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第3話「波濤の前の凪」

 状況の把握が終わりました。


 アケド伯爵領はブロッコリー公爵領南部にある山岳地帯です。

 果樹栽培が盛んであり、平地が少ないので芋食がメイン。

 コメが少々。

 鉱物資源はそこそこ。

 養蚕や機織り、手工業などが各地で行われていて絹織物がたくさん産出される土地柄です。


 人口は300万。

 まあ大陸北部の伯爵領としては平均的ですね。

 常備兵は2万人ぐらいだそうで、大陸中央部の伯爵家と比べると相当に少ないです。

 現在は一般兵を入れて5万人ほどに拡張し、うち3万ほどをアケド伯爵領南部へと投入して青眼族との戦いに明け暮れているとのこと。


 現在、アケド伯爵領南部は超のつく激戦地帯です。


 アケド伯爵領は山岳地帯であるために通行可能な場所とそれ以外がきっぱりとわかれておりまして、街道だけを切り取ってみると南北に伸びた瓢箪のような形をしています。

 このひょうたんの連結部分に砦があり、そこに精兵10000がこもって防衛しているために北部の守りは完璧。

 ヨーシヒコ伯爵をはじめとした上流階級は安全でのんびりとした生活を楽しむことができます。


 一方の南部は悲惨なことになってまして、2万の伯爵軍が各地の砦を攻めたり攻められたり、一進一退の攻防を繰り返して戦況は泥沼化しているということです。


「ですので」


 カヤマン将軍が地図を前にしてまとめにはいりました。


「アケド伯爵領南部に侵入してきた青眼族の軍勢を国外へと追い返すことが当面の目標となります。カルラ殿、ここまでで何か質問はありますか?」

「敵の規模は?」

「大軍です」

「大軍はわかっています。数です。数字です。具体的な兵数が知りたいです」

「さて……侵入してきたのは2万から3万ほどかと」

「他には?」

「ロジョウ将軍が支配しているカプコーン王国には5万程度がいるとのことで、単純計算だと8万ですな」

「正規兵の内訳だと?」

「1万程度ではないでしょうか。敵軍の小隊長には民兵が多く含まれているとのことですし」

「なるほど」


 たかだか1万程度の中核兵力で大陸北部まで攻めてくるあたり、ロジョウ将軍は蛮勇ここに極まれりといった感じですね。


 8万中の1万であれば10%強。


 軍隊としては規律を維持できるギリギリの数字です。


 伯爵軍をかき集めれば援軍と合わせて3万は超えるわけで、伯爵領における彼我の関係は数でも質でもこちらが上だと断言していいでしょう。


「それなら全軍を率いて南進し、敵と正面衝突して撃破するべきではないですか?」

「おっしゃる通りです」

「なぜやらないのです」

「命令なので」

「誰の?」

「ヨーシヒコ伯爵の命令です。援軍が来るまで耐えろ、の一点張りでして」

「まあ! なんてことを!」


 まともな支配者の言葉とは思えません。


「今からでも遅くありません。南部の兵を砦に集結させて合流し、正面決戦を挑みましょう」

「できません」

「わかっているのですか? 守りを主体にしたゲリラ戦では民間に被害が出るばかり。負けはしないにしても、長引けば負けたも同然の被害が出てしまいます!」

「わかっています……しかし、援軍が来ていないので」

「私が来たではないですか!」

「伯爵の考える援軍とは何も言わなくても単独で敵軍を倒してくれる大軍勢のことなのです。具体的には公爵家10万の援軍すべてが到着してはじめて攻勢に出ることができる、とのことで」

「なっ」


 なんとゆー弱腰!


 チキンにもほどがありますよ伯爵!


 大軍を集めれば相手に逃げられるだけで、根本的な解決にはならないのに!


「すべてはからえと言われているのでしょう? 独断で兵を集めて決戦するべきです!」

「そ、それをすれば私は殺されてしまいます」

「軍を動かすのに多少の独断専行はつきものです! 口添えしてあげますから! さっさと突撃をかましましょう!」

「カルラ様は公爵家の後継者でいらっしゃるからそのようなことが言えるのです……私の前任だった将軍は似たようなことをやって敵を撃退し、帰って来た途端にギロチン刑になりました。ヨーシヒコ伯爵は温和で文治派ですが、それだけに軍への態度は厳しく、間違っても独断専行を許すような君主ではないのです」

「ぐううっ!」


 あの無能野郎!


 無能なら無能なりに全部任せればいいのに!


 興味はない!

 指示は出さない!

 でも権限は与えないって!

 最悪じゃないですか!

 老害そのものですよ!

 死ねばいいのに!


 そりゃー勝手に動いた軍人を処刑しなきゃあ殺されるのは伯爵のほうですけどね!


 よくわかってるじゃないですか!


 クソ野郎!


 死ねばいいのに!


「それに……ヨーシヒコ伯爵の方針も間違いではありません。防御に徹すれば負けることだけはなくなるので」

「負けなきゃいいってもんじゃないでしょ!?」

「おっしゃる通りです」

「負けなくても被害が多すぎれば国体を維持できなくなりますよ!」

「おっしゃる通りです」

「だったら!」

「残念ながら、我々が外敵の脅威にさらされるのはこれが初めてのことでして……おそらく伯爵様は、そのあたりのことがわかっておられないのではないかと。説明しようにも、伯爵様はあのようなお人柄ですから」


 私は先ほどの伯爵の指示と態度とを思い出し、奥歯をかみしめました。


「まかせる、はからえですか」

「はい。といっても、まかせるというのは防御においてのみのことでして。正面決戦を挑むのは許さない、援軍が来るまで耐えろと」

「…………なるほど」


 これは処置なしですね。

 そういう話であれば、私にできることは何もありません。

 いさぎよく遊びモードに頭を切り替えて、援軍が来るまでの時間を楽しく過ごすことにしましょうか。




 アケド伯爵領の主都マナミンにはカジノがありません。

 かつて私が愛したラビット鈴木はドランゴ伊藤に敗れました。

 さめざめと泣きながら公爵領を出たのが一か月前のことですね。

 その時のリベンジをしたかったのですけれど…………ないものはしかたがありません。


 幸いにもヨーシヒコ伯爵は雅を愛する文化人のため、暇をつぶすための遊びはいたるところにあります。

 私はマナミンの各地を観光して目の保養をしたり、食客さんを誘ってショッピングに出かけたり、訓練に明け暮れる正規兵さんに手料理を運んだりして暇をつぶしました。

 戦争中なので物価は極めて高いです。

 大陸南部からの物流が完全に止まっているため、営業不可能状態になって閉店している店とかもある模様。


「カルラちゃん、カルラちゃん」

「なんですか?」


 城の貴賓室でお茶会を開いていたところ。


 食客のラトリさんがクッキーをぽりぽりと食べながら私に提案をしました。

 

「すっごい暇なんですけど。はやく戦争に行こうよ」

「無茶言わないでくださいよ」


 暴論を口にするラトリさんを私はどうどうとなだめます。


「今回の私には戦争の主導権がないのです。ヨーシヒコ伯爵にその気がないうちは動けません」

「そうなの?」

「そうなのです」

「カルラちゃんはヨーシヒコ伯爵の部下なの?」

「そうではありませんが」

「だったら独断で部隊を動かしてもいいのでは?」

「もちろんいいです。極端な話、これから南部に突撃して青眼族と戦っても問題はありません。でも」

「でも?」

「そんなことをしても感謝されないどころかヨーシヒコ伯爵のメンツをつぶすことになりますし。ここは他国なのですから最低限の協調は必要です。我々はあくまでもお願いされたから手伝うというスタンスなのであって、伯爵からの要請がないうちは動けません」

「むー」


 ラトリさんがうなりました。


「でもでも、ひどいんだよ。食堂でごはんを食べてたらごくつぶしとか言われたし」

「あらまあ」

「他にも給仕の女の子とか、食堂で会うたびに嫌みを言ってくるの。ラトリ様は戦わないなら無駄飯ぐらいですわね、とか! なんなのあいつら! 死ねばいいのに!」


 何やら知らないところで嫌がらせを受けていたようです。


 まあここは公爵領とは違いますからね。


 実際問題として私たちは何の活躍もしないまま伯爵家の金で軍を維持しているわけで、5000人のごくつぶし集団であるというのは揺るぎない事実なのです。


「妙齢の女性が死ねなどと叫ぶものではありませんよ。ラトリさんはもっとしとやかさをですね」

「これは最近のカルラちゃんの口癖だよ!」

「……むう」


 痛いところを突かれました。


 最近の私は社交界にたびたび顔を出しているのですけれど、どうやら良家のご令嬢さんたちから嫌われているようで。


 遠巻きにひそひそ視線だけ向けてうわさされるので、居心地が悪いったらありゃしません。


「無視されたー! いじめかっこわるい! 死ねばいいのに! とか、いっつも叫んでるじゃん。そんなに社交界ってひどいの?」

「貴族関係者はそうでもないです」

「カルラちゃんをいじめてるのは誰なの?」

「いじめというか……無視されてるだけですけど。富農さんとかローカルな豪商さんとか棟梁さんとかの子女がやばいですね。彼女たちの世界は伯爵領の中だけで完結してしまうので。私とは極力関わりを持ちたくないみたい」

「あー」


 ラトリさんが納得したようにうめきました。


「話しかけただけで肩を震わせておびえられるので、物資提供のお礼さえ言えないありさまです。何をあんなに警戒されているのやら」

「それはしょうがないね」

「しょうがなくない! わたしまだ11歳なのに! なんで年上の女からびびられなきゃならないんですか!?」


 確かに伯爵領に入るにあたって私の武勲については喧伝しましたが!


 殺人経験とかもありますが!


 見た感じ可憐でか弱い花のような美少女(自己申告)の私が恐怖の対象になっている意味がわかりません!

 別に何もしないし!

 家とか貸してくれてありがとね、とか伝えたいだけなのに!

 なんで避けるの!?


「いや、あの、カルラちゃんが嫌われてるのって『なかよし作戦』のせいだと思うんだけど」

「…………ああ、あれですか」


 なかよし作戦。

 懐かしい響きです。

 異なった組織が仲良くなるためには必須の、生贄を融通し合う儀式のことですね。


 しばらく主都マナミンに逗留することが決まった時点で、私は伯爵と相談して仲良くやっていくための手を打っていたのでした。


 人となかよくなるために一番大切なのは公開処刑です。


 具体的にはお互いの組織の中から死んでほしいゴミ人間を5人ずつぐらい抽出し、犯罪を起こしやすい状況に誘導して証拠を押さえ、あるいは冤罪を着せて超速攻裁判を行い、即日有罪、即日処刑、すぱすぱと首を切って各所にさらすことで部下達の啓蒙を促しました。


 なにせ軍人というのはバカです。


 高級軍人はともかく、下層賤民のひどさは筆舌に尽くしがたいものです。


 上官には逆らえないけど伯爵家の将校にはケンカを売ってもいいとか、援軍に来てやったんだから多少はレイプしてもいいとか、歓迎がいまいちだから暴力で教育して金をまきあげてやろうとか………そういう愚者の痴夢とでもいうべき妄想をかなりまじめに信じている真正バカさんも多く含まれているので。


 悪いことをしたら罰がある、という当たり前のことを教えるために、特にできの悪い10人ほどを生首に加工して主都マナミンの要所要所へと出荷。

 衆人の目にさらすことで警鐘を鳴らしたわけですね。


 この試みは半分だけ成功しました。


 カルラ軍の不心得者が恐怖で動けなくなった一方、伯爵家の善良な協力者さんたちが委縮してしまい、友好的な関係を作るのが難しくなったという結末です。


「……でも、あれはどんな指導者であっても当然打つべき一手なので。非難されるいわれはないと思うのですけれど?」

「カルラちゃんの一般常識は世間とはちょっとずれてるんだよ」

「いやだって、長期滞在なんですよ? 軍が目的もなく街に居座れば賊徒化するのは必然なのであって、どこかで引き締めをやるべきだというのは全世界共通の常識だと思います」


 てゆーか、協力者の人は利益を受ける側なのに。


 犯罪発生率が減るのに。


 なんで結果として嫌われてるんでしょうか。


 ちょっと意味がわかりません。


「それでも、生首を城の中にまで飾るのはやりすぎだったと思う。食堂のすぐ横に生首があるのってどうなの?」

「飯場は目立つから効果的なのです」

「つい先日まで恋のうわさで盛り上がってたような子女さん達には刺激がきつすぎるよ。吐いて食べてまた吐いて、すっかりやせちゃった女の子の話とか聞いたし」

「私ははじめて人を殺した日にも普通においしくご飯が食べられましたが?」


 むしろ運動した後はご飯がおいしかったなあ、みたいな。


 人を殺したって死ぬのは自分じゃなくて殺された人なんですから、肉体的には何の問題もないはずなんですけれど。


「そりゃーカルラちゃんだからね」

「ラトリさんは違うので?」

「うーん。私はなんか殴ったら死んだ、みたいな初体験だったからよく覚えてないんだよね。死という概念を理解する前に殺していたというか。そもそも死体って気持ち悪いから、あんま近づきたくないじゃん?」

「そうですね」

「だから私はそういうのは考えないようにしてる。みんなもそうだと思うよ。食堂の傍に死体があるとご飯がおいしく食べられないし、あれはできれば撤去してほしいかなー、なんて」

「ふーむ」


 なるほど。

 そうなのかもしれません。

 私は全然平気なのですが、他の人も平気だと考えるのはよくないです。


 城門とかのやつはそのままとしても、食堂横の生首さんには引っ越しをしてもらうことにしましょうか。


「でさ、話を戻すんだけど」

「なんでしたっけ?」

「早く戦争に行きたいなーってやつ。カルラちゃんはいつまでこうしてるつもりなの?」

「状況が変わるまでです」

「状況?」

「援軍が来て伯爵がやる気を出すとか、南部の戦況が悪化するとか、逆に敵が諦めて軍を引き上げるとかですね。現状では伯爵のやる気がゼロなので、我々はただお座りをして待つのみです」

「気の長い話だねえ」

「不満ですか?」

「そりゃー、まあ。暇だし」

「安心するといいです。私たちがやっているのは戦争なのですから。そう遠くないうちに、活躍の機会なんてのは向こうからやってきますよ」


 その予言はほどなく的中することになりました。

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