第4話「よそん家で吹き荒れる嵐」
凪のような空白期間の後は、イベントが怒涛のように押し寄せる激動期間へと変わりました。
まず、訃報が届きます。
南部で戦っているヨーシヒコ伯爵の長男さんが戦死してしまいました。
そりゃまあ、戦ってるんだから戦死ぐらいはしますよね。
私といえども戦えば死ぬことはあるので、伯爵家の長男さんが死んだというのは特に驚くほどでもないありふれたニュースです。
しかし、ヨーシヒコ伯爵はこれに激怒しました。
「アヤノ将軍を呼べ! 息子の死について責任を糾弾するのだ!」
アヤノ将軍は南部でゲリラ戦を展開している女傑です。
年齢は確か37歳でしたか。
兵数と名声で上回るロジョウ将軍を相手に一歩も引かず、各地を転戦、敵主力の出払った砦を奇襲で落とし、あるいは補給路を断ち、街道の交通を奪い、青眼族軍を南部で釘づけにして苦しめ続けているというお話です。
まーそんな戦法を取れば敵だけでなく一般市民だって冗談じゃねえぐらいに苦しむので。
軍人としては優秀、というだけのお人ですね。
ゲリラ戦を続けた結果として放火や略奪が横行し、難民が大発生し、ほうぼうで餓死者が生まれ、人心はすっかり伯爵家から離れてしまっているとのこと。
とはいえ。
「伯爵様。お考え直し下さい。アヤノ将軍を失えば南部の戦いは持ちませぬ」
「砦があるだろうが!」
「あそこは南部が不安定だから持ちこたえられているのです。十分な補給を備えた敵軍であれば突破してきます。そうなれば北部まで兵がなだれ込み、この主都マナミンでさえ安全とは言えなくなります」
「それをなんとかするのがお前たちの仕事だ!」
伯爵が無茶苦茶言ってます。
目が真っ赤です。
興奮しているのでぴかぴか光ってますね。
紅眼族は激情にかられるとあのように目が光るので、40すぎのおじさんが玉座の前で目から光線を放つというほほえましい光景が生まれました。
「カルラ殿! そもそも援軍はいつ来るのですか! 我々は十分に待ちましたぞ!?」
おおっと、こちらに怒りが飛び火してきましたよ。
キレやすい中年ってやですよねえ。
とはいえ、跡継ぎの息子を失った今の伯爵さんは導火線に火のついた爆弾です。
答えは慎重に選ばねばなりません。
私は正面から伯爵を見てゆっくりと答えます。
「…………大軍の編成には時間がかかります。援軍の第二陣がくるまであと一か月、10万の軍であれば最低二か月は見てもらわねばなりません」
「遅すぎるではないか!」
「ですので、私は何度か進言したはずです。現状の兵力で決戦を挑むべきだと。それを押しとどめたのは伯爵ではありませんか?」
「このようなことになるとわかっていれば決戦を選んでいた! なぜ言ってくれなかった!?」
いや、なぜとか言われても。
だってねえ。
誰がいつどういう風に死ぬかなんて、そんなのわかるわけないですよ。
神様じゃあるまいし。
「戦況の推移を見通すことなど人の身にできるものではありません。助言はできますが、決断そのものは伯爵の仕事であると考えます」
「私の決断が悪かったから息子が死んだというのか!?」
「…………」
「貴様! 否定しないとはどういうことだ!?」
「伯爵様、それ以上はいけません! 相手は公爵家、その信認を受けたカルラ様ですぞ!?」
剣を抜いて近づこうとした伯爵を周囲の重臣が慌てて押しとどめました。
おおう。
さすがの私もびくびくです。
こんな間の抜けた場面で殺されたりしたら歴史に名を遺すバカとして語り継がれちゃいますよ。
ちょっとまじめに脅しておいた方がいいのかもしれませんね。
「…………伯爵殿。我々は伯爵殿の部下ではないのです。剣をもって語るのであればそう言われよ。しかるべき対処をいたします」
私が手を挙げると、背後にいた近衛や護衛達が戦闘態勢に入りました。
やれやれ。
さすがにこの場でやりあえば負けるかもしれませんが。
なんとか城兵を斬り殺して本国まで逃避行し、軍を集めて逆撃して伯爵家を滅ぼすこともできるだろうと信じます。
「ま、待たれよカルラ殿! 我らと公爵家との友好関係に偽りはない!! 先ほどのことは息子を失った動揺からのことだ! どうか許していただきたい!」
さすがに悟ったのか、ヨーシヒコ伯爵が顔を青くして謝りました。
まあそりゃーそうですね。
青眼族とやりあっている上に公爵家まで敵に回したら滅びるしかありませんし。
ここで首尾よく私を殺せたとしても、跡継ぎを殺されて怒りに燃えるであろう父上の相手はできません。
「……わかりました。先ほどのことは忘れます。それで」
ほっと胸をなでおろした伯爵に向けて私はさっそく水を向けることにしました。
鉄は熱いうちに打て。
スペシャルチキンの伯爵をたきつけるのであればこのタイミングしかありますまい。
「まずは善後策を講じねばなりません。全軍を率いての総攻撃を再び提案します」
「私は息子を死なせたアヤノ将軍の責任をまず問いたい」
「それは後日にやるべきです。戦争が終わって安全になってからであればいかようにもなさってください。伯爵家を青眼族の脅威から救うべくやってきた私としては、アヤノ将軍ほどの有能な軍人を失うのは賛成できません」
「後日では遅い」
「かもしれませんが」
「戦争が終わってからの処罰は困難だ。アヤノ将軍の責任を問うのは今この時を置いて他にない」
「しかし」
「息子を殺されたのだぞ! 私の心中を察してくれ!」
「……そこまでおっしゃるのであれば、私からは何もありません」
こりゃもーだめそうですね。
決意は固そうです。
部外者の立場からは言っても無駄でしょうし、後は重臣のみなさんに期待するとしましょうか。
私が一歩引いて視線を向けると、カヤマン将軍が任せろといわんばかりにうなずいてヨーシヒコ伯爵にくってかかりました。
「伯爵様。いけませんぞ。アヤノ将軍がいなければ青眼族は枷を失った虎も同然。必ず北部まで攻めてきます」
「しかし!」
「そもそも息子殿はアヤノ将軍に殺されたわけではありますまい。勝敗は兵家の常。失態の責を問うのは後日にやるべきです」
「む、む」
「まずは息子殿の真実の仇である青眼族の軍勢を撃破する。それこそが天上で行く末を見守っている息子殿への最高のはなむけとなるでしょう」
「…………わかった!」
叫んだ伯爵はすわ親征か、という剣幕で玉座から降りて剣をかかげ、カヤマン将軍の前に進み出てぎょろりと目をむきました。
「カヤマン将軍!」
「ははっ」
「すべてまかせるゆえ、はからえ!」
「……ははっ?」
カヤマン将軍が呆然としています。
いや、そりゃーわけわかんないですよね。
すでに今までからして任されていたわけですから。
何がどう変わったのかを明確にしてもらわなければ部下としても動けません。
「私は息子の死を悼むための黙とうに入る! しばらく部屋にこもる故、誰も入ってくるな!」
「し、しばらくとは?」
「援軍が来るまでだ! 援軍が来るまで私は動かん! 軍のことは任せる!」
「それは全権を預けて頂いたと解釈していいのでしょうか? 南進して賊を討てと?」
「攻めることは許さん!」
「そ、それでは?」
「戦いは相手の三倍の兵を集めてからやるものだ! いまは援軍を待て! 後のことは任せる!」
そう言った伯爵は玉座の間を出て廊下を走って私室に籠り、それっきり出てこなくなりました。
呼びかける重臣さんたちを完全無視。
扉の前を近衛兵が固めます。
近づくものは斬れとのこと。
まったく取りつくしまもないような完全引きこもりモードでして、天照大神も真っ青です。
いやはや。
さすがは柔弱で有名なヨーシヒコ伯爵です。
息子を討たれた怒りで目が覚めるかもしれないと思ったのですが。
やはりそんなファンタジーはありえなかったですね。
人間の本質というものはなまなかなことでは変わりません。
「カヤマン将軍。こうなった以上は諦めて援軍を待ちましょう」
「……いえ、ひとつだけ、最後の手があります。これには少々準備が必要ですが」
暗い表情でつぶやいたカヤマン将軍は何かを決断したような足取りで玉座の間を出て行きました。
数日後。
アケド伯爵領の真ん中にある砦から次男さんが来ました。
砦の守備を任されていたコーサカ伯爵子息ですね。
長男の死を報告するために駆けつけた、というにしては、ずいぶんものものしい軍勢を引き連れての入城です。
合計1000人ぐらい。
見るからに精強そうな感じ。
あれはどー見ても砦を守るための中核兵力であって、この戦時下にわざわざ連れてきたというなら、つまりはそういうことなのでしょう。
うーむ。
「ヤクシャさん。ヤクシャさん」
「なんだ?」
「ちょっとやばいことになりそうです。まずはともかく、私の護衛をしてください」
「わかった」
別に私としてはどっちでもよかったのですけれど。
やはり順序としては伯爵に対して助言をしなければなりません。
絶賛引きこもりモードに入っている伯爵様の私室へと足を運び、扉を守っている近衛兵さんに向けて話しかけます。
「ちょっといいですか?」
「これはカルラ様。ご機嫌うるわしゅうございます」
「緊急事態です。通してください」
「伯爵様は誰ともお会いになりません」
「でも、どうやら次男のコーサカさんが兵を連れて入城しようとしてるみたいですよ。それを知らせないと」
「報告は受けております。伯爵様は誰ともお会いになりません」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「うーん」
私はちょっと考えます。
目の前の近衛は5人。
いずれもそれなりの手練れです。
こちらは食客のヤクシャさんと近衛のパールさんの2人だけ。
やろうとすれば無理やり通れなくはないですが……でもまあ、そこまでする義理もないですか。
「わかりました。伯爵様に伝言を頼めますか?」
「なんなりと」
「一か月の間、ありがとうございました。それと今回の件、お悔やみ申し上げます」
「はい。確かにお伝えいたします」
どうやら長男さんが死んだことに対する言葉だと思ったらしく、近衛さんが気負ったところもなくうなずきました。
自室に帰ると、あらかじめ集めておいた近衛や護衛達が全員そろっていました。
「えーと、みなさん、これから籠城戦ごっこをはじめましょう」
顔を見合わせるカルラ特選部隊のみなさんに向けて、私はかんたんに説明をしていきます。
「どうも本日、戦争の気配がします。次男のコーサカ伯爵子息が兵を1000ほど連れて入城しました。クーデターを企てている可能性があるので、手を打たなければなりません」
しん、と沈黙が場を支配します。
まあ聞き流すにしては事態が大きすぎますからね。
近衛隊長さんに視線を向けて発言をうながすと、彼女はおそるおそる、といった調子で手をあげました。
「そ、その。それはつまり、我々でそのクーデターを阻止しようという話なのでしょうか?」
「いえ、違いますよ?」
なんでそーなるの?
他所の家のトラブルなんて犬も食わないです。
知らぬ存ぜぬで引きこもり、無傷で嵐をやりすごしたいに決まっているじゃあないですか。
「そもそもクーデターが起こるとは限らないけれど、ありえるかもしれないから念のためにってだけの話です。いつでも城から逃げられる場所に避難して、ことの推移を見守ることにしましょう」
「避難ですか?」
「はい。守りが堅牢で、外部へとすぐに逃げ出せて、なおかつ内部の様子も見に行けるような場所がベストです。どこがいいですか?」
「……それならば」
近衛隊長さんの話によると、この城の裏庭にあるバラ園の温室がふさわしい場所とのこと。
いざというときには森の奥から脱出できるし、城と隣接しているので気配が伝わるし、垣根が城壁の役割を果たしてくれるので守るのも快適だというお話です。
「わかりました。それではさっそく移動して、籠城戦ごっこをはじめましょう!」
「おー!」
と勢いよく同意してくれたのは食客の人だけでしたが、ともあれ方針は決まりました。
裏庭へと移動して簡易バリケードを作って出入り口を制限し、武器や食料を確保して長期戦に備え、森への脱出口を抑えていつでも逃げれるように準備を進めます。
ついでに主都マナミンの各所にいるカルラ軍に連絡も取っておきますね。
ガネーシャ将軍がいればこのへんの指揮は全部任せておけたんですけれど……彼は援軍をまとめるために公爵領最南端の街であるオリークラカナで働いているので。
今回は盗賊退治の時についてきてくれたカルラ隊Bの隊長さんにおまかせです。
三時間後。
城の各所から火の手があがりました。