヨーシヒコ伯爵は貴族となかよく付き合うことができたのです。

 一方のコーサカ伯爵子息は父親を殺してしまったことからもわかるように、貴族の目から見た自分というものを理解する能力がありません。

 これは貴族としては致命的なことです。

 彼の伯爵就任を認める貴族なんて世界のどこにもいないでしょう。


 一体どうすればこんなバカ男に育つのか……と一瞬だけ考えましたが、そーいえば彼は次男なのでした。

 次男は長男のスペア。

 ただの付属品です。

 次男は庶民に近いので無理なからぬことですが、父親を殺してしまった後では再教育の可能性もないですし。


 …………使い捨ての人ですね。


 いいでしょう。

 わかりました。

 そういうつもりで付き合います。


 戦後処理のひな型については、今のうちに父上に送っておくとして。


「事情はわかりました」


 少なくとも青眼族との戦いが終わるまでの間は、彼と手を取り合って戦うしか選択肢はありません。


 まずは弱っちい彼の権力基盤を強化しておきましょうか。


「それでコーサカ次期伯爵。あなたは爵位を継いで青眼族と戦う意志はあるのですよね?」

「当然だ」

「なら、この場で継承式をしてもらわねばなりません」

「継承式?」

「はい。私も子供の使いじゃないので、庶民の相手なんていちいちしてられないですし。さっさと爵位を継承してください」

「継承……どうするのだ?」

「どうって、城の祭司関係者を呼んでやってもらえばいいのです。準備がいる儀式は省略で。人がいないならこの場で責任者を任命してください。最短なら1分もあれば済むことです」

「わかった」


 コーサカ伯爵子息は囚われている文官さんのうちの一人を直視して言いました。


「お前がやれ!」

「わ、わかりました」


 縄を解かれた文官さんがよたよたと立ち上がり、困ったような顔で私に視線を向けてきます。

 いやいや。

 私だって伯爵家のローカルな宮廷儀式なんて知らないし、そんなことで頼られても答えられないんですけれど。


「玉璽と宝剣はありますか?」

「押さえてある」

「なら、それを玉座の前で彼から受け取ってください。それをもって爵位継承としましょう。あと」

「なんだ?」

「できたら縛ってある文官さんたち、全員解放して参列させてあげてくれません? 各地から権力者を呼んでる暇なんてないですが、参加者が多ければ多いほど、やはりハクがつくので」

「……わかった」


 そのような次第によって玉璽と宝剣の授与式が行われ、暫定的ではあるものの、コーサカさんが当代の伯爵になりました。

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