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第2話「伯爵領を救え」

 カルラのゆかいな仲間たち500人ぐらいを連れて、ブロッコリー公爵領最南端の街、オリークラカナに入ります。


 街の目と鼻の先に宿営地が作られ、そこで正規兵さんが生活をしているようです。


 今のところは1000人ぐらい。


 これから三か月ぐらいかけて、公爵領の各地から続々と精兵を集めていくわけですね。

 盗賊退治の時にお世話になったカーリー文官、ガネーシャ将軍なんかも来てます。

 集まった兵を編成する時には彼らの力を借りるとして。


 あと一週間もあれば目標の2000人には到達するはずなので、まずはともかく遊ぶことにしましょうか。


「こんにちはー」

「おお、カルラ様! よくいらっしゃいました!」

「出発まで暇なのです。ちやほやしてください」

「どうぞお任せあれ!」


 公爵家ゆかりの者が運営している賭場に入り、サイコロ賭博やカード、ルーレットなどをして楽しみます。


 ボードゲーム三昧だった私の腕をみせようかと思ったのですが、どうやら本日は運命の神に嫌われている模様。

 とにかく役がまったく作れません。

 勝ったり負けたりを繰り返すうちに資金が少しずつ減りはじめ、気づけば本日の予算をすべて溶かしてしまいました。


 ヤクシャさんは手本引きもどきを外して頭をかきむしります。

 ラトリさんはルーレットに飲み込まれて倒れました。

 すみっこでジョッキを傾けながら壁とお話ししています。

 ナンパ男を殴りそうになって他の食客さんに止められちゃってますね。

 あの状態のラトリさんに声をかけるなんて、いやはや、男という生き物はすごいなあ。


 あ、パールさんが様子を見に近づいていきました。

 放っておいたほうがいいのに。

 金持ちが貧民に声をかけるとどうなるか、身をもって知ることになりますよ?


「あの、ラトリさん。よければこれ使います?」

「いらないよ!」

「でも、かさばるから邪魔だし」

「うるさい! パールのばか! 勝ち豚はモチでも食べてろ!!!」


 負け犬のラトリさんが嫉妬を隠そうともせずに罵声を浴びせます。


 パールさんはおろおろしています。

 勝利の女神から溺愛を受けたらしく、ドル箱いっぱいにチップを積んで邪魔そうに抱えています。

 このカジノで唯一大勝している客だと言ってもいいでしょう。

 金ではなく賭けを楽しむ道具としてチップを認識しているあたり、真正の勝ち組という雰囲気を持ってますね。


 くうっ、これが天使の強運というものか。

 ちょっとわけてほしいです。

 いやまあ、さすがにそれはみっともなさすぎるので言いませんけどね。


 ミニマムベットの台に移って、ちまちま小銭をやりとりして時間をつぶしていきます。


 一番人気の拳闘奴隷がぶつかり合うショーは夜八時からですね。

 今から楽しみです。

 赤コーナーのラビット鈴木に今日の負け分プラス金貨1枚をぶっこんで、トータル勝負できっちり浮きにして気分よく終わりましょう。


 料理片手に前座のうさ耳ダンサーショウを楽しんでいたところ、高貴なる私の肩に武骨な指が置かれました。


「楽しそうですな」

「げえっ、ガネーシャ将軍!?」


 いかめしい武人の顔が怒気をはらんで私を見下ろしています。


「報告書はたくさん上げておいたはずですが……すでに目を通しましたかな」

「い、いま女官さんが読んでくれてます?」

「そうですか。それはそれは。ところでこれから作戦会議なのですが、まさか報告が通っていないということは?」

「いや、聞いてますけど。また今度でいいかなーと」

「カルラ様なしでやれと?」

「進軍予定を決める会議なんて誰がやっても結果は変わらな…………いた、いたたたたた! やめてガネーシャ将軍! 耳をつかまないで!?」


 無理やり席を立たされて入り口まで引っ張られます。

 なんという狼藉!


「ヤクシャさん、ラトリさん助けて! パールさん、パールさん、主の危機ですよ!? なにをボーっと見てるのですか!!!」


 困惑した表情で私を助けようとしたパールさんがヤクシャさんに止められます。

 いわく、ああいうときは助けなくてもいいとのこと。

 むしろ助ければ後で怒られるとかほざいてます。


 いや、そりゃその通りなんですけど!


 それとこれとは別でしょ!?


 私を助けて、私が怒って、次からは助けなくていい、でも私を助けてくれてありがとう、とか言っちゃって主従の絆を深めるまでが一連の流れじゃないですか!

 最初から見捨てるってどーなのです!

 ちょっと忠誠心が足りなすぎませんかねえ!?


 てゆーか、近衛が食客の話を真に受けるなよ!

 それは立場が逆だろー!!!


「さっさと行きますぞ。私以外だと追い返されかねないからわざわざ私が来たのです。カルラ様は総大将としての自覚を持ってください」

「うううっ、わかりましたよう。パールさん、ラビット鈴木をよろしくー」


 賭け札を手渡されたパールさんは困ったような顔でうなずきました。


 はあ、耳がちぎれるかと思いましたよ。

 ひどい目にあいました。

 公爵令嬢の私にこんな乱暴を働けるのは守役のガネーシャ将軍ぐらいですね。


 いやまあ、たぶんカーリー文官もできますけど。

 あの人は性格的に紳士なので。

 女の子の耳をひっぱったりとかはやらないはず。


 キレるポイントがわかりにくいという点ではぶっちゃけカーリー文官のほうがはるかに怖いので、私としては怒ってくれるガネーシャ将軍のほうが付き合いやすいです。

 カーリー文官の場合、気づいたら見捨てられてるってケースがありえるので。


 魔族退治とかドラゴン退治とか領地経営とか、折に触れてきっちりとお土産を届けたのですが、判を押したように同じ値打ちの返礼品を渡されてしまいました。

 あの人って何をしたら喜んでくれるのでしょうか。

 無私無欲に働けとか言われても絶対無理なので、カルラちゃんちょー怖いんですけれど。

 びくびくなんですけど。


 ……もしかして、体か?


 私の体が目当てなのかー!?


 そんなわけないか。


 いっそロリコンのほうがわかりやすくていいのに。

 残念ながらカーリー文官はシロ。

 男の視線というのは結構露骨なので、そういう目で私を見てる人ってある程度見分けがつきます。

 20代ぐらいまでなら隠す人もけっこういるみたいですけれど、正直なところ隠しても全然意味がないというか、むしろ性的な目で見られるほうが女は喜ぶので。

 カーリー文官にその気があればとっくに伝わっているはずです。


 そもそもカーリー文官は妻帯者ですからね。


 機会があれば奥さんと顔をつないで、旦那の好みを聞いておいたほうがいいかもしれません。




 正規兵2000プラス食客と侍従と一般兵あれこれ、合計5000人の部隊が編制されました。


 一般常識からすれば過剰なほどに強力な部隊です。

 正規兵1人につき民兵5人ぐらいが軍編成の基本なのに、なんと今回は1対1ぐらいの密度で編成されています。

 指揮能力にはとてつもなく余裕があるので、道々で兵を吸収して増強し、10000人ぐらいに拡張したとしても問題なく運用できるカルラ隊になりました。


 さて、それじゃあ行きますか。


 慈愛の少女カルラちゃんによる、救国の物語のはじまりです。


 …………いや、今回はほんとですよ?


 ハムスター子爵領の時とは前提条件が違うので。

 

 アケド伯爵領はブロッコリー公爵家の従属国です。

 ブロッコリー公爵家から独立したタイプの領土でして、騎士から成り上がった伯爵よりもはるかに軍事的に弱いのが特徴です。

 3代前に大活躍した重臣さんが当時の公爵から与えられた土地であり、現在も政略結婚をはじめとしたつながりが強いため、ブロッコリー公爵家とは極めて友好度の高い関係にあります。


 この領地を武力制圧するのは、まったく意味がないのでやりません。


 交通は自由にできますし、通商などに関わる不平等条約によってブロッコリー公爵家の繁栄を支えてくれるありがたい伯爵家なのです。

 むしろ困ったときには守ってあげないといけません。

 目立った失政もなし。

 治安も安定してます。

 ハムスター子爵家の時とは根本的に事情が異なるため、ここを強引に支配すれば後々まで尾を引くでしょう。


 もしかしたらハムスター子爵領の乗っ取りみたいな展開を期待していた人がいるかもしれませんが……それはどう考えても無理です。

 こんなちゃんとした伯爵領をいじめたら他の同盟者全員を敵に回してしまいます。

 共存する時は共存する。

 それが人と仲良くやっていくための秘訣ですね。


 


 カルラ隊が現地に入りました。


 伯爵領の主都マナミンの民衆がもろ手を挙げて歓迎しています。

 そりゃあ喜ぶでしょう。

 現在進行形で青眼族の軍隊が迫ってますからね。

 敵兵に落とされた街は焼かれます。

 略奪凌辱の脅威にさらされます。

 この状況で援軍に石を投げるのは強盗を前にして警察にケンカを売るのとかわりません。


 つまり、今回の現地人は味方です。


 ハムスター子爵領の時とは全然違いますね。


 青眼族さんたちも大陸北部にあるアケド伯爵領を継続占領できるとは思わないでしょう。

 間違いなく略奪をメインに据えてきます。

 領地になだれこんだ敵兵がほうぼうの村に火をつけてまわってもおかしくない……というか、私だったら確実にそうするので。

 たぶん敵もやるでしょう。


 そんな状況で現れた慈愛の少女カルラちゃん。


 なんてまぶしい存在なのでしょうか。


 おろおろ。

 後光とか出てないですよね。

 下賤の民とか、私の姿を見ただけで感激のあまりショック死してもおかしくありません。

 みなさんの愛が重いです。

 カルラ教とか作らなくても大丈夫なのでしょうか。

 聖書の編纂にも手をつけるべきかもしれません。


 まあ、冗談はおいといて。

 アケド伯爵領のみなさんも、今回は家族の命がかかっているので。

 協力は惜しまないはずです。


 たとえば、公爵家の援軍が期待できない。

 プラス相手も紅眼族、というケースだと白旗を振って丸ごと寝返るという戦略もありえますけれど。

 今回はかなり早い段階で援軍がきたのです。

 紅眼族人類の天敵である青眼族が相手ですし、この状況下での裏切りは戦略的にはありえません。


 ましてや援軍に来たのは私です。

 カルラです。

 ブロッコリー公爵家の後継者。

 この状況下で見捨てられていると考える人はまずいないでしょう。

 10万の援軍が準備されているという話も宣伝しましたし。

 逃げ腰だった現地の兵隊さんもやる気を取り戻し、土地の防衛に前向きになっているとのこと。




「よろしく」

「よろしく」


 主都マナミンの城に入った私はメインの実力者と顔合わせを行います。


 でかい城です。

 雅です。

 まんま文化と芸術を愛する貴族の住居という感じ。


 通路のいたるところに骨董品や絵画や彫刻なんかがありますし、通された玉座の間も華美でゴージャスで華やかです。


 宝石のちりばめられた玉座、ふかふかの絨毯、無駄に高い天井。左右に並んだ楽団が音楽を奏でています。

 質実剛健からはかけ離れた虚飾の都ですね。

 儀礼兵の装いなんかも無駄に金がかかっていて、服には汚れ一つありません。


 おまえら、これから戦争する気あるの?


 思わずそう問いかけたい気分になりますが、まあこれはやむをえないこと。

 軍備というのは平時においては金の無駄であり、アケド伯爵領はここ100年ぐらいは戦争と無縁だったのです。

 ブロッコリー公爵領の重臣だった初代は言うに及ばず、先代も先々代も文武に優れた有能な君主だったため、国力が極めて高く、外から侵略されるような隙はありませんでした。


「おお、なんという勇ましき姿! さすがは武の誉れ高きカルラ様ですな!」


 しかし、当代の主であるアケド伯爵領領主ヨーシヒコは良く言えば温和で協調的……悪く言えば柔弱で優柔不断なため、国内のまとまりに欠け、近隣国の争いを放置して介入の隙を作ってしまいました。


 目の前で私をほめているヒョロ長のおじさんがそのヨーシヒコ伯爵ですね。


 彼は知的程度が低いわけではないのですが貴族らしく浮世離れした感性の持ち主で、詩や花や音楽を愛し、実務に興味を持たず、総じていえば文化人的な教養を持ちすぎているため……国を引っ張っていける強いリーダーはないという話です。

 まあ噂だけで人を判断するのは愚かなことなのですが、私が彼から受けた第一印象もそんな感じでした。


「ブロッコリー公女カルラと援軍5000。遅まきながら到着いたしました。我らが領国では10万の援軍が編成されている最中であり、その到着までの時間を稼ぐのが当面の目標と考えます。早速ですが、状況の説明をお願いできますか?」

「む、む。そう焦らずとも。明日にでも歓迎の宴を開くので、軍事の話はそれからでも」


 隣で聞いていた重臣のみなさんが苦い顔をしています。

 おおう。

 なんとゆーか、身内からもあきれられるぐらい現実に興味がないのですね。

 人類の何割かがこういう人だというのは知っていますが、為政者サイドの頂点がそれというのは笑えません。


「すでに伯爵領南部には青眼族の軍が入り、街や村を襲っている最中であるということですが?」

「うむ。そうなのだ。私も困っておりましてな」

「であれば」


 私は頭痛をこらえながらヨーシヒコ伯爵に向きなおります。


「一刻も早くこちらも軍を動かさねばなりません。宴会よりも状況の把握が第一です。可能であれば今すぐにでも、軍事の責任者から話を聞きたいのですが」

「軍事の責任者というと」


 ヨーシヒコ伯爵が左右を見渡すと、家臣の一人がおそるおそる進み出て言いました。


「カヤマン将軍です」

「おお、そうであったな。カヤマン将軍、ここにおるか」

「ははっ」

「すべてまかせるゆえ、はからえ」

「承知いたしました」


 私は一連のやり取りを戦慄とともに見つめます。


 いや、あの。


 まさか伯爵家のトップが軍事の責任者の名前をぱっと出せないなんてこと……ありえるの?

 え?

 何かの冗談じゃないの?

 私を油断させるために無能を演じるにしても、ちょっとこれはやりすぎなんじゃないかと思うんですけれど?


 私がカヤマン将軍をガン見すると、彼は渋面を作りながら深々と頭を下げました。


 うわおー。


 まじですか。


 この戦時下において、ここまで無責任な王の存在が許されてしまうとは…………君主制の悪夢というやつですね。

 私は共和主義なんてのは足を引っ張り合う愚図共の国ができあがるだけで、君主制のほうが効率的な資源分配や決断スピードの点で圧倒的に優れているのだと信じて疑いませんが。

 それはあくまでも君主がまともなケースの話です。

 ここまでバカな王を持つぐらいなら、何も決められない共和国のほうがましなのかもしれません。


「それでは、今よりカルラ殿と軍議に入りたいと思います。よろしいでしょうか?」

「よきにはからえ」


 委任を受けたカヤマン将軍が一歩進み出て私を直視しました。


「では、カルラ殿。1時間後に第一会議室へお越し頂けますか。場所については案内を送りますので」

「問題ありません」

「これから準備をいたします。しばし失礼を。何か当面の質問があれば、この場で」

「後でいいです」

「貴賓室は2階にあります。ゆるりとおくつろぎください」


 てきぱきと指示を出したカヤマン将軍は、あわただしい足取りで部屋を後にしました。




「あれも、有能な男なのですが」


 ヨーシヒコ伯爵は嘆かわしそうに首をふりました。


「いささかせっかちというか、面白みに欠けるところがありましてな。大将たるものはもっとどっしりと構えているものだと私は思うのですが」

「ははあ」

「とはいえ、私には軍事のことなど何もわかりませんでな。私にわかるのは政治と経綸のほうだけです。戦争については予算をつけて全て任せることにしているので、こと軍事に限り、彼の言葉は私の言葉だと思っていただいて間違いありません」

「承知いたしました」


 ……なるほど。


 たしかに裏切られないという前提に立つならば、ヨーシヒコ伯爵の選択は正しいのかもしれません。


 どれだけ有能な君主だとしても、戦争の専門家である将軍よりも軍事に詳しいということはありえないでしょう。

 なくはないですが、しかし珍しいです。

 ある意味では自分の限界を知っている分だけ、小さなことに口出しする君主よりもヨーシヒコ伯爵のほうが優れているとさえ言えるのです。


 最初はこの人がトップで大丈夫かなと思いましたが、しかしまあ、そういうことでしたら。

 君臨すれども統治せず。

 ある意味では理想の君主の姿です。

 全て任せるというのなら、マイナスじゃない分だけましなのかも。


 とゆーかこの場合、むしろそこまで任せてもらってるのに外敵からつけこまれた配下のほうに問題がありそうですが。


 もちろん、そういう部下を選んで使ってるあたりがヨーシヒコ伯爵の無能さということになります。

 いや。

 無能さと言うよりは不運さと言うべきか。

 うかつに有能な人を使えば軍事クーデターとかの危険がありますし。

 このへんは究極的には君主個人の持っている運の良しあしになってきます。

 外国から攻められて国を揺るがしているヨーシヒコ伯爵の天運は……まあ、あんまり高くはないでしょう。


 ともあれ。


 ヨーシヒコ伯爵がまったく頼りにならないことはこの5分程度の顔合わせでも十分にわかりました。


 あとはカヤマン将軍の実力次第ですね。


 最悪の場合はさっさと軍を引き上げて、公爵家単独でもどうにかなるぐらいの兵を集めてから再出発するとしましょうか。

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