第2話「領地運営をしよう」
「暇そうだな」
「ですです」
「何か忘れてないか?」
「ううん?」
屋敷でぐーたらしていると、出張から帰ってきたお父様にお小言をもらいました。
そろそろ領地運営に関心を持てとのこと。
そりゃそうか。
現地の人からも一度来てほしいとお願いされてますし、やるべき時が来たのかもしれませんね。
以前の盗賊退治のとき、私はお金儲けのために港をもらいました。
魔族退治の時には周辺の領地を。
ドラゴン退治でさらに増えました。
小さな港とかもいくつかあるので、そろそろカルラ経済圏とでもいうべきものが形成されつつあります。
今までは部下におまかせで、長い間ほったらかしにしてきました。
でも、部下は裏切ります。
放置しておけば運営を乗っ取り、領主である私を押しのけて事実上の支配者になってしまうのです。
ミズバラの街のギルド員なんかを思い出してもらえれば例として完璧ですね。
あそこの人たちは私になかなか従ってくれませんでした。
カルラ軍正規兵の武力で無理やり従えはしましたが、もっと力の差が小さければ反乱とかしていたかもしれません。
人を使うというのは難しいことです。
私の部下でなければさらに難しいです。
ゆえに、まずは現地に赴き、雇用するべき優秀な人を見極めて、私の手からエサを食べる直接の飼い犬になってもらわねばなりません。
カルラ経済圏は港の恩恵があるので金は豊かです。
交易収入や港湾使用料、関税なんかがジャンジャカ入るので、ここ半年のもうけだけでも人を雇うには十分すぎるぐらい。
そろそろ財源のめどは立ったというべきでしょう。
もっと前にやるべきだったかもしれませんが…………私って貧乏性なので。
あんまり財源のアテがないまま無茶を通すのって好きじゃないんですよね。
手持ちの金でやりくりするのが好きなのです。
あんぜん!
さて、それじゃあ領地に行くとして。
問題は権限です。
借りている父の部下に対する人事権をもらわねばなりません。
権限がないと何もできないですからね。
解雇に父の許可が必要とか言われたら単なる観光旅行にシフトすることにしましょう。
その前提で結果を出せる人は神です。
ゴッドです。
少なくとも私にはできません。
「お父様、借りてる部下さんなんですけど、汚職してる人って殺しちゃってもいいです?」
「かまわんぞ」
「無理な人がいればリストが欲しいのですけれど」
「全員殺してかまわん。人員整理の委任状を書くから好きにやってみるがいい」
よしよし。
これでなんとかなりますね。
制限付きの人事権を覚悟していましたが、思ったよりも私は後継者として認められているようです。
自由にやっていいとのこと。
ならばどうにでもなりますよ。
領地入りした私は、まずは連れてきたカルラ隊の宿泊場所を確保することにしました。
アークエリアンの港を中心とした私の領地はブロッコリー公爵領南西部にあります。
領地の西にある半島が風雨をブロックしてくれるため、港としての立地は完璧。
まるで湖を渡るかのような快適さで海に出ることができます。
カルラ領の真ん中にはぽっかりと海があり、その西側に空いた出口から船の出入りができるのです。
強いて言えば暗礁が多いので気をつけるぐらいですね。
でもまあ、正確な海図があるので知ってさえいれば難破することはありません。
海外からの交易品がどしどしと流れ込むだけでなく、それを運ぶための街道も縦横に走っているので、ブロッコリー公爵領の中でも屈指の重要度を誇る土地なのです。
こんな宝石のような領地は滅多にありません。
私が公爵家の跡継ぎじゃなければ絶対もらえない場所です。
中心部であるエリアンの港は貿易規模が小さかったころに作られたため、やや手狭で使いにくい構造になっています。
私としては新しい港を作って拡張したいところ。
そのための工事も行われているのですが、利権の問題もあってスムーズには進んでいないようです。
ちょっとてこ入れしておく必要はあるかもしれませんね。
「どこに住みましょうか?」
「宿がいい」
「倉庫でいい」
「屋敷がいい」
「仕事場に近ければどこでもいい」
みなさんの要求をまとめた結果、エリアン港のそばにある海外客向けの屋敷をまるまる使うことに決定。
すぐに入って部屋割りを決め、あまった人は屋敷近くの物置場と、提供してもらった宿屋に分散して住むことになりました。
今回は正規兵50人、文官50人、食客さん100人ぐらいの混合部隊です。
あとは近衛とか雑用とかいろいろで合計350人ぐらいのカルラ隊になります。
武力系の任務じゃないので食客さんには「来たい人だけ来て」って感じで誘ったのですが、それでも100人ほどが応じてくれました。
なんか最近、食客さんがカルラ親衛隊と化しちゃってる感がありますね。
父上よりも私についてまわることのほうが多いぐらいです。
領地運営に350人ってちょっと以上に多いのですけれど、この土地は重要度が高いぶんだけ色々難しいのです。
入ってくる金の額がすさまじいですからね。
金のあるところトラブルあり。
古今東西を問わない常識です。
そう考えると、あながち武力系の任務じゃないともいえません。
もっと食客さんを連れてきてもよかったですね。
彼らを使うのはタダなので。
春のうららかさゆえに自分探しの旅に出ている食客さんとかもいるのですけれど、ヤクシャさんとラトリさんはちゃんと屋敷にいました。
2人ともたまに食客さんぜーたく基金から金を引き出して旅行にいくので、タイミングよく誘えたのは幸運だったと思います。
しかしあれですね。
うちの食客さんはちょっと自由すぎるんじゃないですかね?
いやまあ、食客さんの何割かは他国のスパイのはずですし…………定期的に雇い主へ報告に行く必要はあるのでしょう。
別に使える人ならスパイでもかまいません。
給料ゼロの人にそこまで望むのは酷というものです。
正規兵ならば疑わしい行動をとっただけでも縛り首の可能性がありますが、食客さんは別。
もともと期待されてはいないのです。
食客さんにされて一番困るのは暗殺です。
これだけは警戒しなければなりません。
とはいえ父上が食客さんと二人きりで会うなんてのは絶対にありえないですし、隙だらけの私を殺してもかわりはいくらでもいるので。
今なら問題ありません。
それに、優れた食客であればあるほど暗殺なんて汚れ仕事は嫌がります。
近衛の守りを抜いて私を殺し切ることができるほどの人材となると、正直ヤクシャさんやラトリさんぐらいしか思いつきません。
はたして彼らにそこまでする動機があるかどうか。
普通に考えればないですね。
でも、公爵はこの世で一番普通ではない生き物です。
歴史を紐解いてみても、暗殺で倒れた上級貴族というのはけっこういるのです。
もう少し私の権力が大きくなったら彼らと一緒に遊んだりはできなくなるので、今のうちに交友を深めておきたいと思います。
私は15歳になったら、食客のみなさんを正規兵や親衛隊に誘うつもりです。
その時に承諾してくれるのがベストですね。
断られたらお別れです。
彼らほどの人材を懐に入れるなら、激戦区に放り込んで使いつぶすか、暗殺が許されない立場についてもらうしかありません。
ああ、お別れといっても解雇とかするわけじゃないですよ?
そんなことをしなくても消えるのです。
信用されていないという空気は伝わりますし、情でつなぎとめておくには距離が遠すぎるので。
学校を卒業した後の友人みたいな関係になるわけですね。
公爵令嬢と食客とでは友情の成立する余地がまったくないため、そう長くないうちに私のもとから去ってしまうかと思われます。
準備が終わりました。
家の掃除をしてから生活基盤を整えて、長期戦にも対応できる状態になったのです。
食材もいろいろ買っちゃいます。
港街は物価が安くていいですね。
活気に満ちているので気分も上向きますし。
お仕事しようって気になります。
さすがに代理領主に挨拶だけして帰るなんてことはありえないので、少なく見積もっても一か月ぐらいは滞在しなければなりません。
まずはともあれ、カルラ隊のみなさんに仕事を割り振ります。
正規兵には盗賊退治、やくざ退治、税の取り立て、不法占拠民の追い出しなんかを依頼します。
やっぱり私が不在だったせいで治安が乱れてるんですよね。
代理領主さんの権限だと勝手に軍拡はできませんし。
臨時雇用の枠でやりくりするには限度があったもよう。
文官には仕事が山ほどあります。
なにせ内政全放置状態でしたからね。
裁判はカーリーさん付きだった優秀な人にスピード解決してもらうとして、治水、道路整備、港の開発、法の見直し、船の買い増し、などなど。
あらゆる仕事をやってもらわねばなりません。
あとは食客さんですね。
彼らの一部には情報収集と、一番大事な監査部門の護衛を頼みましょうか。
ずいぶん長いこと寝かせておいたので。
叩けば大量のほこりが出るはずです。
さて、これらの手配は代理領主さんの許可を得ずにやっちゃったわけですが。
長々協議をしてたら永遠に終わらないとはいえ、さすがに面通しもせずに頭越しに進め続けるわけにもいきません。
さっさと会いに行きますか。
「こんにちは」
「おお、ごきげんようカルラ様。お待ちしておりました!」
「長きにわたる代理、ご苦労さまでした。ずいぶん見事な手腕だったそうで、私もカルマンさんのような部下を持てて心強く思っています」
「ははっ、ありがたきお言葉。このカルマン、身にあまる賛辞に感激しております!」
カルマンさんは40代ぐらいの中年紳士です。
赤茶髪に髯、普通体型、紅眼族なので目も赤い。
今は私に対して大げさに感激し、機嫌をそこねないように必死という感じ。
領主の館のエントランスに配下をずらりと並べ、全員に最敬礼をさせることで服従を示しています。
「家臣一同、カルラ様のお越しを心からお待ちしておりました!」
「ありがとう」
「早速ですが、歓迎の宴を企画しております。よろしければ、明日にでも!」
「いいえ、それは不要です。必要な時期がくれば私が指示します。それより今は、実務の話に入りましょう」
「じ、じつむ?」
ぽかんとした表情を浮かべるカルマンさんに向けて、私は侍女から受け取った書類の束を差し出しました。
「まずは、この書類をどうぞ」
「これは?」
「依頼されてた案件への対処をまとめた命令書の写しになります。すでに各位に指示は出しましたので、追認の印を押しておいてください」
「なんですと!?」
カルマンさんが驚いています。
ああ、そりゃあ相談もなく勝手に話を進められたら驚きますよね。
私でも驚きます。
びっくりー。
「私に話もなく、指示してしまったのですか!?」
「いけませんか?」
「困ります! 指示だけで官吏が従うことはないのですぞ!」
たしかに。
カルマンさんの言う通り。
それは現実的な発言だと思います。
でも、建前はそれとは違うのですけれど。
「命令書は出しましたが?」
「そういう問題ではありません。根回しがまだです」
「それは必要です?」
「当然ではないですか! 官吏には派閥があり、各々の立場も違います。慎重な合議によってものごとを決めねばなりませんぞ!」
だいぶ堅実な人ですね。
この人、誠実でかつ有能なんですけどやや柔軟さに欠けるところがある感じです。
規制緩和しまくってくれって手紙に書いて送ったのに、それも無視してますし。
いやまあ、彼は彼で極めて優秀であるという報告が上がっているので、別に処刑したり降格したりはしませんが。
方針については理解してもらわねばなりません。
言葉より行動で示しましょう。
「ともあれ、ハンコだけは間違いなく押してくださいね。これは領主権限の命令です」
「承知しました。その、僭越ながら」
「なんです?」
「うまくいくとは思えません。私からの直接の命令でさえ無視されてしまうほどなので」
ああ、そりゃあカルマンさんならそうでしょうね。
えっと、指示だけで官吏が従わない、でしたっけ?
それはあなたが慎重で、臆病で、心根が優しく甘く、人をまとめる力がないからなのです。
公爵令嬢の持つ力はあなたのような雑魚とはまるで違います。
それを学んでおくといいですよ。