第5話「お祝い、ついでに勧誘」
しばらくすると竜人さんが来ました。
なにやら絶句しています。
ああ、そりゃまあ父親のバラバラ死体を見れば驚くかもしれませんね。
私たちもほぼ全員血まみれですし。
ドラゴンの体当たりを受けてるので皆さん服とかボロボロです。
特に背中に張り付いていた人はゴロゴロアタックとか押しつぶし攻撃とかを頻繁に受けていたので、上半身がほとんど裸状態になっちゃってる人もいます。
ラトリさんは……あんまりはだけてないですね。
へそとかブラとかは見えてますけど、ぽろりはしていません。
サービス悪いと言われないか不安です。
パールさんの方は攻撃担当だったので打撲と擦り傷があるぐらいです。
ただ、解体の指示やら実演やらで忙しかったため、赤色の染料をぶっかけられたみたいなひどい姿になってます。
竜の血を浴びた人間は強くなるという俗信もあるので、これはこれでいいのかもしれません。
「激戦だったようですな」
「ええ。あなたのお父様は強いドラゴンでした」
リップサービス……というわけでもないですね。
精鋭に守られている状態の私にダメージを与えたのは驚異的と言ってもいいでしょう。
誰も死んでませんけれど、強かったのは間違いありません。
想定よりもはるかに強力な竜でした。
ここまで強いとわかっていれば私が来るのは止められていたかもしれませんね。
「ありがとうございます。お世辞でも感謝いたします」
「この姿を見てお世辞だと思います? 誰もあなたの父の弱さを笑いませんよ。私たちのうちで、1対1であなたの父親に勝てる人なんて、きっとおりはしないでしょう」
「…………はい。見事な父の最後を誇らしく思います」
カンキタンさんは絞り出すような声で答えました。
ドラゴンの縄張りに踏み込んで山の探索を進め、財宝を蓄えている洞窟を見つけました。
若いドラゴンなので質については吟味されていない感じですが、それでも莫大な金銀魔石、宝飾品、刀剣、呪具、工芸品、霊草、腕輪、レアメタルや魔法金属、などなど、トレージャーハンターが見れば射精してもおかしくないほどのお宝があふれています。
あと、くだんの母親もいましたね。
うわーすっごい美人です。
どこかの国の王女さまみたい。
ドレスも高そうだし、家具とかものきなみ高級品。
あんな大きな子供がいるのに、20歳未満にしか見えません。
まあ紅眼族は150歳ぐらいまで生きる人もいますし、長寿系の遺伝子を持っている人は50歳ぐらいまで外見は少女のまま、なんてことになるのですけれど。
名前はシベリアさんというらしいです。
ドラゴンが殺された知らせを受け、呆然とした表情を浮かべています。
感極まったのかぽろぽろ涙を流しました。
ドラゴンに見初められただけあって泣いている姿もきれいですね。
「そんな……いったいだれが?」
「私たちがやりました」
その言葉に激高したシベリアさんは財宝の山からナイフを取り出して私に向けて構えました。
「竜殺し! ゆるさない!」
あわてて竜人さんが止めに入ります。
「母上、いけません!」
「離しなさい寒姫たん! あなたの父の仇なのですよ!? あの人は何も悪いことなんてしてないのに!」
いやー、それはどうでしょう。
人さらいはともかく、盗みと器物破損と人殺しはやりまくってますよ。
退治されたのにはそれなりの理由があるのです。
でもまあ、これは聞く耳なさそうですね。
問答無用で気絶魔法を打ち込みます。
魔力ショックを受けた母親さんはぐったりと倒れました。
「カンキタンさん。すみませんが、彼女を公爵家では引き取れません」
「でしょうな」
「路銀として数年遊んで暮らせる金は渡しますので、あとは自分でなんとかしてください。追っ手は出しませんが……悪事を働いたらその限りではありません。つつましやかに生きるのをおすすめします」
「わかりました。気遣いありがとうございます」
殺しちゃったほうがいいんですけどね、これ。
テロリストにでもなられたら困りますし。
ただまあ、助けると約束したものを反故にするのは気が引けます。
財宝探索の手間をはぶいてもらった礼もありますし、快適に生きていくための手配はしてあげるべきでしょう。
「必要であれば、近くの街の郊外に家を建てときます。この洞窟に居座るのは危険ですからね。町長には話を通しておきますので、買い物ぐらいはできるようになるはずです…………どうします?」
「ご厚意に甘えます」
カンキタンさんは頭を下げました。
強い竜人ほど他者に従うことを嫌うものですが、彼は背負う必要のない荷物を抱えています。
野心を育てるためには情を捨てねばなりません。
どちらを取るかは人によります。
彼は捨てられないのでしょう。
横柄で有名なドラゴンの使い走りがつとまったぐらいなので、忍耐力については折り紙つきだとみていいです。
この強力な竜人だけであれば世界のどこでだって生きていけるのに。
でも、母親のほうは別です。
竜のナワバリを求めて危険生物とかがやってくるのは間違いないので、この洞窟で日々をすごすということもできません。
ひとまずカンキタンさんの役目は終わったので、母親をおぶって村まで移動してもらいます。
住処も用意させましょう。
竜退治の功労者の一人として報いてあげるつもりです。
そういえば、結局竜人さんがドラゴンに遣わされた戦力偵察用のスパイだったのか、単なる母親思いの裏切り者だったのか…………それについてはわからずじまいでした。
追及する必要もないですね。
ドラゴン退治に参加した20人ぐらいは最も信頼できる精鋭と言っていいですけど、それでも腹に一物ある人は混じっているでしょうし。
要するに裏切る機会を与えなければいいのです。
機会さえなければ忠臣となんら変わりません。
私が完全に追い詰められた時には誰が本当の忠臣であるのかが明らかになるでしょうけれど。
そんな場面には出くわしたくないものですね。
この20人の中でも数人いればいいほうなんじゃないでしょうか。
まあ、その時はその時のこととして。
ドラゴン退治のお祝いをしなければ。
村に帰って宴会です!
村ではドラゴン退治記念プラス、パールさんの近衛就任記念パーティーが開かれていました。
やたらとどでかい垂れ幕で『パールさん近衛就任おめでとう!』と掲げられています。
村人のみなさんには記念品と祝い金を配ってまわりました。
両親には金をつかませます。
大喜びで送り出してくれるみたいです。
金貨5000枚ぐらいかけた豪邸も建設中。
こっそり事前に手配しておいたのですね。
パールさん御殿と名付けましょう。
パールさんは呆然とした表情で村の惨状を見つめています。
「やったな! パール!」
「お父ちゃん」
「カルラ様からは莫大な支度金をいただいたぞ! これで村のみんなで冬を越せる。飢え死にも出るまい。子供だって増やせる。それに、なんと今年は無税だそうだ! 信じられん! ありがとう! お前は村の誇りだ!」
ばんざーい!
ばんざーい!
村人さんたちは喜びに満ち溢れた表情でパールさんをたたえ、表彰台へと誘いました。
「ば、ばんざーい」
パールさんはひきつった表情で壇上にあがり、みんなに手をふっています。
なんだかレイプ目になってます。
まるで村人から取り返しのつかない残酷な仕打ちをうけて、未来が暗く閉ざされてしまったような……まあ、別に間違ってもいないのかもしれませんね。
近衛が人生を全うできる確率はそれほど高くはないので。
パールさんは生贄の儀式に捧げられたといっても決して過言ではないでしょう。
「カルラちゃん、これはちょっとひどい」
「なにを言うのですラトリさん。これほどの人材を遊ばせておく余裕は人類にはないんですよ。彼女みたいな人がみんな引きこもったら青眼族とか魔族とかとの戦いにどーやって勝てばいいのです」
パールさんぐらい身元が確かでかつ強力な人材を得られる機会はめったにありません。
デビューしたのが最近なので、王立魔法学校のスカウトが間に合わなかったみたいです。
先んじて取れたのはラッキーでした。
さすがにあそこへ入学されてしまうと、いかに公爵家の人間であろうとも手出しは不可能なわけですし。
卒業生を引き抜くことはできるかもしれませんが、その場合は金貨の10万枚20万枚では足りません。
青田買いは人材採用における鉄則です。
たかが村一つに施しただけで近衛が一人増えるんなら、むしろおいしすぎて涙がでるほどの取引だと言えるでしょう。
ああ、そうそう。
一応ギルド員のクンビラさんも誘っておきますか。
「私の部下になりません?」
「宮仕えは好かん」
「だったら食客でもいいですよ? 責任がないので気楽です。給料はでませんけど。衣食住の保証ありありで、パールさんの傍でずっと働けます」
「世話になろう」
おお。
これはパールさんに気があるのかもしれませんね。
家族がある人のほうが裏切りにくいですし、ちょっとぐらいなら恋の後押しをしてあげたっていいですよ?
今回の宴会はドラゴン料理ざんまいでした。
ドラゴンの煮凝り ドラゴンの蒸し物 ドラゴンステーキなんかがありますね。
ドラゴンゼリーとかドラゴンパイなんてのもあります。
ドラゴンミルクって……いったいなんなのでしょうか。
あのドラゴンは間違いなく雄でしたが。
ドラゴンの精巣とかは高級品すぎるので出てないはずですし、どの部位なのか全くわかりません。
とりあえずドラゴンつけときゃいいとか思ってないですよね?
「今回はがんばったよね!」
ラトリさんが勝利に大喜びしています。
普段と比べてもうれしそうな感じ。
まあ、いつもは必ず人間の死者が出るので手放しで喜びにくかったというのはあるかもしれません。
今回は完全に楽しいだけの結末という珍しいパターンです。
「竜殺しだって。ドラゴンスレイヤーの仲間入りだよ! わたしたちも有名になるのかな?」
「なるんじゃないですかね? 公爵家の娘はもともと有名ですが」
「そうだけど、英雄的な意味で!」
「英雄ってのは宣伝しないと滅多に生まれないものです。何もしなければ噂はすぐ消えて忘れられていくでしょう」
街の2つ3つを襲撃して暴れたドラゴンなんて、世界規模で考えれば針で肌をちくちくされた、ぐらいのしょうもない脅威なわけですし。
退治すれば英雄になれる、というほどの大物ではありません。
まあ、公爵家の情報網を使って私たちの活躍を吹聴してまわるので、有名になるのは確実なんですけど。
主都デジーコまでドラゴンの骨を引いてパレード凱旋とかすれば私の知名度は倍ましで上がるかと思われます。
でも、めんどうですし。
そんなだるいことしなくても次期公爵の座は現状ゆるぎないはず。
ただし、父上がこれに味をしめて、他の兄弟にも戦場デビューとかさせはじめるとわかりませんけれど。
原作では市民革命されてしまった公爵領なので、貴族勢力がやや弱いのは間違いありません。
他の兄弟に権限移譲して基盤固めをするという選択も間違ってはいないでしょう。
ただ、それをやると超優秀な才能を持ったライバルが台頭してくるケースがあるため、私の地位はかなり不安定になりますね。
兄弟間の骨肉の争いとかが起こって、結果としてより貴族の勢いが減るということはありえます。
原作のカルラ嬢と私のどちらがより優れているのかは不明です。
遺伝子的には互角のはず。
彼女が公爵になったのだから私もなれるだろうというのが大方の予想ですが、どちらが優れているなんてのは結果論でしかないですからね。
何もしないほうが事態がよくなるというケースは往々にしてありえます。
私をこれだけ働かせている以上、父上は他の兄弟も使う気になるかもしれません。
そのほうが父が存命の間は安定するでしょう。
父が死んだとき、兄弟全員が私に忠誠を誓ってくれれば文句なしなのですが…………そんなファンタジーはありえませんからね。
とゆーか、私は公爵になり次第野心のある兄弟全員を僻地に追いやって、特に長男については暗殺するつもりなので。
兄様が反乱しやすい状況に持っていって、弱小の反対勢力ごとすりつぶすという形に誘導できるんならそれもありっちゃありですね。
最悪なのは領地にこもられて焦土戦術とかやられた場合です。
関ケ原みたいな野外決戦ですぱっと解決、勝った方が天下を取りましょうという両者の合意があればいいのですけれど。
うちの兄様ってバカなので、後々破滅してもいいから、みたいな選択肢を取っちゃう可能性があるのが怖いところ。
そういう意味では原作のカルラ嬢は聡明な人でした。
領地自体をボロボロにせずに派手に戦って散ったので。
私なんかよりも正義の側にいる貴族だったのは間違いないでしょう。
私は領地をボロボロにしてでも自分は生き残りたいと思います。
まあ、ほっといて長生きできるんならそれでいいのですけれど。
原作の30歳死亡が確定してますし、いろいろ動かないわけにはいかないのです。
裏切らない優秀な部下ってどこに落ちてるのでしょうか。
誰か教えてください。