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第3話「市場で観光」

 時間が空いたので、ラトリさんやパールさんを連れて買い物にでかけます。


 領主としては大口専門の問屋こそが商売相手なのですが、買い物をするときに重要なのは小売り市場のほうです。

 市場はエリアンの街のいたるところにあります。

 なかでも中央広場にある小売市場はとんでもなく広く、そこでは屋台や仮設店舗が山のように並べられ、珍しい異国の商品が売買されているのです。


「すごい活気だね!」

「そうですね」


 中央広場は人だらけ。

 平日の昼間にこれだけ人がいる光景は他の街ではおがめません。

 主都デジーコでも中心部以外では無理でしょう。

 多種多様な人種が入れ替わり立ち代わり店を訪れ、値切りやら入荷予定の質問やら、いろいろと交渉してまわるので、その騒がしさは祭りもかくやといった有様です。

 獣人や亜人なんかも普通に来店してますね。


「商品、いろいろあるよ!」

「港街ですからね」

「匂いもすっごくいい!」

「食べ物屋が並んでますからね……先に食事にしましょうか」


 屋台で串焼きと飲み物を頼み、食べ歩きながら店を冷やかします。

 ラトリさんはトウモロコシにご執心のようで、がつがつ齧りながら歩いてます。

 パールさんはおっかなびっくりでバナナをもぐもぐし、皮を食べるべきかどうかという点に悩んでいる模様。


 乞食の子供が寄ってきたので、チップと食べかすとを渡して始末をお願いします。


 ありゃりゃ、食べ残しをさらに食べてます。


 いやはや、貧乏ってあれですよねえ。

 パールさんが困ったような顔をして子供にチップを渡しました。

 あんまり甘やかすのはよくないと思いますよ。

 その手の子供たちって、スリとかもけっこう兼ねてるので。


「ほんっとに、いろいろあるよね! なんだか見てるだけで楽しいや!」

「私もちょっとウキウキです。異国情緒がありますね」

「海外とか、一度行ってみたいよね! この港の船からなら行けるかな?」

「往復で2か月ぐらいかかりますからね……私はちょっと無理です。行くにしてもかなり準備をして、後のことを頼んでからでないと」


 この港にいる人たちのいくらかは、新大陸まで船を出して交易をする仕事をしています。

 生存率は1年で9割強ぐらいですかね?

 10年ほど船に乗れば半数は死ぬって話なので、まちがいなく命がけの仕事ではあるでしょう。


 もちろん、そのぶんだけ実入りも大きいです。


 市場に並べられた香辛料や調味料、カカオなどの嗜好品、酒、貴金属、宝石、鉱石、香料などといった品々は、こちらの大陸では入手困難であるか、手に入ったとしても非常に高価になります。

 向こうで買い付けてこちらで売るだけでも、交易に使った船をそのまま買っておつりがくるぐらいの金にはなるでしょう。


 新大陸の人にとっても、こちらで作られる文明の利器、武器、絹織物、麻織物、陶磁器、ガラス、ワイン、紅茶、芸術品、各種珍品などはたいへんな需要がありまして…………向こうに持っていけばバカ高い値段をつけてもらえます。

 金が足りない場合は土地やら利権なんかと引き換えに取引されることもありますね。


 おそろしいことに、これでもまだ交易は黎明期なのです。


 今後ますます貿易規模が増えるので、やはり今のままのエリアン港では手狭です。

 さっさと港を拡張しなければなりません。

 幸い、場所については確保できています。

 あとは既得利権の持ち主を説得して、みんなで新市場を開発するという流れにもっていくだけですね。


「そういえば、今回って何しに来たんだっけ? 観光?」

「観光か。別にそれでもいいですね」

「えええー、それはうそでしょ。確かにカルラちゃんは怠けものかもしれないけど、そこまで放蕩じゃあないはず」

「私、放蕩生活は好きですよ?」

「知ってる! でも、今回は1か月もかけて屋敷からここまで来てるじゃん。だらだらする以上の目的があるはずだよ。いつもは盗賊退治とか魔族退治とかドラゴン退治とかではっきりしてたけど、今回はちょっとよくわからないんだよね」

「それはそうでしょうね。今回の目的は政治なので」


 ラトリさんはちょっと首をかしげてから聞きました。


「政治ってなんなの?」


 さあ、それは難しい質問ですね。

 わたしもすぐには答えられません。

 場所によって意味も変わってくる言葉なので。


 軍事が敵を倒すことだとするならば、政治とは、はたして何なのでしょうか。


「今回の件で言えば、領主としてエリアンの港を発展させるために手を打つ、ということになりますかね?」

「手を打つとは?」

「いろいろです。宴会と接待。あとは儀式なんかがそれですね」

「ぎしき?」

「ええ、儀式です」


 生贄の、とはつけませんでしたが、ラトリさんの脳内では適当なイメージが再生されたようです。

 この話題を広げる必要はないですね。


 領主は部下の首を切るのが仕事なわけですから。


「領主のおしごとで一番のメインはというと、優秀な人と誠実な人と無能な人を選んで仕事を振り分ける、とかになります。誰がやっても変わらない仕事なら誠実さや無能さが求められます。能力によって結果が左右される難しい仕事なら、有能で誠実な人を据えるのです」

「有能で誠実じゃない人は?」


 ラトリさんが聞いてきます。


 有能かつ不誠実。


 才気あふれる人に一番よくあるパターンであり、なおかつ一番扱いの難しいタイプですね。


「その場合でも使うしかないこともあります。監視をつけて力を削ぐか、もしくは任期を決めて使うかですね。これらの処置をすると誠実さは上がりますが、有能さの度合いは下がります。それなら普通の誠実な人を使った方がいいかもしれません。とびきりに有能であれば、裏切り覚悟で完全に任せることもありますが…………できれば避けたいことですね」


 なにせ有能で不誠実な人は裏切りやすいので、上に立つ人間としてはできるだけ使いたくはありません。


 原作主人公でさえ新大陸を攻略するために部下に権限を与えすぎ、結果として裏切られてすべてを失ってしまいました。


 普通の人で代用できるんなら可能な限りそうするべきなのです。


「誠実さってどうやって見分けるの?」

「わかりません。強いて言えばカンとコネと付き合いの年数で見分けます。長く観察して問題がない人なら誠実な可能性が高いです。親戚とかなら他国に走っても優遇されないので裏切りにくい立場にいることになりますね。あとはカンです。見た感じです。敬語を使ってても慇懃無礼で忠誠心が感じられない人とかは、ぶっちゃけ生理的に受け付けないので弾きます」

「それって偏見なのでは?」


 身も蓋もない指摘が入りました。


 ラトリさんはこの種の原始的なカンがものすごく鋭いですね。


「もちろんそうです。偏見であり差別です。だから、人の誠実さを見極めるなんてことはできません。人の心の中までは誰にもわからないので。ただし、敬語を使わない人とかが極めて裏切りやすいのは確実なので、実際には忠実で有能だとしても絶対に出世はできません」

「な、なるほどー」


 敬語を使えないラトリさんが恐れおののいています。

 いやまあ、これは一般論ですから。

 ラトリさんぐらいの100万人に1人みたいな武人には別の尺度がありますよ?


「ちなみに、私とかは?」

「ラトリさんは超有能で誠実です。私がそう決めました」

「え、私って誠実なの?」

「ラトリさんは何年も私と一緒にいます。そういう人は他にいません。ラトリさんに裏切られるんなら仕方がないのではないでしょうか」

「そっかー」


 ラトリさんはちょっとだけ考えて、それから照れたように笑いました。


「えへへ、ちょっと嬉しいや。ありがとねカルラちゃん」

「いえいえ。今後ともよろしく」

「うん。ラトリのことを、どうかお見捨てなく」


 パールさんが私たちのことをうらやましそうに見ています。

 なんか友情でも感じたんですかね?

 会話なんてのは建前なので、別に本音で話しているわけではないのですけれど。

 

「えっと、カルラ様。私とかはどうなんでしょうか? 付き合いは浅いのですが」

「パールさんは超有能で誠実です。立場がそう決めました」

「立場ですか?」

「ええ、近衛ってのは裏切った時点で死ぬので、付き合いに関係なく誠実です」

「そうなんですか!?」

「あー、そういえばブリトラ子爵の親衛隊とか、裏切った時点で全員殺されてたよねー」

「そうなんですか!?」

「そうなのです。だからパールさんは、間違っても他の人からの賄賂とかは受け取らないように注意してくださいね。受け取ってもいいですけど、その場合は私に後で渡してください。親衛隊用の予算は潤沢ですし、金の相談であればいくらでも聞きますので」

「りょ、了解しました」


 まあ、パールさんはドラゴン退治の時に私に仕えてからの期間が短いですし。

 これからゆっくりと教育していけばいいですね。


 彼女は見た感じすごく誠実なので、裏切る心配はしていません。

 

 身内はそれでいいとして…………この領地の人たちが誠実であるかどうかはスパイさんを介してしか知りません。

 伝聞なのでだいぶ精度が落ちてます。

 でもまあ、誠実かどうかなんてのは結果を見れば明らかなケースもありますし。


 そろそろ追い込みをかけますか。


 カルラ領における、不誠実な人をささげる生贄の儀式をはじめます。

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