第3話「編成進軍」
各地から徴兵募兵した結果、5000人の兵隊が集まりました。
普段は父の名前で兵を集めるのですが、今回は公爵令嬢カルラの名前なので集まりがとても悪いです。
いつもなら10000人は超えてないとおかしいんですけどね。
広告とか募集期間とか給料とかの条件は同じなので、集まった兵の差は純粋に私と父の人望の差ということになるでしょう。
しょんぼりー。
条件を変えればこの10倍はあつまるはずですし、領民総動員をかければさらに増えますが、まあ盗賊退治にそんな無駄金を使うわけにはいきません。
このまま出発することにしましょうか。
考えようによっては、補給の手間が省けてラッキーということもできます。
兵が半分なら食べ物も半分で済みます。
泊まる場所も半分ですみますし、キャパを超えて兵站崩壊なんてこともありません。
たくさんの兵に囲まれてるほうが安心できるので、このへんは一長一短ではありますけど。
ハムスター子爵領の盗賊退治なら5000でも十分…………の、はずです。
たぶん。
かわりに家臣のみなさんの負担が増えますが、これはしょうがないですね。
家臣のみなさんの背中がさびしそうです。
普段は肉の壁とでもいうべき雑魚兵隊が自分の5倍はいるのですが、私に人望がないせいで2倍ぐらいしかいません。
正規軍だから逃げたりはしないのですけれど、全体に超不安そうな雰囲気が漂っています。
お前らもっと明るくなれよ。
でないと私まで不安になるだろー。
ともあれ、数はそろいました。
父から借りている家臣のみなさんが中核兵力でだいたい2000人ぐらい、加えて母の実家から出向してきている女官とか武官とか、私に普段から付いている供回りとか、家で食客になっている浪人さんたちを合わせて2500人ぐらいが最低限信用に値する軍勢だということですね。
ここに徴兵された人を加えて7500、はったりを利かせて総数1万とサバ読んじゃいます。
さっさと編成してしまいましょう。
一般兵なんてのは肉壁兼雑用ぐらいにしか使えないので、正規兵の小間使いとして適当にばらけて配置します。
本来なら正規兵のみなさんには1人で5人ぐらいは指揮してもらうのですが、今回は一般兵が少ないので1対2ぐらいの運用になりますね。
指揮能力が余り過ぎている感じですけれど、統制をとりやすいという意味では非常に初心者向けの部隊になりました。
できあがった3~7人ぐらいの塊を小隊長、中隊長、大隊長あたりに適当に分配します。
できれば派閥ごとに運用したいところ。
ライバル関係にある部下同士をくっつけても足を引っ張り合うだけでいいことないです。
このへんの機微についてはガネーシャ将軍に丸投げ。
結果として10個ぐらいの大隊が完成しました。
……まだ多いです。
初心者の私では10個も同時に運用できません。
3つずつぐらい大隊をくっつけて、2000人ぐらいの部隊を3つ作りました。
便宜上、カルラ隊ABCと名付けます。
残りはカルラ本隊として私と一緒に行動することになりますね。
「そんじゃ、出発しますか」
「御意に」
カルラ隊ABCのそれぞれに先行調査役、物資運搬役、進軍補助役などの任務を与えて移動してもらいます。
別に急ぐ旅でもないですし、疲れないぐらいの速度でゆっくりと。
そういえば、転生してから領地を出るのはこれがはじめての経験になりますね。
ちょっとドキドキします。
前世の子供のころ、雪や台風が来ただけで妙に嬉しくなったあの感覚を思い出しました。
景色が流れます。
風光明美で知られるブロッコリー公爵領はもとより、ハムスター子爵領だって夏の間はみずみずしい草花が生い茂っているため、あちこちから虫や動物の気配がして非常ににぎやかです。
夏というのは生命の季節です。
風の中にも生命が混じっています。
太陽と水と土のあるかぎり伸びていく樹木の蜜や果実を食らい、うざいぐらいに繁殖するのがどーぶつというものですね。
ピンクの芋虫とか虹色の牛とかいましたよ。
私はそれらの名前は知りませんし、授業でも教えてもらえないし興味もないんですけど。
風に乗って一斉に飛んでいく何百羽という鳥とか、街路樹にへばりついて騒音をあげ続ける昆虫とか、小屋とか小麦畑とか果樹園とかがかわるがわる目に入るので、見ていて寂しいと思うことはありません。
行軍は朝日が昇るとはじまり、夕日が沈むと終わります。
普段の生活からすれば考えられないほど楽ちんです。
屋敷にいると教育係の連中が私をしばこうしばこうと手ぐすね引いて待っていやがりますからね。
歩いているだけで時間が過ぎるだなんて、怠惰すぎてだめになってしまいそうです。
できれば私だけぐーたら屋敷ですごして、あとから早馬とかに乗って追いかけたいぐらいなんですけど。
残念ながらそれはできません。
兵隊さんたちが私の顔を知っているというのは結構重要なことなので。
行軍の間はあちこちに顔を出し、できるだけ知らない人と目を合わせ、一緒に歩いたりごはんを食べたりすることにしています。
基本的には嫌がられるんですけどね。
ただ、その忌避感は上流階級に対する恐怖や怒り、嫉妬などが元なので、むしろ多少は発散させるぐらいのほうがいいのです。
一言も話さなかったとしても席を同じにするだけで、多少は不信感もやわらぎますし。
おべっかを受け流したり、沈黙に耐えたりしてればいいだけの簡単なお仕事というやつです。
ごくごくまれに生意気ぬかす兵士さんとかもいますけど、そういう人はさっと手をあげれば遠くで見守っている正規兵さんが寄ってきて教育してくれるため、トラブルに発展することはありません。
「姫さん、取ってきたぜ」
「うむごくろう。よきにはからえ」
「いや、料理するのは俺じゃねーんだけど」
「わかってますよ。言ってみただけです」
食事時になると、どこからともなく現れた食客さんがおいしい野獣を持ってきてくれます。
食客のみなさんは足が馬より早いので、行軍の合間、たまに森に飛び込んでどーぶつや果物を見つけてくれるのです。
野良豚とか野良モンスターとか野良ドラゴンとか。
ちなみに野良ドラゴンというのは雄ドラゴンに孕まされた母体から生まれる雑魚モンスターでして、生粋ドラゴンよりもはるかに数が多くて弱いです。
本場ドラゴンならカルラ隊を壊滅させかねないほど強いこともあります。
ドラゴン好きのみなさんは失望しなくてもいいですよ?
「今日は一緒に食おうぜ!」
「わかりました。お邪魔します」
彼らとは同じ屋敷ですごした仲なので、ほぼ全員が顔見知り。
私のお馬さんになったり足場になったり、屋敷を抜け出して狩りや野駆け、食べ歩き、ちゃんばらごっこ、魔法少女ごっこなどといった各種遊びに付き合ってくれる、とにかく便利な人たちです。
父上からは一人で出かけることは禁じられていますが、実家の供回りを含めて5人以上で出かける分には止められることはありません。
貴族令嬢だと、家によっては屋敷にカンヅメされてる子とかもいるみたいですけどね。
あれは正直どうなんでしょうか。
いくら大事だからって金庫に鍵かけてしまっとくわけにはいかないし、無菌室で育てられた花って外界にでるとすぐ枯れちゃうんですけれど。
まあ、よそはよそ、うちはうち。
あんまり形式にこだわらないのがブロッコリー公爵家の伝統ということですか。
炊事場の一角に私や食客のみなさんで簡易テーブルを作り、料理人に肉を渡してお茶を入れ、まったりくつろぎながら歓談します。
「行軍中は色気がねーからな。せめて飯でおぎなわないと」
「私という絶世の美女がいるではないですか」
「姫さんはまだ子供だろ。胸も触って楽しいほどないし、この先成長するとは限らんし」
「なんてこというんですか。私はちゃんと育ちますよ。未来への展望が暗く閉ざされているラトリさんとかと一緒にしないでください」
「え、なんで私が引き合いに出されてるの?」
「こいつはあれだ、胸以外のパーツはえろいからもんだいねーんだよ。肌もぷにぷにしてるしな。触るとたのしそうだろ? 姫さんはそうじゃない」
「なんで話の片手間にセクハラ受けてるの!? ぶっころすわよ!」
セクハラが原因で仕官をやめて食客に成り下がった彼女が言うとしゃれになりませんね。
というかラトリさんは服装がもうエロいです。
ノースリーブで見せブラつけてますし、ホットパンツで生足さらけ出してます。
肌とかめちゃくちゃきれいでシミ一つありません。
全身を薄い魔力膜で覆っているので虫が寄ってきても刺さらないですし、瞳はうるうる、髪はさらさら、筋肉のつきかたも絶妙。
ぱっとみた感じ健康体そのものです。
これには男の視線も釘付けでして、禁欲が続く行軍生活ではほとんど公害みたいな存在と化してますね。
これは襲われてもしょうがないんじゃないでしょうか。
少なくとも彼女の責任がゼロとは言えないと思います。
もーちょっと地味子ちゃんとして生きればいいのではないか…………いやまあ、男から見られることは女の喜びですし、気持ちはわからなくもないのですけどね。
ラトリさんは顔だけでもかわいいので、服とか工夫しても無駄なのかも。
「姫さまはあれなの? 好きな人とかはいないの?」
「なんで急に女子トークがはじまるのです?」
「だって、私だけがからかわれているなんておかしいもの。この前とか王都でパーティーあったんでしょ? かっこいい男の子とかいなかったの?」
「あいつらは……道端で出会ったら唾をぺっと吐きたくなるぐらい嫌いですね」
「どういうことなの!?」
「十代の男なんてみんな滅びればいいのに」
「なにがあったの!?」
「別に何も。強いて言えば遠巻きに見られてたぐらいですね。近寄ってさえこないので気分は珍獣です。同い年の男なんてそんなもんですよ。むしろ20歳以上年上の人のほうが社交会話に慣れてる分だけ話しやすいです」
「い、いや、カルラちゃん超かわいいから、普通なら男が寄ってこないわけないと思うんだけど…………」
「相手のほうが遠慮するんですよ。男爵家の令嬢とかはモテモテですけどね。公爵家で跡継ぎの私とか、名乗ったとたんに引きつった顔をされてしまいます。別に何もしないのに、粗相があってはいけない、みたいにカチコチになって」
「あー」
「まあ、実際私を殴りでもしたら社交界からは永久追放みたいなことになるので、あながち的外れな恐怖というわけではありません。むしろ教育が行き届いている点では親御さんが立派というべきなのかも」
公爵領の領民家臣がついてくる私は世界一重い女ですからね。
ちゃんと社交相手として割り切ってお話してくれる30代以降ならともかく、10代の男の子はどーぶつなわけですから。
親もぼろが出てはまずいので、とにかく頭を下げて絶対近づくな、みたいな指示を出すみたいです。
てゆーか、うちの家でも私以外の兄弟姉妹は『他の公爵の跡継ぎには絶対逆らうな』って厳命されてますからねえ。
ちなみに私、10歳未満の子供にはもてますよ。
彼らは容姿以外の判断基準を持たない正真正銘のどうぶつですし、私の服にションベンぶっかけても許される年代ですからね。
「わ、私もちょっと言葉づかいに気をつけたほうがいいのかしら?」
「ラトリさんはいいですよ。食客ってのはそういう世界で生きてないわけですから。居心地悪ければどこにでも行けるでしょうし、私はそこまでついていけませんからね」
この人たちは態度こそあれですし忠誠心も低いですけれど、とにかく強いので戦場では頼りになります。
負けが決まれば真っ先に逃げることうけあいですが、勝ち戦に関しては強いのです。
「お、来たぜ」
「来ましたね」
あつあつの料理が運ばれてきました。
ほかの部隊では乾パンがメインなんですが、うちは鍋でイモとか雑炊とか煮てくれるのがありがたいですね。
炭水化物万歳です。
メインのたんぱく源は野獣を使った肉料理。
原作ヒロインは買い置きのカレー粉で料理を作ってましたけど、私は公爵令嬢様なので当日の朝に香辛料を挽いて作ったカレー粉を使います。
ああ、なんていい匂いなのかしら。
これとお茶、アーモンド、豆とか食用の種とかを食べとけば健康に不安はない感じですね。
残念ながら野菜はかさばるので持ってこれませんでした。
せいぜい乳酸発酵させたキャベツが大量にあるぐらいです。
青物が足りないのだけはどうしようもないですね。
「野菜がほしいー」
「ないです」
「ほしいー」
「ないですって」
「ほしいー。ほしいー。ほしいー」
「ないっつってるでしょ! ほしけりゃそのへんの草でも食べなさい!」
食客の人たちがぶーたれてますが、さすがにこれはないものねだりというもの。
文句をいう前に仕事をしてほしいところです。
とはいえ、あまり大きな声でしかることはできません。
彼らは正規兵と違ってほとんど給料をもらっていないのです。
食費と宿泊費のぶんぐらいしか公爵家への義理はないので、限界ギリギリまで働かせようとすると逃げ出してしまうのですね。
実力はあるのに士官はしないという一種の趣味人さん。
それが食客というもの。
要するにニートの親戚のようなものです。
原作ヒロインの言葉を借りればメガニートマイナスというところですか。
そんな生き方が許されてしまうわけですから、彼らは基本的に強いです。
生物としての強度が一般人とはまったく違います。
編成したカルラ隊ABCの中でも、彼らに匹敵する個人戦闘力を持つのはせいぜい数十人ずつといったところ。
何百人に一人というレベルの怪人です。
特に上司を半殺しにして指名手配されたヤクシャさんと、セクハラが嫌で部隊を逃げ出したラトリさん。
この2人は原作登場人物クラスの使い手なんじゃないでしょうか。
公爵家お抱えの武術師範でようやく互角ぐらい。
武術師範の高弟ぐらいまでならギリギリ相手ができる私でも、この2人にはまったく手も足もでないのが現状ですね。
ただ、彼らは軍隊運用するときわめて弱くなります。
食客たちだけでカルラ隊Aと正面衝突させたら戦いにもならずに逃げ散ってしまうことでしょう。
勝ち戦では頼りになるけど五分より条件が悪ければ戦いにさえならない。
そんな人たちです。
身体能力があるから戦に強いというわけではない、これは一つの好例ですね。
日が昇って食べて歩いて日が暮れて。
眠って起きて遊んでときにはうたい。
千里の道をはるばるとー。
お気楽な旅路を進むうちに、ようやくハムスター子爵領が近づいてまいりました。
さあ、それではいよいよ救援に向かいましょう。
慈愛の少女カルラちゃんによる、救国の物語のはじまりです。
…………いや、ほんとですよ?