第4話「ドラゴン退治」
様子を見ているドラゴンさんを取り囲み、アイアンハンマーで竜鱗を打ち抜きます。
魔力の通った竜の鱗は剣で斬ることが困難です。
装魔術に全力をつぎ込めば斬れなくもないですが、どう考えてもハンマーで叩いたほうが少ない魔力でダメージを与えられるのです。
ハンマーはインパクトの集約点を調整しやすいですからね。
鱗の下に直接ダメージを与えるためには打撃武器が有効でして、なかでもトゲトゲメイスとかの槌系統が一番合理的かと思われます。
身を縮めて力をためているドラゴンの背中に人を貼り付け、重力魔法で動きを制限。
即死の可能性を減らします。
とにかく噛みつきを避けられないと話になりませんからね。
緩慢にしか動かないドラゴンさんが逆に恐ろしいです。
これ、とろいとかじゃなくて、確実に殺せる隙をうかがってる感じですよ。
ともかく形は作りました。勝負はここからです。
「人の子よ。私を殺しに来たか」
ドラゴンが威嚇しつつ話しかけてきます。
これは驚きました。
人語を解しちゃってますよ、このドラゴン。
若いのにインテリさんですね。
あんまりいい情報ではありません。
話せるドラゴンは軒並みしたたかで強いです。
警戒レベルを大幅に引き上げる必要がありそうです。
「その傲慢、身をもって償うがいい!」
突如としてドラゴンの体が膨らみました。
目にも止まらぬスピードで駆け出し、爪を振るって進路をこじ開けます。
突進をよけきれなかった何人かが弾き飛ばされました。
あっという間に回り込んだドラゴンはブレス攻撃を横なぎに放ち、カルラ隊の何割かを炎の息で包みます。
速すぎる!
しかも、べらぼー強力なブレスです!
伊達に力をためていなかったらしく、広範囲に向けた火炎ブレスなのに高密度の魔力が練り込まれています。
しかも終わりが見えません。
もろに巻き込まれた人はとっさに魔障壁を展開させて防御しますが、いつまでも持つとは思えない!
ヤクシャさんや正規兵のハヌーマンさんが槍でぐさぐさ顔を刺すのですが、ドラゴンは気にした様子もなくブレスを吐き続けます。
近衛のブラフマさんが跳躍してハンマーを上顎に叩きつけました。
物理的に口を閉ざされたドラゴンのブレスが一旦中断され、衝撃で竜の牙が欠けて飛び散ります。
「無事ですか!?」
私は思わず叫びます。
腕利きの食客さんはともかく、あのギルド員の男の人は死んじゃったかも!?
「大丈夫だ!」
火炎の真っただ中にいたはずの冒険者クンビラさんが大声で返事をします。
かなり皮膚は焼けてますが、動きを見る限りでは命にかかわるようなダメージではないみたい。
というかそのままハンマーを手に取って、竜のサイドから攻撃をはじめちゃいました。
なんか平気みたいですね。
まあ原作ヒロインとかもドラゴンブレスを食らってぴんぴんしてましたし、肺さえ焼かれなければ問題ないのかも。
いやいや、ふつーは死ぬんですけどね、あれ。
腕利きのギルド員というふれこみには間違いないみたいです。
他のメンバーと連携して攻撃を加えています。
とはいえ重傷には違いないので、下がってもらうべきなのでは?
人は皮膚の3割が焼けると死ぬと言われます。
ただまあ、私たち紅眼族の体質だと8割ぐらいを焼かれても魔力で体を覆いさえすれば耐えられるみたいです。
皮膚呼吸とかは魔力で代替できるとのこと。
しかし魔力がなくなれば普通に死ぬので、やはり危険な状態なのは間違いないでしょう。
下がってもらうべきですね。
冒険者クンビラさんを雑用さんのいる位置まで撤退させ、私たちは残ったメンバーで再びドラゴンを囲みます。
カルラ隊のみなさんは変幻の陣を敷き、ヒットアンドアウェーの戦術でドラゴンに攻撃を加えます。
とにかく噛みつき攻撃だけは避けないといけませんからね。
ドラゴンさんのほうも爪撃やブレス、体当たりなんかで攻撃してくるのですけれど、正面はヤクシャさんや正規兵のハヌーマンさんといった技巧派が受け持っているので滅多には当たりません。
サイドのメンバーだって腕利きです。
私も後方から近づいてアイアンハンマーを振るい、ドラゴンの後ろ足をばこばこ叩いて貢献します。
爪が欠け、鱗が裂けました。
おそらく皮膚の下は内出血と打撲でずたずたになっているはず。
ラトリさんが背中にへばりついて重力魔法を使い続けているのでスピードだって落ちています。
たまに暴れては振り落とされますが、そのたびに誰かがぴょんぴょんと飛び乗ってドラゴンの敏捷性をそぎにかかります。
かなり上手く立ち回っているはずなのに、それでもドラゴンは強くて速く、私たちにダメージを強いてきます。
みなさん傷だらけです。
無傷の人なんていません。
私自身も高速回転の後で放たれたブレスに巻き込まれたり、尻尾の攻撃を受けたりして無傷とはいきませんでした。
でもそんな軽い攻撃、私に重傷を負わせるほどのシロモノではありませんよ。
ドラゴンが追い詰められていきます。
竜の心臓が爆発的に膨張収縮し、全身に血液を送ります。
高血圧に耐えられなくなった毛細血管が痛んで破れはじめ、竜の両眼から血の涙が流れ出しました。
竜の咆哮が森を貫き、爪を立て、大地をがっしりとつかみます。
最後の悪あがきというやつですね。
いいでしょう。
受けて立とうではないですか。
突進からのぶちかましを散開してかわします。
みなさんドラゴン戦に慣れてきてますし、ドラゴンのスピードも当初のものではありません。
横っ面をパールさんが殴り飛ばします。
頭に飛び乗ったヤクシャさんが重力魔法を使ってドラゴンを地面に縫い付けます。
角をつかんで振り落とされないように必死です。
暴れまわるドラゴン。でも、こわくはありません。
もうとっくに戦闘の峠は越えています。
ドラゴンに限らず、野生生物で一番恐ろしいのは出会った直後の猛攻です。
後は体力がなくなるにつれてどんどんとろくなります。
MMORPGのボスみたいに終盤超強化とかはされません。
野生生物にとんでもなく速い印象があるのは、最初に全エネルギーを使い尽くすつもりで動き回るからなのです。
竜が断末魔の叫び声をあげています。
容赦なくハンマーが打ち付けられ、正規兵ハヌーマンさんの槍が竜の喉を貫きます。
すでに魔力の通らなくなった竜鱗は鎧の役割を果たせなくなっていました。
ラトリさんが剣を振るい、竜の首を半ばまで切断します。
勢いよく血が噴き出しました。
首の動脈を傷つけられた竜は笑みのような形に口を吊り上げ、そして倒れて、二度と動かなくなりました。
勝ちました。
ドラゴンさんは死んでしまいました。
「激戦だったよねー」
「まったくです」
しみじみつぶやいたラトリさんにうなずいて、まずはともかく被害の確認をはじめます。
途中で戦線離脱した冒険者クンビラさんの様子が気がかりです。
ドラゴンブレスをもろに食らってたので危険かもしれません。
別に死んでも惜しくない人ですけれど、死者が出ていると料理が少しだけまずくなってしまいますからね。
戦いが終わってすぐにクンビラさんの元に駆けて行ったパールさんの後を追い、雑用さん達が集まっている荷物置き場まで近づきます。
「どうですか?」
「はい! 大丈夫みたいです!」
パールさんによると、すでに火傷を冷やす段階は終わり、後は手当てをするだけとのこと。
まずは痛んだ肌に消毒液をぶっかけ、その上から火傷用の軟膏を塗りたくります。
細菌感染や体液の流出を防ぐためですね。
白い包帯で空気に触れないようにクンビラさんを包み込むと、ミイラ男のできあがり。
「おおげさだぞ」
「あほかおまえは! 正真正銘の大けがだよ! 死ななかったことに感謝しろ!」
パールさんの怒りはもっともです。
しかしクンビラさん、めちゃくちゃタフな人ですね。
私がくらってても死にはしなかったと思いますけれど、痛い痛いと泣きわめいていることは確実です。
さすがに本職の冒険者は痛み耐性が段違いということですか。
まあ、紅眼族は回復力もとびきりなので、たぶん傷一つないレベルで皮膚再生すると思いますけどね。
手足切断ぐらいなら完治したって人もいるみたいですし。
一週間も安静にしとけば十分でしょう。
重さ10トンを超える竜の巨体はそのままでは運べないので、解体しなければなりません。
魔力が通ってない竜鱗ならミスリルナイフで十分斬り裂けます。
竜玉だけは忘れずに確保しておきたいですね。
半ば冗談のようなものではあったにせよ、父へのおみやげにドラゴン酒をつくるというのが当初の目的だったので。
冒険者のパールさんに指示してもらいながら、死体をバラしにかかります。
水場が近いのでたっぷりとした流水で肉や内臓を洗います。
川が血で赤く染まりました。
小腸から下はあんまり人気がないので捨てていきましょう。
血液は酒樽に、肝臓とか心臓とかの重要臓器は壺に入れ、肉は油紙で包みます。
100キロぐらいの塊に小分けして荷車に積み込みますね。
目とか舌とか竜玉とか角とか踵の骨みたいな人気商品は、ものによってははちみつ漬けにしたり、慎重に加工したりしながら保存するとしましょうか。
連れてきた雑用さんたちの働きどころです。
もちろん竜退治メンバーだからって怠けてもいいわけではありません。
なんせ全部で30人ぐらいしかいませんからね。
人を遊ばせておく余裕などないのです。
いやまあ、さすがにドラゴンブレスをもろにくらったクンビラさんは、人を2人つけて担架で村に送るとしましょうか。
本人は歩けると主張したのですけれど、パールさんに殴られて縛り付けられてしまいました。
体当たりを受けて内臓を痛めたらしい食客さんや護衛さんなんかも、3人ほど帰ってもらいます。
ついでなので村への伝言と、後は折り返しで竜人カンキタンさんを連れてきてもらうことにしますね。
彼には竜の巣穴へと案内してもらわねばなりません。
そういえばカンキタンさんは性別どっちなのでしょうか。
革の胸甲をつけてましたし、顔が中性的なので見た目だけでは判断がつかないんですよねえ。
男ならかなり好みのタイプなので、願望を込めて彼と呼んでますけれど……まあ、彼に処女をささげるのは無理ですからね。
結婚した後に愛人的に侍らすのはありかもしれません。
氷結魔法をつかってクーラーボックス仕立ての荷車を作り、満タンになり次第村へ運びます。
この世界、一応火をつけたり氷を作ったり電撃を発したりする魔法も存在します。
ただ、あまりにも道具と比して効率が悪いのでメジャーではありません。
物理ダメージに対して極端に強いモンスターに対してごくまれに使われるぐらいで、やはり使用頻度が高いのは重力魔法とか防御魔法とかになります。
状態のいい竜のパーツがたくさん手に入ったので、これだけで一財産にはなりそうです。
人数割にすれば1人当たりの報酬は一生遊べるほどではありません。
とはいえ何年か暮らせる大金には違いなく、パールさんはこれでしばらく働かなくても済むなどと大喜びしています。
ただ、それだとパールさんに近衛になってもらえませんからね。
手を打つ必要はあるでしょう。
「パールさん、パールさん」
「なんですか?」
「実は私、近衛兵の募集をしているのです。興味とかありません?」
「え、いや、その。私はやまだしなので、とても務まるとは思えないのですけれど」
「教えるから大丈夫です」
「え、ええっと。その。堅苦しいのとかも苦手でして」
あんまり乗り気じゃなさそうですね。
でも、彼女ほど優秀な人の場合は、多少強引にでも手に入れたいと思うのが支配者のサガというもの。
「断るのはかまいませんが…………その場合、ラクシーの村人さん達が無事に済みますかねえ」
「えええっ!?」
くっくっくっ、と邪悪な笑みを浮かべると、パールさんが愕然とした表情を浮かべました。
「…………まあ、人質うんぬんは冗談としても。パールさんにも考える時間が必要ですよね。とりあえず財宝の探索はするとして、戦勝祝いに村でパーティーを開きましょう。それが終わるまでに返事をいただければ」
「わ、わかりました」
「私がパールさんのことを強く求めている、ということは覚えておいてください。私はあなたが気に入りました。ぜひとも部下に欲しいのです」
「はい。おぼえておきます」
パールさんは何も考えずに返事をしています。
ちょっと気の毒ですね。
このときのパールさんは、まさか村があんなひどい姿に変わり果てているなんて……まったく想像もついていないようでした。